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第二章 魔導士学園 編
アバロン湯けむり殺人事件 ~真相編 sideーB~
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1日目
~呪術研究会部長・クロエの視点~
今日は雲一つない空です。絶好の外出日和です。この旅行でティーエ先生の恋が実るように私も陰ながら応援したいです。
私のプランで馬車で行く事に全員賛成してくれました。特待生の皆さんなら馬車等使わずとも移動できるのかもしれませんが、それでは味気がありません。道中も楽しむことも旅の醍醐味じゃないでしょうか。
しかし、その思惑が出発直後から暗礁に乗り上げてしまいました。
2人組がアギラさんに因縁をつけてきたのです。
その2人組は『マリオンさん』という名前を口にしていました。ソロモンさんによると特待生にいる女性の1人という事でした。アギラさんとマリオンさんの関係は、私なんかが聞くことはできませんでした。
馬車の中ではアギラさんとソロモンさんは何かいろいろ話をしているようでした。
ドロニアさんはいつも通り寡黙な態度です。
そして、ティーエ先生はずっと何か考え事をしているようでした。そこで、私は、ハッとしました。
マリオンさんという女性とアギラさんは何かただならぬ仲なのではないでしょうか。そして、それを先ほど私と同じように初めて知った………
先生の心境は痛いほどわかりました。先生が沈んだ気持ちになるのも分かります。
しかし、まだそうと決まったわけではありません。
私はアギラさんとソロモンさんの会話に聞き耳を立てました。何かそれに関する事を話していないかと思ったのですが、その話題は一切でてきませんでした。鬼人族についてや呪いについて話しているようでした。
私はどうすればよいのでしょうか。先生を応援するのか………
いえ、まずはマリオンさんとアギラさんの関係を知ってからです。何とかこの旅で私が聞き出してみせます。話はそれからですね………
~魔法使い・ティーエの視点~
今まで私は消極的過ぎました。それというのも、アギラが北の大陸で出会った悪魔ではないという可能性がほんのわずかですが考えられたのです。ジークに確認をとってもらおうと考えていたのです。だから、どこかで遠慮して、思考回路が受身、受身になっていたのです。そうに違いありません。
しかし、私は決心しました。あれは、あの北の大陸で出会った悪魔だと断定して行動するのです。そうと決心すればふつふつと悪魔を殺らねばならないという気持ちが沸き上がってきました。その気持ちは温泉宿に近づくほどに強くなり、私の目には力が宿ってきました。
そして、私はこの旅で魔法使いとしての矜持が邪魔をしてできなかった方法で殺る事にしたのです。
どんなに卑怯だと言われようが、私はあの悪魔を殺すのに手段など選ばないのです。
その方法とは……………………………………毒殺です。
私は今まで魔法で直接対決をして勝たなければならないと考えていましたが、この悪魔にはそんな事は言ってられないのです。
私は道中で毒殺のシュミレーションを脳内で繰り返し行いました。
食事時、入浴時、睡眠の時、私がプランAからプランDまで徹底的にぬかりなく考えを巡らしていると、目的地である『アバロン』に到着したようでした。
私はポケットの中にある毒の入った小瓶を握りしめ強く決意しました。
暗殺の時がやってきたのです………
~呪術研究会部長・クロエの視点~
アギラさんが食事の席にいません。ソロモンさんの話だとすぐに来るそうです。
私と先生とドロニアさんで料理の注文をして席まで料理を運ぶ事にしました。私は私の料理だけでなくソロモンさんの料理をテーブルまで運びました。
ティーエ先生はアギラさんの料理をテーブルまで運んでいました。そして、その時私は見てしまったのです。先生がアギラさんの食事に何かを入れるのを。
私はハッと気づきました。
あれは惚れ薬というものではないでしょうか。そういうものがあるという事を私は聞いたことがあります。大魔法使いである先生なら持っていてもおかしくない代物です。
でも、そんな事をしていいのでしょうか。マリオンさんというライバルが現れたからといって薬を使ってまで振り向かせるなんて。先生の焦る気持ちも理解できるのですが、やはり薬を使うのは良くない事です。
まず事実確認をする事が先決ではないでしょうか。何とか私がアギラさんとマリオンさんの仲を聞き出してみせます………
私は作戦を練りました。
~魔法使い・ティーエの視点~
