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第三章 夢の続き
悪夢の果てに
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日が昇っていくにつれて、気温も上がってくる。だが、今日はいつもよりも暑くない気がする。いや、暑さの種類が違うのだ。
「なんか、蒸しますね」
「雨が、降るな」
「雨?」
アリスに倣って空を見上げると、確かに黒い雲が密集し始めていた。砂漠の空に不釣り合いな光景が、妙に不気味に感じて、心臓がドキリと音を立てた。
気温は下がるだろうが、雨をしのぐような所がない。また濡れ鼠になるのかと、下着の色を確認した。いや、一個しか持ってきてないけど。
「確かもう少し行くと大きな岩陰があったと思います。振り出さないうちにそこまで急ぎましょう」
先頭がアリスからグレンにとって代わり、先を急いだ。そこで初めて二人が柚葉に合わせて歩いてくれていたのだと気付いた。それはそうだ。脚の長さがまず違う。半ば小走りで付いていく柚葉をグレンも振り返って気にしてくれたが、天気は悪くなる一方だ。ゆっくり歩くわけにもいかず、柚葉は息を切らしながら短い脚を必死に動かした。
結局は雨に降られてしまい、とりあえず柚葉の下着のピンク色はグレンにも知れ渡ってしまった。グレンが後でアリスから殴られていた理由は分からない。不可抗力ですよと嘆いていたようだが。
降り出してから十分もしないうちに岩陰にたどり着いたものの、雨量は多かったため、髪の毛は絞れるほど濡れてしまっていた。顔や首に張り付いて気持ちが悪い。
「ひとまず脱げ」
「!?」
雨の当たらないところに腰を下ろすや否や、アリスは淀みなく言い放った。
「は、はい!?」
「裸になれっつってんじゃねぇよ。服、乾かさないといけないだろ。その間これでも着てろ」
「ぶふっ」
柚葉の顔に投げつけられたのは、アリスの上着だ。荷物の底の方にしまっていたようで、あまり濡れていない。柚葉の身体の大きさなら、すっぽり包めそうだ。
「あ、りがとうございます・・・あっち向いててください」
柚葉はアリスとグレンに背を向けて、雨水を吸って重くなった制服を脱いでいく。脱ぐのはキャミソールまでだ。それ以上は抵抗があって外せなかった。これくらいなら体温で乾くだろう。
上と下、最小限の場所を隠した状態になった上から、アリスの上着を羽織った。ふわりと紅茶の香りが舞い上がった。
「もうこっち向いていいで、す・・・よ・・・・―――――――っ!?」
振り返った柚葉は、声にならない叫びをあげた。
「なんだよ」
「いいいいいややや!!えっ!?アリスさ、グレンさん、な、なに脱いで!なに脱いでんですか!」
「だって俺らも濡れちゃったし」
「乾かしてんだよ」
こんな湿った空気でも勢いよく燃える魔法で作った火は、服だけではなく男二人の肉体美をゆらゆらと照らしていた。グレンは顔に似合わず、当然とばかりに腹筋は割れているし、アリスは細身のシルエットのどこにその肉体を隠し持っていたのかという細マッチョだ。無駄なものなどどこにもついていない、所謂理想の身体。無駄なものといったら、雨で濡れているから、余計際立つその色気だ。水も滴るとは、こういうことを言うのか。
父や兄が風呂から上がってタオル一枚でウロウロしてても、濡れたオヤジたちが歩いてるとしか思わなかったのに。
目のやり場がない。
「むむむむこう向いて下さい!」
せめて背中ならと思ったが、二人に背中を向けさせる。
「やっぱこっち向いて下さい!」
「我儘だな」
寂しくなった。
「殿下の腹筋見られるのは貴重だよー、ユズハちゃん」
「殿下どころか男の腹筋見る機会があまりないんですけど」
「あ、そう?どうせなら触っとく?」
「そんな変態みたいなことするわけな、遠慮なく」
