蓮の花姫

ハコニワ

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第弐章 未来人

第6話 ヨウ

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 今見ると、銀色の光もない。部屋をてらしてるのは月の光。
「全く……帰りが遅いと思ったら!」
 ヒビは普段変わらない面持ちで蓮姫に近づいた。すると、縁側から少女の声が聞こえた。
「いった!! あぁ、これが落ちた衝撃かぁ……てどこここ!?」
 英語をペラペラ喋れる滑らかな口調にちょっと筋の通った音量。
 赤いスカーフに全身黒い服。詳しく言うと、八十年代のセーラー服。滑らかな口調と同じ、髪型もさっぱり短くショートカットにしている少女。
 どこから現れたのか、鯉が集う池の中に、全身を浸かっている。
「冷たぁい! うわ、鯉! こしょ悪い! ちょっ! 助けて!」
 少女がヒビのほうへと手を伸ばした。しかし、ヒビは呆然と立ち竦し、少女を凝視している。
 安土桃山時代には居てはならならい未来人が来てしまった。そう、蓮姫の力のせいで。
 未来の人物を無理矢理強制転送させる、蓮姫のとっておきの力。
 満月になると、この力が強まるらしい。即ち、儀式が成功した…――。
「おぉ! おぬしが呼んだんじゃな! よく来てくれた!」
 伸ばした手を救ったのはなんと、蓮姫。自分の力で無理矢理この時代へと連れてきた少女のことを愛しむような眼差し。
「名はなんと申す?」
「……ここは何処ですか?」
 蓮姫の手のひらを握り、池から這い上がった。少女は辺りをキョロキョロした。もう、何年も洗っていない池なので、少女の足には苔や木の枝が張り付くようにくっついている。
 それを取り除け、迷子の子どものように挙動不審になった。
「ここは何処……私、確か屋上から飛び降りたはず! 何処なのここは!?」
「落ち着いて」
 すかさず、ヒビが入った。
 誰かに見られると、この少女は危うい。耳元に近づけ、耳打ちする。
「落ち着いて。大丈夫。ここは蓮姫の質問に応えて。蓮姫の質問に応えればこの時代、生きていけるから」
 青白い顔しながらもコクリコクリと小さく何度も頷く。強張った四角い目を蓮姫に向ける。
「わ、私は陽子ようこ。えっと、訳あって屋上から飛び降りたのに何故かここにいて……」
「それはおぬしが余を呼んだからじゃ! 余はおぬしの問いかけに応じて連れてきたんじゃ!」
 フンと満更でもない面持ちをした。呼んだから応えただけというのは間違えていない。しかし、時代を錯誤し、突拍子に人をタイムスリップさせるなんて、おかしい。
「私が……呼んだ? 確かに落ちる時あの日に戻りたいって思ったけど、戻りすぎ?」
 事の状況にやや、落ち着いて陽子はキョロキョロした。提灯が灯っている室内、人の声が疎らに聞こえる城の中、ここは現代ではないと悟ったらしい。
 すると、がしと蓮姫が陽子の手のひらを握りしめた。
「ヨウ! ぬしは余の付き女中をやってくれぬか!? 特別に上女中かみじょちゅうに任命する!」
「え!?」
 上女中とは女中に位をつけた中で一番の上級者。主人の身の周りの世話全般をする役職。
 いきなり現れて、そんなとんでもない階級を与えるとは、しかも、既に名前までも勝手に決めつけてる。内心、胸がチクリと傷んだ。
 とうの本人は任命された階級がどんなものか知らなさそうだ。
「あ、あの!」
 ヨウが怯んだ声をだした。びしょ濡れになった服と髪の毛をでも強調するように体をくねった。
「さ、寒いです……何処か休める場所は」
「おぉ! そうだったな。ヒビ!」
 くいとまるで、顎を使って嗜むように蓮姫はヒビを指先を使って招いた。
「余の着物を貸そう! 何でも良いぞ!」
 蓮姫は興奮気味で辺りが真っ暗になっても、眠らなかった。まるで、戦隊ヒーローものを見終わった子どもがまだ、はしゃぎ足らないよう。蓮姫も部屋の中で紙風船を何度も作ってはぺしゃんこに折り畳んでいる。
 蓮姫の着物を選んだヨウは、不安と恐怖の面持ちをしていた。今にでも誰かに押されると粉々に崩れそうな背中。
「大丈夫か?」
 ヒビが顔を覗くと、ヨウは不安を隠しきれず、青白い顔していた。全身の血を抜かれたような顔。
「私、確かに遺書も書いて飛び降りたんです。学校の屋上で……ここは天国ですか?」
「残念ながら、天国ではない。ここは安土桃山時代の綾村あやむら。君が生きていた頃の三〇〇年前の昔」
 途端に自分がタイムスリップしたと分かり、ヨウは絶句した。
 すると、だしぬけにヨウがヒビにぴとりと体をくっつけた。
「私が生きていた頃って……あなた、もしかして!?」
 口をわなわなとさせ、びっくり箱でも見つけた眼差しでヒビを見つめた。ヒビはコクリと大きく頷く。
「そ。俺も蓮姫の力で連れてこられた未来人。けど、時代は違う。それより、服着ないの?」
 選んだ着物を指差し、素っ気なく応えた。
 ヨウは慌てて、部屋に入る。
 着付けながら、ヒビと語りだした。薄い紙切れで作られた襖の奥は明るい光が灯し、ヨウが生着替えをしている姿が映りこむ。
 まるで、一昔前の映画の女優がお風呂のシーンをやっているみたいだ。薄いカーテンの中にいる女優を照らすように照明を照らし合わせているよう、姿がくっきりと映っている。
「あの、さっきのお姫様は……」
「あれは蓮姫。知ってるだろ? 安土桃山時代から五〇〇年も生きた姫」
「絶世の美女だという噂をテレビで見ました。本当に美女ですね」
 顔だけはな、と言いそうになったのを喉元で止めた。
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