転移失敗!!此処は何処?僕は誰?

I&Rin

文字の大きさ
上 下
12 / 260
死の大陸編 幼少期

第9話. 静寂な水辺

しおりを挟む
 ベタウン子爵の居城には、大浴場があって、しかも源泉掛け流しだった。

 いかにも転生者である。何故か三人で入ったが、泡プレイなどもせずに終わったのには驚いた。
 ファツィオが、久々の風呂を楽しむエイリークに、遠慮したのだ。
 湯けむりを透かして、うっとりと眺めてはいたが。
 薬を盛ったり、策略を用いたり、とやり方はエグいが、彼もエイリークを好きなことには、間違いない。


 入浴後、騎士団の面々と、無礼講と称する夕食兼宴会に同席した。
 食堂のテーブルと椅子を片付け、野営みたいに、食器を床へ直置きしていた。ただし、床には織物を敷いてあり、各々の席には、クッションが用意されていた。
 俺とエイリークは、ファツィオの両脇である。

 「かんぱーい!」

 副隊長の音頭で開宴した。皆で一斉に、肉へかぶり付く。骨付き鶏のローストが山ほど、豚の丸焼きもカット済みで並んでいる。酒は瓶ではなく、樽で用意されていた。それぞれ各自が汲んだり取り分けたりして、飲み食いするのだ。

 「うめえ!」

 肉で空腹を満たすと、酒を飲む。あっという間に、食堂は酔っ払いだらけになった。
 本当に、無礼講である。誰も、隊長や副隊長に、お酌しに来ない。あれは、日本の悪習か。

 「隊長! あのビッグベアー、過去最高のデカさですぜ」

 酔った隊員が、酒入りカップ片手にファツィオへ話しかける。
 俺たちは、従卒らしく、ファツィオの皿に肉を盛ったり、カップに酒を満たしたりした。彼自身は、あまり飲み食いせず、部下やエイリークに料理を勧めるのだった。

 「エイリーク。この果物は、我が領地で採れた物だ。食べさせてやろうか」

 「自分で食べます」

 俺も、横からファツィオに肉を勧めた。

 「ファツィオ様。塩漬け肉のあぶりを、どうぞ」

 三人とも、人前では、貴族と平民の関係を保っている。しかし、部下たちは、彼らなりの解釈をしていた。

 「隊長! 俺は、嬉しいです。やっと、隊長に春が来たって、みんな喜んでいます」

 「これで、俺たちも安心して、女を口説ける」

 「今までは、隊長目当てに近付く女ばかりだったからな」

 隊長が美形だと、部下も苦労する。
 一同は、ファツィオと俺が恋仲だと思っているようだ。テントで毎朝ヤったせいに違いない。
 俺から見れば、今のファツィオは、明らかにエイリークの方と親密にしていた。顔など、ほとんどキスする距離であった。


 先に二人で部屋へ下がろうとしたら、ファツィオまで付いてきた。部下たちは、遠慮なく飲み続けている。

 これでは、エイリークと二人きりになれる時間が、まるでない。

 「ここが僕の部屋。入って‥‥そこで何をしている?」

 ファツィオが咎めるより前に、気配で察したエイリークが脇をすり抜けて部屋へ飛び込んだ。
 俺も一応、主をかばていで、戸口から中を見渡す。

 「いやっ。何するのよっ!」

 エイリークに取り押さえられたのは、一人の侍女だった。出迎えに並ぶ列で、顔に見覚えがある。

 「騒ぐな。ここに、お前の仕事はない筈だ。何故いる?」

 侍女は、口を半開きにしてファツィオに見惚れ、主の冷え切った声に涙を浮かべた。ファツィオは美形だけに、冷淡な表情の効果も、てきめんである。

 「お許しを。新しくいらしたお付きの方々の、ベッドメイクをし忘れていたことを思い出し、只今終えたところにございます」

 「彼らの支度をするために、私の寝室へ入る必要はない」

 その部屋には、俺たちが使った扉の他、両サイドにも扉が付いていた。続き部屋である。そちらの部屋へも、直接廊下から出入りできる作りになっている。つまりは、ファツィオの指摘した通りである。