とうとう変態悪魔に天誅をくらわすことができそうです。今、変態悪魔が箸に取っている食べ物は私が裏ルートで手に入れた『テトラニチン』という毒が入っています。その効用はすさまじくわずか0.2mgで2m級の熊を絶命させることができるのです。さらにこの毒の凄いところは摂取してから30分後に毒が回るという遅延性の毒なのです。
食事を口に入れようとした時大きな声でその動作が止まりました。
後少し、後少しというところで………
私の完璧な計画を邪魔するのは誰なんですか………私は入り口の方を見ました。なんなんですかあの養豚場から逃げ出した豚は………
そこで私はハッとしました。私の思考が普段とは違う言葉使いになっていることに………
もしかすると、大魔法使いともあろう私が変態悪魔の幻惑魔法に操られ始めているのかもしれません。どうやら時間がありません。私だからこそ、完全に操られず自我を保っていられるのです。なんとしてもここで変態悪魔を倒さなければならないのです。
幸運な事に変態悪魔は気にせず食事を再開しようとしています。
そうです。それを口の中に入れるのです。後少し………やりまし………
その時、豚の前を歩く屈強な男が変態悪魔の右腕をつかみました。
なんなんですかあなた達は………私の完璧な計画を何故こうも邪魔をするのですか。私はこの世界を救おうとしているのですよ。ひいてはあなた達をも救おうとしているというのに………
あろうことか養豚場から逃げ出した豚は私が用意した食事を食べようとし出しました。このままではまずいです。あの豚が絶命してしまいます。
私はテーブルを乗り越えて食事を床に払い落しました。
「何をするのです。私から奪おうとする等、どこの田舎娘ですか?」
なんなんですかこの豚は。私はあなたが出荷されそうになるのを防いだんですよ。
………なんて事です。私の思考は変態悪魔に乗っ取られつつあるようです。でなければこんな口汚く罵ったりすることはないはずです。どうやら私に残された時間はやはりあと少しのようです。
まずはこの局面を乗り切らなくてはなりません。
「私は大魔法使いのティーエです。それはあなたが食べるための食事ではありません。自分の分は自分で注文してください。」
まさか床にぶちまけた食事にまで手を出すとは思いませんが、豚ですからね。ちゃんと言っておかねば何が起こるかわかりません。
私の思考は次の変態悪魔抹殺計画に切り替わりました。私には全ての会話が耳に入らなくなりました。何か豚がブヒ、ブヒ言っていたようですが、気にする事はないでしょう。
その時足もとを見ると変態悪魔の仲間であるソロモンが食事に手をだそうとしていました。毒がばれてしまいます。
「あっ、そこは、私が片付けておきます。」
私は変態悪魔の手先が何かに気づく前に床を綺麗にすることにしました。そして、私は万物を綺麗にする水魔法『 浄水 』を詠唱しました。
本当は『 浄水 』より上位の『 浄化結水 』を使いたいですが、私は光魔法を使えないので使う事ができません。しかし、『 浄水 』でも詳しく調べなければ大丈夫でしょう。
私はプランBに作戦を変更する事にしました。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
私は良い事を思いつきました。アギラさんに直接聞くのではなく。アギラさんの使い魔であるアーサーちゃんに聞けばいいのではないでしょうか。いつも一緒にいるのです。いろいろ知っているのではないでしょうか。
私は風呂の入り口でアギラさんに言いました。
「そ、それじゃあ、アーサーちゃんは、わ、私が預かりましょうか?」
アーサーちゃんが乗り気になってくれました。どうやら作戦は成功のようですね。
私達女性陣は一緒に女湯のお風呂に入りました。
ティーエ先生は何か緊張した面持ちです。さきほど惚れ薬を飲ませる事ができずにショックを受けているのかもしれません。ドロニアさんはきょろきょろと辺りを見回しては恥ずかしそうにしていました。
私は機を見てアーサーちゃんに核心をついた質問をしました。
「アーサーちゃん聞きたいことがあるんだけど?」
「何ですかにゃ?」
「アギラさんの事なんですけど。」
「マスターの事ですかにゃ。何でも聞くといいにゃ。あっちはマスターの事なら何でも知ってるにゃ。」
これは期待できそうです。
「マリオンさんという方はアギラさんとどんな関係なんですか?」
「マリオンですかにゃ?」
アーサーちゃんは考えているようでした。すぐに思い出せないという事はそれほど頻繁には会っていないのかもしれません。
「マリオンは友達の1人にゃ。それ以下でもそれ以上でもないですにゃ。」
先生、聞きましたか。付き合ってはいないそうですよ。私は先生の方を見ました。先生は何かを決心した表情で温泉から立ち上がり、脱衣所の方へと走り出しました。
