たまご

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
2 / 40
一部 紫織汐の英雄譚

第2話 死

しおりを挟む
 まだ二年生で、将来について考えるのは早いと思って、進路表が白紙のまま。それでも上手く現実を受け止めて、夢を諦めて、何かを書かなきゃ。
 そして、それを提出したら家に帰ろう。帰ったら、もう晩御飯ができていて、家族一緒に手を合わせて食べて、疲れた体をお風呂で癒やして、寝て、そんな当たり前の日常が約束されていた。

 誰に言われたでもない。人は当たり前だと思ってしまったら、一瞬にして壊されたとき、大きな衝撃となる。

 名前も知らない得体の知れない生物に。
 廊下ではバタバタと走っていく影が。私も逃げたほうがいい。扉に向かうも、扉が勝手に開いた。私の力じゃない。別の誰かが。
 外から数名の生徒が中に入ってきた。切羽詰まった表情。

 廊下では、まだ悲鳴と足音が。微かに血の匂いがする。鼻にこべりつく、腐敗した匂いだ。中に入ってきたのは、三人。私を入れて四人になる。

「ここに隠れよう!」
「何なのあれ……一体何がどうなってんの!?」
「ちょっと落ち着け」 
 男子生徒一人に女子生徒二人。

 ここは、流れ着いた者同士ここは協力しよう。
「私は紫織 汐しおり しお。私、二階からだからはっきりと見えなかったけど、アレは何なの?」
「知るかよ! こっちが聞きてぇ!」
 怒鳴られた。サッカー部のユニフォームを着ている男子生徒に。ユニフォームを着ているから、あの運動場にいたはずだ。私よりも間近に。
「ちょっとうるさい! もしこっちに来たら、あんたのせいよ! あたしは三千花みちか。三年よ」
 怒鳴る男子生徒を一喝した女子生徒、三千花は、こんなときでも堂々としていた。肌は焦げ茶で金髪。悪目立ちする女の子。

 そしてもう一人は、隅の方でビクビク震えていた。眼鏡をかけて、前髪を七三別けして、長い黒髪を三つ編みにして、昔の真面目子の風貌。 
 今時いるんだ。こんなダサい人。

 その子は、何か喋ろうと口をもごもごしている。体もユサユサ揺れて、はっきりとしない。痺れをきらした男子生徒が怒鳴った。
「言うか黙るかはっきりしろや!」
「うるさい!」
「ひぇ……ごめんなさい」
 女の子はさらにビクビクして、膝を抱えている。確かに男の子みたいに、現状がどうなっているのか分からない今、待たされたくない。早くこの現状を打破したい。そのためか、怒鳴ってしまったら、元も子もないけど。

 これじゃあ、協力できない。そもそもみんな、アレについて知っているわけもなく、アレが何なのか何処からやってきたのか全く分かっていない。 

 まず、最初にアレが出てきたのは先生の中からだ。私は背後しか見えなかったけど、運動場に、間近にいた人たちから聞いたところ、先生もふらふらと出てきてそこから様子がおかしかったらしい。

 口から血を出しながら、ふらふら歩いていた。目に光はない。文字通り、屍のようだったと。細身だけど筋肉付きの体型をしている先生のお腹が、まるで、水を膨らんだように大きかったという。

 そして、運動場の真ん中まで歩いてくると、腹の内の中からボコボコと何かが蹴り上げていき、そしてパチン、と弾けた。

 ドロドロと血があふれかえって、ズルズルと腸が顔を覗かせた。デロン、と地面につくほど出てる。赤黒いタコの吸盤のようにゴツゴツとしたもの。それは本来体のなかにあるもので、普通は目にしたことがない。
 
 それが出ても尚、倒れるまで歩いていたという。そして、先生が倒れたあと、腹を蹴っていたものが現れた。
「あれは宇宙人なの?」
「知らない。あたしもそこにいたけど、遠かったし、はっきりと見えなかったの。でもアレは、映画とかよくある話の化物だった」 
 三千花先輩が暗い表情をした。

 悲鳴が学校中を轟かせる。怒声のような声に似ている。そして争うような足音。まだ実感がわかない。人が死んだこと。こんなのありえない。視界が横転しそうだ。得体の知らない生物が現れて、わたしたちを脅かしている。大掛かりのドッキリなら、もうネタバレしてほしい。

 でもそんな夢なんかなかった。これは現実だ。紛れもなく、実際に起きている。人が死んで、得体の知らないものがわたしたちの前に。非現実だ。

 バタバタと廊下を走る音が。人影が複数。喚き散らす声が、耳に入って痛い。三千花先輩と男子生徒が扉の前にバリケードを作って、誰にも入らせないようにしている。外にはまだ誰かがいるのに。

 でも私も外に行きたくない。行ったら、私も死ぬ。死にたくない。得体の知らない奴らに食べられたくない。変な汗がジワとかいた。すると、ビチャと窓に赤い血が飛沫した。誰かが助けを求めるように、手のひらがバン、と映ってでもズルズルと降りていく。赤い手型が残っている。

 私たちは息を殺した。奴らがここにいる。目前に。心臓がドクン、と弾けた。体がガクガク震えて、足裏がピッタリ地面にくっついている。隠れないと。本能では分かっているのに、体が動かない。全身にハリガネを巻かれているように、動けない。バリケードを貼っているから大丈夫だ。

 みんな、そう思っている。大丈夫だと。通り過ぎてくれるのを願っている。でも、扉がガン、と大きく叩かれた。壊れるほどの衝撃音。それでもバリケードを貼っているからまだ安全。

