たまご

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
35 / 40
二部 神戸康介の英雄譚

第35話 ヒーロー

しおりを挟む
 獅子が鬼の形相して必死に叫んでいることに気がついて、何かおかしいと気づいたのはモノだ。
「建物の中に入れ、て言ってない?」
「え? やっほーて言ってないの?」
「みてよほら、オニの形相だよ、雷が落とされる3分前の顔じゃん」
「確かに。どうして怒ってるの?」
「知らない。ボクたち、建物の外にいるからじゃない?」
「でも化物に遭わなかったよ。それにお菓子盗んでない」
 タケは鬼の形相の獅子を見て、ベェと舌を出した。 
 タケとモノは、そそくさと建物の中に入ろうとした矢先、目の前に物体が飛んできた。

 ゴツゴツした骨だけが浮いている体で自分たちと同じくらい小さくて、でもその力は大人を超える。
「うわああああああああっ‼」
「二人とも頭下げろっ!」
 その声で二人とも頭を地面につくくらい伏せた。その途端、無駄に鍛えた脚力で化物を踏んだ蹴った。衝撃が弱い。肉を確かに蹴った感覚がまるでない。
 化物は俺が足蹴にしてくるのをわかって、その足を腕で食い止めていた。しまった、バランス感覚が失う。

 二人ともゴロゴロと地面に転がり、上体を起き上がらせた。
「コウ兄っ!」
「負けるなっ!」
「くそっ!」
 獅子も駆けつけて銃口を向けるが、銃弾がないことに今更気がついた。二人の甲高い声援のため、ふらつく足を踏ん張った。でも、捕まれてるので状況は変わらない。

 化物はニィと笑っていた。いいや、いつもニヒルな表情でいつもと変わらない。掴んだ足を踝まで口の中に頬張る。その寸前だった。
「コウ兄から離れろ!」
「お前なんかには絶対に負けない!」
 手近の石ころを投げ、化物の顔に当たった。化物は鋭い牙を見せつけて威嚇するが、二人は臆さなかった。むしろ強気。
「お前なんか怖くないぞ!」
「怒ったしし兄のほうが怖いんだ!」 
 何度も石をぶつけ、根を上げたのは化物のほうだった。足を離し、ピヨンと飛んで何処かに去っていった。  
 俺はヘナヘナと地面に腰をおろす。三人がかけよってくる。
「今回ばかりは助けられた。ありがとな二人とも」
 ぽんと頭を撫でると二人はエヘヘ、とまんざらでもなく笑った。辺りに化物はいない。獅子が肩に手を回し、ショップの中に入ってく。

 戸を開けた先には、家族が出迎えてくれた。
「また血ダラダラ!」
 真綾は何が起きたの、という表情で駆け寄ってくる。河合さんも駆け寄ってきて、ダンボールにシーツを敷いた場所に寝かせられる。硬い。
「そんな心配すんな。割と意識はある」
 手をぎゅと握り続ける真綾に、優しく言った。河合さんに「喋らない」と注意されて、口閉じる。その横でコンビニで調達した食料を獅子が渡していた。
「数少ない量だけど」
「あんたたちが無事なだけマシだわ」
 冴島さんが言った。
「コンビニが三軒しかないから、みんなそこに集中する。もっと遅かったらもうなかった」
 嶋野が真面目な顔で言った。


 河合さんが手際良く治療してくれたおかげで、寝たらすっきりした。不思議と痛みはない。真綾も冴島さんも「不死身かよ」と不気味なものを見るような目で見られる。助かったのにこれ如何に。
 派手に動くとまた出血する、と河合さんから宣言されてダンボールの上でじっ、と寝ていることに。どうにも硬い。床じゃないだけマシと思えばいいのだが、居心地悪い。
 何度も寝返りをうっていると時計に目がいった。防災用品のコーナーの上に時計があって、黒い時計だ。夜の九時をさしていた。
 病院から脱出し、コンビニへ赴き、化物と死闘し、やがて家族の元に帰ってきた。なんて濃ゆい時間。何度も死の淵を見た。まるで、1週間のような出来事だ。でも正確にいうならば、これが始まったのはまだ二日目だということ。