ま、まさか今のを聞いて告白しに行ったのかもしれません。私は心の中で密かにエールを送りました。
アーサーちゃんはお風呂の中で1人の少女と仲良くなって、おしゃべりをしていました。
使命を果たした私はゆっくりと温泉に浸かりました………
~魔法使い・ティーエの視点~
私はこの頃訓練によって変態悪魔とそれ以外の魔力を感じわけることができるようになったのです。変態悪魔は普段魔力を極限まで抑えつけています。だからこそ、その微弱な魔力を発しているものこそ変態悪魔だということがわかるのです。
私は温泉の中でプランBに頭を巡らしました。
あの変態悪魔は必ず混浴風呂に姿を現すはずです。私は隣の混浴風呂に変態悪魔の気配を感じ取ってから行動に移ればいいのです。そして、混浴風呂の中で油断している隙に毒を体内にねじ込むのです。私の貧相な体でも変態悪魔の気を一瞬でもそらすことは可能なはずです。
ドロニアさんはちらちらと私を監視しているようです。待っててください。すぐに変態悪魔の呪縛から私が解き放ってあげます。
好都合な事に今なら変態悪魔の使い魔もこちらの女湯にいます。今が絶好の機会です。私の監視のために使い魔をこちらに寄越したのでしょうが。それがあなたの命取りにしてさしあげますよ。
私が温泉の中で魔力探知に意識を集中していると、混浴風呂に変態悪魔の気配が現れました。
予定通りです。混浴風呂に来ると思っていましたよ。
私は温泉から立ち上がり、脱衣所へと急ぎました。
~吸血鬼・ソロモンの視点~
俺は目の前のアギラという男に一目置いていた。前回の私が気絶した呪いの館ではこの男に助られた。そして、そのことを鼻にかけるでもなく普段通り振舞っていた。この頃から、このアギラという男は他の人族とは何かが違うと興味をもって観察するようになっていた。
クラスでは妖精族や獣人等と仲良くし、あまり人族とは交わっていなかった。それに、私のことも他の人族のように揶揄する事がなかったのだ。
私はこの旅でいろいろ話をして何か今まで感じた事のない感情が沸き上がるのを感じた。
宿に着くと宰相の三男のハリス様に出会った。
現宰相の功績は軍事、内政面でも目覚ましい成果をあげており、その発言権は絶大な影響力をもっている。そして、その力は7人の子息が力を持つまでに及んでいた。
彼らに逆らった貴族は悲惨な末路を辿ったという話は頻繁に耳に入ってきた。彼らに逆らえば、私のような末席の貴族であれば、簡単に路頭に迷ってしまうことだろう。
私は理不尽な要求にも丁重に対応した。
貴族の爵位を持たぬものやこの王国出身でないものにはさぞ滑稽に映ることだろう。
しかし、そんな私を見ても、アギラは嫌な顔をしなかった。むしろ私を応援してくれるというのだ。私は嬉しかった。
だから、私は自分自身の置かれてる窮状を語った。
この男となら学園に潜む全属性使いを粛清することができるかもしれない。私はアギラに友情というものを感じた。それは生まれて初めての感情だったのかもしれない。
私はその時『吸血衝動』に襲われた。
今日は一日中馬車の中だったので、すっかり血液を補充するのを忘れてしまっていたのだ。すぐさま補充しなければ、動けなくなってしまう。
私は温泉から立ち上がった。
「そろそろ私は上がるとする。少しのぼせたようだ。」
私は力の入らなくなった体で何とか脱衣所へと向かった。
私は服に着替えて脱衣所を出た。右手にある食堂には誰もいなかったので、私はそこで血液を補充する事にした。私は服の内ポケットに忍ばせていた血液のパックを取り出し、口につけた。
その時私の後ろから誰かがぶつかった。
~魔法使い・ティーエの視点~
私はいったん着替え混浴風呂の脱衣所へと向かう事にしました。そして、毒の入った瓶を取り出そうとポケットに手を入れました…………
ない………毒の入った瓶が…………どこにも…………
私は顔から血の気が引くのを感じました。何故………どこかで落とした? ………いや、女湯に入る前まで、確かにちゃんとあったはずです………
その時、食堂でこそこそとしている人影がありました。
まさか………泥棒…………1週間前にここで事件があったと聞きます。その犯人は捕まっていないとのこと。毒を盗み出して、次の犯行に使おうとしているのかもしれません。
その毒は世界を救うために必要なんです。
私はその人影の元へ走って近寄りました。あまりに慌ててしまって、足がもつれ、その人影へと突っ込んでしまいました。
なんという事でしょう。その人影は変態悪魔の手先だったのです。その手にはトマトジュースだと言い張る、忌まわしい血の入った袋が握られていました。
「ソ、ソロモン君じゃないですか。あ、あ、慌ててぶつかってしまい、すいません。こ、こ、ここで何をしていたんですか。」
私は平静を装い、探りを入れました。
