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第二章

受け止められる強さ

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「…んー……」

「あっ、キュアラちゃん起きるんじゃない?」


もぞもぞと動き始めるキュアラちゃんに気づいてシェリーの腕の中から抜け出す

私と比べて随分と寝ていたからちょっと心配だったんだよね、もしかしたら睡眠薬以外の薬品を嗅がされていないかって
まあ、さっきルーク様に診てもらったらただ寝ているだけだって言われたからその心配も杞憂に終わったけど


「…ん…あれ?セツ様…?ここは…」

「キュアラちゃん!目覚めてよかった!実は色々あって……あっ、その…」


こ、これはどう説明するべきなんだろう
正直に話す?でも全てを聞かせるにはキュアラちゃんはまだ幼すぎるし…


「キュアラ、さっきから起きていたのに今起きたようなフリはしなくていいよ」


…………はあ!?


「ちぇ、やっぱりお兄ちゃんは気づいてたのね」

マジで起きてたのかよ!!

「いつ起きるのかなって思ってたよ」

お前も言えよ!!

ちょっと待て、なんだこの私一人だけ何も分かってなかった感
疎外感ハンパないんですけど…!!


「ていうか!キュアラちゃん!いつから起きてたわけ!?」

起きたばっかだったら何の問題もない
だけど…もし馬車に乗り込んですぐにもう意識が戻っていたとしたら…!

キュアラちゃんに向けていた目をシェリーに向ける
焦る私とは裏腹にシェリーは落ち着いていた

そうだ…シェリーはキュアラちゃんが起きていることに気づいてたんだ
気づいてて、私の質問に答えてくれた
つまり……


「セツ様、心配してくれてありがとうございます。キュアラは確かにまだ子どもですが…真実を受け止める覚悟くらいあります!なんせ…キュアラはこの兄の妹なのですから!」


えっへん!と胸を張るキュアラちゃんを見て私は自分が恥ずかしくなった
私は勝手にキュアラちゃんに全てを話すのはもう少し彼女が大人になって、冷静に物事を受け入れられる年齢になってからの方がいいと勝手に思い込んでいた
でも、それは間違いだった
年齢が大きいとか小さいとかそんなのは関係ない、キュアラちゃんの心はもうとっくに大人のそれにも負けないくらい強く成長していたんだ

もう守られるだけの子どもじゃない
これからはシェリーだけじゃない、キュアラちゃんもお兄ちゃんを支えていくんだね
二人で支えあって前に進んでいくんだね


「キュアラちゃ」

「というわけでお兄ちゃん!キュアラの質問にも答えてもらうね!」

感激してキュアラちゃんの手を握ろうとしたらスカッとかわされてその手はシェリーを指差していた
おぅふ…す、すげえ恥ずい…


「…う、ん、俺で答えられる質問なら」


おいシェイルスアーレスウウウウウウウウ!!!!おっまえ笑ってんじゃねえぞコノヤローーーー!!!
バッレバレなんだよコンチクショーがっ!!!

心の中で盛大に暴れながら努めて何事もなかったように振舞って席に座りなおした

大丈夫、結果的には無視されたっていうことになったけどキュアラちゃんは気づいてなかったんだから仕方ない
うん、誰も悪くない、そして誰もかっこ悪くない!!

さあさあ、気持ちを落ち着かせてキュアラちゃんの質問というのを聞こうじゃないか!
さてさてどんなことを聞くん


「お父様とお母様はなぜ殺されたの?」

「……」

「……!!?」



ぶっ…ぶっこんだああああああああああ!!!!
い、いきなり最大級の地雷踏みに行ったああああああああ!!!!

ちょちょちょキュアラちゃーん!?あなたちょっと逞しくなりすぎじゃない!!?普通もうちょいそのなんつうの?クッションとか入れるでしょ!!どんだけドストレートなんだよ!!変化球入れろ変化球!!

ほらほら!シェリーも固まっ


「俺がかき集めた情報での憶測、くらいしか話せないけどいい?」


おっめえも何普通に答えてんだ!!!


だ、だめだ
この兄妹の会話を聞いてるだけでツッコミが飛び出る
私はツッコミ製造機じゃねえからな!?いくら心の中とはいえこんだけ激しくツッコんだら疲れるんだからな!!?


