この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅳ 哀悼に咲き誇る~17歳~

第61話 あの頃

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 シモン先輩と小夏先輩が上級生にあがり、そしてもうすぐ卒業を迎える頃合い、〝あの夜〟がやってきた。
 あの夜とは、個々の邪鬼が複数固まって、大きな生命体と化す。いうなれば、邪鬼の親玉と言うのかそんな生命体がこの一週間のいつか、に現れる。
 邪鬼は邪鬼でも夕暮れの時だったり、深夜の時だったり、都合が悪い時間帯に前触れもなく現れるので、こちらは慎重に気を抜かないで過ごしている。
 この夜は本当に気を抜かないほうがいい。毎日現れる邪鬼より恐ろしく強い。例えるなら、俺たちの上級生、六期生が最強の邪鬼と闘った。
 そのとき現れたのが〝サタン〟。かつてなく狂気で最大最悪の相手だったらしい。サタンは容赦なく黒煙を使って世界を灰色に、死にいたらしめた。
 どうやって倒したのか、記述にないけど、こうやって明日を迎えているってことは誰かが命がけで倒した証拠だ。結果、六期生七期生全滅。一人残らず、死体は全て灰と化した。

 もし、六期生のように最悪の相手だったら勝ち目がない。想定に想定を重ね、その日が来るのを待った。

 ずっと、張り詰めた緊張感も保たないので今日は久々に息抜きをしよう。学園の文化祭があるのを知り、ルイと一緒に行く。
 学園中に活気的な声が満ち、様々な方角から、人の声が混ざりあい、ざわざわと賑わっている。
 文化祭のときの学園内は、ちょっとしたお祭り状態。簡単なミニゲームで騒いだり、勝っても負けても、お互い笑い合っている。
 俺たち二人は、久しぶりの学園の空気を吸った。
「久しぶりだよね! 懐かしいなぁ」
 わぁ、と笑ったルイ。
「だよなぁ。初めて主催する側じゃなく、観客でこれた。新鮮だな」
 これまで、文化祭は主催者側だった。劇をやったり、プラネタリウムだったり。でも、今回は違う。
 様々なクラスがあるなかで、出し物は一つ一つ特殊で違う。お祭り状態の廊下を共に歩いて、一つ一つのクラスを覗き込む。
 Aクラスは『マジカルショータイム』ていう箱の中身をあてるゲーム、Bクラスは『プラネタリウム』Dクラスは『クレーンゲーム』毎年恒例のゲームだ。
「クレーンゲームでさ、いっつもジンくんと競ってたよね?」
 懐かしむようにルイが言った。
 あぁ、そんなことがあったけ。昔の記憶が瞼の裏によぎった。小等部のころ、ジンと俺がクレーンゲームで、いつにもまして競ってた思い出が蘇った。
「あったな、そんなこと。でも、今にして思えばどうして競ってたのか謎だ」
 苦笑する。
 そんな思い出話に花を咲かせ、廊下を歩いた。ひっきりなしに在校生や教師陣が廊下を行き交って、ぶつからないように歩く。
 いつしか、行列にぶつかった。教室からはみ出て、曲がり角のところで止まっている。俺とルイは、その行列の最高尾に並んだ。
「凄い繁盛してる」
 最高尾からヒョコリと顔をだして、行列の並びを覗いた。最高尾からみると最前列が遠い。今年のDクラスは繁盛しているな。
 最高尾だった俺たちの後ろには、いつしか、人も並んでさらに行列が生まれてた。
 一人出ることに前に進み、教室に近づいていく。並ぶこと10分。
 やっと教室に足を踏み入れた。中を覗くと、繁盛する理由が分かった。
 机と椅子を廊下に退かして、広くなった教室一面に、数個のクレーンゲームが置かれていた。透明硝子の向こうには、お菓子や人形、文庫本など、様々なものが入っている。
 教室に入った俺たちに、出迎えてくれたのは、やたらと威勢のいい店員の声。
「お二人さん! いらっしゃいっ!」
「ジンくん! こんなところにいたんだ!」
 タッタ、とルイが駆け寄った。ジンはニカッと笑った。
「二人とも来てくれたか! どうよ、この繁盛さ」
「うん! 凄いっ!」
 自慢げに鼻を伸ばすジンに、ルイは目をキラキラと輝かせる。それ相応の反応に、ジンは誇らしげだ。

 ジンは、高学年のくせにDクラスの後輩のためにゲームの誘導をしていた。一昨日、寮に後輩たちがやってきて、人手が足りなくて誘導役を頼み込んできたかとすると、ジンはそれを快く引き受けた。昨日邪鬼が中々倒せなくて夜遅かったのに。わざわざ早起きして。
「例年よりクレーンの数多い。だから繁盛してるのか」
 辺りをキョロキョロして言うと、ジンはピンホーン、と嬉しそうに笑ったが、刹那、ちっちっち、とリズミカルに舌打ちをする。
「それもあるけど、このかっこいい俺さま目当てが大半に決まっているだろ?」
 さも当然のように言ったので、俺とルイは「ははは」と苦笑した。
 それから、俺たちはジンに誘導されお菓子のクレーンに挑戦してみた。