「いえ、大丈夫ですよ。風呂から上がったので水分を補給していたのです。風呂上りのトマトジュースは最高です。先生。」
「そ、そ、そうですね。」
風呂上りに血をすするのが最高とは、なんと恐ろしいのでしょうか。私は何とか瓶の在処を探ろうと、当り障りない話を繰り返しました。しかし、何も掴むことは出来ませんでした。
30分ほどそこで話していたでしょうか。
そこで不思議なことが起こったのです。
私のあれほどまで燃え上がっていた殺意が嘘のように消え去っていきました。これはどういう事でしょうか。
ま、まさか………そこで私は気付きました。私は悪魔たちの手の平で踊らされていたのです。私が右往左往する様を見て心の中で笑っていたのです。私は何て愚かだったのでしょうか。とんだピエロを演じさせられていたのです。
何故私は1人で変態悪魔達を殺そうなどとたいそれたことを考えてしまったのでしょうか。冷静に考えれば分かる事じゃないですか。
やはり、ジークの帰りを待たなくてはいけません。ジーク、いつまでいちゃいちゃと新婚旅行を楽しんでいるのですか。私がこんなに世界の平和のために奮闘しているというのに…………
2日目
~魔法使い・ティーエの視点~
私の耳には朝から驚愕のニュースが飛び込んできました。宰相の三男であるハリス様が殺害されたという事でした。そして、あの変態悪魔が第一容疑者として疑われているという事でした。
私は正直にあの変態悪魔が怪しい事を証言しました。他の皆は思考を操られ本当のことを言えないでしょうが、私だけは違います。私の強大な力で昨日の時点で変態悪魔からの呪縛は解かれたのです。
とうとう国家機関が動き出す時が来たようですね。でも気をつけてください。百戦錬磨の私が手玉に取られたのです。石橋を叩いても叩きすぎるという事はあの変態悪魔に限っていえばありえないのです。
探偵は食堂に一同を集め、変態悪魔の所業を暴くつもりです。しかし、逃げ場のなくなった変態悪魔がどういった行動にでるのか。あの探偵はそこまで考えているのでしょうか。私は緊張して、そのきたる時に備えました。
その時です。変態悪魔が予想もしなかった行動に出たのです。
「あれれ~。おかしいぞ。こんなところに赤い染みがあるぞ。せんせー。昨日の献立にトマトってありましたっけー。」
食堂の入り口付近で前屈みになりながら、私に問いかけました。
「ど、ど、どうしたんですか。い、いきなり。き、昨日の献立には………トマトは………なかったと思います。」
私は思い出しました。そこは昨日、悪魔の手先と私がぶつかった場所。そして、そこにある血痕。なんという恐ろしいことを考えるのですか。私は自分の想像が間違いであることを祈りました。
探偵はその赤い染みを見て何かを考えているようでした。その後、部屋の床を詳しく調べ始めました。
そ、そこは………全身から嫌な汗が流れ出ました。探偵は昨日私がハリス様の命を救うためにひっくり返した料理の散らばった場所を調べていたのです。
探偵は何かを考えた後どこかへと消え去りました。
そして、戻って来た探偵の顔を見た時、私に嫌な予感が走りました。そして、自分の心臓の高鳴る音が聞こえてきました。
私は倒れこみそうになりながらも、探偵の推理を静かに聞き入りました。
………なんという事ですか。考えうる最悪の状況がそこにはありました。
あろうことか探偵は自分の推理をまげて、別の人物に罪をなすりつけてしまったのです。もしかすると探偵までも変態悪魔の術中にはまってしまったのかもしれません。私はそこで全てが頭の中でつながりました。
私が闇のルートを使って毒物を手に入れたのも、脱衣所に毒の瓶を置いておいたのも、全ては変態悪魔に操られた私の失態だったのです。私は知らず知らずのうちに共犯者に仕立て上げられていたのです。
なんと恐ろしいことを考えつくのですか。私は背筋が凍りつきました。
真実に気づくであろうこの天才である私の口を封じるために、何日も前から周到に準備された計画殺人だったのです。この事に気付くことができるのはこの中で私一人ではないでしょうか。
私がここで真実を声に出して叫んでも、一体何人の人が私の声に耳を傾けてくれるでしょうか。この場にいる全員が操られている可能性だって考えられるのです。
私は無実の罪で連れていかれる男を呆然と見送りました。
私の手は汚れてしまいました。操られていたとはいえ、無実の罪のものに罪を着せてしまったのです。後で必ず私が無実を証明してみせます。それまで、待っていてください………
それにしもて何故ハリス様を殺害することにしたのか………
その答えはこの旅の最後に明らかになりました。
ハリス様のハーレムを自分のものにするためにとった行動だったのですね。なんという変態っぷり………そんな事のために…………