必死に声を堪えていた分顔に出ていたのか


「セツ様?さっきからすごい凄い顔になっていますが、大丈夫ですか?」

「セツィーリア様、もう少し真面目にお願いします」


アーレス兄妹に逆ツッコミを貰った

二つだけ言わせて欲しい

一つ、口癖にもなりかけているあの言葉

解せぬ…!!

二つ、これが一番重要かな




誰のせいだと思ってんだあああああああ!!!




つうかシェリーマジ後で覚えとけよ!?お前のその半笑い絶対忘れないから!!



青筋を浮かべそう勢いだったのを必死に押さえ込んでお嬢様笑みを浮かべる
ここにはキュアラちゃんもいるんだから取り乱しちゃダメ、深呼吸に笑顔!スマイルスマイル~!
…よし!…おうおう、これでいいか?ん?これで真面目に見えるだろ?

顔を背けて手の甲で一瞬だけ口を押さえてすぐに真顔になるシェリー
良かったねシェリー、私が空気読める子で
この真面目モードをぶち壊す気はないよ?だからお前が今の一瞬私を笑ったことは言わないでいてあげるね………今は


思いのほか軽いノリで始まった最大の地雷話は、聞いてるうちに今度は私の地雷を踏み抜いた
地雷という名の怒りのツボをそれはもう見事に




シェリーの父と母は小さなお店を営んでいたという
特に裕福ではなかったけど、好きなことをしてお客さんたちの笑顔を見て毎日が幸せだったそうだ
だけど、あの男の登場でその幸せに綻びが生じ始めた

店の常連客だった裕福な男の息子があの男だった
そして、そいつは店にいたシェリーの母に一目惚れ
毎日毎日しつこいくらいに言い寄って、挙句の果てには夫と離婚して自分と結婚しろと迫り始めた
はっきりと拒絶してもめげない男は最終的に自分の父の財力で店を潰されたくなかったら別れろと脅しまでするようになり
今までは懇意にしていたお客さんの息子だったからシェリーの父も大目に見ていたが、ついに堪忍袋の緒が切れたという

父親が金持ちだったせいか男はプライドが高く、それゆえこのような拒絶を自分が受けたことに耐えられなかったようだった
すぐにでも店を潰して後悔させてやるつもりだった男は父親に頼み込んだ
そしてその頼みは見事に切り捨てられた
男の父は素直にあの店を気に入っていたから、男がそのようなことをしていると知って潰す協力をするどころか男を激しく叱り突き放した
好きな人にも振られ、自分の味方だと思っていた父にも見放され男のプライドはズタズタ
その結果………あんな暴挙に出た……と


「普通ならあんな火事に加え人も亡くなっているというのに、すぐに事故として片付けられたのが不思議だったんだ。それで調べて分かった、あいつの父親が裏で手を回して隠蔽したんだって」

「でも、父親はお父様たちの味方じゃなかったんですの?」

「それはあくまで大事にならないような事だったからだよ。結局息子だから放っておけなかったんだろうね…まあ、バレてその家の名に傷をつけたくなかった、というのも理由の一つだと思うけど」

「……大人って恐ろしいわ、平気で事実を隠せる術を持っているのだから」


シェリーとキュアラちゃんの会話が耳からすり抜けていく

一通り事の整理はできても心はそう簡単にはいかない
考えれば考えるほど怒りが湧いてくるし、あの男をこの手でボッコボコのズッタズタにしてやらなきゃ気が済まなかった

「セツィーリア様?…大丈夫ですか?」


いつまでも黙った私を心配してかシェリーが顔を覗き込んでくる
少し目線をその後ろに向ければキュアラちゃんも心配そうにこっちを見ていた

ああ、私って本当に馬鹿
キュアラちゃんを子ども扱いしていたくせに…結局一番子どもだったのは私じゃない
一歳違いとはいえ、この子はこんなにもしっかりと最後まで自分を保っているのに
それに引き換え私と言ったら……


「……じゃねえか…」

「え?」

「…んなのただの逆恨みじゃねえかふざけんなよぉ!!?何がプライドだよ!!そんなのそこらへんの犬にでも食わせとけ!!まず家庭持ちの女性に手出そうなんて考えるほうが頭おかしいんだってなんで気づかねえ!あっそうか、脳みそねえからか!頭おかしいから自分がどんだけ最低なことをしてんのか分かんねえのかそうかそうか!……だからって何やってもいいと思ってんじゃねえぞクソ野郎!!!」

