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第二章 魔導士学園 編
呪術研究会活動報告・その5
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~魔法使い・ティーエの視点~
「さぁ、早く!! いったん引き返して、巫女様のところに伺いましょう」
巫女様のところに急がねば大変な事態を引き起こしてしまいます。私は呆然と洞窟を眺める皆に再度提案しました。しかし、その提案に悪魔の手先であるソロモン君が待ったをかけました。
「先生、私と先生が協力すれば龍神を倒すことはできないまでも、アギラを助け出すことくらいはできるのではないでしょうか」
何を言ってるのですか? あの悪魔は龍神から力を手に入れるためにあの洞窟へと赴いたはずです……
いや、もしかすると、目的を知らされていないのでは……
そして、大魔法使いのこの私だからこそ気づけた言葉のパズルに未だに気付いていないという事でしょう。
「わ、わたしも、微力ながら、お、お手伝いします。救いに行きましょう。せ、先生」
クロエさんも洞窟内へと向かおうとしています。そして、ドロニアさんもコクリと頷きました。
どうやら2人はまだ操られたままのようです。この事があの変態悪魔が龍神に食われていない何よりの証拠。正気ならば洞窟に入ろう等とは言わないはずです。
どうすればいいのか。
そこで私は閃きました。
龍神からの力を得るメカニズムを盗み見るというのはどうでしょうか。そしてあわよくば私がその力を手に入れるのです。そうすれば、変態悪魔如きに遅れをとる私ではありません。力を手に入れた私なら呼吸をするのと同じくらい簡単に変態悪魔を屠る事ができるでしょう。ええ、きっとそうに違いありません。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、です。
「わかりました。洞窟へと向かいましょう。何が起こるか分かりません。勝手な行動には出ないでください。私には魔力感知がありますから、常に私の後ろに控えてください。くれぐれも私の前に飛び出すようなことはしてはいけません。向こうに私達の事がばれれば一瞬でアギラ君がやられてしまうかもしれません」
こう言っておけば、私の前に出て行く事はないでしょう。
力の継承の儀式を私が見て、あわよくばその儀式の最中に私が変態悪魔の代わりに力を継承するのです。
私は期待と恐怖の入り混じる感情で体がブルりと震えました。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
何故アギラさんが龍神様の生贄となる事に決まったのでしょうか……
昨日、何があったのか……
しかし、今はそんな事よりもアギラさんを救い出すことが第一です。龍神様に食べられてしまうまでに一刻の猶予もありません。
北の大陸を縦断したティーエ先生でも、やはり、あの龍神様を一目見て恐れおののいています。足ががくがくと震えています。先生の話によれば、先生は魔力感知の能力を持っているというというのです。多分龍神様の桁外れな魔力を感じ取ってしまったのではないでしょうか。
それでもアギラさんを助けに行く事を決断したのは、愛、それ以外に考えられませんね。
愛の力というのは時に限界以上の力を引き出すと聞いたことがあります。
私なんかが一緒に行っても足手まといにしかならないかもしれませんが、今回は龍神様を倒すことが目的ではありません。アギラさんを救出するのです。
龍神様の回復のために生贄を捧げるという案は聞いたことがあります。しかし、龍神様は私達の守り神です。必死に懇願すれば龍神様も分かってくださるはずではないでしょうか。今回の生贄は何かの間違いだったという事を……ジパンニに来ることを提案した私としてはアギラさんの事は責任をもって事に当たらねばなりません。
私たちは連れ去られたアギラさんを追いかけて洞窟内部へと入りました。
先頭はティーエ先生が警戒しながら進んでいきます。
少し歩いていると、洞窟内に凄まじい音が反響しました。
「な、何ですか、こ、この音は?」
何かの叫び声にも聞こえます。
「竜の咆哮……」
ドロニアさんが呟きました。
この反響する音の正体は、龍神様の叫び声のようです。
洞窟の奥では一体何が起こっているのか。