~魔女族・ドロニアの視点~
………この少女、どこかで見たことある気が…………たしか、あれは『叡智の図書館』で………
~呪術研究会部長・クロエの視点~
今日は雲一つない空です。絶好の外出日和です。この旅行でティーエ先生の恋が実るように私も陰ながら応援したいです。
私のプランで馬車で行く事に全員賛成してくれました。特待生の皆さんなら馬車等使わずとも移動できるのかもしれませんが、それでは味気がありません。道中も楽しむことも旅の醍醐味じゃないでしょうか。
しかし、その思惑が出発直後から暗礁に乗り上げてしまいました。
2人組がアギラさんに因縁をつけてきたのです。
その2人組は『マリオンさん』という名前を口にしていました。ソロモンさんによると特待生にいる女性の1人という事でした。アギラさんとマリオンさんの関係は、私なんかが聞くことはできませんでした。
馬車の中ではアギラさんとソロモンさんは何かいろいろ話をしているようでした。
ドロニアさんはいつも通り寡黙な態度です。
そして、ティーエ先生はずっと何か考え事をしているようでした。そこで、私は、ハッとしました。
マリオンさんという女性とアギラさんは何かただならぬ仲なのではないでしょうか。そして、それを先ほど私と同じように初めて知った………
先生の心境は痛いほどわかりました。先生が沈んだ気持ちになるのも分かります。
しかし、まだそうと決まったわけではありません。
私はアギラさんとソロモンさんの会話に聞き耳を立てました。何かそれに関する事を話していないかと思ったのですが、その話題は一切でてきませんでした。鬼人族についてや呪いについて話しているようでした。
私はどうすればよいのでしょうか。先生を応援するのか………
いえ、まずはマリオンさんとアギラさんの関係を知ってからです。何とかこの旅で私が聞き出してみせます。話はそれからですね………
~魔法使い・ティーエの視点~
今まで私は消極的過ぎました。それというのも、アギラが北の大陸で出会った悪魔ではないという可能性がほんのわずかですが考えられたのです。ジークに確認をとってもらおうと考えていたのです。だから、どこかで遠慮して、思考回路が受身、受身になっていたのです。そうに違いありません。
しかし、私は決心しました。あれは、あの北の大陸で出会った悪魔だと断定して行動するのです。そうと決心すればふつふつと悪魔を殺らねばならないという気持ちが沸き上がってきました。その気持ちは温泉宿に近づくほどに強くなり、私の目には力が宿ってきました。
そして、私はこの旅で魔法使いとしての矜持が邪魔をしてできなかった方法で殺る事にしたのです。
どんなに卑怯だと言われようが、私はあの悪魔を殺すのに手段など選ばないのです。
その方法とは……………………………………毒殺です。
私は今まで魔法で直接対決をして勝たなければならないと考えていましたが、この悪魔にはそんな事は言ってられないのです。
私は道中で毒殺のシュミレーションを脳内で繰り返し行いました。
食事時、入浴時、睡眠の時、私がプランAからプランDまで徹底的にぬかりなく考えを巡らしていると、目的地である『アバロン』に到着したようでした。
私はポケットの中にある毒の入った小瓶を握りしめ強く決意しました。
暗殺の時がやってきたのです………
~呪術研究会部長・クロエの視点~
アギラさんが食事の席にいません。ソロモンさんの話だとすぐに来るそうです。
私と先生とドロニアさんで料理の注文をして席まで料理を運ぶ事にしました。私は私の料理だけでなくソロモンさんの料理をテーブルまで運びました。
ティーエ先生はアギラさんの料理をテーブルまで運んでいました。そして、その時私は見てしまったのです。先生がアギラさんの食事に何かを入れるのを。
私はハッと気づきました。
あれは惚れ薬というものではないでしょうか。そういうものがあるという事を私は聞いたことがあります。大魔法使いである先生なら持っていてもおかしくない代物です。
でも、そんな事をしていいのでしょうか。マリオンさんというライバルが現れたからといって薬を使ってまで振り向かせるなんて。先生の焦る気持ちも理解できるのですが、やはり薬を使うのは良くない事です。
まず事実確認をする事が先決ではないでしょうか。何とか私がアギラさんとマリオンさんの仲を聞き出してみせます………
私は作戦を練りました。
~魔法使い・ティーエの視点~
とうとう変態悪魔に天誅をくらわすことができそうです。今、変態悪魔が箸に取っている食べ物は私が裏ルートで手に入れた『テトラニチン』という毒が入っています。その効用はすさまじくわずか0.2mgで2m級の熊を絶命させることができるのです。さらにこの毒の凄いところは摂取してから30分後に毒が回るという遅延性の毒なのです。