 「いいえ。あのっ、そういうつもりではなく」

 侍女は、もはや何を言っているのかわからない言い訳を口にする。
 ファツィオがベルを鳴らすと、使用人が連れ立ってやってきた。中には家政を取り仕切る、貫禄のある女性もいた。

 「まあ、カシルダ。姿が見えないから、もしやと思ったら、やっぱり」

 「きっちり指導しておけ。次に同様の事を起こしたら、私から直接、本家に伝える」

 「そ、それだけは勘弁」

 「口を閉じてカシルダ」

 エイリークから引き渡された使用人たちが、取り囲むようにしてカシルダという侍女を連れ出した。
 ファツィオは一人だけに、残るよう命じた。

 「ここにある酒とグラスを全部下げて、新しい物を持ってきてくれ。その酒は、中身を全部捨てるように」

 「かしこまりました」

 使用人が退出した後も、ファツィオは室内をあちこち見て回った。ベッドの下はもちろん、布団やシーツをめくったり、ランプまで開けて何やら確認する。

 俺たちは、彼のやることを目で追うに留めた。その間に使用人が、新しい酒瓶とグラスを補充した。

 「大丈夫そうだ。待たせたね。部屋へ案内しよう」

 一方の扉を開ける。護衛の控え室というよりは、奥方の部屋に見えた。今いる部屋と遜色そんしょくない広さで、壁紙や調度品が柔らかい印象でまとまっている。
 こちらの部屋でも、ファツィオは同じように点検した。
 怪しい物は、見つからなかった。

 「上等な部屋を用意してくれて、ありがとう」

 「どういたしまして。ユリア、お前はこっちだ」

 「え?」

 てっきりエイリークと二人で寝るつもりでいた俺は、腕を取られるがまま、ファツィオに引っ張られた。
 エイリークも戸惑った風で、後から付いてくる。

 部屋を真っ直ぐ横切って、反対側の扉に着く。

 「ユリアの部屋は、ここ」

 開いた先は、護衛の詰所だった。一応、ベッドとテーブルは置いてある。それで部屋が一杯になる広さだ。

 「向こうの部屋で、二人寝られる。余分に部屋を使わなくてもいい」

 エイリークが嬉しい口添えをしてくれる。ファツィオは、満面の笑みを浮かべた。

 「ダメです。隣でイチャイチャする音を、聞かされたくありません。一晩くらい、別室で寝たっていいじゃないですか」

 「わかった」

 エイリークが受け入れたのは、一緒に寝たら、絶対に俺が誘う、という確信があるからだ。当たっている。

 「じゃあ、お二人とも、寝る前に一杯付き合ってくださいね」

 「薬、仕込んでいないよね?」

 「使用人が、新しく持ってきたところを見たでしょう」

 王都の騎士団へ戻れば、ファツィオも俺たちと離れざるを得ない。今夜が最後と思えば、呑みに付き合ってもいいか、という気になった。
 三人でテーブルを囲む。

 「ちょっと」

 ファツィオが席を立ち、扉を開けて廊下を確認する。先ほどの侍女が、今夜再び侵入する心配は流石さすがにないと思うが、他にも使用人はいる。住人が大勢いると、自邸でも気を遣う。貴族は大変だ。

 「怖い思いをさせてすみません。心配なら、僕の部屋へ通じるドアを、開け放しにして、お休みになってください」

 「いや、その必要はない」

 エイリークが秒で断った。ファツィオは落ち込みも見せず、瓶の栓を抜き、グラスへワインを注ぐ。

 「どうぞ」

 グラスを軽く突き合わせて飲み干す。宴会で供されたものとはまた違った風味で、どちらも美味しい。甘い香りが鼻腔に残った。

 「ところで、さっきの侍女は何なの?」

 「イスキェルド男爵に農作物指導を任せている関係で、分家筋の娘を雇って欲しいと頼まれた。うちは、女主人がいないから、侍女の修行にはならない、と断ったのに、雑用係でもいいから、と頼み込まれて」

 「‥‥はく付けだな」

 エイリークが、ちびちびとワインを減らしながら、断じる。
 ファツィオが、俺のグラスと自分のグラスに、お代わりを注いだ。薬を仕込んでいないといいのだが。試しに鑑定してみたが、単なる高級ワインだった。