「こっちに来る」
「しっ。大丈夫よ。バリケードがあるわけだし」
「だよな」
  男子生徒と三千花先輩が囁く。
 私も心のどこかでバリケードがあるから大丈夫だ、そう思っていた。でも、明らかにバリケードを破壊していっている音。血しぶきがついた窓を見て『こいつらは私たちが想像している力じゃない』と錯覚した。

 生真面目少女が机の下で私を手招きした。私は導かれるようにそこに向かう。少女と同じように隠れた。
「二人とも、隠れて!」
 小声で叫んだ。
「大丈夫大丈夫」
 の一点張り。嫌な予感がする。なんとなく、この状況は「死」の予感がする。その予感は的中し、間もなくバリケードが破壊された。

 黒い生物がペタペタと歩いてきた。私は口を抑えて、息を殺した。心臓が高鳴り、奴らに聞こえるんじゃないかと思うほど。二人の絶叫と、肉が切り裂く音、二人分の血が舞った。ベチャ、と床面を滴る。 

 私は喉の奥で悲鳴を上げた。声を我慢しろ。見つかったら殺される。怖くなって目から涙が溜まっていた。死んだ。さっきまで、話していた人が。人間の肉を切り裂く生々しい音を聞いたのは、初めてだ。嫌な音だ。

 ペタペタと足音が聞こえる。まだいる。この部屋を確かめに回っているんだ。
 やばい、やばいやばい。
 顎から滴り落ちたその雫は、太腿に落ちた。冷たい。物音たてれば、こちらにやってくる。殺される。
 ぎゆ、と瞼を強く瞑った。

「大丈夫」
 少女が囁いた。こんな状況なのに、優しい感じる。少女は私の上を覆いかぶさるように背後に座っていた。
 生温かい体温。汗がべっとりと染み付いた。彼女の激しく高鳴る鼓動が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【ショートショート】雨のおはなし

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
◆こちらは声劇、朗読用台本になりますが普通に読んで頂ける作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

女子切腹同好会 ~2有香と女子大生四人の“切腹”編・3樹神奉寧団編~

しんいち
ホラー
学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れ、私立の女子高に入学した新瀬有香。彼女はひょんなことから“内臓フェチ”に目覚めてしまい、憧れの生徒会長から直接誘われて“女子切腹同好会”という怪しい秘密会へ入会してしまった。その生徒会長の美しい切腹に感動した彼女、自らも切腹することを決意し、同好会の会長職を引き継いだのだった・・・というのが前編『女子切腹同好会』でのお話。この話の後日談となります。切腹したいと願う有香、はたして如何になることになるのでありましょうか。いきなり切腹してしまうのか?! それでは話がそこで終わってしまうんですけど・・・。 (他サイトでは「3」として別に投稿している「樹神奉寧団編」も続けて投稿します) この話は、切腹場面等々、流血を含む残酷・グロシーンがあります。前編よりも酷いので、R18指定とします。グロシーンが苦手な人は、決して読まないでください。 また・・・。登場人物は、皆、イカレテいます。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかもしれません。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、・・・多々、存在してしまうものなのですよ!!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

バスト105cm巨乳チアガール”妙子” 地獄の学園生活

アダルト小説家 迎夕紀
青春
 バスト105cmの美少女、妙子はチアリーディング部に所属する女の子。  彼女の通う聖マリエンヌ女学院では女の子達に売春を強要することで多額の利益を得ていた。  ダイエットのために部活でシゴかれ、いやらしい衣装を着てコンパニオンをさせられ、そしてボロボロの身体に鞭打って下半身接待もさせられる妙子の地獄の学園生活。  ---  主人公の女の子  名前:妙子  職業:女子学生  身長:163cm  体重:56kg  パスト:105cm  ウェスト:60cm  ヒップ:95cm  ---  ----  *こちらは表現を抑えた少ない話数の一般公開版です。大幅に加筆し、より過激な表現を含む全編32話(プロローグ1話、本編31話)を読みたい方は以下のURLをご参照下さい。  https://note.com/adult_mukaiyuki/m/m05341b80803d  ---

伍画荘の5人

霜月 雄之助
青春
伍画荘の下宿人5人の面々が繰り出す様々なエロ物語。 1号室:ごり先輩(柔道部)→金田 大輝 2号室:マサ(アマレス)→中森 勇気 3号室:サトル(ラグビー) 5号室:ゴウ(野球部) 管理人室: 三本松 隆(競輪)

女子切腹同好会 ~4完結編~

しんいち
ホラー
ひょんなことから内臓フェチに目覚め、『女子切腹同好会』という怪しい会に入会してしまった女子高生の新瀬有香。なんと、その同好会の次期会長となってしまった。更には同好会と関係する宗教団体『樹神奉寧団』の跡継ぎ騒動に巻き込まれ、何を間違ったか教団トップとなってしまった。教団の神『鬼神』から有香に望まれた彼女の使命。それは、鬼神の子を産み育て、旧人類にとって替わらせること。有香は無事に鬼神の子を妊娠したのだが・・・。 というのが前作までの、大まかなあらすじ。その後の話であり、最終完結編です。 元々前作で終了の予定でしたが、続きを望むという奇特なご要望が複数あり、ついつい書いてしまった蛇足編であります。前作にも増してグロイと思いますので、グロシーンが苦手な方は、絶対読まないでください。R18Gの、ドロドログログロ、スプラッターです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...