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二部 神戸康介の英雄譚

第25話 走る

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 家族会議はしんみりな空気。先生がバタつく足音だけが響いている。昨夜まではうめき声だったこの場所がやたら静かで、まるで、嵐が過ぎ去ったような静けさだ。
 獅子も真綾も脇子も、これから何をするべきから何をやるべきなのかわからない。俺にもわからない。こんな状況初めてだし、毎日、孤児院のあいつから逃げていたときどうだった。思い出せ。あいつが暴れると手がつけようがないから、女子二人とタケととモノは奥の部屋に隠していた。
 でもこの状況でそれは通用しない。
 ここに隠れる場所も逃げる場所もない。
「化物が街を襲って一日。ヨーロッパでは女王狩りが始まっている」
「それ私のせい?」
「そんなこと言っていない」
 脇子はじろりと獅子を睨んだ。                 
 獅子は脇子の怒りの眼差しにビクビク怯んだ。
「それは脇子のせいなんて、誰も思わない。何もなかった池に一石の小石を投げたんだ。世界中にそれは広がっているのは、いい事だ」
 俺はフォローした。
 結局これから何をするべきなのか、自分たちでもわからない。世界各地で波紋が広がっている。その情報を辿ると女王は逃げられない。

 真綾が脇子のパソコンをスル、と奪った。正確には前宮司さんの。脇子は奪われたことに一瞬の間をおいて体が反応した。
「ちょっと返してよ!」
「ちょっと見るだけよ」
「お姉ちゃんの〝ちょっと〟はちょっとじゃない!」
「あらそう?」
 真綾はパソコンを頭上にあげ、脇子がわざと届かない高さまであげた。脇子は悔しそうに顔を歪ませる。真綾は手なれたようにパソコンのキーを押して、画面の文面をじっ、と眺めた。
「接触感染……?」
 真綾がポツリと呟いた。 
 頭上にあげた腕をゆるゆると胸の前まで下がっていった。俺たちはパソコンを覗き込む。そこには昨夜脇子がアクセスした国の2ちゃんねるが映し出されている。

 様々な地方からアクセスしてきて、つい数分前からも書き込みがされていた。みんな、情報がほしいだけにこの場所に様々な緊急報告がされている。助けて、というメッセージが多い。
 下に行くと時間が戻っていく。下の方に潜っていくと、原因が分かった。脇子が届けたメッセージした文面から様々な憶測が飛び交っていた。
 女王は誰なのか、女王は何処にいるのか、どうして化物が腹から出てくるのか。そうして様々な憶測から流れて「接触感染」という奇異な答えが出た。
「接触感染、てほんとなのか?」
 俺は脇子のほうに振り向いた。
「知るわけないでしょ。それ発信したのは私じゃないし」
 脇子は目を細めた。真綾がわなわな震えた。
「ちょっと待ってよ。それじゃあどうやってお腹の中に化物がいるか分からないじゃない。この間まで普通に友達と手を合わせてたり、同じもの食べてたよ。もし、その中の誰かが感染しているか分からないし、こんなのありえない」
 真綾はパソコンを俺に押し付けた。俺は画面をもっと眺める。接触感染というメッセージを届けた人はそれから音沙汰なし。
 アイコンを変えているのかも。でも、このメッセージ者を突き止めるより、考えるのが先だ。
 真綾は男子トイレに駆け寄り、必死に手を洗っていた。無駄だと分かっていてもなお。

「それが本当なら、女王は誰かに種を撒いたてことだよね?」
 獅子が顎に手を持って考えるポーズ。俺は相槌をおくる。
「なる程。そうか。だったら女王は日本人じゃない可能性高いかも」
「ヨーロッパ辺りとか? でも日本でもキスぐらいするだろ」  
 俺がキス、と言うと獅子は顔を赤らめた。別に言ってもいないのに顔を赤らめると、こっちまで恥ずかしい。思春期て、俺のときこんなだったけ。
 するといきなり脇子が叫んだ。
「あ~もう! 返してよ」
 俺からパソコンを掻っ攫うと睨まれた。親の仇ごとく。俺親なんだけどな。
「女王は私にも分からないし、接触感染が本当なのかもわからないし、とりあえずこのパソコンは私のなの!」
 一人でどっかに行ってしまった。
 タケとモノはずっと訳がわからない表情でコテン、としている。一人いなくなったら家族会議はできない。自然とお開きになった。


 獅子とタケとモノ、三人で休憩室の自販機前の椅子に座っていた。こちらも青いビニールシートがあって、横になっている人が多い。包帯だらけで青いビニールシートが所々、赤く染まっている。
「しし兄、イチゴミルクは?」
「売り切れだね」
「じゃあ、アップルミルク味は?」
「売り切れだね。ここの自販機全部ないや。と言って、外行けれる?」
 獅子は俺の顔を見た。俺は首を横に振る。
「正直言って怖ぇよ。武器がなけりゃ倒せねぇし、しぶとい。もう一度バットを振り回して戦えと言われたら、今度こそ死ぬ」
 俺は瞼の裏に化物と戦った情景を思い浮かべる。いくら力を振り絞ってもそれを覆す大きな力でねじ伏せられる。

 幼いころ父が酒に暴れて殴ってくる姿と化物が一致した。大きな力でねじ伏せられ、蹂躙される。逃げ場はなかった。でもそんなとき、ヒーローが現れた。
 暴れ回っている声に近隣住民も流石におかしいと気づいて警察官が助けにきてくれた。
 モノはアップルミルク味がないと知って、ショックで固まっている。俺はぽん、と頭の上に置いた。
「よし、そんな欲しいなら兄ちゃんが買ってきてやる」
「いいの⁉」
「コウ兄⁉」
 獅子は口をあんぐりして、モノは大喜び。俺はニッと笑った。獅子はパタパタと近付いてきた。
「ちょちょっと、冗談言わないで!」
「これが冗談の顔か?」
 俺はこれでもかと歯を見せてニッと笑ってみせた。獅子は険しい表情させてみると、その攻撃は効かない。獅子は観念したのか、財布から二百円を俺に手渡した。
「今月のお小遣いないぞ」
 いいのか? と意地悪に試すように聞くと獅子は唇を噛み締めた。  
「お小遣いなんていいから、生きて帰ってこい」
「……分かっている」
 俺は強く返事した。  
 真綾たちも飲み物が欲しいだろう。女子トイレは昨夜から水が出ないと言っていたから、今日の朝も水を飲んでいない。

 生命の活力である「水」は必須だ。 
 獅子も顔には出ないが我慢している。飲み物を飲みたい、という我儘を言ってもいいのに。俺はタケとモノと獅子の頭を撫でて準備運動した。
「よっし、最短ルートは裏道の自販機だな」
「そこも売り切れだったら」
「大丈夫さ。必ず帰ってくる」
 俺は体を伸ばして、足裏に力を込めて全力で地面を蹴った。背中から応援の励ましをもらう。

 扉が開けて、外に一歩踏み出すと悲惨な光景が広がっていた。アスファルトの道路には肉がゴロゴロ転がっており、蝿や蛆が群がっていた。
 血が乾き赤黒く変色している。
 周囲に人の気配はなかった。盛んな街並みでこの時間帯は人や車が通っている。それなのに、今やそんな気配もなく静寂な世界。

 夜のような静けさでゾッとした。ここが本当に自分が生まれた場所なのか。二百円を握りしめてただひたすらに自販機を求めて走った。



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