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第壱章 日常
第1話 蓮姫
しおりを挟む時は安土桃山時代、織田信長と豊臣秀吉が政権を挙握してた時代。
幕府から遠い距離にある小さな村。ぼそぼそと暮らしてるわけでもなく、寂しい村でもない。ほんの些細なことでも祭りに変わるちょっとおかしな村。
その村に一番大きい建物、城が立っていた。中にはこの村を支えるお殿様とその娘がおった。
お殿様の娘はたいそう可愛くてこの世の絶世の美女ともいえる美しい少女であった。
§
その絶世の美少女はバタバタと大股で城の中を駆け回っていた。理由はご飯がおいしくないから、らしい。
「蓮姫! 走ったら危ないですぞ!」
「うっさい! あとをついてくるな!」
着物をだらしなく乱し走り、小走りであとをついてくる兵たちを交わした。
確かに、顔だけは美少女だ。まさに、この世の娘でもないほど美しい。しかし、その裏はわがままで自分勝手、かつ男勝りな娘であった。
曲がり角を曲がろうとした際、誰かにぶつかった。丁度、ゴツゴツしたものにあたり、鼻がぺしゃんこに。
「うぅ、なにもの!」
涙目で見上げるとそこには蓮姫特権の従者、ヒビが。げっと踵を返そうと思ったと同時に肩を掴まれた。
「蓮姫じゃないすか。ダメですよ、脱走は誰もいないところでやらないと」
ニタァと不敵に笑った。
「誰が脱走よ!」
「してたんじゃないっすか? それより、父上様がかんかんでしたよ『脱走するなら嫌いないもを増やす』と仰ってます」
蓮姫の父、つまりここの殿様。
その殿様の顔全体が赤くなるのと共に鬼の血相にかわるのを想像し、蓮姫は身体を震わせた。
「ち、父上が…そんなに?」
「ええ、そりゃあもうかんかんで今から蓮姫を無理やり蔵に追い出そうかなとも仰ってます」
そう言うヒビの表情はいたずらっ子のように笑みをやどしている。
しかし、蓮姫はその笑みを見る間もない。
みるみる蓮姫の顔が青ざめた。城の蔵は夜よりも恐ろしい所。怪やこの世のものではないのが彷徨いてるとか。
「い、今からゆく…」
「そう」
蓮姫は嫌々に父上のとこへと向かう。その後ろにはヒビが欠伸を一つかきながらついてきた。
この脱走はいつも蓮姫の周りにはよくある事。なので、特権のヒビもあまり気にならない、らしい。
「ち、父上…は、入りまぁ…」
「蓮っ!!」
大きな部屋の中に入るやいなや、蓮姫が襖を開けた途端、殿様が声をあげた。その声は空にどこまでも反響してる。
蓮姫は肩をビクビクし、ささっと部屋の中央ですぐさま正座した。
「お主……これで何回目だ?」
「えぇと、五八回……?」
「そんな数字言わんくていい!」
「……だって何回目だって言うから」
「お主はもう11、主はこれから、いいや、もう立派な大人の仲間入り! 少しはその風貌らしく清く慎め」
フンと鼻をならし、部屋をでた。ドスドスと床を歩く音は何処までも聞こえる。
蓮姫はしゅんと肩を落とし、正座している自分の手を見つめた。
「蓮姫」
しゅんと肩を落としてる時、ヒビが声をかけてきた。いつもの淡々とした声色。あるじである姫が怒られた時もいつもの顔してる。
「…何よ」
蓮姫は振り返らず、ぶっきらぼうに応える。
「もう、昼時です。カキおばさまのとこにゆくって約束したのでは?」
カキおばさまとは、下町に住んでいる老いぼれおばさんだ。元はこの城の料理長だった。
「…」
「ま、馬なくってもパパッとゆけるのではないですか? 蓮姫なら、力を使って……―」
「それよ!!」
蓮姫がガバッと立ち上がった。キラキラと閃いた顔をし、ヒビに人差し指を向ける。今さっきの暗い表情を全くしていない。
「何故思いつかなかったのだろう…吾の力を使えば脱走も軽々だったのに!!」
「あ、今脱走って言いましたよね?」
「フフ、では、余は先にゆく!!」
ご満悦な笑みをし、しゅんと姿がたちまち消えた。属にいう『テレポート』だ。こちらの言い分もなしに勝手に行ってしまった。
「はぁ…あのクソ姫が」
ポツリと言う。
この部屋には誰もいないのでやけに反響した。
そう、蓮姫には人間離れした特殊な力を纏っている。それは幼い時から。この事は当然、蓮姫の父も知っている。父を除けば、従者のヒビしか知らない。城の者は力の事を知らず、単に〝トラブル姫〟しか写っていない。
