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第二章 繋がる命
窺う心
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「・・・っ、」
ザギが姿を消した瞬間、全身の力が一気に抜けた。柚葉は腰が抜けたようにぺしゃんと地面に座り込んだ。雨で地面はぬかるんでいるはずなのに、それを全く感じない。感覚を失ってしまったようだった。
「・・・ここにいろ」
支えてくれていたアリスの腕が離れ、転がる少年の元へ向かった。再び降り出した雨に野ざらしになってしまっている。
アリスは少年の目を軽く撫でて目を閉じさせる。それから千切れてしまった腰に手を翳すと、光が集まり、二つになってしまった胴体がくっついていく。あとから柚葉が聞いた話によると、これは治したのではない。死んだ人間に治癒力はないのだから治せない。ただ接着剤でくっつけるように二つを繋ぎ合わせたのに過ぎないらしい。
だが、それでも柚葉は少しだけ救われた気がした。
名前も知らないあの少年が何故傷だらけになりながらも、あんなに謝っていたのか。魘されるほど苦しそうに、謝罪を呟いていたのは何故なのか。今更ながら分かってももう遅い。彼はアリスに謝っていた。もう既に殺されている親を人質に取られたと思い、脅され、ザギに従い、アリスを騙すような形になってしまったこと。スパイのようにアリスの居場所を密告したこと。
どんな思いだっただろう。
どれだけ辛かっただろう。
ザギに従えば、また親と一緒に幸せな生活が送れると、そう思っていただろうに。
今、どれだけ悔しさと憎しみを抱いているだろう。
「・・・ごめん、・・・気付いてあげられなかった・・・、」
彼が苦しんでいることに気付いてあげられていれば、怪我なんかよりもっと痛い所があると分かってあげられたら、彼の運命は違っていたかもしれない。
「ひとまず町を出るぞ。すぐにまた襲ってこないとは思うが、一旦外で身を隠した方がいい」
「・・・あの子は・・・」
「城の兵士達に弔ってもらうよう連絡しておく。・・・大丈夫だ」
少年の身体にはアリスの上着が掛けられていた。
何がどう大丈夫なのかは分からないが、アリスのその言葉を聞くと、何か捌け口のない感情が治まっていった。
手を借りて立ち上がると、少年のすぐ横を無言で通り過ぎていった。
こんな時になんて言葉をかけてやればいいか分からない。
***
町を出ると、柚葉達は森の中で夜を明かすことにした。日が傾き始め、明るさ的にはまだ進めたのだが、体力的にも精神的にも早めに足を止めることにした。
「少しでも食べておけ」
「わっ、」
アリスが町で買ったりんごを投げてよこす。踊るりんごを落としそうになりながらやっと落ち着かせ、ほっと息をついた。
「ちょっと、危ないじゃないですか。落としたら勿体ないでしょ」
「落としても食えなくないから大丈夫だろ。三秒ルールだ」
「こっちの世界にもそんなものが?」
まさか、とりんごとアリスを交互に見ていると、アリスが小さくふっと噴き出した。
あれ、そういえばアリスの笑顔を見たのは初めてな気がする。しかし何が面白かったのだろう。
「な、何か?」
「いや・・・何でもない」
「何でもなくないでしょ!アリスさんの笑ったとこ初めて見ましたよ!登録していいですか!」
「俺は世界遺産か」
いや、笑ってもイケメンはイケメンで、それをちょっと写真に撮って売り捌いたら稼げそうなんてオモッテマセン。
もの珍しさについってやつです。
「お前は変わらないな」
「はい?」
「変な話、俺はああいうのは慣れてる。戦場なんて四方八方でやられてるし、あんな騙し討ち、日常茶飯事だ。だがお前は違うだろ?ショックでも受けてるんだろうと思っていたが」
「アリスさんは私をどれだけ鈍感だとお思いでしょうか」
アリスには今柚葉が平気そうに映っているのか。あんな惨状を目の当たりにして、一介の女子高生が平気だとでも思っているのだろうか。第一、平気じゃなかったからあなたの目の前でゲロったんでしょうが。
「私だってショックは受けるんですよ」
「ほう。いっちょ前にな」
「そう、いっちょ前に。失礼な。・・・ただ、ショックを通り越しちゃって、落ち込み方を忘れたと言いますか・・・」
というか、現実を受け止められなくて、考えていない振りをした。本当はそればっかりを考えて、少年の顔が頭にこびり付いて離れないのに、見ない振りをした。冷たい、ずるい奴だ。
「あの子のことは一生忘れないと思う。いろいろ悔しいですけど、今の私にはそれしか約束できない」