食事を口に入れようとした時大きな声でその動作が止まりました。
後少し、後少しというところで………
私の完璧な計画を邪魔するのは誰なんですか………私は入り口の方を見ました。なんなんですかあの養豚場から逃げ出した豚は………
そこで私はハッとしました。私の思考が普段とは違う言葉使いになっていることに………
もしかすると、大魔法使いともあろう私が変態悪魔の幻惑魔法に操られ始めているのかもしれません。どうやら時間がありません。私だからこそ、完全に操られず自我を保っていられるのです。なんとしてもここで変態悪魔を倒さなければならないのです。
幸運な事に変態悪魔は気にせず食事を再開しようとしています。
そうです。それを口の中に入れるのです。後少し………やりまし………
その時、豚の前を歩く屈強な男が変態悪魔の右腕をつかみました。
なんなんですかあなた達は………私の完璧な計画を何故こうも邪魔をするのですか。私はこの世界を救おうとしているのですよ。ひいてはあなた達をも救おうとしているというのに………
あろうことか養豚場から逃げ出した豚は私が用意した食事を食べようとし出しました。このままではまずいです。あの豚が絶命してしまいます。
私はテーブルを乗り越えて食事を床に払い落しました。
「何をするのです。私から奪おうとする等、どこの田舎娘ですか?」
なんなんですかこの豚は。私はあなたが出荷されそうになるのを防いだんですよ。
………なんて事です。私の思考は変態悪魔に乗っ取られつつあるようです。でなければこんな口汚く罵ったりすることはないはずです。どうやら私に残された時間はやはりあと少しのようです。
まずはこの局面を乗り切らなくてはなりません。
「私は大魔法使いのティーエです。それはあなたが食べるための食事ではありません。自分の分は自分で注文してください。」
まさか床にぶちまけた食事にまで手を出すとは思いませんが、豚ですからね。ちゃんと言っておかねば何が起こるかわかりません。
私の思考は次の変態悪魔抹殺計画に切り替わりました。私には全ての会話が耳に入らなくなりました。何か豚がブヒ、ブヒ言っていたようですが、気にする事はないでしょう。
その時足もとを見ると変態悪魔の仲間であるソロモンが食事に手をだそうとしていました。毒がばれてしまいます。
「あっ、そこは、私が片付けておきます。」
私は変態悪魔の手先が何かに気づく前に床を綺麗にすることにしました。そして、私は万物を綺麗にする水魔法『 浄水 』を詠唱しました。
本当は『 浄水 』より上位の『 浄化結水 』を使いたいですが、私は光魔法を使えないので使う事ができません。しかし、『 浄水 』でも詳しく調べなければ大丈夫でしょう。
私はプランBに作戦を変更する事にしました。
~呪術研究会部長・クロエの視点~
私は良い事を思いつきました。アギラさんに直接聞くのではなく。アギラさんの使い魔であるアーサーちゃんに聞けばいいのではないでしょうか。いつも一緒にいるのです。いろいろ知っているのではないでしょうか。
私は風呂の入り口でアギラさんに言いました。
「そ、それじゃあ、アーサーちゃんは、わ、私が預かりましょうか?」
アーサーちゃんが乗り気になってくれました。どうやら作戦は成功のようですね。
私達女性陣は一緒に女湯のお風呂に入りました。
ティーエ先生は何か緊張した面持ちです。さきほど惚れ薬を飲ませる事ができずにショックを受けているのかもしれません。ドロニアさんはきょろきょろと辺りを見回しては恥ずかしそうにしていました。
私は機を見てアーサーちゃんに核心をついた質問をしました。
「アーサーちゃん聞きたいことがあるんだけど?」
「何ですかにゃ?」
「アギラさんの事なんですけど。」
「マスターの事ですかにゃ。何でも聞くといいにゃ。あっちはマスターの事なら何でも知ってるにゃ。」
これは期待できそうです。
「マリオンさんという方はアギラさんとどんな関係なんですか?」
「マリオンですかにゃ?」
アーサーちゃんは考えているようでした。すぐに思い出せないという事はそれほど頻繁には会っていないのかもしれません。
「マリオンは友達の1人にゃ。それ以下でもそれ以上でもないですにゃ。」
先生、聞きましたか。付き合ってはいないそうですよ。私は先生の方を見ました。先生は何かを決心した表情で温泉から立ち上がり、脱衣所の方へと走り出しました。
ま、まさか今のを聞いて告白しに行ったのかもしれません。私は心の中で密かにエールを送りました。
アーサーちゃんはお風呂の中で1人の少女と仲良くなって、おしゃべりをしていました。
使命を果たした私はゆっくりと温泉に浸かりました………
~魔法使い・ティーエの視点~