この力がバレれば城の者や村の者が姫を見て、化物と呼ぶだろう。それは蓮姫も父も相応しくない。
夜空に浮かぶ満月の美しさと山の水のように清らかな身なりを兼ね揃えた美貌のもち持ち主。この美貌に蓮姫を唆す輩もいるだろう。だから、勝手に城内の外にはあまり出て欲しくはない…のだ。が、あの極端で暴れ馬のような姫を誰が止められるか。
古びた一軒家に蓮姫はいた。
「姫様…また脱走したのかね?」
「失敬な!! 今度はヒビにも言っておるわ!」
城から抜け出した先は約束のカキおばさんの場所。腰が痛くって柿を縁側に吊るせないおばさんに代わって蓮姫がここにいるのだ。
カキおばさんがこう聞いたのはいつも時間に遅れる姫が今日は早かった為だったのだ。
しかし、無情にも最後の一個が届かない…
「姫様…あまり無茶は…」
「大丈夫…黙ってみておれ…」
つま先たちをしても尚、届かない。すると、背後から手を伸ばし、蓮姫が悪戦苦闘してた柿をなんなく吊るした。
思わず、振り返る。
振り返るとそこにはヒビが…
「ひ、ヒビ…!? は、速かったのぉ…」
「お陰様で慣れましたので」
嫌味な笑みを纏い、ジリジリと近づく。
同じく、ジリジリ後退する蓮姫。なんとも言えない見つめ合いで攻防戦してる。
「蓮姫……帰りますよ!」
「いや! いやじゃいやじゃ」
いやじゃ~とジタバタ叫びながらヒビにズルズル引っ張られる。その様子を呆然とカキおばさんは見つめる。姿が廊下の曲がり角で見えなくなった時に、
「やっぱり言っておらぬかったか」と呟く。
まったく、騒がしい姫じゃと吊るした柿を見上げ、お茶を飲んだ。
ジタバタと足をバタつかせ姫はヒビの力に抵抗しようとした。歩道まで行くと、流石に放してくれるだろう、と思いきや、全く放す気配が見えない。
「ひ、ヒビ…そろそろ放さぬか? のぅ?」
「あ?」
ヒィ!怒ってる!これまで以上に怒っている!
逆鱗に触れ、口が接着剤のようにくっつき、ただ、黙る事しかできなかった。
§
「父上っ! 父上!!」
長い廊下を大股で走る姫。まるで、化物に追われてる血相で廊下を走っていた。その後ろには当然のようにヒビもついてくる。
「父上ーー!!」
襖をノックなしで思いっきり開けた。スプァんと乾いた音をだす。ドカドカと遠慮なしに蓮姫は父のいる部屋へと入った。
「ち、父上、父上~」
「な、なに猫のような声して」
うるうる涙目で父の隣に腰を降ろす。
「従者を替えたい! 今すぐに!」
真剣な眼差しでそう言った。そう、思ったのは従者の者が主に喧嘩を売った事が気に食わないらしい。
「何言ってる、ヒビはとても優秀だろ?」
呆れたものいいで言う。
蓮姫はブンブン首を大きく降る。艶のある髪の毛がさらりさらりと降ったほうに揺れていく。ビシッと人差し指をたて、ヒビを指さした。あーだこーだいちゃ文句を父に言いつけた。しかし、その声は届かず父はますます呆れた顔になった。最後には大きな溜息をつく。
「馬も弓の使いもたったの3ヶ月で上達したヒビになにを言う、これまで主の世話や従者にこれまで優秀かつ、強い者はいない」
途端、ヒビが不吉に笑った。
「勿体無いお言葉、どうか蓮姫を許して下さいませ」
「なっ!!」
美しい顔を歪ませ、キッとヒビを睨んだ。しかし、大抵ヒビにはそんな攻撃なんて全くといっていい程きかない。
分が悪いので、蓮姫とヒビは部屋を出た。空の色がオレンジに染まっている。山も建物もオレンジに染まり、蓮姫の顔も赤く照らされている。太陽が月に変わろうとしている辺りは赤色のようだ。
「全く。いちじはどうなるかと思いましたよ」
はぁと深い溜息を吐いた。ムスッと頬をリスのように膨らませた蓮姫を上から覗いた。中腰に覗くとプィと顔を逸らした。
「…寝る」
「は?」
低い声で呟いた。眉を釣り上げ、ムスッとした面持ちでさっと背を向けた。その背は華奢で小さく、なのに凶悪な力を身に纏っている。
「もう寝るの!!」
蓮姫は再度同じ事を大声を言い、大股で歩きだした。
「はぁ…」
呆気にとわれ、曖昧な返事しか出せない。部屋まで送るとパタンと思いっきり襖を閉められた。
ま、明日になればすぐに機嫌がなおるからいっかとヒビは呑気に思い、颯爽とその場から立ち去った。
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