上 下
48 / 130
第二章

一瞬

しおりを挟む



それは本当に一瞬のことだった







街に着いたと思ったらセツ姉にあっちこっち引っ張り回される羽目になった
シェイルスさんと手を繋いで欲しくなかったから自分から握った手前、手を放してとも言えない
やっと自然に手が離れたらと思ったら散々暴走した後で、しかも…本当に認めたくないんだけど!!……手が離れてちょっと寂しいっていう…気持ちも、なくはない、というか……

ていうかそもそも!僕がこんなにももやもやしたり警戒しなきゃいけなくなったのは全てあのキュアラっていう娘のせいだ!
あいつが変な事言ったりしなければ僕だってもっと素直な気持ちでシェイルスさんやセツ姉に接することが出来たのに…!

……分かってるよ、シェイルスさんはどっからどう見ても非の打ち所のない人だってことは
男の僕から見てもかっこいいし(それにすごく美人)憧れって言ってもあながち嘘じゃない

でも、だからこそ焦るんじゃないか
そんな人がセツ姉を好きになったりしたら、負けるつもりは毛頭ないけど手強いライバルが増えるとのには変わりない
例えあのバカが自分に向けられた好意に一切気づけないバカだとしても、心配なもんは心配なんだよ


少し遠目から雑貨に一々目を輝かせるセツ姉を眺める
ああいうところは普通に女の子なのにね、普段はどうしてあんなに暴れ馬みたくなるんだろう…


「はあ…」

「重いため息ですね」

いきなり横から聞こえた声に少しばかりビクッとする
見なくても分かるが、全ての元凶のキュアラがなぜか僕の横にいた
さっきまでセツ姉の隣で一緒になってはしゃいでたのにいつの間に…

って待てよ!ってことは!

嫌な予感がしてバッ!とセツ姉の方を見ればやっぱりというか、シェイルスさんと楽しそうに話してるセツ姉がいた
前までならなんとも思わなかったのに(それでも少しは思ってた)、こいつのせいでこういう場面を見ただけで心がざわついてしまう
ああもう、僕ってこんなに小さい男だったのかよ…と少しばかりショックを受けながらも邪魔をしに行こうと一歩踏み出せば腕を誰かに掴まれた

それが誰かなんて見なくても分かる
本当はもっと紳士に接したいけど僕にだって許せないことはある

「なんだよ、また何か企んでるのか?」

少し睨みながら振り返れば予想と反してキュアラは真剣な表情をしていた

「少し、いいでしょうか?」

なんだ?と思いながら仕方ないから足を止めた
再び隣に並んだキュアラはセツ姉とシェイルスさんを眺めながら口を開いた


「セツ様がさっき言ってました、"ユーリが今日の見送りについて来たのもきっとキュアラちゃんと離れ難く思ってるからだよ"と」

「お前はそれ、信じたの?」

「まさか、そんなことないですよって謙遜しながら心の中でありえないと叫びました」

「分かってるじゃん」


ていうか何こいつ?わざわざこんな事を僕に聞かせるために呼び止めたの?


「大丈夫ですよ、ユーリ様はセツ様が心配だったから来たのでしょう?」

「…別に、心配とかじゃないし」

「セツ様の言う通り、本当に素直じゃない方ですね。……知ってますか?セツ様ってばずっとあなたやクロスさんの話をしてるんですよ?本人は愚痴のつもりで言ってるみたいなんですけどいつもすごく楽しそうに話すんです。それはもうこっちが嫉妬してしまうくらい」

「……」

そんなのは初耳だ

「僕はてっきりお前がセツ姉に変な入れ知恵をいれているのかと」

例えば自分の兄がどれだけ優秀で素敵なのかを吹き込んだりしているのかと思ってた
でも、まさか…主にそういう話をしていたなんて

「本当に失礼な方ですね、私のことなんだと思ってるんですか」

ジト目で見てくるキュアラの視線が痛い

「あー、その…悪かった」

「あら、意外と素直に謝れるんですね」

「僕に非があるのだから当然だろう?」

ここで謝らなかったらセツ姉の弟としても、何よりノワール家の跡継ぎとしても顔向けが出来なくなる

「それでは、私からの謝罪も受け取ってもらえますか?」

「え?」

聞き返してる暇もなく横を見ればこっちに向かって少しだけ頭を下げているキュアラがいた
本当にどうしたというのだろう。いつもと様子が違いすぎる

「今までの数々の無礼な言動、全ては本心ですが一応お詫びいたします」

前言撤回

「お前謝るつもりないだろ」

本心とか一応とかって言ってる時点で無礼な言動に当たってるって分かってるよね?
すぐに顔を上げたキュアラはやはりケロッとしていて、様子の違うことに少し心配をしてしまった数秒前の自分を怒ってやりたいくらいだ