私はこの頃訓練によって変態悪魔とそれ以外の魔力を感じわけることができるようになったのです。変態悪魔は普段魔力を極限まで抑えつけています。だからこそ、その微弱な魔力を発しているものこそ変態悪魔だということがわかるのです。
私は温泉の中でプランBに頭を巡らしました。
あの変態悪魔は必ず混浴風呂に姿を現すはずです。私は隣の混浴風呂に変態悪魔の気配を感じ取ってから行動に移ればいいのです。そして、混浴風呂の中で油断している隙に毒を体内にねじ込むのです。私の貧相な体でも変態悪魔の気を一瞬でもそらすことは可能なはずです。
ドロニアさんはちらちらと私を監視しているようです。待っててください。すぐに変態悪魔の呪縛から私が解き放ってあげます。
好都合な事に今なら変態悪魔の使い魔もこちらの女湯にいます。今が絶好の機会です。私の監視のために使い魔をこちらに寄越したのでしょうが。それがあなたの命取りにしてさしあげますよ。
私が温泉の中で魔力探知に意識を集中していると、混浴風呂に変態悪魔の気配が現れました。
予定通りです。混浴風呂に来ると思っていましたよ。
私は温泉から立ち上がり、脱衣所へと急ぎました。
~吸血鬼・ソロモンの視点~
俺は目の前のアギラという男に一目置いていた。前回の私が気絶した呪いの館ではこの男に助られた。そして、そのことを鼻にかけるでもなく普段通り振舞っていた。この頃から、このアギラという男は他の人族とは何かが違うと興味をもって観察するようになっていた。
クラスでは妖精族や獣人等と仲良くし、あまり人族とは交わっていなかった。それに、私のことも他の人族のように揶揄する事がなかったのだ。
私はこの旅でいろいろ話をして何か今まで感じた事のない感情が沸き上がるのを感じた。
宿に着くと宰相の三男のハリス様に出会った。
現宰相の功績は軍事、内政面でも目覚ましい成果をあげており、その発言権は絶大な影響力をもっている。そして、その力は7人の子息が力を持つまでに及んでいた。
彼らに逆らった貴族は悲惨な末路を辿ったという話は頻繁に耳に入ってきた。彼らに逆らえば、私のような末席の貴族であれば、簡単に路頭に迷ってしまうことだろう。
私は理不尽な要求にも丁重に対応した。
貴族の爵位を持たぬものやこの王国出身でないものにはさぞ滑稽に映ることだろう。
しかし、そんな私を見ても、アギラは嫌な顔をしなかった。むしろ私を応援してくれるというのだ。私は嬉しかった。
だから、私は自分自身の置かれてる窮状を語った。
この男となら学園に潜む全属性使いを粛清することができるかもしれない。私はアギラに友情というものを感じた。それは生まれて初めての感情だったのかもしれない。
私はその時『吸血衝動』に襲われた。
今日は一日中馬車の中だったので、すっかり血液を補充するのを忘れてしまっていたのだ。すぐさま補充しなければ、動けなくなってしまう。
私は温泉から立ち上がった。
「そろそろ私は上がるとする。少しのぼせたようだ。」
私は力の入らなくなった体で何とか脱衣所へと向かった。
私は服に着替えて脱衣所を出た。右手にある食堂には誰もいなかったので、私はそこで血液を補充する事にした。私は服の内ポケットに忍ばせていた血液のパックを取り出し、口につけた。
その時私の後ろから誰かがぶつかった。
~魔法使い・ティーエの視点~
私はいったん着替え混浴風呂の脱衣所へと向かう事にしました。そして、毒の入った瓶を取り出そうとポケットに手を入れました…………
ない………毒の入った瓶が…………どこにも…………
私は顔から血の気が引くのを感じました。何故………どこかで落とした? ………いや、女湯に入る前まで、確かにちゃんとあったはずです………
その時、食堂でこそこそとしている人影がありました。
まさか………泥棒…………1週間前にここで事件があったと聞きます。その犯人は捕まっていないとのこと。毒を盗み出して、次の犯行に使おうとしているのかもしれません。
その毒は世界を救うために必要なんです。
私はその人影の元へ走って近寄りました。あまりに慌ててしまって、足がもつれ、その人影へと突っ込んでしまいました。
なんという事でしょう。その人影は変態悪魔の手先だったのです。その手にはトマトジュースだと言い張る、忌まわしい血の入った袋が握られていました。
「ソ、ソロモン君じゃないですか。あ、あ、慌ててぶつかってしまい、すいません。こ、こ、ここで何をしていたんですか。」
私は平静を装い、探りを入れました。
「いえ、大丈夫ですよ。風呂から上がったので水分を補給していたのです。風呂上りのトマトジュースは最高です。先生。」
「そ、そ、そうですね。」
風呂上りに血をすするのが最高とは、なんと恐ろしいのでしょうか。私は何とか瓶の在処を探ろうと、当り障りない話を繰り返しました。しかし、何も掴むことは出来ませんでした。