 明日も明後日も、その朝も化物は存在する。
 人類が衰退していく。暴力父がいてもあの日常はささやかな幸せだったんだ、と今更に気がつく。もう取り戻せないあの日々。
 もうこれ以上失わないために、またあの日々を送るために、家族だけは守らないと。
 シーツをくしゃくしゃになるほどぎゅと握った。夜遅いせいでみんな、寝ている。恐らく女性陣だけは隣に建っている冴島さんの部屋で休んでいるに違いない。
 ゆっくりお風呂でも入ってればいいな。
 ミリタリーショップの入り口はシャッターを閉めている。ちゃんと防犯カメラを貼っておいて、それを監視しているのは嶋野。時々交代して獅子がやっている。
 早くこんな怪我治して俺も率先しないと。

§

 翌日、三日目だ。
 河合さんから信じられないという表情された。
「あの怪我で生きていることもキセキだし、君はある意味死なないヒーローだな」
「あはは、ヒーローすか?」 
 頭の後ろに手を置いて苦笑する。ぐるぐるに巻かれた包帯はない。それだけで景色がぱっと変わる。ヒーローと聞いて、パタパタとタケたちがやってきた。
「ヒーローヒーロー!」
「確かにコウ兄はヒーローかも! 昨日の足蹴りかっこよかった! 柔道みたいだった!」
 二人とも目をキラキラ輝かせてた。大きな瞳が真珠のように輝いている。ふっと笑みがこぼれて、立ち上がった。腕を斜め横に直立し、もう片方の腕を腰につける。
「どんな悪人でも化物でも倒す! 俺の前でみんなイチコロさ! そう、その名はコウヒーロー‼」
 俺はニッと笑った。
 タケたちは大はしゃぎ。いつの間にかあいちゃんも加わってきて戦隊ヒーローごっこをやることに。それを見ていた真綾は呆れながらも、注意はしなかった。


「まぁたバカなことやっている」
 真綾がくすくす笑う。
「いいよね。ああいう、お兄さん素敵」
 冴島さんがアップルミルク味の缶をグィと飲んで呟いた。
「うるさいよ」
「でもそれだけじゃないでしょ?」
 真綾は顔を真っ赤にして、口を閉ざした。その反応を見て、今度は冴島さんがくすくす笑う。
「賑やかやのぅ」
「ほんまね」
「すいません」
 おじいちゃんとおばあちゃんは、ニコニコ笑いながら、真綾と冴島さんが作ったものを食べた。昨日コンビニで調達してきた品。賞味期限切れだが、無いよりマシ。2つの皿に全員分。
「コウ兄、朝ごはん!」
「おう」
 真綾に呼ばれて円形で囲んだ場所に入る。朝ごはんを食べていないのは、俺と防犯カメラの監視役の嶋野だけ。

 嶋野はあとから渡しとく、と冴島さんが。
「獅子は?」
 見渡すといない。脇子は遠く離れた壁に背をつけて座っていた。
「獅子は疲れているから寝ている」
 真綾が優しく言った。
 あぁ、そうか。色々あったもんな。俺は箸に手を伸ばして小さな食料を細切れした。やっぱり、賞味期限切れでも味はしっかりだし、美味しい。食えないわけがない。
 家族と一緒だから、美味しく感じる。美味しく感じるのは生きているて証拠。街でいっぱい死体を見てきた。今を生きたくも生きれない人たちのことを考えると、こうして食べ物にありつけることができるのは、生きていることを実感する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活

アダルト小説家 迎夕紀
青春
 バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。  彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。  ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。  ---  主人公の女の子  名前:妙子  職業:女子学生  身長:163cm  体重:56kg  パスト:105cm  ウェスト:60cm  ヒップ:95cm  ---  ----  *こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。  https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d  ---

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

処理中です...