グレンの二の腕も、腹筋も、日曜日のオヤジ体型の父やひょろひょろした兄とは鋼鉄とスライムくらい硬さが違った。ちなみに、父と兄の身体は触ったことはない。見た目だ。
「ははっ、何で見るのは恥ずかしがるのに触るのは平気なの!」
「だって、最初で最後かもしれないじゃないですか」
「ははは、今から俺死にそうだね」
「こんな機会、めったにな―――うはっ!」
乾いた笑いを浮かべたグレンをペタペタ触っていると、後ろからぐっと腕を引っ張られた。バランスを失った身体は、ころんと転がり、岩の天井を見上げる状態になる。
「何すんですかアリスさん」
「・・・前、」
「え?」
上から覗き込むアリスに指されて自分の身体を見ると、上着が半分はだけて、鳩尾まで肌色が見えてしまっていた。下もパンツ一丁だ。
「ひぃぃっ!」
慌てて起き上がってボタンを最後まで締め、膝を抱えて上着に全身を入れ込んだ。顔を赤くする柚葉に対して、二人は呆れた顔と苦笑いしかしていなかった。もしかして女性の身体を見るのに慣れているのか。
「それよりお前、今日はもう寝ろ。魔法かけてやるから」
「え、でもまだ早い時間ですよ?」
いつもならあと二時間くらいは進める時間だ。
寝ろと言われたら寝られるだろうが、動ける時間に動いた方がいいのではないだろうか。
「どうせこの雨はしばらく止みそうにない。このまま夜になるだろうし、少しでも長く寝られるだろ」
「まぁ、そうですけど・・・アリスさんが優しい・・・どうかしました?」
「だから俺が優しいと変なのか」
「具合でも悪いんじゃ」
何だか本当に心配になって、彼の顔に手をやろうとした。だが、その手は掴まれ、代わりに髪から頬に伝って落ちてきた水滴を、アリスの親指がきゅっと拭った。
「具合悪いのはお前だろ。少し鼻声だ」
柚葉は言われて気が付く。そういえば少し身体が怠い。疲れているだけのそれとはちょっと違う。
「エ、エスパー?」
「自分で気づかないのか馬鹿」
「いや、昔からそういうのはめっきり疎くて・・・」
「疎いとかそういうことじゃないっつってんの。ほら寝ろ」
肩をぽん、と押され、それだけで力の入っていなかった柚葉の身体は再び地面に転がる。それが最後、怠さを自覚した身体は、そこから持ち上がってはくれなかった。
「優しいなら最後まで優しくしてくださいよ」
「とりあえず自力で寝ろ。寝れない時に魔法使ってやる」
「無視?」
ふわりと掛けられた夜具は、こちらもあまり濡れていなかったのか、温かさをくれた。これから気温も下がってくるのに、二人は上半身裸でどうするのだろうかとうっすら思いながら、柚葉はまた夢へと誘われた。
***
柚葉が眠って二時間程経過した。雨雲で元々暗かった辺りは日が落ちてさらに闇を深くした。気温も下がり、アリスとグレンは半乾きのシャツに腕を通した。柚葉の制服は素材がいいのか、乾いてしまったが、今はアリスの上着と夜具にくるまって温かそうだ。わざわざ起こすのも気が引けたので、そのままにしてある。
「ん・・・」
夜具に半分隠れた顔が歪められ、柚葉の息苦しそうな声が漏れた。
「・・・ユズハちゃん、ずっとこんな感じなんですか?」
「いや・・・俺はナリスの町の宿で見たくらいで、どんな頻度で悪夢を見ていたのかは分からない。本人はあれから頻繁に見るとは言っていたが」
「・・・・そんな顔しなくても、気付けなくても仕方ないことですよ。部屋は別々でとっていたんだし、一緒にいてもどうせユズハちゃん、殿下に起こさないよう、気を付けてたんでしょ」
「・・・・」
グレンの言葉には反応するのを止め、アリスは柚葉の顔を窺う。相変わらず寝ているのに息は少し上がっていて、魘されている。やはり一旦起こした方がいいだろうかと、柚葉に触れようとした時だった。
「ユズ、」
「い、や・・・、いっ──────・・・」
「ユズハ?」
「いやああああああああああっっ──────・・・!!」
「っ!」