ティーエ先生は走りだしました。
「どうやら、この辺りには警戒すべき魔物はいないようです。少し急ぎましょう」
愛するアギラさんの窮地を感じ取ったのでしょう。先生は我先にと走り出しました。
そして、私達は先生の後を追いかけました。
龍神様の叫び声が聞こえなくなってから、数分は経ったでしょうか。私達は洞窟内の天井も高く広い場所に到着しました。
そして、そこには凄惨な状況が広がっていました……
~吸血鬼・ソロモンの視点~
「こ、これは……」
私は目の前に広がる死闘の跡に目を見開いた。
そこら中に血、血、血。
そしてところどころに飛び散った血にまみれた肉片。
それはまさしく死闘の跡だった。先ほどの龍神の叫び声から考えるに、手足を縛られた状況から何か起死回生の方法でアギラは反撃に出たという事か……
「ま、間にあわなかったのですか? り、龍神様は? あ、アギラさんは? ど、どうなったんですか? 先生!!」
クロエ部長は先生に詰め寄った。
「ちょっと待ってください……いや、この魔力は……どういう事ですか……」
「ど、どうしたんですか? せ、先生」
「……いや、何でもないです。でも、分かったのは、まだ2人とも生きているという事です」
「えっ?? ど、どういう事ですか? まだ戦っているのですか?」
「どうやら、そういう感じではないと思います。2人は一緒にどこかへと移動しているようです」
先生は前方を指さした。
「ど、どうして? な、何故ジパンニ側でなく、は、反対の方向に……あ、あちらには、ま、魔物たちが巣食う森があります。そ、それを越えれば、妖怪達の縄張りですよ。に、人族だと分かれば、た、たちどころに襲われてしまいます」
部長のクロエは動揺しているようだ。
「私にも分かりません。それにしても、いったい……やはり、一旦巫女様の所へと戻りましょう。私達には情報が少なすぎます」
先生は洞窟の外でも提案していたが、巫女様のところへと行きたいようである。
私としては血液パックを受け取りに、いますぐにでも追いかけたい。しかし、この惨状を見るに、私達に情報が少なすぎるのもまた事実。
私が考えていると、芳醇な魔力を含んだ血液の匂いが鼻腔をくすぐった。
ふと見ると血だまりができていた。この血液なら今日と明日の分くらいにはなるのではないか……
香りから察する質と量を考えれば、一週間はもちそうであるが、【抗凝固剤】を含んでいない血液はすぐに駄目になってしまう。しかし、明日くらいまでなら……
この場でなんとか、この血液を手に入れたい。
「先生、3人で巫女様のところに戻って報告をお願いします」
「?? あ、あなたはどうするのですか?」
先生は私の事を心配してくれているようだ。しかし、私は無茶な事をするつもりなどない。
「私はここで待っています。もしかすると、アギラが戻ってくるかもしれません。それにここをもう少し調べておきます。少々時間がかかりますが、私の光魔法なら、ここで何があったかの断片的情報を映像化する事もできるかもしれません。長い時間が経過すれば、それも叶わなくなりますので、情報を掴めばすぐに戻ってきてください」
「……わかりました」
先生は了承して、2人を連れて元来た道を引き返す。
私は3人が遠ざかったのを確認して、地面に滴る血液を啜った……これで今日の分は使わずに済みそうだ。
~魔法使い・ティーエの視点~
なんとういう事でしょう。
力の継承はどうやら終わってしまったようです。力の継承の儀式を見る事はできなかったのです。
3つ感じることができる魔力のうち1つが莫大に膨れ上がっているのです。
あと2つは残りかすのような魔力しか感じられません。
しかし、あの変態悪魔はいつも魔力を隠しているはず……という事は力を感じない2つのうち1つが変態悪魔という事なのですか……それとも、力を受け取ったために、力のコントロールが上手くいかず、莫大な魔力が垂れ流しになっている方が変態悪魔なのか……
いずれにしてもこの莫大な魔力は洞窟の外で感じた龍神とやらの魔力ではありません。それくらいに魔力の量に違いがあります。
迂闊に近づくのは悪手なんじゃないでしょうか。
まずは巫女様のところへ行って、今後について話合わねばなりません。変態悪魔の向かった方向がフェイクで、万が一にも巫女様が襲われるという事も考えねばなりませんから。
