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第8話 ギブ&テイク

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 俺は気ままにすくすくと成長し、いつの間にやら3歳になった。
 お兄様がいつもお土産でいろいろくれるのだが、俺のそれはいつも食べ物ばかり。それに加えてシェフの作るご飯が美味しいものだから、俺の体は縦には成長せず、横にまん丸と成長してしまった。
 うん。まだ大丈夫だよね。なんたってお兄様と同じ血が流れているんだもの。いずれイケメンになるのは保障されてるよね。
 それに俺の体は肥満体型ではなく、ぽっちゃり体型と言ってもいいだろう。
 元気よく遊んでいれば自然と痩せるんじゃないだろうか。そう考えればまだ心配する事はないな。

 そう言い聞かせて、俺はスイーツを作るために牛乳を振っている。

 この世界のスイーツ事情が今一つ発展していない気がしたので、俺は日頃の感謝を込めて生クリームを使ったスイーツを皆に振る舞おうと考えたのだ。そしてそのレシピを作ってシェフのアンジェに渡せば、今後はいつでも食べたい時に作ってもらえるというものだ。

 加工された牛乳というものからは生クリームを抽出する事はできないのだが、この世界の牛乳は加工されていないものなので、生クリームが抽出できることを前に確かめている。後は大量に抽出するだけであるのだが、腕をぐるぐる回して牛乳を分離するのはなかなかに疲れる作業である。

 そこで俺は魔法でこの作業ができないか試してみる事にする。確か無属性の魔法に物を浮かせる魔法があったはずである。

 俺は牛乳の入った瓶に蓋をして“浮け”と念じる。

 すると瓶は重力から解き放たれてふわふわと空中に浮きあがる。

「やった。成功だ」

 次はこれを蓋を中心に円を描くように回転させることにする。蓋を抑えるのにも力を使おうかと思ったが遠心力によりその必要もない事に気付く。最初と最後だけ少し蓋に力を加えればいいだろう。

 俺はゆっくりと空中で横に振りながら、一気に加速して円運動を行わせる。

 おー、簡単にできたな。光魔法に次いで無属性の魔法の才能もあるのかもしれんな。これが噂に聞く転生チートとかいうやつかもしれん。神様らしき人にはあっていないような気がするが……

 もしかすると神様と会った記憶が消されているのやもしれないな。

 しかし魔法の才能があるのは悪い事ではないので、あまり気にする事はないだろう。そもそもお兄様も魔法は優れているようなので、兄弟である俺も魔法が優れていても何らおかしな事ではない。

 そんな事を考えながらしばらく牛乳の入った瓶を激しく円運動させ続ける。

「そろそろかな……」

 俺は回転を止めて、中身を確認する。すると見事に上の方に生クリームが浮き上がっていた。俺はそれを掬い集め。砂糖とレモンを加え、さらに混ぜる。ここでもハンドミキサーがないので、魔法の力を借りて高速で混ぜ続ける。そしてしばらくすると粘度が高まり、上質の生クリームが完成する。

 俺はそれを持って厨房にいるアンジェのところへと向かう。

「アンジェ、新しい料理を作ってみたんだけど、パンケーキと合わせたいから焼いてくれない」
 夕飯の材料の確認をしていたアンジェは手を止めて、俺の方を見る。

「新しい料理ですか? 今食べると夕飯が食べられなくなりますよ」

「小さめのやつでいいから、2枚ほど焼いて欲しいんだけど」

「2枚ですか?」

「アンジェにも食べてもらいたいからね。感想を聞かせてよ」

「分かりました。では少々お待ちください」
 基本的にこの屋敷ではお母様とお兄様と俺の言う事は何でもしてくれるのだ。王族とは最高な存在なのである。

 少しすると2枚のパンケーキが焼きあがる。

 俺は先ほど作った生クリームを取り出してパンケーキの上に盛り付ける。

 本当はイチゴのショートケーキ等が食べたいところだが、まずはアンジェに味わってもらって、この生クリームを使った料理を今後もいろいろと出してもらえるようにしたいという狙いがあるのである。 


「できた」
 パンケーキの生クリーム添えである。

「その白いのは何ですか?」
 アンジェが興味深そうに尋ねる。

「これは生クリームというものだよ。パンケーキと一緒に食べてみてよ」

「わかりました。では、いただきますね」
 アンジェはナイフでパンケーキを一口大に切り取り、生クリームをその上に少し載せてから口へと運ぶ。
 そして、それが口の中に放り込まれた瞬間に表情が変わる。

「何ですか。これは。牛乳の甘味を凝縮したような、いえ、砂糖の甘味? いやもっと優しい甘味が口の中に広がります。これは止まりませんよ。いくらでも食べれちゃいますね」
 アンジェはさらに切り分けて、どんどんと口に運んでいく。その嬉しそうな顔を見ていると作って良かったなと思う。早く、お母様やお兄様にも食べさせてあげたいものだ。

「気にいってもらえて良かったよ。機を見てこれを使った料理を作ってよ」
 俺はできた生クリームをアンジェに渡す。
「わかりました。それにしてもこれはどのようにして作られたのですか? 作り方を教えてもらえたりしますか?」
 特に秘密でもないので俺は作り方を教える。
「牛乳を回転させて分離させるんだ。結構重労働だから、時間がかかってもいいなら、冷却して放置しても分離できると思うけど。そして、上澄み液を掬って、そこから砂糖とレモンを加えてよく混ぜるとできるんだ」

