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第弐章 未来人
第7話 未来人
しおりを挟む「俺はヒビ。三ヶ月前に転送されたんだ」
遠い昔の記憶を掘るような渋った声になった。ヒビも実は未来人だそうだ。蓮姫が三ヶ月前に行った儀式によって、選ばれた。
ヒビの場合、ヨウと違い転送される前は戻りたい、など思っていなかった。
選ばれたのは蓮姫のご都合、理想の〝強い従者〟で決まったらしい。それまで、城に蓮姫特権の従者がいなかったので、強制に連れてこられたのだ。
今日の夢はまさに、三ヶ前のあの日の出来事がまんま、夢に現れた。
――ここは安土桃山時代という。お前は何処から来たのか? ん? 余か? 余はな絶世の美女、蓮姫である!!
夢とあの日の蓮姫の言葉が耳の中でこだましている。何度も何度も、ノイズのように走っている。
「元の時代に戻る方法は……」
「……五十㌫かな?」
ヨウの息を呑んだ微かな吐息が聞こえた。0ではない確率に嬉しいのか、または、百ではない確率にショックを抱いているのか、どちらか分からない。
自分でも、五十㌫は少し高いと思った。それは、もう一人の未来人によって思考が惑わされたから。
もう一人の未来人は、この儀式の波動を随分前から的中させた人物。
そう、鶴姫の従者、タクだ。タクは蓮姫によって連れてこられた未来人ではない。ある組織によって科学技術者によってこの時代に来た未来人。
いわゆる、青い猫が想像したタイムマシンが遥か未来では現実となって、科学者たちに広まっているという。
タクに言って機関の奴らを納得させれば、元の時代に戻れるが、三ヶ月音信不通らしい。
「もう一人、この時代には未来人が五人いる。本来は時代を要に、タイムトラベルできる人数が三人。けど、安土桃山時代だけ多いんだ」
そう言うと、襖戸が破れるぐらいスパァンと乾いた音をだして、中から着物姿のヨウが現れた。
まるで、餌を見つけた猛獣のように目がギラリと見開いてる。
「み、未来人が五人!? んな、青い猫が現実になった話ししないでください!」
しまった、と口を覆った。
この子の生きていた一九〇〇年代、二〇世紀はまだ、タイムトラベルが現実となっていない頃だ。
しかも、そのタイムトラベルを作る会社〝未来科学コーポレーション〟の影もない。
「ヒビさん! あなた、どんだけ未来の御方なんですか!?」
わなわな薄い唇を開けたり、閉めたりだらしない顔をしている。
しまった、と閉じていた口を無理矢理、こじ開ける勢いでヨウがぴとりと纏わり付いてきた。
着物のふところから、足を絡め、発展途上した柔らかい胸をお腹に押し当ててくる。垂れ下がった目尻の奥にある、黒い純粋な瞳が上目遣いで見上げてきた。
「教えてください! あなたは何者ですか? 何処から来たのですか? 戻れる方法は? あと、上女中とは」
必死な血相で訴えかける。
その姿に、一歩仰け反るが、絡めついた足が邪魔して後退できない。
必死な顔してながらも、やることは痴女だ。もしや、天然? また、アホキャラが増えたと、ヒビはひどく溜息をついた。
「着替えたんなら、蓮姫が待ってる。話しはあとな」
そう言うと、しぶしぶ足を退けコクリと横に首を頷く。
蓮姫の部屋を開けると、蓮姫はとっくに疲れ寝ていた。自分で布団を敷いて、心地よさそうに寝息をたて。
終電ギリギリに乗って帰ってきたおっさんの気持ちがよくわかる。
「寝てますね」
ヨウがあっけらかんに言う。
蓮姫は力を使うと暫くは熟睡する。こちょこちょしてもピクリとも反応しないのだ。ヒビは隣の部屋を指差し、ヨウを誘導する。
ヨウは素直にその室内に向かう。その姿を見て、ふと、ヒビが声をかけた。
「随分と冷静じゃないのか? 普通、こんなとこ来たら結構、冷静じゃいられなくなるのに」
「フフ。私、なんだか胸が高鳴っているんです」
前を歩くヨウが立ち止まり、後ろにいるヒビに振り向いた。いたずらっ子のような笑顔。
「私、時代劇とかよく見ているんです。特に、お城の構造とか大好きでフィギュア持っているんですよ。だから、フィギュアじゃない本物を見て、胸が高鳴っています。それに……」
いたずらっ子の笑顔がすっと消え、光のない暗い表情になった。
「元の世界に帰っても、私の居場所はない」
キラキラ宝石のように耀いていた瞳が薄っすらと暗くなり、雰囲気までも暗くなってしまった。
「へぇ。そうなんだ」
「ヒビさんもあっけらかんしてますね」
そんな会話を続け、部屋の明かりを灯した。まずは、この時代に慣れる為蓮姫から早速強制半ばに言われた〝上女中〟という役割についてから話そう。
§
村から鶏が一斉に合唱する朝がやってきた。朝日の陽光は暖かく、爽やかな香りが漂う。
蓮姫はまだ、寝息をかいて寝ている。途中、フフと楽しげに笑っていたりもする。その寝顔はなんとも、無邪気に可愛い。いつも腹立つ言動しかしないのに、この寝顔を見てしまっては起こせないではないか。
しかし、起こさなくてはならない。なんたって、婚約相手の京之助さまがお待ちなのだから。
辺りが真っ黒闇になるまで宴をやっていたにも関わらず、早朝の廊下で会ったときはピンピンと歩いていた。流石は若モン。
「ヒビさんヒビさん」
だしぬけにヨウが小耳に会話してきた。
上女中の格好をし、ボーイッシュな髪を一つに小さく結んでいる。もう、すっかりこの時代の姿をしている。主である蓮姫を起こしに一緒に来たのだ。
それが、今、現実をしっかりと受け止めないニートのように何かに怯えている。
「何?」
「朝、何人も私と目が合ったのに誰も私のこと不審がらないんですよ! しかも、目が合ったら笑顔で挨拶ですよ!? 信じられません!」
あぁ、と納得の声が漏れる。
この村の集落でやってきた人たちはともかく、昨日やってきたヨウを不審がらないのは、みな、二日酔いだからではない。
蓮姫がそうさせたのだ。
蓮姫がそう願いたい、あるいはそうしたいと思うほど力は強くなり、果ては人の記憶までも操作する。本人は無自覚だけど。
「不審な行動とっていなければみんな、怪しまないさ」
「うぅん」
蓮姫が起きた。まだ眠そうな顔をしている。
「蓮姫、起きましたか。早速ですか……京之助さまがお呼びです」
途端、アヒルの口ばしのように唇を尖らせ、大きな丸々の目玉を細める。ここを動かんと言わんばかりにあぐらをかく。そうくると思い、ヨウに目で合図した。
了解しました、と軍人がやる敬礼の構いをし、ヨウは蓮姫に近づいた。
「蓮姫、話しを断るときは面と向かって断るのが姫としての礼儀です。蓮姫ならできます」
子どもを宥めるように優しい物言い。その効力が効いたのか蓮姫はやっとのことで立ち上がった。
いつもは女中たちがやる仕事が今は専門のヨウがいるので、面倒な着物の着付けや戯言はヨウがしてくれている。
本当にありがたい。
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