なんとか、私の巧みな話術で巫女様のところへ引き返す事に成功しました。悪魔の手先であるソロモンは洞窟内に残るという事です。光魔法【過去視】でここで起こった出来事を可視化するというのです。洞窟内の惨劇を見れば、下手に追うと足手まといになると感じたのでしょう。
そこで私の脳裏に電流が走りました。
ソロモンはここで何が起きたか把握していないのではないのでしょうか。
そうです。この天才魔法使いであるこの私だからこそ、あの古代竜語で交わされた言葉のパズルを解き明かし、ここで力の継承が行われたことを知っているのです。それを知らぬソロモンが光魔法で、ここで起きたことを皆の前で解明しようとしています。
これはチャンスではないでしょうか。
私がここで起きたことを見れば、力の継承のメカニズムを解明する事ができるのではないでしょうか。そして、私が力を手に入れて世界を救うのです。まさしくノーリスク・ハイリターン。まさか【過去視】という高度な魔法を使う事ができるとは……
【過去視】を行うには複雑な魔法陣を地面に描く必要があるはずです。あの広い空間を網羅するように魔法陣を描くのはなかなか時間がかかるはず。ひとまず、巫女様と合流しておけば、巫女様が襲われる心配もなくなります。私たちはソロモンを置いて巫女様の屋敷へと向かいました。
「どうしたのじゃ? こんな朝早くに……」
巫女様は私達に尋ねました。
「ア、アギラさん生贄になったと聞いて……」
クロエさんが声を震わせています。
「それはもう決定し、遂行してしまったのじゃ。今さら救う事はできぬ。クロエには事後承諾のような形になって申し訳ない」
巫女様は頭を下げた後、私の方を一瞥しました。私に何か言おうとしているようです。
「それが事態は思わぬ方向に動いてしまっているようです。アギラ君と龍神様は妖怪族のいる領域へと足を踏み入れたようなのです。いや……それも単なる憶測でしかないので、一体何が起こっているのかわかりません」
先手を打って余計な事を喋らないようにしました。
「何じゃと。龍神様はあの洞窟内の結界を出れば長くは生きられぬ御体のはず。洞窟を出るなど考えられぬ」
「し、しかし、じ、実際、洞窟内は、も、もぬけの空でした」
クロエさんが答えました。
「何故、龍神様がいる洞窟を知っておる? 一部のものしかしらぬはずじゃが……」
「そ、それは、アギラさんが心配で、今朝方、あ、あとをつけたのです」
クロエさんが正直に答えました。巫女様は少し非難めいた目で私を見ました。ひとまず会話の主導権を握らねばなりません。余計な事を言われれば、クロエさん達から変態悪魔へと情報が流れてしまいます。
「すいません。私が生贄になる事を喋ってしまったのです。ですが今はそんな事を言っている場合ではないんです。まずは洞窟内へと来てほしいのです。そして、ジパンニと妖怪族、龍神様等の情報を教えてほしいのです。事態は一刻を争っているのです」
「………本来、龍神様には選ばれた者しか会う事はできんのだが……龍神様が消えた事に、嘘はないんだな? 本当に洞窟内から龍神様が消えたとあらば一大事。まずはその真偽を確かめに行こう。そして、龍神様やこのジパンニについての話をするかは、状況を見て判断しよう。ブンゲ、クスザ、供をせい」
「ハッ」
巫女様の両脇に立っていた2人を連れて巫女様と一緒に洞窟内へと戻る事になった。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
巫女様と一緒に洞窟内へ戻ると、その地面には巨大な魔法陣が描かれていました。
「来たか。準備はすでにできている。この魔法では一度しか見る事はできない。だから、重要な何かを見逃さないようにしてくれ」
ソロモンさんは詠唱を開始すると魔法陣が光始めました。
そして、魔法陣から光が伸びて、その上に断片的な映像が順番に映し出されました。
最初に映し出されたのは、十字架にはりつけにされたアギラさんでした。なんてことでしょう。今にも龍神様に食われてしまいそうではありませんか。必死に何かを訴えているように見えます。しかし、音声はないようなので、何を言っているのかは分かりません。本当にアギラさんは無事なんでしょうか。
続いて映し出されたのは、アギラさんが龍神様の背に乗りナイフを突きつけている映像です。龍神様は大きく口を開け、苦悶の表情を浮かべています。アギラさんも全身に血にまみれ、激闘を繰り広げている映像です。あの時の洞窟内にこだました叫び声はこの死闘の時のものではないでしょうか……