30分ほどそこで話していたでしょうか。
そこで不思議なことが起こったのです。
私のあれほどまで燃え上がっていた殺意が嘘のように消え去っていきました。これはどういう事でしょうか。
ま、まさか………そこで私は気付きました。私は悪魔たちの手の平で踊らされていたのです。私が右往左往する様を見て心の中で笑っていたのです。私は何て愚かだったのでしょうか。とんだピエロを演じさせられていたのです。
何故私は1人で変態悪魔達を殺そうなどとたいそれたことを考えてしまったのでしょうか。冷静に考えれば分かる事じゃないですか。
やはり、ジークの帰りを待たなくてはいけません。ジーク、いつまでいちゃいちゃと新婚旅行を楽しんでいるのですか。私がこんなに世界の平和のために奮闘しているというのに…………
2日目
~魔法使い・ティーエの視点~
私の耳には朝から驚愕のニュースが飛び込んできました。宰相の三男であるハリス様が殺害されたという事でした。そして、あの変態悪魔が第一容疑者として疑われているという事でした。
私は正直にあの変態悪魔が怪しい事を証言しました。他の皆は思考を操られ本当のことを言えないでしょうが、私だけは違います。私の強大な力で昨日の時点で変態悪魔からの呪縛は解かれたのです。
とうとう国家機関が動き出す時が来たようですね。でも気をつけてください。百戦錬磨の私が手玉に取られたのです。石橋を叩いても叩きすぎるという事はあの変態悪魔に限っていえばありえないのです。
探偵は食堂に一同を集め、変態悪魔の所業を暴くつもりです。しかし、逃げ場のなくなった変態悪魔がどういった行動にでるのか。あの探偵はそこまで考えているのでしょうか。私は緊張して、そのきたる時に備えました。
その時です。変態悪魔が予想もしなかった行動に出たのです。
「あれれ~。おかしいぞ。こんなところに赤い染みがあるぞ。せんせー。昨日の献立にトマトってありましたっけー。」
食堂の入り口付近で前屈みになりながら、私に問いかけました。
「ど、ど、どうしたんですか。い、いきなり。き、昨日の献立には………トマトは………なかったと思います。」
私は思い出しました。そこは昨日、悪魔の手先と私がぶつかった場所。そして、そこにある血痕。なんという恐ろしいことを考えるのですか。私は自分の想像が間違いであることを祈りました。
探偵はその赤い染みを見て何かを考えているようでした。その後、部屋の床を詳しく調べ始めました。
そ、そこは………全身から嫌な汗が流れ出ました。探偵は昨日私がハリス様の命を救うためにひっくり返した料理の散らばった場所を調べていたのです。
探偵は何かを考えた後どこかへと消え去りました。
そして、戻って来た探偵の顔を見た時、私に嫌な予感が走りました。そして、自分の心臓の高鳴る音が聞こえてきました。
私は倒れこみそうになりながらも、探偵の推理を静かに聞き入りました。
………なんという事ですか。考えうる最悪の状況がそこにはありました。
あろうことか探偵は自分の推理をまげて、別の人物に罪をなすりつけてしまったのです。もしかすると探偵までも変態悪魔の術中にはまってしまったのかもしれません。私はそこで全てが頭の中でつながりました。
私が闇のルートを使って毒物を手に入れたのも、脱衣所に毒の瓶を置いておいたのも、全ては変態悪魔に操られた私の失態だったのです。私は知らず知らずのうちに共犯者に仕立て上げられていたのです。
なんと恐ろしいことを考えつくのですか。私は背筋が凍りつきました。
真実に気づくであろうこの天才である私の口を封じるために、何日も前から周到に準備された計画殺人だったのです。この事に気付くことができるのはこの中で私一人ではないでしょうか。
私がここで真実を声に出して叫んでも、一体何人の人が私の声に耳を傾けてくれるでしょうか。この場にいる全員が操られている可能性だって考えられるのです。
私は無実の罪で連れていかれる男を呆然と見送りました。
私の手は汚れてしまいました。操られていたとはいえ、無実の罪のものに罪を着せてしまったのです。後で必ず私が無実を証明してみせます。それまで、待っていてください………
それにしもて何故ハリス様を殺害することにしたのか………
その答えはこの旅の最後に明らかになりました。
ハリス様のハーレムを自分のものにするためにとった行動だったのですね。なんという変態っぷり………そんな事のために…………
~魔女族・ドロニアの視点~
………この少女、どこかで見たことある気が…………たしか、あれは『叡智の図書館』で………
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