 「愛人とか、あわよくば妻にとか、思っていそう」

 「そうなんだよ」

 俺の軽口に、ファツィオが膝を叩いた。

 「屋敷に入り込んだのは、あの娘だけで済んだけど、王都でも何かと話が来て、面倒くさい。僕はエイリーク様しか要らないのに。そこで、相談なんだが」

 と俺に向かって提案するのは、前世の関係を引きずっていて、俺が首を縦に振ればエイリークも付いてくると思っているからだろう。
 実際は違う。エイリークに捨てられないよう、俺がしがみついているのだ。

 「お前、エイリーク様とここに住まないか?」

 「様は要らぬ」

 エイリークが突っ込む。

 「すみません、エイリーク。本当はカムフラージュに、形だけでも結婚して欲しいんだけどな。とりあえず、うちの領と専属契約して、ここを拠点に冒険者の活動をしたら、どうかな?」

 思いもかけない話を持ちかけられ、反応に困る。

 「王都へ行っても、冒険者って基本郊外の仕事だよ。害獣が出現するのは、地方だ。競争も激しいし、移動の時間も勿体ないし、物価も高いし、生活費も大変だ。ここでお金貯めて、やっぱり王都へ行くならそれでもいい。どうせ僕、騎士団勤めで、留守が多いんだ。二人で遠慮なく過ごせるよ。エイリークとユリアが住んでくれたら安心だし、帰る気にもなる」

 「執事がきちんと管理しているでしょ。私たち平民よ。同じようにはできないわ」

 使用人たちも、扱いに困るだろう。それに、ファツィオの留守中に、その館でエイリークとイチャイチャできるか疑問である。
 とエイリークを見て、どきりとした。

 グラスは空だ。ソファに身を沈め、目をとろんとさせている。旅の終わりに緊張が切れて、疲れが出たらしい。
 見ている俺まで眠気がさす。ワインの甘い香りが、いつまでも鼻に残っているのも、眠気を増した。

 「独立した棟を用意してくれれば、考える。家賃は払う。契約書を作ってみてくれ」

 意外な言葉だった。ファツィオが目を輝かせた。

 「なら、作るまで、ここに滞在してください。数日で済みます」

 「わかった。しばらく世話になる。ご馳走になった。先に休む」

 エイリークは立ち上がって、先ほどの部屋へ向かった。俺も付いて行こうとすると、ファツィオも来る。

 「ユリアの部屋は、あっち」

 「知っているわ。ベッドへ入るのを、見届けるだけ」

 それに、お前が寝込みを襲わないか、見張るだけだ。

 「僕も」

 二人して、エイリークがベッドへ倒れ込むのを見守った。正確には、素早くかけ布団を剥がし、エイリークが入ったところで上から布団をかけ、履き物を脱がせた。

 「ちなみに」

 扉を閉め、鍵をかけてから、ファツィオが言う。

 「お前も結婚相手の候補だよ。エイリーク様も一緒に住む条件に限るけど。何なら、お前との子供を後継者にする。何せ、僕の童貞を奪った女だからね。考えてみてよ」

 以前、エイリークと間違われて抱かれた記憶が蘇る。奪ったとは人聞きの悪い。ファツィオが勝手に捧げたのだ。

 悔しいが、顔も体も美しいこの男に抱かれるのは、気持ちが良かった。悪霊に取り憑かれたエイリークに抱かれた時よりも。

 気付けば、ファツィオの長い指が、服の上から乳首を弄っていた。ランプの灯りに照らされた金髪が、蠱惑こわく的にきらめく。

 「改めて、体の相性確かめておく?」

 「私を満足させられるかってこと?」

 あっという間にベッドへ運ばれた。美形が眼前に迫る。

 「生意気な」

 吐息だけを残し、ファツィオの顔が下腹部に埋もれた。熱い舌が、クリトリスを絡めとる。

 「ああっ。そこはダメッ」

 「エイリーク様が起きるぞ」

 声を我慢すると、下の口が雄弁にヒクつき出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...