そして次に出た映像に私は目を見開きました。裸の女性が立っていたのです。神々しいまでの美を持った女性がアギラさんの前に一糸纏わぬ姿で立っているのです。この女性は誰ですか? いや、そんな事より……私は先生の方をチラリと見ました。先生は目を細め凝視しています。その体は小刻みに震えているように感じます。
まさか、この女性は……
ここまできたら鈍感な私でも、いくら何でも気付いてしまいました。
この女性はアギラさんとただならぬ関係の女性なんじゃないでしょうか。昨日の夜に先生がアギラさんの寝所を訪れた時にこの女性が現れて……先生の心情は痛いほど分かります。
これ以上、この映像を見るのは先生の心にはきつすぎます。私は小さな声で【暗闇】の魔法を詠唱しました。映像の周りを闇で包み、映像を見えなくしました。
「クロエさん、何をするのです」
どうやら先生は私が闇魔法【暗闇】を使った事に気付いたようです。
「い、いえ、これ以上は見ても仕方がないかと……、ど、どうやら、ア、アギラさんは無事ということは分かったわけですし……」
「この後が重要なんです」
先生はこの後、行為に及んだかどうかを気にしているようです。
「し、しかし、それは……」
「ま、まさか、クロエさんはこの後何があったか知っているんですか? 一体何があったんですか?」
裸の女性がいるのです。する事は決まっています。ですが、それを言ってしまえば先生にとどめをさすことになってしまいます。そんな事を私にはする事はできません。
「そ、それは、い、言えません……」
先生は私に詰め寄ってきます。
「そうですか……分かりました。取り乱してしまい、すいません。あなたの言いたいことは全て分かりました。あなたが気に病む必要はありません」
先生は私が変に気を使ってしまった事に気付いてしまったみたいです。流石は大魔法使いの称号を得た人だけはありますね。私の行動は全て見透かされてしまっています。
「は、はい。わかりました」
私は強く頷きました。
そして、【暗闇】が切れ闇のヴェールが無くなると、その中にはもう映像は映し出されていませんでした。そして地面に描かれた魔法陣も輝きを失っていました……
~魔法使い・ティーエの視点~
映し出される映像は驚愕のものでした。
龍神との血みどろの戦い。
そして、力の継承の儀式……それが始まろうとする刹那、黒い靄が映像を覆い始めました。出どころはクロエさんからでした。
「クロエさん、何をするのです」
何故、ここで映像を隠すのです。私はクロエさんを問い詰めました。この裸になった女性とのやり取りを見れば、私に世界を救う力を身につけることができるかもしれないのです。
「そ、それは、い、言えません……」
クロエさんはか細い声で拒否しました。私はそこで全て分かってしまったのです。そうです。クロエさんはあの変態悪魔に操られているのです。そして、その操り方は、禁止事項が設定されており、それを破ると死ぬ呪印が施されているんじゃあないでしょうか。
それで全てつじつまが合います。クロエさんは映像を見て変態悪魔が力を手に入れる儀式を行う事を察知し、呪印の影響で私に見せてはならないと判断したんじゃあないでしょうか。そして、私はそうとも気づかず問い詰めようとしていた……
それを喋ったら死んでしまうという事にも気づかずに……
何て私は愚かだったのでしょう。危うく生徒を殺してしまうところでした。ドロニアさんが口数が少ないのも禁止ワードを喋らないための苦肉の策なのかもしれません。
これからは質問するのにも気をつけないといけません。どこに死を誘発させる地雷が埋め込まれているか分かったものじゃあ、ありませんね。変態悪魔恐るべし、です。
しかし、私は天才魔法使いと呼ばれているのです。あの映像を隠さねばならなかったという事は、あの映像が重要なものであるという事です。つまりはあの映像に力の継承のメカニズムのヒントが隠されているのです。私にそれを少しでも見せたのは失敗だったんじゃあないでしょうか。
ククク。私にかかれば一を見て十を知る事など造作もない事なんです。
まずは女性が裸になる。これが、力の継承の第一段階という事ですね……
その時、映像を見ていた巫女様が私の推論を確かなものとする事を口にしました。