「いえ、本心ですよ。だから最後に一ついいことを教えてあげようと思いまして」

「いいこと?」

「安心してください。今のところ、兄はまだセツ様のことをもう一人の妹みたく思ってるだけだと思いますよ?」

「え!?本当に!?ていうかお前、気づいてたのならなんであんな事したんだよ!」

「私がそう感じるだけで確信はありませんが。あと、あのような事をした理由は私がセツ様に姉になってもらいたかったから兄とうまくいってくれたらいいなあと思って」

「結局全部お前のせいじゃん!!」

「だから謝ってるじゃないですか」

それが謝ってる人間の態度か!!しれっと言うキュアラに怒りを通り越して呆れすら出てくる始末
しかも終いには「器が小さい男ですね本当に」と言われた、激しく納得いかないんだけど
ていうか本当にシェイルスさんの妹かよ、顔は似てるのに性格は違いすぎる!シェイルスさんを見習え!

「とにかく!これでユーリ様とのわだかまりもなくなったことですし、思う存分兄とセツ様と楽しんでいいということですよね?兄も今日のことは楽しみにしていたので余計な心配はかけたくないんです」

「お前僕とのわだかまりなんて一回も気にしたことないだろ」

あと、僕だってシェイルスさんには世話になってるからその楽しみをぶち壊すようなことはしないよ

「そうですけど、どこかすっきりしない気持ちはあったんですよ?だから本当に良かったと思っています」

「…あっそ」

珍しく挑発的な笑顔じゃない笑みを向けられて、このまま僕が一人で怒っててもそれは単なるエネルギーの無駄だと悟る


「おーい!!ユーリにキュアラちゃん!そろそろ次のお店に行こう?」


扉付近にいた僕達に近づいてくるセツ姉とシェイルスさん

本当に、いつ見てもへらへら笑ってるんだからこの人は
こっちに向かって歩いてくるセツ姉に合わせて僕の方から近づいた
だから先に歩き出した僕は聞くことが出来なかった



「ユーリ様、私は"今のところはまだ"と言ったんですよ?実際には危うい状態だと気づかないのかしら」


キュアラの不穏すぎる言葉なんて




四人(護衛の人は店の外で待機している)でお店を出た瞬間


「きゃー!!」

若い女性の声が聞こえたと思ったら顔を隠した男が女物のバッグを持って走っていくのが見えた
明らかに強盗だと気づいたときには


「待てえー!!!」

「え!?」

「セツ様!?」

「嘘でしょ…」

うちのバカも飛び出していた

幸いそのすぐ後を護衛とシェイルスさんが追いかけ、遠目から護衛はそのまま強盗を、シェイルスさんはセツ姉を捕まえて何かを言ってからそのまま強盗の後を追いかけたのが見えた
少ししょんぼりしてるように感じるセツ姉が一人大人しくこっちに戻ってきてるところを見ると大方シェイルスさんに、強盗は自分たちが追いかけるからあなたは僕たちと一緒にいてください、とでも言われたのだろう
そして恐らくだがしょんぼりしているのはセツ姉のことだ、自分で捕まえたかったのだろう
本当に勘弁して欲しい、この人は自分がただの女の子だっていう自覚がないのか?簡単に危ないことに首を突っ込もうとする性格をなんとかしてほしいものだ、こっちの心臓が持たない


「セツ様!」

キュアラが駆け足で先にセツ姉のとこに駆け寄る
僕もその後をゆっくり追いかけながらどう説教してやろうかと考えていた
それで思いのほか歩く速度が遅くなってしまい、運悪く女性団体の列に進路を塞がれてしまった

一瞬だけ前方にいるセツ姉とキュアラの姿が遮られる


でも、本当に一瞬だったのだ
列が通り過ぎるのに5秒となかったのに


再び開かれた視界のどこにも二人の姿はなかった







「え?…セツ姉?」







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...