 UFOみたいな形したクレーン。透明硝子の向こうには、お菓子がいっぱい。キャッチするピンクの台の下に、山のように積もっているお菓子を取ればいいゲームだ。
 見るまでは簡単だ。だが、やってみると難しい。最初こそは、いっぱい獲ろうと欲を絡んで失敗した。二回目は、今度こそ獲ろうと慎重になりすぎて少ししか獲れなかった。
 この、難しいな。
 昔は割と獲れてたのに。今は、二個分しか獲れない。
 やっとマシになってきたのは、三回目だ。慎重に慎重になりすぎてたことで獲れなかった部分もある。だから、今度は大胆にかつ、慎重に。
 狙いを定めて下のお菓子を組むと、お菓子がじゃらじゃら連れた。
「すごい!」 
 手を叩いてはしゃぐルイ。
 ヒューと口笛ふくジン。
 まだまだこれからだ。四回目以降、ゲームに慣れてお菓子をじゃんじゃん獲った。ルイやジンがおぉ、と歓声をあげるにつれ、高揚感が増し、じゃんじゃんつる。
 そのせいで、お菓子が大半消えてしまった。
 獲ったお菓子は、袋に詰めた。パンパン。俺のせいでお菓子が大半消えてしまったせいで、他の在校生たちがわんわん泣き出した。
 わんわん泣き出すものだから、他の教室から何事か、と生徒が野次馬揃いで顔を覗かせてくる。
 終いには、先生たちが駆け寄ってきたので、慌てて、お菓子を配った。
 全員分あげたころには、パンパンだったお菓子袋はすっからかん。
 損だらけだ。
 いいや、こんなに胸を熱くさせ、没頭するものに出会えたのだから、得はあるな。
 それから、俺たちはDクラスの教室を出た。お菓子を配った途端に、サンタクロース扱いされ、微妙に居心地悪い。
 教室を抜け、扉前でルイが「ジンくんは文化祭回らないの?」と不思議そうに訊く。ジンは、振り返って、在校生たちのほうに顔を向けると穏やかな口調で言った。
「頼まれたからな。それに、こうしていると居心地いいんだ」と。ジンはここに残ることを宣言。なので、俺たちとはここで別れた。

「次、どこ行く?」
 ルイが文化祭のしおりを開いて、訊いてきた。
 小等部の入り口に、文化祭のしおりが何枚か置いてある。札には『勝手に持ち帰ってOK』が掲げてたので、遠慮なく持ち去っている。在校生たちが丹念に描いた可愛い絵が、しおりの表紙や裏に描かれていた。
 中身は、中等部のAAクラスから小等部のDクラスまで出し物を記載している。
「私、Aクラスの教室に行ってみたいなぁ。今まで一度も行ったことないから」
 弾けるように笑ったルイは、いつになく、はしゃいでいる。
 ある日を境に、急に笑顔を失った日があった。突然泣き出したり、魂を奪われたようにボーとしていたり。
 話しかけても微笑し、会話ができたのは稀な日もあった。操られたように虚ろな目。でも、久しぶりの楽しい空気に自然と笑っている。
 その笑顔がみれて、本当に良かった。
 じっとルイの顔を見つめてるものだから、ルイが怪訝に訊いてくる。
「何? 黙って私の顔見つめて」
「え? あぁ、いいや何もない」
 そう答えると、ルイは不思議そうに首をかしげた。
 ここは、ルイの要望通りAクラスに行ってみることにした。
 周りは小学生や中学生。このあと過酷な運命が待っていると知らずに純粋無垢な子供たち。誰かに用意されたレールに、疑うことなく前に進んでいる。
 昔、俺らが小等部のころ文化祭で一度、高学年が来ているのを見たことがある。もう、随分昔の記憶だからか、瞼に浮かんでくるものは「高学年が来たこと」しか蘇えらない。記憶の端に、黒いインクがグチャグチャになって、顔も性別もどんなだったかわからない。

 そのとき、その人たちはどうしてこのことを教えなかったのだろう。高学年にあがると闘いの身になるとか、過酷な運命が待っているとか、そこら辺の子どもたちに教えてもいいはずだ。
 だが、そうしなかった。現に俺もだ。皮肉だが、歳をとるにつれその運命が〝当たり前〟だと考えている。敢えて教えない。それが暗黙のルール。

 文化祭を楽しみ、まるで、このひとときが永遠であるかのように。
 高学年は誰一人いない。すれ違いさまにやはり、周囲の目が痛い。見られない顔ぶれに怖がられ自然と花道が出来上がっていた。
 ざわざわと廊下でじゃれていた男子生徒でも、息ぴったりにさっ、と避ける。
 歩きやすくなってありがたいと思う同時に、周囲の好気な眼差しと恐怖の眼差しが針のように刺さってくる。
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