「あ、あの女性は言い伝えにある人の姿をした龍神様に間違いない……」
【 残り血液パック 3パック 龍神様の血液 1日分 】
「さぁ、早く!! いったん引き返して、巫女様のところに伺いましょう」
巫女様のところに急がねば大変な事態を引き起こしてしまいます。私は呆然と洞窟を眺める皆に再度提案しました。しかし、その提案に悪魔の手先であるソロモン君が待ったをかけました。
「先生、私と先生が協力すれば龍神を倒すことはできないまでも、アギラを助け出すことくらいはできるのではないでしょうか」
何を言ってるのですか? あの悪魔は龍神から力を手に入れるためにあの洞窟へと赴いたはずです……
いや、もしかすると、目的を知らされていないのでは……
そして、大魔法使いのこの私だからこそ気づけた言葉のパズルに未だに気付いていないという事でしょう。
「わ、わたしも、微力ながら、お、お手伝いします。救いに行きましょう。せ、先生」
クロエさんも洞窟内へと向かおうとしています。そして、ドロニアさんもコクリと頷きました。
どうやら2人はまだ操られたままのようです。この事があの変態悪魔が龍神に食われていない何よりの証拠。正気ならば洞窟に入ろう等とは言わないはずです。
どうすればいいのか。
そこで私は閃きました。
龍神からの力を得るメカニズムを盗み見るというのはどうでしょうか。そしてあわよくば私がその力を手に入れるのです。そうすれば、変態悪魔如きに遅れをとる私ではありません。力を手に入れた私なら呼吸をするのと同じくらい簡単に変態悪魔を屠る事ができるでしょう。ええ、きっとそうに違いありません。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、です。
「わかりました。洞窟へと向かいましょう。何が起こるか分かりません。勝手な行動には出ないでください。私には魔力感知がありますから、常に私の後ろに控えてください。くれぐれも私の前に飛び出すようなことはしてはいけません。向こうに私達の事がばれれば一瞬でアギラ君がやられてしまうかもしれません」
こう言っておけば、私の前に出て行く事はないでしょう。
力の継承の儀式を私が見て、あわよくばその儀式の最中に私が変態悪魔の代わりに力を継承するのです。
私は期待と恐怖の入り混じる感情で体がブルりと震えました。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
何故アギラさんが龍神様の生贄となる事に決まったのでしょうか……
昨日、何があったのか……
しかし、今はそんな事よりもアギラさんを救い出すことが第一です。龍神様に食べられてしまうまでに一刻の猶予もありません。
北の大陸を縦断したティーエ先生でも、やはり、あの龍神様を一目見て恐れおののいています。足ががくがくと震えています。先生の話によれば、先生は魔力感知の能力を持っているというというのです。多分龍神様の桁外れな魔力を感じ取ってしまったのではないでしょうか。
それでもアギラさんを助けに行く事を決断したのは、愛、それ以外に考えられませんね。
愛の力というのは時に限界以上の力を引き出すと聞いたことがあります。
私なんかが一緒に行っても足手まといにしかならないかもしれませんが、今回は龍神様を倒すことが目的ではありません。アギラさんを救出するのです。
龍神様の回復のために生贄を捧げるという案は聞いたことがあります。しかし、龍神様は私達の守り神です。必死に懇願すれば龍神様も分かってくださるはずではないでしょうか。今回の生贄は何かの間違いだったという事を……ジパンニに来ることを提案した私としてはアギラさんの事は責任をもって事に当たらねばなりません。
私たちは連れ去られたアギラさんを追いかけて洞窟内部へと入りました。
先頭はティーエ先生が警戒しながら進んでいきます。
少し歩いていると、洞窟内に凄まじい音が反響しました。
「な、何ですか、こ、この音は?」
何かの叫び声にも聞こえます。
「竜の咆哮……」
ドロニアさんが呟きました。
この反響する音の正体は、龍神様の叫び声のようです。
洞窟の奥では一体何が起こっているのか。
ティーエ先生は走りだしました。
「どうやら、この辺りには警戒すべき魔物はいないようです。少し急ぎましょう」
愛するアギラさんの窮地を感じ取ったのでしょう。先生は我先にと走り出しました。