仇をとってやるとか、次の犠牲者が出ないようにだとか、想像も出来ないことは言ってはいけないと思った。嘘になるかもしれない事は誓えない。
「いいんじゃねぇか?賢明だと思うがな」
「そうでしょうか?・・・見ていることしかできないから見ていることしかしないというのが、頭のいい選択だとは思いません。できる事がないのなら、次はそれをできるようにしないといけないと思うんです」
アリスを否定してしまったような言い方になってしまったが、多分積もるところ、否定にはならない。彼は同じ意見だと思うから。だから王子様をやれているのだから。
柚葉はりんごをしゃくりと齧りながらアリスの反応を待つが、彼は何も言わずに柚葉の髪をくしゃりと撫でた。
「やめてくださいよ・・・」
「はいはい、乙女の髪型を乱して悪かったな」
「そうじゃ、なくて」
手ぐしを通しながら柚葉は口を尖らせた。雨でベタベタになっているのに、どうせならお風呂上がりのいい匂いのときに撫でてほしかったとは言えなかった。
「いいからそれ食ったらもう寝ろ。少しでも多く身体は休めとけ」
「私は休める程体力使ってませんよ。見てただけですから。アリスさんの方が疲れてるでしょ」
「阿呆か。そもそもの基礎体力が違うんだよ。それに、肉体的疲労より精神的疲労の方が遥かに身体に負担がかかる」
もっともなことを言われ、柚葉は黙るしかなかった。反論が思いつかなくてむしゃむしゃとりんごを齧るしかなかった。
なんだ、一応気を使ってくれていたのか。人が殺されるところなんてテレビドラマでしか見たことなかったから、アリスが移動しようと声をかけてきても暫くは腰が立たなかった。それからこの場所まではどうやって移動してきたのか覚えてないが、アリスはいつも通りだったから自分だっていつも通りを演じられているのだと思っていた。
「アリスさんも、・・・はやく、寝て、くださ・・・」
アリスの言う通りだった。言われて気が付いたが、寝ろと言われたらのび太くんになれるほど身体は睡眠を欲していたようだ。三分の二程食べたりんごにかぶりついたまま、かくんと頭が揺れる。
「おっ!?」
ぐらりと柚葉の身体が傾き、それが火を焚いている方向だったので、アリスは慌てて手を伸ばした。
柚葉はりんごを咥えたまま、すぅすぅと寝息を立てていた。
「・・・ずっと青い顔して・・・」
目の下を親指ですっと撫でて、睫毛に触れても、柚葉は目を覚ましはしなかった。
ザギが姿を消した瞬間、全身の力が一気に抜けた。柚葉は腰が抜けたようにぺしゃんと地面に座り込んだ。雨で地面はぬかるんでいるはずなのに、それを全く感じない。感覚を失ってしまったようだった。
「・・・ここにいろ」
支えてくれていたアリスの腕が離れ、転がる少年の元へ向かった。再び降り出した雨に野ざらしになってしまっている。
アリスは少年の目を軽く撫でて目を閉じさせる。それから千切れてしまった腰に手を翳すと、光が集まり、二つになってしまった胴体がくっついていく。あとから柚葉が聞いた話によると、これは治したのではない。死んだ人間に治癒力はないのだから治せない。ただ接着剤でくっつけるように二つを繋ぎ合わせたのに過ぎないらしい。
だが、それでも柚葉は少しだけ救われた気がした。
名前も知らないあの少年が何故傷だらけになりながらも、あんなに謝っていたのか。魘されるほど苦しそうに、謝罪を呟いていたのは何故なのか。今更ながら分かってももう遅い。彼はアリスに謝っていた。もう既に殺されている親を人質に取られたと思い、脅され、ザギに従い、アリスを騙すような形になってしまったこと。スパイのようにアリスの居場所を密告したこと。
どんな思いだっただろう。
どれだけ辛かっただろう。
ザギに従えば、また親と一緒に幸せな生活が送れると、そう思っていただろうに。
今、どれだけ悔しさと憎しみを抱いているだろう。
「・・・ごめん、・・・気付いてあげられなかった・・・、」
彼が苦しんでいることに気付いてあげられていれば、怪我なんかよりもっと痛い所があると分かってあげられたら、彼の運命は違っていたかもしれない。
「ひとまず町を出るぞ。すぐにまた襲ってこないとは思うが、一旦外で身を隠した方がいい」
「・・・あの子は・・・」
「城の兵士達に弔ってもらうよう連絡しておく。・・・大丈夫だ」
少年の身体にはアリスの上着が掛けられていた。
何がどう大丈夫なのかは分からないが、アリスのその言葉を聞くと、何か捌け口のない感情が治まっていった。
手を借りて立ち上がると、少年のすぐ横を無言で通り過ぎていった。
こんな時になんて言葉をかけてやればいいか分からない。
