生贄の救世主

咲乃いろは

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第二章 繋がる命

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適当に入れた茶をすすりながら、アリスとラウズガードは資料を広げていた。前の町での一件をまとめた、グレンの報告書だ。

「違反狩猟ねぇ・・・よくあんなもん食えるな」

覚えがあるのか、ラウズガードは報告書に目を通しながら表情を歪めた。魔力補充の為の狩猟自体は違反だが、暴走する野獣を刺殺した際の肉は、ちゃんとしたルートで売られている。ただし、高額すぎて一般人には手は出せないし、大半は軍事物資だ。民間に流通することはまずない。
戦争となれば野獣からの魔力の補充は免れない。国の騎士は訓練の一環として誰もが口にしたことがあるが、大体が飲み込めず、口に入れた時点で吐いてしまうそうだ。

「ここ最近の森にすむ野獣の暴走は、これが原因でしょうね。この辺で似たようなことは?」
「ああ、ありましたよ。何度かどこからやってきたか分からない野獣が村を襲ってきた」
「・・・・・死傷者は?」
「衛兵が一人」

ラウズガードの表情からして、怪我したということではないだろう。全ては聞かなくとも、アリスは眉間の皴を深くした。
それを和ますように、ラウズガードはふっと笑った。穏やかな、家族を見るような目。

「本当、変わってないですね、そーゆーとこ」
「何がですか」
「国に仕える騎士なんて、命を落とすこと覚悟でやってるんです。自分で忠誠を誓った君主に報いり、信じて、それを誇りとして戦う。死ぬことがいいと言っているわけじゃない。誰だって死にたくはない。だが、騎士として命を落とすことは、誇りを守ることができたこと。望んだ死に方で死ねるというのは、辛くてたまらないことはないんですよ。・・・・あんたがそんな顔しなくてもな」

昔からラウズガードにはそんな話をよく聞かされていた。
アリスは将来、自分の上に立つ人間。絶対に忘れるなと。自分が戦って生きている間は、振り返るなと。お前を守る人達は、仲間を惜しむ時間も、悲しむ時間も、全てアリスに託している。そんな騎士のために、振り返らず進めと。それがこいつらにとっては希望で、進むべき方向を示すことになる。だから、お前は屍を超えていける程、強くならなければならないと教えてくれたのはラウズガードだ。

「あなたは昔から厳しい人だ」
「すみませんね」

ラウズガードがそうして教えてくれなければ、今頃アリスは王子にはなっていないかもしれない。それが良かったのか悪かったのかは分からないが、アリスはそれでもこの人に感謝している。

「ところで、あの嬢ちゃん、ユズハちゃんっつったっけ。あの子、大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは?」
「いろいろですよ。突然異世界に連れられ、生贄でしょ?俺だったら頭おかしくなりますけど」
「幸い、最初から頭おかしい奴ですから、その点助かりました」
「あ、そう?」

アリスは至って真面目に答えている。なのにラウズガードは面白いものを見るような目でアリスを見ていた。なにがそんなに楽しいのか。ラウズガードが向ける顔にアリスは不機嫌な色を隠さない。

「初めて見るねぇ、あんたが手を焼かせている姿」
「別に、手を焼いてるわけでは・・・面倒なだけです」
「面倒ってのは手を焼いてるってことですよ。あの子のこと、他の奴と同じ目では見てないだろ?」
「そりゃ、大事な生贄です。何としてでも守らなければならない」
「そーゆーことじゃねーよ。何かあの子に思うことがあるんだろってこと」

いつの間にか昔のような関係に戻ってしまったのは、恐らくラウズガードがアリスのことをお見通しだからだ。ラウズガードには言い表せられない恩義があるが、この人のこういうところは嫌いだ。分かっていて、ニヤニヤと試すようにいじられる。そのアリスの反応を見て、また楽しんでいるのだ。

「特には。変な奴だとは思ってますけど」
「ほう?どういう風に?」
「・・・・・」

この目。アリスの嫌いな目だ。答えろとは言っていないのに、答えないと逃れられない、逃してはくれない目。分かってる。この人にはいつまで経っても、昔とは立場が逆転していても、ずっと敵わない。

「どういう風って言われても、そのまま変な奴ですよ。寝相は悪い、すぐ腹が減る、不味そうな料理を考える、警戒心がないのに肝は据わっていて、生贄だと自覚している」
「はっ、そりゃ飽きねぇわ!」
「自分のことはよく分かってないくせに、人のことはすぐ分かる。意外と密偵も向いているんじゃないかと思いましたが、気配がうるさすぎて駄目ですね」

すぐ自分は密偵だと手を挙げて宣言しそうだ。ラウズガードは腹を抱えてケラケラ笑っている。アリスに対しても、柚葉に対しても。
ぶすっとしているアリスの反応も面白かったのだろう。一通り笑い転げると、目尻に溜まった涙を拭い、ちゃんと座りなおした。

「あーあ、腹痛い。ユズハちゃんがいると王子の珍しい姿を拝見できるかもしれないですね」
「うるさいですよ」

頬杖をつくアリスは、捻くれた少年のようだった。







***






「ぶえっくしょい!」

その頃柚葉は、衛兵によって案内され部屋で一人ぼーっとしていた。突然襲ってきたくしゃみを惜しげもなくぶちかまし、ずず、と鼻を啜る。

「誰か噂してんな。アリスさんだろうけど」

この世界に他に柚葉のことを噂するくらい知っている人はいない。後で教えといてやろう、噂をしたら犯人はすぐばれると。
だが、それとは別にこの村は少し肌寒い気もする。雰囲気だろうか。日が落ちてくると、冬のような寒さになり、柚葉はリュックから寝具を取り出して身体に巻き付けた。暖炉はあるが、火の付け方が分からないし、ここにはチャッカマンとかライターとかはないだろう。マッチも魔法も使えない。小学校の宿泊学習でちゃんとやっておけばよかったと今更後悔した。
ぷるぷると震えていると、やがてドアが開いて、アリスとラウズガードが入ってきた。