そして、私達は先生の後を追いかけました。
龍神様の叫び声が聞こえなくなってから、数分は経ったでしょうか。私達は洞窟内の天井も高く広い場所に到着しました。
そして、そこには凄惨な状況が広がっていました……
~吸血鬼・ソロモンの視点~
「こ、これは……」
私は目の前に広がる死闘の跡に目を見開いた。
そこら中に血、血、血。
そしてところどころに飛び散った血にまみれた肉片。
それはまさしく死闘の跡だった。先ほどの龍神の叫び声から考えるに、手足を縛られた状況から何か起死回生の方法でアギラは反撃に出たという事か……
「ま、間にあわなかったのですか? り、龍神様は? あ、アギラさんは? ど、どうなったんですか? 先生!!」
クロエ部長は先生に詰め寄った。
「ちょっと待ってください……いや、この魔力は……どういう事ですか……」
「ど、どうしたんですか? せ、先生」
「……いや、何でもないです。でも、分かったのは、まだ2人とも生きているという事です」
「えっ?? ど、どういう事ですか? まだ戦っているのですか?」
「どうやら、そういう感じではないと思います。2人は一緒にどこかへと移動しているようです」
先生は前方を指さした。
「ど、どうして? な、何故ジパンニ側でなく、は、反対の方向に……あ、あちらには、ま、魔物たちが巣食う森があります。そ、それを越えれば、妖怪達の縄張りですよ。に、人族だと分かれば、た、たちどころに襲われてしまいます」
部長のクロエは動揺しているようだ。
「私にも分かりません。それにしても、いったい……やはり、一旦巫女様の所へと戻りましょう。私達には情報が少なすぎます」
先生は洞窟の外でも提案していたが、巫女様のところへと行きたいようである。
私としては血液パックを受け取りに、いますぐにでも追いかけたい。しかし、この惨状を見るに、私達に情報が少なすぎるのもまた事実。
私が考えていると、芳醇な魔力を含んだ血液の匂いが鼻腔をくすぐった。
ふと見ると血だまりができていた。この血液なら今日と明日の分くらいにはなるのではないか……
香りから察する質と量を考えれば、一週間はもちそうであるが、【抗凝固剤】を含んでいない血液はすぐに駄目になってしまう。しかし、明日くらいまでなら……
この場でなんとか、この血液を手に入れたい。
「先生、3人で巫女様のところに戻って報告をお願いします」
「?? あ、あなたはどうするのですか?」
先生は私の事を心配してくれているようだ。しかし、私は無茶な事をするつもりなどない。
「私はここで待っています。もしかすると、アギラが戻ってくるかもしれません。それにここをもう少し調べておきます。少々時間がかかりますが、私の光魔法なら、ここで何があったかの断片的情報を映像化する事もできるかもしれません。長い時間が経過すれば、それも叶わなくなりますので、情報を掴めばすぐに戻ってきてください」
「……わかりました」
先生は了承して、2人を連れて元来た道を引き返す。
私は3人が遠ざかったのを確認して、地面に滴る血液を啜った……これで今日の分は使わずに済みそうだ。
~魔法使い・ティーエの視点~
なんとういう事でしょう。
力の継承はどうやら終わってしまったようです。力の継承の儀式を見る事はできなかったのです。
3つ感じることができる魔力のうち1つが莫大に膨れ上がっているのです。
あと2つは残りかすのような魔力しか感じられません。
しかし、あの変態悪魔はいつも魔力を隠しているはず……という事は力を感じない2つのうち1つが変態悪魔という事なのですか……それとも、力を受け取ったために、力のコントロールが上手くいかず、莫大な魔力が垂れ流しになっている方が変態悪魔なのか……
いずれにしてもこの莫大な魔力は洞窟の外で感じた龍神とやらの魔力ではありません。それくらいに魔力の量に違いがあります。
迂闊に近づくのは悪手なんじゃないでしょうか。
まずは巫女様のところへ行って、今後について話合わねばなりません。変態悪魔の向かった方向がフェイクで、万が一にも巫女様が襲われるという事も考えねばなりませんから。
なんとか、私の巧みな話術で巫女様のところへ引き返す事に成功しました。悪魔の手先であるソロモンは洞窟内に残るという事です。光魔法【過去視】でここで起こった出来事を可視化するというのです。洞窟内の惨劇を見れば、下手に追うと足手まといになると感じたのでしょう。