***
町を出ると、柚葉達は森の中で夜を明かすことにした。日が傾き始め、明るさ的にはまだ進めたのだが、体力的にも精神的にも早めに足を止めることにした。
「少しでも食べておけ」
「わっ、」
アリスが町で買ったりんごを投げてよこす。踊るりんごを落としそうになりながらやっと落ち着かせ、ほっと息をついた。
「ちょっと、危ないじゃないですか。落としたら勿体ないでしょ」
「落としても食えなくないから大丈夫だろ。三秒ルールだ」
「こっちの世界にもそんなものが?」
まさか、とりんごとアリスを交互に見ていると、アリスが小さくふっと噴き出した。
あれ、そういえばアリスの笑顔を見たのは初めてな気がする。しかし何が面白かったのだろう。
「な、何か?」
「いや・・・何でもない」
「何でもなくないでしょ!アリスさんの笑ったとこ初めて見ましたよ!登録していいですか!」
「俺は世界遺産か」
いや、笑ってもイケメンはイケメンで、それをちょっと写真に撮って売り捌いたら稼げそうなんてオモッテマセン。
もの珍しさについってやつです。
「お前は変わらないな」
「はい?」
「変な話、俺はああいうのは慣れてる。戦場なんて四方八方でやられてるし、あんな騙し討ち、日常茶飯事だ。だがお前は違うだろ?ショックでも受けてるんだろうと思っていたが」
「アリスさんは私をどれだけ鈍感だとお思いでしょうか」
アリスには今柚葉が平気そうに映っているのか。あんな惨状を目の当たりにして、一介の女子高生が平気だとでも思っているのだろうか。第一、平気じゃなかったからあなたの目の前でゲロったんでしょうが。
「私だってショックは受けるんですよ」
「ほう。いっちょ前にな」
「そう、いっちょ前に。失礼な。・・・ただ、ショックを通り越しちゃって、落ち込み方を忘れたと言いますか・・・」
というか、現実を受け止められなくて、考えていない振りをした。本当はそればっかりを考えて、少年の顔が頭にこびり付いて離れないのに、見ない振りをした。冷たい、ずるい奴だ。
「あの子のことは一生忘れないと思う。いろいろ悔しいですけど、今の私にはそれしか約束できない」
仇をとってやるとか、次の犠牲者が出ないようにだとか、想像も出来ないことは言ってはいけないと思った。嘘になるかもしれない事は誓えない。
「いいんじゃねぇか?賢明だと思うがな」
「そうでしょうか?・・・見ていることしかできないから見ていることしかしないというのが、頭のいい選択だとは思いません。できる事がないのなら、次はそれをできるようにしないといけないと思うんです」
アリスを否定してしまったような言い方になってしまったが、多分積もるところ、否定にはならない。彼は同じ意見だと思うから。だから王子様をやれているのだから。
柚葉はりんごをしゃくりと齧りながらアリスの反応を待つが、彼は何も言わずに柚葉の髪をくしゃりと撫でた。
「やめてくださいよ・・・」
「はいはい、乙女の髪型を乱して悪かったな」
「そうじゃ、なくて」
手ぐしを通しながら柚葉は口を尖らせた。雨でベタベタになっているのに、どうせならお風呂上がりのいい匂いのときに撫でてほしかったとは言えなかった。
「いいからそれ食ったらもう寝ろ。少しでも多く身体は休めとけ」
「私は休める程体力使ってませんよ。見てただけですから。アリスさんの方が疲れてるでしょ」
「阿呆か。そもそもの基礎体力が違うんだよ。それに、肉体的疲労より精神的疲労の方が遥かに身体に負担がかかる」
もっともなことを言われ、柚葉は黙るしかなかった。反論が思いつかなくてむしゃむしゃとりんごを齧るしかなかった。
なんだ、一応気を使ってくれていたのか。人が殺されるところなんてテレビドラマでしか見たことなかったから、アリスが移動しようと声をかけてきても暫くは腰が立たなかった。それからこの場所まではどうやって移動してきたのか覚えてないが、アリスはいつも通りだったから自分だっていつも通りを演じられているのだと思っていた。
「アリスさんも、・・・はやく、寝て、くださ・・・」
アリスの言う通りだった。言われて気が付いたが、寝ろと言われたらのび太くんになれるほど身体は睡眠を欲していたようだ。三分の二程食べたりんごにかぶりついたまま、かくんと頭が揺れる。
「おっ!?」
ぐらりと柚葉の身体が傾き、それが火を焚いている方向だったので、アリスは慌てて手を伸ばした。
柚葉はりんごを咥えたまま、すぅすぅと寝息を立てていた。
「・・・ずっと青い顔して・・・」
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