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第2章 古き魔術と真夏の夜蝶
92.泉の少女<1>
しおりを挟む朝食後、いつものようにライオット王子と村の中を歩きながら、私はきょろきょろと辺りを見回し続けていた。
「リリー、どうかしたか?何か捜し物?」
さすがに気になったのか、ライオット王子がひょこっと視界に入り込んでくる。
「あ、ええと……ミモレを探しているの」
「ミモレ?」
「この村の女の子。渡したい物があって」
「ミモレ……。この村の子供に、そんな名前の女の子いたか?」
きょとんと首を傾げるライオット王子に、はっとする。
「あー、殿下は会ったことなかったかも。いつものみんなとは一緒にいないから」
「そうか?そんな子といつの間に会ったんだ?」
「図書館に来ていたの。結構人見知りみたいだったから、殿下には見つからないようにしていたのかもしれない」
「そうなのか……。じゃあ今日は、そのミモレって子を探すとするか」
「ありがとう」
こうして、本日の散策はミモレ探し、になったのだけど。
あの子と会ったことがあるのは、図書館で2回だけ。
この村のどこに居るのかなんて、さっぱり見当も付かないから困ってしまった。
図書館を出る前にレディ・オリビアに聞いたら、今日はおそらく、村の何処かで本を読んでいるはず……ということだったから、村中をのんびり探すしかない。
大きな畑の間の道を歩きながら、マナジェムをしまってある辺りの胸元にそっと手を置いた。
あんなに人見知りで、目が合っただけですぐ逃げてしまうような彼女が、一生懸命お願いしてきたことだから……できれば、早めに渡してあげたい。
そんな気持ちが強くて、私はどんな木陰も、端のほうにあるベンチも切り株も見逃さないように、懸命に歩き続けた。
そんなふうに、無意識に気持ちを張り詰め過ぎていたのかもしれない。
夏の暑さの中、次第に身体が怠くなってきたのを感じていたけれど、休みもせずに歩き続けていた時だった。
「あっ」
ちょっとした茂みをのぞき込んで、ここにもいない……と肩を落としながら身を引こうとした、その左足が。
地面から少しだけ盛り上がっていた木の根に、ぐんと引っかかった。
腰をかがめた姿勢から、そのまま盛大に尻餅をついてしまう。
「っ!いったた……」
「リリー!大丈夫か?」
慌てたライオット王子がばたばたと駆けてきて、すぐに腕を引っぱり上げられた。
立ち上がった瞬間、ずきんと頭痛がして少し顔をしかめる。
「ごめんなさい……大丈夫、ありがとう」
彼の腕を借りながら、ゆっくりと姿勢を整える。
大丈夫だ、と言ったつもりだったのだけど、スカートについた泥を払い落とす私を、ライオット王子は険しい顔で見下ろしていた。
「リリー、一旦休憩にしよう」
「え、でも……いつも休憩している時間より早いし」
「いいから。何処かに座って、少しでいいから飲み物を飲もう。ね?」
「……はい」
いつも以上に強い瞳に、反論できずに頷いた。
近くにあった木陰のベンチに腰掛けて、ライオット王子と一緒にバスケットからランジェを取り出し飲む。
冷たくてさっぱりした液体がすうっと喉を通っていく感覚に、ふっと身体の力が抜けるのを感じた。
しばらく木陰で休んでいる間に、どんどん身体が楽になっていく。
……私、ちょっと無理していたのかも。
ロランディア村は森の中で、涼しい風も吹くとはいえ……今は夏の最中。
あまり無理をして体調を崩したりしたら、一緒にいる王子にも迷惑を掛けてしまう。
きっと王子は、私の体調に気がついて休憩を申し出てくれた。
ちらりと隣の王子の顔色を窺う。
彼はランジェを片手に、ちょうど吹き抜けていった風を受けて気持ちよさそうに目を閉じていた。
ふわふわさらさらの金の髪がきらきらと陽の光を反射して、風に踊る。
まるで、王子の周りだけ暑さなんてものが存在しないようにすら見えるその光景は幻想的ですらあるようで。
同じく金の長いまつげが、陶器のような白い肌にうっすら影を落として……その姿は、とても美しかった。
しばらくぼうっと見惚れていたのに、気づかれていたらしい。
目を閉じたままで、ライオット王子の口元がふっとほころんだ。
「体調は落ち着いた?」
その声に、はっと我に返る。
「あっ……す、すみません!」
さすがにじっと見つめるのは失礼すぎだろう。
恥ずかしさにばっと顔を逸らすと、ライオット王子は気にした様子もなく、くすくすと笑った。
「いや。慣れてるし、別に構わないけど」
「……本当に、すみません。心配してくれて、ありがとう」
「気にするな。王子なんてやってると、人の顔色窺うのが仕事みたいなものだし」
「そんな……」
ちょっと悲しそうな色が混じった声に、思わず声を上げるけれど――その先をなんと続ければいいのかわからなくて、困ったまま口を閉じるしかなかった。
そんな私に、ライオット王子はいつも通り笑顔を向けてくれる。
「いや、本当に気にしないでくれ、リリー。そのお陰で、君の体調にも気づけたんだし。……うん、顔色も良くなったな」
「無理してしまってすみません……。ちゃんと気をつけるようにします」
「いいよ。それだけ、その子へ渡したいものって大切なんだろう?」
「……はい」
「もうちょっとだけ休んだら、また探そう?もうすぐ子供たちも来ると思うし、聞いてみるのもいいかもしれない」
私を安心させるように、ライオット王子がぽん、と優しく肩を叩いてくれた。
「そうですね。そのためにも、今のうちにしっかり休んでおきます」
「うん、そうしよう」
さああっと再び吹き抜けていった風が髪を揺らして、気持ちいい。
ランジェをもう一杯ずつ王子と飲んで、私たちはまた村の散策へと足を踏み出した。
その後しばらくして、いつものように集まってきた子供たちと広場でお茶を始める。
いつものようにモニカとレディ・オリビアの用意してくれた力作のお菓子と軽食を前に、子供たちが顔を輝かせていた。
「あのね、私、ミモレを探してるんだけど……どこに居るか知らない?」
一番近くでクッキーを頬張っていた女の子にそう声を掛けると、子供たちが顔を見合わせた。
「ミモレなら、あそこじゃない?」
「たぶんそうだよね」
どうやら、心当たりがあるらしい。
女の子は再びこちらを向くと、遠くに見えている図書館を指差した。
「図書館のね、裏の森にちょっと入ったところ。小さな池があるの」
「池?」
「うん。たぶんそこで本読んでると思う」
「そっか。ありがとう、後で行ってみるね」
「どういたしまして!」
ライオット王子の方へ視線を向けると、目が合って笑顔で頷かれた。
この子たちとのお茶会が終わったら、行ってみよう。
今日の軽食であるベーグルをひと囓りする私に、いつものリーダー格の男の子が怪訝そうに声を掛けてきた。
「姉ちゃん、なんであいつを探してんの?」
「うん?ちょっとね、話すことがあるんだ」
「ふうん……別になんでもいいけどさ。あんまり関わらないほうがいいよ」
「……どうして?」
聞き返してみれば、何となく言いづらそうな顔で再び子供たちが顔を見合わせる。
「……?」
「なんだ、どうした?」
首を傾げる私と王子を見た後、男の子は眉をしかめてぼそっと続きの言葉を口にした。
「……だってあいつは、魔女の家の子だから」
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