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二部 神戸康介の英雄譚

第34話 弟

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 ダンボールの中は割と重い。それ程入っていないのだが。こっちはダンボールとともにエアガンも持っているせいで余計に重く感じる。
「少し休憩だ」
 コンビニから出て10分。それなりに進んだ経路で足を止めた。
「でも目的地まであともう少しだよ」
 くるりと振り返る。
「体力が大事だ。長期戦になるんだから、体を少しでも休んでいないとな」
 俺はダンボールを地面に置いて体を伸ばした。そして腰を下ろす。獅子はその様子をじっと見て、暫くしてから腰を下ろした。
 ミリタリーショップは目と鼻の先だ。でも、走り続けて体力の消耗が激しい。俺たちは肩で息をしていた。

 獅子はシャツで汗を拭っていた。大量の汗をかいて大粒な雫が肌に浮いていた。部屋にこもって勉強するタイプがこんなに汗だくになって。
 獅子は見せまいと思っていたらしいが、苦しいのはバレバレだ。
 呼吸がやがて穏やかになり、整ってきた頃、獅子は口を開いた。
「コウ兄……園の父になってよ」
「言われなくても、もうなっているさ」
 俺の夢はそれだ。
 昔から変わらない。現在その父と呼ばれたものは、ここじゃない別の世界で地獄で苦しんでいる。もういない。年齢を考えて、年長者の俺が園の父になっているようなものだ。
「俺、医者になりたいんだ」
 唐突に語り出した。医者という大きな夢を言ったのに、獅子は顔を伏せていた。
「困っている人を助けてやりたいんだ。でもいざ、こんな状況になると立ち尽くす。何もできない。無力だ。知ってる? タケ、自分がどうなろうとも俺たちを助けようと化物の前に立ちはだかったんだ。小さな体で、あの背中を見て情けないて思った」
 ポツリポツリと語り出した。
 獅子は小さく震えていた。肩をポンポンとさする。タケの話なら真綾が武勇伝みたいに語っていたから、耳がタコになるくらい聞かされた。
 本当に立派だ。
 


 ヒタリ



 なにか、近づいてくる。
 恐る恐る振り返った。走り続けてろくに水も飲んでいなかった。喉が酷く乾いている。
 話していたから気が付かなかったのだろう。化物がすぐ、二㍍くらいの場所に立っていた。しかも三~四匹。
 しまった、と腰を上げた瞬間よりも化物の足の速さのほうが速かった。腰を上げ中腰になった瞬間に化物に蹴られ、数mの住宅の壁に頭をぶつける。
 くらりと目眩がした。視界が横転する。
 視界が狭窄……するわけない。俺が気絶しちまったら獅子が一人残ってしまう。だめだ。死なせない、死なせるものか。
 壁に手をつきゆっくり、立ち上がった。
「獅子っ! 振り返らず走れ!」
 ダラダラ頭から血が流れた。火山の溶岩みたい。ドロドロしている。獅子は秀才で俺の言う事なら何でも聞く真面目で優等生だ。だが――このときだけ悪い子になった。
「こっちだ! 化物っ!」
 獅子はミリタリーショップとも、俺とも反対の方向に向かって走っていった。
「獅子っ⁉」
 俺はすぐに追いかけたが、足ががくんと落ち、地面に顔をぶつけた。一瞬の痛みがあっても顔を上げると、化物たちが獅子を追いかけていた。その光景を見て、痛みなど吹っ切れる。足を掴まれた。恐る恐る見下ろすと、一匹がニコニコ笑いながら足を掴んでいた。
「俺、絶対まずいぞ?」
 笑顔を向けられたので、ニッと笑顔で返して足蹴りした。顎直撃。離れたすきにエアガンを回収し、奴にトドメを撃つ。

 早く獅子を追わないと。そこまで持久力持ち合わせていない。だから、それ程遠くは行ってないはず。冷静に考えろ。冷静に……ふぅ、と深呼吸した。
 ミリタリーショップはここから真っ直ぐ、獅子はその反対の方向に向かって走った。その道にあるものは住宅街と、あの密集したマンションがある。
 自ら化物の巣窟に行くようなもんだ。
 獅子よりも先回りできる道は……
「こっちだ!」
 俺はUターンして、狭くて、道とは言わない住宅と住宅の間の隙間を通って、先回りした。
 獅子はこうなることをわかって、俺にあれを話した。役に立って死ぬ気だ。何言ってる。お前がいるからこそ家族を任せられる。もう十分に役に立っている。狭い道を何度も通り抜け、足が痛くても前へ走った。

 道が広くあけ、大通りにたどり着いた。今までは人ん家の庭を通ったり、その隙間だったりで狭かったが、ようやく大通りに。人の気配はしない。
 膝に手をついて大きく深呼吸する。息が苦しい。咳き込む。頭がズキズキ痛い。ぐにゃりと視界が歪む。空気が冷たくて寒いのに、景色は陽炎のように揺れている。
 ふと、獅子の声がした。
 やはり近くにいる。顔を上げて周囲を見渡すと、たくさんの化物を引き連れて逃げる獅子の姿。住宅街に逃げて、こちらに向かってくる。
 計算通り。

 笑みがこぼれた。
 獅子はここに俺がいないと思って走り続け、俺の姿を一目見るや驚いて足を止めた。
「な、んで」
 びっくりし過ぎて、それとも息切れで言葉が詰まっている。
「獅子、お前ならもっと広くて安全な場所に走るだろ。よりにもよって、化物の巣窟にわざわざ来るなんてな!」
 俺は獅子に向かって自分のエアガンを投げた。
 それを受け取った獅子は背後に襲ってきた化物を撃ち落とした。自分の持っているエアガンを捨てた。やはり、道中で撃ちっぱなしで珠はなかった。良かった。あのまま、無力で死なさせるところだった。

 俺は自分のエアガンを明け渡したので、武器は持っていない。ここは化物の巣窟だ。そこにわざわざ餌ですよ、と自分から言っているようなものだ。獅子は周りの化物を撃ちながら俺の腕を肩に回した。
「どうして来たの⁉ 捨てれば良かったのに……」
「そんなこと、兄ちゃんにできるか? それに兄ちゃんはな、自分から死ぬやつは嫌いだ。だから、その嫌いなやつをぶん殴ってきた」
「助けに来たの……間違いでしょ」
 獅子は苦笑した。
 獅子は肩で息をしていたが、化物との戦いにやがて慣れたのか、すぐに息を整えて銃を撃つ。走りながら撃つことは並外れた集中力を持ってなきゃいけない。しかも武器を持っておよそ、1週間も経っていないのに、的をすべて射てる感覚は常人じゃない。

 戦いに扮して開花する人間がいる、て聞いたことあるがほんとに、目の前にいるとはな。やがて、住宅街からミリタリーショップにたどり着いた。恐らく、エアガンのたまはない。
 化物と遭遇すれば、たちまち餌になる。早く見つかる前に身を隠さないと。
「あ、コウ兄だ!」
「しし兄もいる! 二人ともぉ!」
 ショップの前で、タケとモノが盛大に出迎えてくれた。大きく手を振って、ジャンプしている。化物がすぐそこにいることも気づいていない。
「二人とも、中に入って!」
 獅子は叫んでも、二人は小首を傾げるばかり。一軒家の屋根に一匹、電線を登って高みの見物しているのが二匹。

 先に行動してくるのはどちらか。
 そんなの計っている場合じゃない――。
 



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