急に起き上がったかと思うと、絶叫とも呼べる声が、柚葉の喉を通り過ぎていった。
「ユズハちゃんっ!」
頭をちぎれんばかりに髪ごと掴み、何かから逃れようとしているように顔を右に左に逸らす。目は開いているのにその瞳には何も映っていない。グレンの声も届くことなく、ただただ嫌だと叫び続ける。
「やああっ!!」
「ユズハっ、落ち着け」
アリスは、力ずくで柚葉の頭から両手を離し、強ばった身体を胸の中へ収める。それでも彼女は爪を立ててしまうほど警戒心の塊になっていて、アリスから逃れようとしていた。その力は普段の柚葉からは想像もできないものだったが、アリスが力を入れてしまえば動くことなどできなくなる。
「い、や・・・っ」
「大丈夫だから、ゆっくり息しろ」
「・・・あっ・・・、ふっ、・・・」
後頭部に手を差し入れ、子どもをあやす様に撫でてやると、徐々に力が抜けていくのが分かった。無理矢理胸に押し付けた彼女の顔も、ゆっくり離してやると、やっと瞳に光が宿ってくる。
「あ・・・アリスさ・・・ん、・・・わ、たし・・・」
「いいか、落ち着け。分かるな?深呼吸して」
震える息のまま、柚葉は素直に深く息を吸い、吐き出した。いつの間にか背中にきていたアリスの手が、心臓の鼓動に合わせてぽんぽんと宥めている。
まともに息ができるようになった時、グレンが水を手渡してくれた。
「あ・・・ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい・・・すみません、なんか・・・変な夢・・・、」
柚葉は思い出そうとしているのか、額を押さえ、目をきつく閉じた。
「また、冷たいところにいて、それで、一人で凍ってしまって、助けをずっと呼んでいたら・・・、ひ、人が来てくれ、て・・・」
整っていた息が再び乱れていく。
「で、でもその人たちは、凍った身体を・・・っ、身体をバラバラにして・・・っ!」
「もういい」
アリスの手が、柚葉の視界を遮った。
同時に、夢の記憶も、意識も奪っていった。
「もういいから、休め」
そのアリスの言葉を最後に、柚葉は夢も見ないほど深い闇に呑まれていった。
「なんか、蒸しますね」
「雨が、降るな」
「雨?」
アリスに倣って空を見上げると、確かに黒い雲が密集し始めていた。砂漠の空に不釣り合いな光景が、妙に不気味に感じて、心臓がドキリと音を立てた。
気温は下がるだろうが、雨をしのぐような所がない。また濡れ鼠になるのかと、下着の色を確認した。いや、一個しか持ってきてないけど。
「確かもう少し行くと大きな岩陰があったと思います。振り出さないうちにそこまで急ぎましょう」
先頭がアリスからグレンにとって代わり、先を急いだ。そこで初めて二人が柚葉に合わせて歩いてくれていたのだと気付いた。それはそうだ。脚の長さがまず違う。半ば小走りで付いていく柚葉をグレンも振り返って気にしてくれたが、天気は悪くなる一方だ。ゆっくり歩くわけにもいかず、柚葉は息を切らしながら短い脚を必死に動かした。
結局は雨に降られてしまい、とりあえず柚葉の下着のピンク色はグレンにも知れ渡ってしまった。グレンが後でアリスから殴られていた理由は分からない。不可抗力ですよと嘆いていたようだが。
降り出してから十分もしないうちに岩陰にたどり着いたものの、雨量は多かったため、髪の毛は絞れるほど濡れてしまっていた。顔や首に張り付いて気持ちが悪い。
「ひとまず脱げ」
「!?」
雨の当たらないところに腰を下ろすや否や、アリスは淀みなく言い放った。
「は、はい!?」
「裸になれっつってんじゃねぇよ。服、乾かさないといけないだろ。その間これでも着てろ」
「ぶふっ」
柚葉の顔に投げつけられたのは、アリスの上着だ。荷物の底の方にしまっていたようで、あまり濡れていない。柚葉の身体の大きさなら、すっぽり包めそうだ。
「あ、りがとうございます・・・あっち向いててください」
