蓮の花姫

ハコニワ

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第壱章 日常

第3話 強盗

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 8月になり、さんさんと太陽が照らす中、気温は36度を上回っていた。土は荒れ、畑の作物は栄養分が行き渡らず売れる作物が見つからない。そして、井戸から汲む水も冷たいものではなく太陽の暑さでぬくぬくと温い水となって飲めやしない。
この事で、村中の民はダラケ、怒り奮うやからもいた。その件に関して、城の者はというと。


 綺麗な着物を朝から女中の者たちがせっせと着替えさせてくれた事を忘れ、しわくちゃになる事に構わずゴロゴロと、畳の上で蓮姫は寝転がっていた。それは、もう足も広げ、大の字。
「あー暇ね~」
 着物から足の太ももが露になっている事をつゆ知らず畳の上でゴロゴロしている。
「蓮姫、はしたないです」
 側でヒビが言うが、耳に聞こえてない様子。益々、着物から肌をだし、冷たい所を求めて芋虫状態でゴロゴロする。
「あーもう暑い! なんで、こんな暑いの!?」
 ガハッと起き上がり、バサッと着物を脱ぎ捨て、布一枚となってしまった。それを側で見ていたヒビは溜息は溢さず、何故か舌打ち。
「暑い暑い暑い暑いあ・つ・い~!!」
 ジタバタ足を転げ、畳の上を芋虫で往復する。
 ヒビはあっけにとられ、蓮姫の動きを足で止めた。
「にゅっ!?」
「蓮姫、この季節が暑いのは当たり前です」
 主である蓮姫が従者に見下されてるという奇妙な光景に誰も見ていない。静かな室内で、蝉の声がやけに響く。
「退け」
「踏み心地良くて」
 静かに足を退け、蓮姫に手を差し伸べた。が、蓮姫はフンと鼻をならしそっぽを向いて自力で立ち上がった。
 服についた小さな埃をパンパンと祓い、脱いだ着物を手にとり、まわしきてみた。
「着れますか?」
「あほう! 自力で着れるわ!!」
 そう言う蓮姫の着物は袖をまわしただけでぐちゃぐちゃになっていた。
「無理しないで下さいね。このあと、下町行くんすよね?」
 ヒビが言う。
 そう、このあと、蓮姫たちは城下町の下見にいくのだ。この熱い中、食物に困り衰弱していく民を心配に思い、父が蓮姫に食物を民たちに与えに行く提案を持ちかけたのだ。
 その提案に蓮姫はしぶしぶのった。
「熱い~一日中ここにいたいわ」
 ニート発言はやめろ、とヒビは内心ツッコミする。蓮姫は着物をようやく着た。しかし、これから民の前に会うというのに、しわくちゃで横暴な着方。
 ヒビはやはりと呆れ、小さな溜息をついた。蓮姫は自分で身に纏った着物を見て、自画自賛してきた。
「このくらい朝飯前だわさ!!」
「……んじゃ、何言われても姫の責任という事で行きますか」
 途端、がしとヒビの腕に腕をまわしてきた。
「ダメじゃ!! 一国の姫が汚らわしい格好でゆくかー!!」

§

 そんなこんなで女中たちに新たな着物を身なりしてもらい、蓮姫はやっと下町にいく準備が整った。まったく、我ながら横暴な性格は褒めるほどだと思うヒビであった。
「なぁ、こんなにひきつけて短時間ではだめなのか?」
「無理ですね」
 人力車でゆっくりとしているだけの蓮姫がわがままに言う。蓮姫が乗っている人力車の後ろでは城に仕える者が数名、ついてきている。みな、持っているのは重箱という重たいものだった。それをつゆ知らず蓮姫はのんびりと一人で人力車に乗っている。
「ふぁ~あ」
 ふわりと生温かい風と人力車の風によって蓮姫のさらりとした髪の毛は肌を伝い、風を運ぶように伸びている。
 白い肌に漆黒の黒い髪の毛は遠目から見たら美人と思えるが、大きな欠伸を手で隠す事もせず、はればれに見せている。なんとも勿体無い姫だとヒビは思う。
「なぁ、つまらぬ。なんか面白い話しせよ!」
 無茶ぶりいうなとヒビはツッコミするが、蓮姫の期待の眼差し感がすこぶる気持ちが悪かったのでしぶしぶ口を開いた。
「それでは…ごほん。舞台は16世紀。ヨーロッパというそれはそれは大きくて地図を見るには虫眼鏡が必要な国にある若い少女がいた」
「よーろっぱ…? ちず…? むしめがね…?」
 蓮姫が目を丸くし、ヒビの言った言葉を再度自分から言う。人力車から身を乗り出し、ヒビをじぃと穴が開くまで見つめてくる。ヒビはしまったと口元を隠し、この話しを今すぐきろうと違う話題を考えた。
「すいません…。暑さで頭がおかしくなってたっす。気を取り直して…」
 ごほんとまた咳払いをする。蓮姫は違う話題になると先程の話しをコロっと忘れまた、ヒビの話しに耳を傾ける。
「では…それで…―」
 ヒビの話しが中盤に差し掛かった所、ある店から聞いた事のないような叫び声が聞こえた。
 蓮姫は肩をびくらせ、ヒビはすぐさま駆けつけた。
「な、ヒビ何処にゆく!」
「蓮姫はそこで待っててください。様子みにいくだけですから」
 そう言った後ろ姿を小さくなるまで蓮姫は見つめた。下町で初めて聞く悲鳴に蓮姫の胸の鼓動は抑えられないぐらい不安に押しつぶしされそうであった。
「お願い! 子どもが! 一緒に連れだされたの!」
 水簿らしい、とても美しくいとはいえない女がそこら辺にいる男どもに泣きながら懇願していた。しかし、まるで見えていないように女を無視する。蓮姫はその時、生まれて初めての感情がいきり立った。
「ここで動かないでどうする!」

 人力車から降り、蓮姫は泣き崩れた女のとこに向かった。
「そちの子どもは誰に連れだされた」
 綺麗な着物を身に纏った蓮姫が途端、目の前に現れるのだから、女は息を呑んだはず。頭のてっぺんからつま先までじっくりと蓮姫を見上げた。

§

 老人、子ども、商人が行き交う中、二人の強盗犯は走っていた。次々と人を押し退けていく。
「おらおら退け退け!」
「邪魔だ邪魔だ!!」
 二人のうち、一人が抱えているのはやっと一歳になった小さな赤子。
 きっと売買して金を貢取るのだろう。売買に関して、特に子供の値段は高かった。女の子なら尚更。それを機に、何人ものが子供を誘拐するが、この村では初めての事件だ。
「兄貴!」
 小さな鼻で、細い目、いかにも子分とした男が大柄な親分に顔を向ける。
「なんだ?」
「もう捉えましたし、一服しましょうよ」
「なんいってんだ! さっさとずらかるぞ!!」
 親分が子分を怒鳴り、一目散と村から出て行く。
 怒られた子分はしょんぼりと肩を落としている。
 走っていくうちに転々と民家も人も疎らになった場所までくると、二人は落ち着いて、腰を浮かせ、悠々と歩いた。
 ここの住人といった、さも、当たり前といった感じで歩く。
 ある民家を通り過ぎたある時、その民家の路地から短く畳んだ竹やぶがカランカランと乾いた音を出し落ちてきた。
 短く切った竹やぶでも狭い通路に対して、おさまりきれないぐらいの長さだ。加え、竹やぶが一~二本だけじゃない。二十数本はある。
 そんなのが一斉に落ちてくるなんて。
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