そこで私の脳裏に電流が走りました。
ソロモンはここで何が起きたか把握していないのではないのでしょうか。
そうです。この天才魔法使いであるこの私だからこそ、あの古代竜語で交わされた言葉のパズルを解き明かし、ここで力の継承が行われたことを知っているのです。それを知らぬソロモンが光魔法で、ここで起きたことを皆の前で解明しようとしています。
これはチャンスではないでしょうか。
私がここで起きたことを見れば、力の継承のメカニズムを解明する事ができるのではないでしょうか。そして、私が力を手に入れて世界を救うのです。まさしくノーリスク・ハイリターン。まさか【過去視】という高度な魔法を使う事ができるとは……
【過去視】を行うには複雑な魔法陣を地面に描く必要があるはずです。あの広い空間を網羅するように魔法陣を描くのはなかなか時間がかかるはず。ひとまず、巫女様と合流しておけば、巫女様が襲われる心配もなくなります。私たちはソロモンを置いて巫女様の屋敷へと向かいました。
「どうしたのじゃ? こんな朝早くに……」
巫女様は私達に尋ねました。
「ア、アギラさん生贄になったと聞いて……」
クロエさんが声を震わせています。
「それはもう決定し、遂行してしまったのじゃ。今さら救う事はできぬ。クロエには事後承諾のような形になって申し訳ない」
巫女様は頭を下げた後、私の方を一瞥しました。私に何か言おうとしているようです。
「それが事態は思わぬ方向に動いてしまっているようです。アギラ君と龍神様は妖怪族のいる領域へと足を踏み入れたようなのです。いや……それも単なる憶測でしかないので、一体何が起こっているのかわかりません」
先手を打って余計な事を喋らないようにしました。
「何じゃと。龍神様はあの洞窟内の結界を出れば長くは生きられぬ御体のはず。洞窟を出るなど考えられぬ」
「し、しかし、じ、実際、洞窟内は、も、もぬけの空でした」
クロエさんが答えました。
「何故、龍神様がいる洞窟を知っておる? 一部のものしかしらぬはずじゃが……」
「そ、それは、アギラさんが心配で、今朝方、あ、あとをつけたのです」
クロエさんが正直に答えました。巫女様は少し非難めいた目で私を見ました。ひとまず会話の主導権を握らねばなりません。余計な事を言われれば、クロエさん達から変態悪魔へと情報が流れてしまいます。
「すいません。私が生贄になる事を喋ってしまったのです。ですが今はそんな事を言っている場合ではないんです。まずは洞窟内へと来てほしいのです。そして、ジパンニと妖怪族、龍神様等の情報を教えてほしいのです。事態は一刻を争っているのです」
「………本来、龍神様には選ばれた者しか会う事はできんのだが……龍神様が消えた事に、嘘はないんだな? 本当に洞窟内から龍神様が消えたとあらば一大事。まずはその真偽を確かめに行こう。そして、龍神様やこのジパンニについての話をするかは、状況を見て判断しよう。ブンゲ、クスザ、供をせい」
「ハッ」
巫女様の両脇に立っていた2人を連れて巫女様と一緒に洞窟内へと戻る事になった。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
巫女様と一緒に洞窟内へ戻ると、その地面には巨大な魔法陣が描かれていました。
「来たか。準備はすでにできている。この魔法では一度しか見る事はできない。だから、重要な何かを見逃さないようにしてくれ」
ソロモンさんは詠唱を開始すると魔法陣が光始めました。
そして、魔法陣から光が伸びて、その上に断片的な映像が順番に映し出されました。
最初に映し出されたのは、十字架にはりつけにされたアギラさんでした。なんてことでしょう。今にも龍神様に食われてしまいそうではありませんか。必死に何かを訴えているように見えます。しかし、音声はないようなので、何を言っているのかは分かりません。本当にアギラさんは無事なんでしょうか。
続いて映し出されたのは、アギラさんが龍神様の背に乗りナイフを突きつけている映像です。龍神様は大きく口を開け、苦悶の表情を浮かべています。アギラさんも全身に血にまみれ、激闘を繰り広げている映像です。あの時の洞窟内にこだました叫び声はこの死闘の時のものではないでしょうか……