柚葉はアリスとグレンに背を向けて、雨水を吸って重くなった制服を脱いでいく。脱ぐのはキャミソールまでだ。それ以上は抵抗があって外せなかった。これくらいなら体温で乾くだろう。
上と下、最小限の場所を隠した状態になった上から、アリスの上着を羽織った。ふわりと紅茶の香りが舞い上がった。
「もうこっち向いていいで、す・・・よ・・・・―――――――っ!?」
振り返った柚葉は、声にならない叫びをあげた。
「なんだよ」
「いいいいいややや!!えっ!?アリスさ、グレンさん、な、なに脱いで!なに脱いでんですか!」
「だって俺らも濡れちゃったし」
「乾かしてんだよ」
こんな湿った空気でも勢いよく燃える魔法で作った火は、服だけではなく男二人の肉体美をゆらゆらと照らしていた。グレンは顔に似合わず、当然とばかりに腹筋は割れているし、アリスは細身のシルエットのどこにその肉体を隠し持っていたのかという細マッチョだ。無駄なものなどどこにもついていない、所謂理想の身体。無駄なものといったら、雨で濡れているから、余計際立つその色気だ。水も滴るとは、こういうことを言うのか。
父や兄が風呂から上がってタオル一枚でウロウロしてても、濡れたオヤジたちが歩いてるとしか思わなかったのに。
目のやり場がない。
「むむむむこう向いて下さい!」
せめて背中ならと思ったが、二人に背中を向けさせる。
「やっぱこっち向いて下さい!」
「我儘だな」
寂しくなった。
「殿下の腹筋見られるのは貴重だよー、ユズハちゃん」
「殿下どころか男の腹筋見る機会があまりないんですけど」
「あ、そう?どうせなら触っとく?」
「そんな変態みたいなことするわけな、遠慮なく」
グレンの二の腕も、腹筋も、日曜日のオヤジ体型の父やひょろひょろした兄とは鋼鉄とスライムくらい硬さが違った。ちなみに、父と兄の身体は触ったことはない。見た目だ。
「ははっ、何で見るのは恥ずかしがるのに触るのは平気なの!」
「だって、最初で最後かもしれないじゃないですか」
「ははは、今から俺死にそうだね」
「こんな機会、めったにな―――うはっ!」
乾いた笑いを浮かべたグレンをペタペタ触っていると、後ろからぐっと腕を引っ張られた。バランスを失った身体は、ころんと転がり、岩の天井を見上げる状態になる。
「何すんですかアリスさん」
「・・・前、」
「え?」
上から覗き込むアリスに指されて自分の身体を見ると、上着が半分はだけて、鳩尾まで肌色が見えてしまっていた。下もパンツ一丁だ。
「ひぃぃっ!」
慌てて起き上がってボタンを最後まで締め、膝を抱えて上着に全身を入れ込んだ。顔を赤くする柚葉に対して、二人は呆れた顔と苦笑いしかしていなかった。もしかして女性の身体を見るのに慣れているのか。
「それよりお前、今日はもう寝ろ。魔法かけてやるから」
「え、でもまだ早い時間ですよ?」
いつもならあと二時間くらいは進める時間だ。
寝ろと言われたら寝られるだろうが、動ける時間に動いた方がいいのではないだろうか。
「どうせこの雨はしばらく止みそうにない。このまま夜になるだろうし、少しでも長く寝られるだろ」
「まぁ、そうですけど・・・アリスさんが優しい・・・どうかしました?」
「だから俺が優しいと変なのか」
「具合でも悪いんじゃ」
何だか本当に心配になって、彼の顔に手をやろうとした。だが、その手は掴まれ、代わりに髪から頬に伝って落ちてきた水滴を、アリスの親指がきゅっと拭った。
「具合悪いのはお前だろ。少し鼻声だ」
柚葉は言われて気が付く。そういえば少し身体が怠い。疲れているだけのそれとはちょっと違う。
「エ、エスパー?」
「自分で気づかないのか馬鹿」
「いや、昔からそういうのはめっきり疎くて・・・」
「疎いとかそういうことじゃないっつってんの。ほら寝ろ」
肩をぽん、と押され、それだけで力の入っていなかった柚葉の身体は再び地面に転がる。それが最後、怠さを自覚した身体は、そこから持ち上がってはくれなかった。