「なるほど、牛乳の上澄みに塩を入れて固めればバターになるが、砂糖を入れれば生クリームとやらになるという訳ですね」
 バターってそうやって作るんだ。じゃあ、なんで今まで生クリームを作らなかったんだ。

「牛乳の分離の仕方は知っていたんだね。何で砂糖を入れようと思わなかったの?」

「牛乳の分離は食に携わるものとしては常識ですからね。多分、砂糖が貴重だからじゃないでしょうか。砂糖はここには量がありますが、それほど一般にはまだ流通しているものではありませんからね。私も砂糖を使うのはためらってしまいます。しかし、こんな美味しいものが作れるのであれば、使う価値はあると思いますよ。こんなものを思いつくなんてジークフリート様は料理の天才ですね」

 アンジェは俺をべた褒めする。しかし、実際は思いついたのではなく前世の知識に他ならないわけだが。
 それにしても、デザートに果物がおおかったのは砂糖が貴重だったからか。ケーキのようなものがなかったのはこのためか。これはスイーツ界を発展させるために何とかしたいところではあるな。俺の体は甘いスイーツを欲しておるのだ。
 そんな事を思っているとどこからともなく声が聞こえてくる。

「ちょっとー!! ちょっとー!! アンタよ!! アンタ! ねえってば、無視するんじゃないわよ」
 俺がきょろきょろと視線をさまよわせると、テーブルの上空に拳くらいの大きさの小人が目に入る。その背中には4枚の羽根がせわしなく動き、空中でホバリングしている。

「えっ。何だ?」

「どうしたんですか?」
 俺の呟きにアンジェが反応する。

「いや、ここに……」
 俺は羽を持った小人を指さした。

「何かあるんですか?」

「いや、ここに小人が」

「えっ? そんなものはいませんけど…… 大丈夫ですか?」
 アンジェには見えないのか? 俺の事を心配そうな目で見ている。いや、変な薬とかやってませんよ。俺が焦っていると、小人の声がまたも耳に届く。

「アンタ以外には私の姿は見えないし、私の声も聞こえないわ」
 俺以外見えないだって? どういう事だ?

「アンタは声に出さなくても、私と会話をしようと思えば私に通じるわよ」
 アンジェが俺の事を不思議そうに見つめている。これはひとまず誤魔化さねば、変人扱いされてしまう。

「いや、何でもないよ。気のせいだったよ」

「そうですか……」
 アンジェの興味はまたもや手元にある生クリームへと移る。生クリームを使ったレシピでも頭の中で考えているのだろう。俺はそれを確認してから、心の中で小人に話しかけてみる。

『で、君は誰?』

『は~、私の事も知らないなんてね。こんなに可愛い存在は光の妖精であるリンネ様以外誰がいるっていうのよ』
 何やら話が通じたようである。会話をしようという意思を示せば自然と会話できるようである。

『それで、その光の妖精さんが何の用なの?』

『今まであなたに力を貸してきたんだから、その対価を貰いに来たのよ。世の中、何かしてもらったらお返しをする。これは妖精界でも人間界でも変わらないわ。分かるでしょ』

『まぁ、そうだけど……君に力を借りた事あったっけ?』

『何言ってるのよ!! 光魔法を使うときは私がいつも力を貸してあげてるのよ!!』
 
『えっ!! そうなの? 初耳なんだけど』
 今までくだらない事で光魔法を連発してしまっていたことを思い返す。もしかすると分身なんていう魔法を使えたのはこの光の妖精さんのおかげなのかもしれない。

『分かればいいのよ。で、対価だけど……』
 まさか寿命を寄越せとか言わないだろうな……
 なんてことが頭によぎったが、リンネはチラチラと生クリームの載ったパンケーキに視線をむけている。これが欲しいのか?

『これなんてどうでしょうか?』
 俺は生クリームの載ったパンケーキをリンネの真下に引っ張ってくる。

『そ、そ、そんなに言うんなら仕方ないわね。それで我慢してあげる事にするわ』
 リンネはゴクリと唾を飲み、パンケーキの上に降り立った。そして生クリームを素手で取り口の中に入れる。口いっぱいに含んだ生クリームをもごもごさせながら「う~ん」と両手を頬に当てながら唸る。その顔は満面の笑顔である。どうやら満足いただけたようであるご様子。

 3回ほど同じ動作を繰り返せば、体が小さいリンネはお腹をさすりながら恍惚の表情をしている。

 リンネが食べた側はアンジェがいる反対側なので生クリームの量が少し減っていてもばれないだろう。しかし念のために俺はリンネが食べた部分をスプーンで掬いパンケーキにつけて食べる。これでリンネが食べた事を隠すことができる。

『まー、それなりね。また美味しいスイーツを作ったら私に食べさせなさいよね。アンタには力を貸してあげてるんだからね。いい? 世の中ギブ&テイクよ!!』
 食べる量も少ないし、それくらいで光魔法を使い放題だと考えれば安いものだ。俺は了解の意思を示す。

『分かった。必ず呼ぶよ』

『そう。絶対の、絶対の、絶対だからね』
 どんだけ気に入ったんだよ……

『絶対の、絶対の、絶対だ』

『わかったわ!! じゃあね』
 手を振りながら、背中の羽を羽ばたかせて空中に飛んだと思ったら、その姿がいきなりふっと消えてなくなった……

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