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第三章 夢の続き
囚われの生贄
しおりを挟むああ、またこの夢だ。
暗い、暗い、空間の中。
身体の末端からパリパリと凍っていく。
寒くて、冷たくて、痛くて、寂しい。
たった一人で、孤独に耐えていた。
柚葉が闇から解放されたのは、頭から冷たい水を掛けられたからだった。ガンガンと痛む頭の熱を冷ますにはちょうどよかったかもしれない。
ぼやける視界を無理矢理広げ、焦点を合わせていく。それには何とか成功したのだが、髪から滴ってくる水を拭おうとした腕は、背中から動かすことができなかった。そうして意識がはっきりしてくれば、次々と分かったことが増える。まず、腕だけではなく、足も縛られている。口は自由だが、縛られたまま倒れているので、転がるという方法でしか移動できない。できる範囲で視線を巡らすと、どうやらここはどこかの部屋の中らしい。窓もない、出入り口はドア一つ。暗く、外からの光は一切入ってこない。照明は隅に置かれた松明一つだけだった。そのすぐ横に、人間の足が見えた。その手にはバケツも持っているようなので、恐らくこいつが水をかけてきたのだろう。
「起きろ」
短く上から降ってきたのは、低く、しゃがれた声。心がザラザラするような、とても耳馴染みがいいとは言えない声だった。
「・・・だ、れ・・・」
息と一緒に吐き出した声は、自分のものとは思えないくらい掠れていた。これでは目の前の男と変わらない。
「念のため確認する。お前は、生贄の娘だな?」
一体誰なのか、顔を確認しようにも、身体が重くて顔を上げるのさえ億劫だ。声だけで判断するには情報が足りなすぎるが、恐らく柚葉が知った人間ではない。ただ、その台詞から察するに、柚葉を生贄として攫ってきたとは分かった。
「・・・だったら何」
問われたものの、どうせ確信を持って訊いているのだ。今更惚けたって効果はないだろう。目を閉じてしまいたい衝動に必死に抵抗し、重い瞼を気力だけで持ち上げる。
「ふん、生贄なら自覚はあるだろう。常人の数倍とも言われる魔力量、それを手にできればどんな時代、どんな場所、どんな状況だって全ては俺たちのものだ。今年はこんな小さな餓鬼が生贄とはな。お陰で何の手間もなかったぜ」
時々ブツブツと途切れる意識を繋ぎ止め、いつか城下町で聞いた薬屋の話を思い出す。生贄の持つ膨大な魔力を使って、良からぬことを企む奴も大勢いる。モテ期の到来じゃ、とあの老人は言っていた。
「・・・・ああ、モテ期か」
柚葉がそれを悟ると、別の人間が部屋に入ってくる。一人や二人の足音ではない。バラバラと、視界に入る足の数だけで数えても十人くらいはいる。薄暗い中だから正確ではないかもしれないが、全て同じ色の同じ服、地面すれすれまである長いローブを纏い、四方の壁を背に、囲むように並んで立った。柚葉からは腰から下しか見えないため、ただただ同じ足がずらりと並んでいるようで、なんだか気持ち悪くなった。
「うえ」
「おわ!なんかこいつ吐きそうだぞ!」
「うえええ」
「こっちくんなこの野郎!」
馬鹿か。乙女が人前で吐くなんてみっともない真似、するわけがな・・・・アリスの前ではやっちゃったか。
兄と姉、さらには弟にまで喧嘩を吹っ掛けられていた毎日を過ごしてきた柚葉には、相手がむせび泣いて嫌がることを薄れゆく意識の中で思いつくことなど、いとも容易いことだ。唸りながらゴロゴロと転がっていくと、綺麗に並んでいた足が乱れ、慌てて避けていった。ざまみろ、勢いよく転がりすぎて本当に気持ち悪い。
「じっとしてろ」
「っつ・・・」
サッカーボールよろしく足で動きを止められた。脇腹に男の足が食い込み、あばら骨が軋んだ音がした。だがお陰で吹っ飛びそうだった意識が呼び戻され、やっと顔を上げることができた。
嫉妬、強欲、傲慢、憤怒。色んなものが入り乱れる、見るに堪えない顔をしている男だった。柚葉の記憶にはない顔だが、モテ期ともなれば、知らないやつからも求められるというものだろう。
「私を・・・どうするつもり、なの・・」
「黙ってこれを飲み干せ」
男は後ろに立つ者から受け取った小瓶を、柚葉の口に無理矢理ねじ込んだ。中に入っていた白濁した液体は、量は多くなかったが、苦いような甘いような、小さいころに飲んだ風邪薬のような味だった。言う通りにするのが悔しくて、しばらくは喉を締めていたが、瓶で塞がれた口からは吐き出せもせず、抵抗しながらも飲み込むしかなかった。口の中だけだった味は、喉にも食道にも広がった。
「うっ・・・げほっ、ごほっ・・・っ」
「ふん、こぼしやがったが、まあいい。八割は飲んだな」
「・・・な、・・・・に・・・・」
液体が食道を通ったのが分かった瞬間だった。
「・・・っ!・・はっ、・・・あっ・・・」
全身が心臓になったかのように、全身の血液が沸騰しだす。熱く、熱く、毛穴という毛穴から汗が噴き出し、身体を動かしたわけでもないのに、勝手に息が上がる。なのに手足は震え、両腕を抱えるように押さえても震えは激しくなるばかり。
熱くて寒くて、痛い。苦しくて熱い。苦しい。
意識を手放してしまったらどんなに楽だろう。そのまま目を覚まさなくたって、今の苦しさから逃れられるのならそれでもいいと思ってしまう。だけど、直接脳をトンカチでフルスイングされたような頭の痛みがそれを許さない。
「いっ・・・あ・・っ・・」
「この薬、即効性があるというのは本当のようだな」
水中で聞く音のように、男の声が遠い。もはや何と言っているかは分からない。耳が聞こえていないのではなく、多分頭が追い付いていないのだ。柚葉はただ、痛みと熱さと震えに身を捩り、それがいつか通り過ぎていくのを期待して耐え凌ぐ。
いつの間にか手と足の拘束は解かれていたが、それに気付くのが今更になった程それどころではなかった。
「魔力を頂く前に、少し遊んでも罰は当たらんだろう」
掠れた視界の中に、ニタリと笑った男の顔がぼんやりと見えた。
拘束を解いたのはこの為だったのか、柚葉の両手首を掴み、頭の上で固定する。別の男が馬乗りになり、制服の襟もとに手を掛けて、ボタンなど無視して引き裂いた。
「・・・い、や・・・・」
「まだ抵抗できるか。だが、もうないのに等しいな」
「う、わ・・・。少々物足りないですが、上玉ですね、先生」
「ああ、この白い艶やかな肌は見えるところだけではないようだな」
少しだけ痛みと熱さが和らいだ代わりに、全身の力が抜け、地面に縫い付けられたような重さを感じてきた。太ももを這うように上へ上へと撫で上げる男の手にも、されるがままになってしまう。スカートなど穿いていないのも同然な程捲り上げられているが、それさえどうでもいい。
今はただ、このまま眠ってしまいたい。眠って、それから、起きたら不機嫌な顔のアリスを見て、寝相をどうにかしろと怒られて、腫れてしまった彼の顔に手を添えて、彼の匂いに埋もれてしまいたい。
「・・・アリス、さ・・・」
助けてよ、王子様。
砕け散るようにドアが破壊されたのは、その時だった。
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