「優しいなら最後まで優しくしてくださいよ」
「とりあえず自力で寝ろ。寝れない時に魔法使ってやる」
「無視?」
ふわりと掛けられた夜具は、こちらもあまり濡れていなかったのか、温かさをくれた。これから気温も下がってくるのに、二人は上半身裸でどうするのだろうかとうっすら思いながら、柚葉はまた夢へと誘われた。
***
柚葉が眠って二時間程経過した。雨雲で元々暗かった辺りは日が落ちてさらに闇を深くした。気温も下がり、アリスとグレンは半乾きのシャツに腕を通した。柚葉の制服は素材がいいのか、乾いてしまったが、今はアリスの上着と夜具にくるまって温かそうだ。わざわざ起こすのも気が引けたので、そのままにしてある。
「ん・・・」
夜具に半分隠れた顔が歪められ、柚葉の息苦しそうな声が漏れた。
「・・・ユズハちゃん、ずっとこんな感じなんですか?」
「いや・・・俺はナリスの町の宿で見たくらいで、どんな頻度で悪夢を見ていたのかは分からない。本人はあれから頻繁に見るとは言っていたが」
「・・・・そんな顔しなくても、気付けなくても仕方ないことですよ。部屋は別々でとっていたんだし、一緒にいてもどうせユズハちゃん、殿下に起こさないよう、気を付けてたんでしょ」
「・・・・」
グレンの言葉には反応するのを止め、アリスは柚葉の顔を窺う。相変わらず寝ているのに息は少し上がっていて、魘されている。やはり一旦起こした方がいいだろうかと、柚葉に触れようとした時だった。
「ユズ、」
「い、や・・・、いっ──────・・・」
「ユズハ?」
「いやああああああああああっっ──────・・・!!」
「っ!」
急に起き上がったかと思うと、絶叫とも呼べる声が、柚葉の喉を通り過ぎていった。
「ユズハちゃんっ!」
頭をちぎれんばかりに髪ごと掴み、何かから逃れようとしているように顔を右に左に逸らす。目は開いているのにその瞳には何も映っていない。グレンの声も届くことなく、ただただ嫌だと叫び続ける。
「やああっ!!」
「ユズハっ、落ち着け」
アリスは、力ずくで柚葉の頭から両手を離し、強ばった身体を胸の中へ収める。それでも彼女は爪を立ててしまうほど警戒心の塊になっていて、アリスから逃れようとしていた。その力は普段の柚葉からは想像もできないものだったが、アリスが力を入れてしまえば動くことなどできなくなる。
「い、や・・・っ」
「大丈夫だから、ゆっくり息しろ」
「・・・あっ・・・、ふっ、・・・」
後頭部に手を差し入れ、子どもをあやす様に撫でてやると、徐々に力が抜けていくのが分かった。無理矢理胸に押し付けた彼女の顔も、ゆっくり離してやると、やっと瞳に光が宿ってくる。
「あ・・・アリスさ・・・ん、・・・わ、たし・・・」
「いいか、落ち着け。分かるな?深呼吸して」
震える息のまま、柚葉は素直に深く息を吸い、吐き出した。いつの間にか背中にきていたアリスの手が、心臓の鼓動に合わせてぽんぽんと宥めている。
まともに息ができるようになった時、グレンが水を手渡してくれた。
「あ・・・ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい・・・すみません、なんか・・・変な夢・・・、」
柚葉は思い出そうとしているのか、額を押さえ、目をきつく閉じた。
「また、冷たいところにいて、それで、一人で凍ってしまって、助けをずっと呼んでいたら・・・、ひ、人が来てくれ、て・・・」
整っていた息が再び乱れていく。
「で、でもその人たちは、凍った身体を・・・っ、身体をバラバラにして・・・っ!」
「もういい」
アリスの手が、柚葉の視界を遮った。
同時に、夢の記憶も、意識も奪っていった。
「もういいから、休め」
そのアリスの言葉を最後に、柚葉は夢も見ないほど深い闇に呑まれていった。
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