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第二章

衰弱

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唇を噛み締めながらわなわな身体を震わせるアイシャを一瞥して今度こそ背を向ける

このままチンピラセツで接してもいいことは何もない
それに、これ以上ボロの出しようもないけどあまり素のままでいるのはよくない
どこで誰が見ているのか分からないからな

このままアイシャが黙ってくれたら一番いいけど、何かを言われたら面倒だ
特にあいつのオヤジの耳に入ったらま~た訳の分かんねえいちゃもんをつけられるに違いねえ
今まで培ってきた良い子ちゃんという印象とノワール家の地位があれば万が一のことはないと思うけど、相手にするのが面倒なんだよな~

はあー……まっ、なんとかなるか


いつもの適当さが働いて楽観的に自己解決しようと思ったときだった



ドサッ


「え?」


後ろで何かが倒れる音がした


慌てて振り返ればそこには蹲っている何かが…って…


「何かじゃなくてアイシャじゃねえか!」


な、なんだ!?私の言い方がキツすぎて倒れるほどショックだったのか!?
急いでアイシャの元へ駆け寄れば聞こえてくる激しい咳の音


「ゲホッゲホ!ゲホッゲホゲホッ!!」

「おい大丈夫か!?アイシャ!?おい!!」

「お…おとう…ゴホッゴホッゴホ!!」

「ま、待ってろ!!今すぐ人を呼んでくるから!!」


苦しそうに咳き込むアイシャの背中を少し摩ってから全速力で走って会場の方に戻った

幸いアイシャのオヤジは未だにうちのオヤジと険悪な雰囲気を醸し出していたからすぐに見つけることが出来た


「ギーベル様!!大変ですわ!アイシャ様が!!アイシャ様が!!!」


自分の娘の話を耳にして表情を変えるギーベル様とこういった社交場で見たことのない取り乱し方をする私を見て驚く私の両親

とにかくウォーレイ家の使用人何人かを呼びお父様たちとアイシャの元へ戻ればアイシャの咳は止まっていたもののぐったりと地面に横たわったままの姿があった


「アイシャ!しっかりするんだアイシャ!!」

「お…おとう…さ…ま…?」


アイシャを抱き締めて真っ青な顔で尋ねるギーベル様とそれ以上に真っ青な顔で弱弱しく父を呼ぶアイシャ

今さっきまで私と口喧嘩していたアイシャとは思えないくらい衰弱している姿にどんどん不安が押し寄せてくる

やっぱり、私のせいなのかもしれない…ううん、きっと私のせいなんだ
アイシャの身体が弱いことを知っていたのにショックを与えるようなことばかりを……

じいっと目を逸らせずに二人を見ているといつの間にかお父様が私の肩を抱き、お母様が私の手を握っていた

きっと私が酷い顔色をしていたからだ

でも…今は私よりもアイシャが一番心配だ


一緒についてきた使用人たちも慌てて医者などの手配でバタバタしていた時


「貴様か!!貴様のせいでアイシャがこんなことになったのか!!?」


ついにこの時が来た


般若みたいな顔でアイシャを抱き締めながら私を怒鳴るギーベル様
当然だ
原因は私しかいないからだ


「おいギーベル!私の娘に」

「お父様!私なら大丈夫ですわ……ギーベル様、申し訳ございません」

深々と腰を折って頭を下げた

「最近は体調も良かったんだ!!こんなにすぐに悪化するような何かを貴様がしたに違いない!!」

「…申し訳、ございません」

「アイシャに何かあったらどう責任取るつもりだ!!ただでは済まさないからな!?」

「はい…覚悟はして」

「貴様も覚えておけよヴァーシス!!娘の失態は貴様にも必ず償ってもらうぞ!!」


覚悟はしております、と続くはずだった言葉は聞き捨てならない言葉に遮られた

ちょっと待てよ、これは完全なる私の非だ
それなのに、お父様にまで


「お待ちくだ」

「いいだろう」

「お父様!!」

「セツィーリア、お前も分かっているだろう?子どものしたこととは言え、それが得であろうが害であろうが親にも関係してくる。私たちがいるのはそういう世界だと」

「…それは………けどっ!」

分かってる!嫌ってくらい分かってるけど…!
それでも、家族だけは巻き込みたくないんだよ…!


気持ちとは裏腹に都合よくここでお嬢様のセツィーリアが表に出て口を噤んでしまう

「ふんっ!その言葉、忘れるんじゃないぞヴァーシス!!」

「いいからお前は娘の心配だけをしてろ」


自分の不甲斐なさに震える私にお父様もお母様もずっと私の背中に手を当ててくれていた
嬉しい、物凄く安心する

だけど、それと同時に甘やかさないでほしいとも思っている

二人が優しすぎるから私もそれに甘えて肝心なときに一番やってはいけないことをやってしまった
何が何でも、我慢しなきゃいけなかったんだ…素を出すことは、心を許していない人間にしてはいけなかったんだ…
これじゃアイシャのことを言えない…結局私も自分の感情を抑えられないガキだったんだから


ギリギリッと爪が食い込むくらい拳を握り締める


「アイシャ!とにかく今すぐに部屋に行こう!大丈夫だぞ!お父様が絶対に助けるからな!!」

ギーベル様がアイシャを抱えて呼びかける
二人が私の横を通り過ぎた瞬間


「いい気味ね」


小さく、けれど確かにはっきりと聞こえた声

バッ!と顔を上げれば見えたのは去っていくギーベル様の背中と抱っこされて顔をこっちに向けたアイシャ

そして驚いたのはそのアイシャの顔だ
少し青白いものの、アイシャの顔には明らかに笑顔が浮かんでいた

ギーベル様や使用人たちはもちろん、お父様とお母様も全く気づいていない

嘘だろ?という顔をしながら呆然とアイシャの方を見ていれば、彼女の口は三回動いて、最後にまた憎たらしい笑顔を浮かべてギーベル様と屋敷の中へ消えていった


私に読唇術なんて高等技術は持ってない

けど、はっきりとその時あいつが何を言ったのか分かった



「ま ぬ け」





この時私は心に誓った






アイシャ・ウォーレイ



マジ許すまじ!!!




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