「何やってんだお前」
「さ、寒いんですよよよよ!よよよくそそそんな薄着でででいらららられますねね!?」
「は?」
「ささささむむむいいいいいんんんでですすすす」
「なんて?」
「いいから早く暖炉つけてください!」

くわっと目を見開く柚葉に押されて、アリスはしぶしぶ暖炉に火を燈す。速攻で暖炉の前に移動する柚葉だが、アリスもラウズガードもシャツ一枚で、特に寒さは感じていないようだった。二人とも目を合わせて首を傾げている。

「ううういぃぃぃっ、あったまるぅぅぅ!」
「風呂に入るオヤジか」
「ユズハちゃん、そんなに寒いか?確かにちょっと冷えてはきたが、そんな毛布にくるまるほど・・・蓑虫みたいだな」

首から下を毛布でぐるぐるに覆い、手だけ火の前に差し出す柚葉の姿を見て、思わずラウズガードは噴き出した。
部屋の温度計に目を向けると、その針は十五度を指している。温かいと言える温度ではないが、柚葉のように凍える程の寒さではない。どちらかと言えば柚葉は寒がりな方ではあるが、日本でも当然ありうる気温だ。

「熱でもあるのか」
「ひぇっ!」
「変な声出すな」

流れるような仕草で柚葉の首元を触ってくるアリスはその手で頭を叩いた。熱はないな、と確認したあと、かけてあった自分のコートを柚葉の肩にかける。

「寒がりがすぎるだろ。この前地下に入ったときはもう少し気温が低かったはずだが?」
「そんなの知らないですよー。寒いもんは寒いんです。お二人のように鍛えた筋肉がないんでね」
「そういう問題じゃ・・・・・、ラウズガードさん」

言葉の途中で何か気が付いたように、アリスはラウズガードの名を低く呼んだ。ラウズガードもその声で何か感じたのか、真剣な面持ちでアリスに頷くと、開きっぱなしだったドアを閉め、鍵をかけた。何が始まるのかと、柚葉は暖炉の前でぬくぬくとしながらも怪訝な表情を浮かべた。

「いよいよまずいか・・・」
「ええ。いつかは訪れることでしょうけど」
「え?え?ま、待って。何?」

何で二人ともこっち向いて喋ってんの!?怖いんですけど!
二人の冗談とも思えない顔がさらに恐怖心を煽ってくる。柚葉は思わず後ずさりをするが、暖炉から離れたら寒くなってすぐ元の場所に戻る。もうここから離れられない。

「ユズハ、よく聞け」
「は、はい?」

アリスは柚葉の横にしゃがみ、目線を合わせる。銀が舞う、紺の強い瞳。奥深く、そこに何もかも吸い込まれそうになる。暖炉の熱気に乗せられて、彼の甘美とも言える紅茶のような香りが漂ってきた。ただそれだけで、酔ってしまいそうだ。

「事情が変わった。明日にでも少しお前の魔力を借りる」
「へ?」

簡潔に言ったアリスの後ろから、ラウズガードが丁寧に説明してくれた。

元々魔力の供給が少なかったこの村は、すでに限界が来ていた。様々なものが枯れ果て、失われた。そして今年は滅びの年だ。世界に存在する魔力も同様に失われていくが、状況が芳しくないこの村とて例外ではない。
そうなると、どうなるのか。
土地は、自然は、空気は、ここを構成する全ての要素は、存在するところから力を奪おうとする。そう、今まで自分たちの力を奪ってきた人間から、取り戻そうとするのだ。滅びの年に、人がいなくなるのは、それが理由だと言われている。
そこに、タイミングよく柚葉が来た。常人より魔力を持つ柚葉が。
多いところから奪おうとするのは当然の流れ。

「今、ユズハちゃんからはどんどん魔力が奪われている」
「ひいっ!?」
「慌てるな。すぐすぐどうこうなるものじゃない。ただ、放っておくと魔力がなくなってしまう」

冷静に言うアリスは、柚葉の額に自分の左手の指先を当てる。すると、そこから包むように緑の光が柚葉の身体を覆った。それは数秒で見えなくなってしまったが、代わりに身体の冷えがなくなってきた。アリスのコートや毛布を外しても、もう寒くない。

「ひとまず、結界を張った。長持ちはしないし、明日が限界だ」
「私の命は今日までと・・・」
「いいから最後まで聞け。このまま放っておけばお前の魔力は際限なく奪われる。だから明日、こっちから一定数供給してやるんだ」

つまりは、むやみやたらに奪われるのであればこっちから与えて納得させてやれ、とのことだ。
滅びの年を乗り越えれば、とりあえずは苦しいだろうが、今まで通りの生活はできる。ニブルの森へ柚葉とアリスが行くまでの分をひとまず提供してやればいい。この小さな村ひとつなら、柚葉の魔力量であれば十分だという。

「で、でも、そのニブルの森で使う魔力は足りるんですか?」
「魔力は消費したら生産もされる。向こうに着くときまでには元の量に戻っているはずだ」
「体力と同じようなものってことですね」
「そゆこと」

アリスやラウズガードの魔力を使ってもいいが、微々たるものすぎて、使い損になるという。それは、異世界人の柚葉以外、誰にでもいえることで、この役は柚葉しか担えないのだ。

「仕方ないですね。持ってけドロボー!」
「坊ちゃん、ユズハちゃん、本当変な奴ですね」
「でしょ」
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