そして次に出た映像に私は目を見開きました。裸の女性が立っていたのです。神々しいまでの美を持った女性がアギラさんの前に一糸纏わぬ姿で立っているのです。この女性は誰ですか? いや、そんな事より……私は先生の方をチラリと見ました。先生は目を細め凝視しています。その体は小刻みに震えているように感じます。
まさか、この女性は……
ここまできたら鈍感な私でも、いくら何でも気付いてしまいました。
この女性はアギラさんとただならぬ関係の女性なんじゃないでしょうか。昨日の夜に先生がアギラさんの寝所を訪れた時にこの女性が現れて……先生の心情は痛いほど分かります。
これ以上、この映像を見るのは先生の心にはきつすぎます。私は小さな声で【暗闇】の魔法を詠唱しました。映像の周りを闇で包み、映像を見えなくしました。
「クロエさん、何をするのです」
どうやら先生は私が闇魔法【暗闇】を使った事に気付いたようです。
「い、いえ、これ以上は見ても仕方がないかと……、ど、どうやら、ア、アギラさんは無事ということは分かったわけですし……」
「この後が重要なんです」
先生はこの後、行為に及んだかどうかを気にしているようです。
「し、しかし、それは……」
「ま、まさか、クロエさんはこの後何があったか知っているんですか? 一体何があったんですか?」
裸の女性がいるのです。する事は決まっています。ですが、それを言ってしまえば先生にとどめをさすことになってしまいます。そんな事を私にはする事はできません。
「そ、それは、い、言えません……」
先生は私に詰め寄ってきます。
「そうですか……分かりました。取り乱してしまい、すいません。あなたの言いたいことは全て分かりました。あなたが気に病む必要はありません」
先生は私が変に気を使ってしまった事に気付いてしまったみたいです。流石は大魔法使いの称号を得た人だけはありますね。私の行動は全て見透かされてしまっています。
「は、はい。わかりました」
私は強く頷きました。
そして、【暗闇】が切れ闇のヴェールが無くなると、その中にはもう映像は映し出されていませんでした。そして地面に描かれた魔法陣も輝きを失っていました……
~魔法使い・ティーエの視点~
映し出される映像は驚愕のものでした。
龍神との血みどろの戦い。
そして、力の継承の儀式……それが始まろうとする刹那、黒い靄が映像を覆い始めました。出どころはクロエさんからでした。
「クロエさん、何をするのです」
何故、ここで映像を隠すのです。私はクロエさんを問い詰めました。この裸になった女性とのやり取りを見れば、私に世界を救う力を身につけることができるかもしれないのです。
「そ、それは、い、言えません……」
クロエさんはか細い声で拒否しました。私はそこで全て分かってしまったのです。そうです。クロエさんはあの変態悪魔に操られているのです。そして、その操り方は、禁止事項が設定されており、それを破ると死ぬ呪印が施されているんじゃあないでしょうか。
それで全てつじつまが合います。クロエさんは映像を見て変態悪魔が力を手に入れる儀式を行う事を察知し、呪印の影響で私に見せてはならないと判断したんじゃあないでしょうか。そして、私はそうとも気づかず問い詰めようとしていた……
それを喋ったら死んでしまうという事にも気づかずに……
何て私は愚かだったのでしょう。危うく生徒を殺してしまうところでした。ドロニアさんが口数が少ないのも禁止ワードを喋らないための苦肉の策なのかもしれません。
これからは質問するのにも気をつけないといけません。どこに死を誘発させる地雷が埋め込まれているか分かったものじゃあ、ありませんね。変態悪魔恐るべし、です。
しかし、私は天才魔法使いと呼ばれているのです。あの映像を隠さねばならなかったという事は、あの映像が重要なものであるという事です。つまりはあの映像に力の継承のメカニズムのヒントが隠されているのです。私にそれを少しでも見せたのは失敗だったんじゃあないでしょうか。
ククク。私にかかれば一を見て十を知る事など造作もない事なんです。
まずは女性が裸になる。これが、力の継承の第一段階という事ですね……
その時、映像を見ていた巫女様が私の推論を確かなものとする事を口にしました。
「あ、あの女性は言い伝えにある人の姿をした龍神様に間違いない……」
【 残り血液パック 3パック 龍神様の血液 1日分 】
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