「……」

「…セ、セツ様…?」


怒りに任せておよそお嬢様、いやそれ以前に女の子としてあるまじき言葉がマシンガンの如くあふれ出した
さすがに馬車だから暴れるのはやめた、もしここが馬車じゃなかったらきっと私は駄々っ子みたいに地面を蹴ったりしていただろう

だって!だって!!ムカつくんだもん!!言葉遣いなんか気にしてられないくらい頭に血が上ってるんだよ!!
キュアラちゃんの前で理性を保ちたかったけど結局無理だった
何の関係もない私が本当の被害者のこの二人の前でこんなに怒るのはお門違いだって分かってる
だけど、言わなきゃ…こうでもしてぶちまけなきゃ私はきっともっと…言ってはいけない言葉を言ってしまう気がしたから…

"あいつが死ねばいいのに"なんてこと言ったら…私はきっとシェリーもキュアラちゃんのことも裏切ることになる
それに私自身、そういう言葉を言えるようになってしまう人間にはなりたくない




「ハアー…ハアー…」

「落ち着きました?」

「……ええ、さっきよりかはね」

「キュアラ、あんなに激しいセツ様始めて見ました」

「キュアラちゃんよ、今日の私はあなたの知ってるお淑やかなセツじゃないからなるべく早めにこの私は忘れてね」

「?キュアラはセツ様をお淑やかと思ったことはございませんよ?」

「なっ!?」

「ぶっ!!」


こてんと小首をかしげるキュアラちゃんの言葉が大砲になって私に襲い掛かる
うっ!!こ、この目は本気だ…!!こ、子どもの純粋で素直で正直な言葉って本当に威力が計り知れないっていうレベルじゃ


「だって、セツ様はいつも元気で笑顔がかわいくて、太陽みたいに周りを明るくしてくれる方だから!お淑やかなんて言葉はセツ様の良さを伝えきれていません!」

……およ?これはこれは、もしかしてめちゃくちゃ褒められてる?

ちょっとニヤケそうな顔をだらしなく晒しながらシェリーを見ればさっき一瞬で吹き出したムカつく顔はどこか、そこにはいつも通りの笑みを浮かべている美人(傷ありだけど)がいるだけだった


シェリーは二年もの間ずっと一人で情報を集めていたのだろう
そしてこの事実を知った時、きっとシェリーの怒りは私の比じゃなかったはず
じゃあキュアラちゃんは?見たところいつも通りに見えるけど…


「ねえ、キュアラちゃん…大丈夫?」

「…正直あまり大丈夫じゃないです。でも、受け止めるって言ったから…女に二言はないのでしょう?セツ様」

「うん、言った、言ったけど……辛い時はちゃんと辛いって言っていいんだよ?キュアラちゃんは一人じゃないんだから」

「はい、分かっています。でも、やっぱり大丈夫です!…確かに真実を知ってショックは受けました、でも…知らずにいた方がずっと嫌だと分かりました」


そう言ってキュアラちゃんは向かいに座って今までずっと私達を見守っていたシェリーの隣へと移動した
そしてその腕に抱きつきはにかんだ笑顔を見せてくれた


「これでキュアラもお兄ちゃんと同じものを背負っていけるんです!漸くスタートラインに立てたのです、下を向いて悲しむより上を向いて兄と一緒に笑って前へ進む事の方が大事ですよね!」


ぐりぐりと顔をシェリーの腕に押し付けて甘えるような仕草をするキュアラちゃん
シェリーもそんなキュアラちゃんがかわいいのか慈愛に満ちた目でゆっくりとキュアラちゃんの頭を撫でていた

そんな二人の姿を見てるとまたしても感動で涙を流しそうになる
でも、ここで空気を読まないセツちゃんじゃないよ?

今はキュアラちゃんの時間だってちゃんと分かってる



シェリーの腕に顔を押し付けてるキュアラちゃんの涙を見ないよう、私は彼女が泣き止むまで窓の外を見ていた







そして暫くして





数時間しか離れていなかったのに


無性に懐かしい我が家に到着した







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