この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第119話 学園崩壊

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 全校舎の窓ガラスが突如割れた。一瞬にして、粉々になり廊下中にキラリと光る硝子が。生徒だけならまだしも、教師陣も驚いた。
 なんせ、幻術の結界は破られていないのに、また学園の窓ガラスが割れたのは今回で二度目。
 きゃーと喚く生徒と、慌てる教師。その中の一人、小夏先輩もまたその一人。
 小夏の側にいる生徒はただ一人。シモン。例の如く、図書館で勉強をしていたときだった。
「先生っ……!」
 シモンが不安げに小夏にすがりついた。小夏は、シモンの肩に手を置いて「大丈夫大丈夫」と呪文のように唱える。
 窓ガラスが割れたと同時に、化物のうごめく悲鳴が轟く。学園中の大地を震わせた。
「何が、起きているの?」
 小夏はキョロキョロと辺りを見渡す。
 修復したばかりの図書館の窓ガラスは割れて、硝子の破片が床面に散りばめ、棚や机に突き刺さっている。
 中でもカーテンがズタズタに切り裂かれ、無残の有り様。
 利用している生徒はいない。シモンと小夏の二人きりだ。廊下から生徒の甲高い悲鳴が。無意識が体がそっちに向かう。
 でも、その体を引き戻したのはシモン。十二歳の、子どもがすがりつくような眼差しで、「行かないで」で首をふる。
 腕を掴んでいる手は震えてて、小夏はハッと気づいた。教師であるも、目の前の生徒を一番に助けないと、と。
 でも、だからといって他の生徒を見てみぬふりはできない。
「シモンちゃん、ついて来てくれる?」
 恐る恐る訊くと、「ついていく」とあっさりと答えが返ってきた。

 シモンの手を握って、図書館を出た。その景色は、目を疑う光景が広がっていた。目の前に広がっていたのは、日常がサラサラと砂のように吹き飛んで、非日常になり変わっている。
 今でも夢に出てくる、嫌な奴。
 苦しんで苦しんで、やっと乗り越えた奴が目の前に現れた。
 黒い人たまがふわふわと宙を舞っていた。人たまには人の顔のようなのが浮き彫り、それぞれうめき声を上げている。
 耳を塞ぎたくなるうめき声。
「なに、これ?」
 シモンがその人たまに触れようと、人差し指を向けた。小夏は、すぐにその手を払った。
「これに触れたらだめです! これは、これは……悪魔! どうして、ここにっ!」
 何処から何処なく悲鳴が轟いている。
 掠っただけで、死は免れない恐ろしい球体。それが学園中至るところに飛んでいた。廊下には、硝子の破片と転がっている生徒。
 みな、耳や鼻、目から大量の血を出しサラサラとその遺体が灰になっていく。
「あ、悪魔?」
 突然、知的で真面目な小夏先生から西洋物語によく登場する『悪魔』を口にしたことに、シモンは驚いた。
 シモンの印象では小夏先生は、妖怪やお化けの類に匹敵するものは興味がないと思っていたからだ。
 〝あの夜〟のリリスの呪怨で生み出したものが何故今更この学園の中に。恐怖の夜の、思い出がザッとノイズの音と共に、蘇った。
「そういえば、結界も通り抜けるんでした……こんな、なす術もなく殺られるなんて……あのときは、四人いたから助かったのに……」 
 黒い人たまが降ってくる。曇天に覆われた空で唯一、虚空島の空だけ化物の口のように開いていた。そこから降ってくる。不気味と感じたのは、気のせいじゃなかった。
 諦めかけている小夏のすぐ後ろに、黒い人たまが飛んでくる。それを目撃したシモンは、小夏の手を引っ張った。
 引っ張られ、小夏は重心を下げる。暗い顔してる小夏の頬に、シモンの手のひらが添え、パチンと叩いた。
「しっかりしなさい! 先生でしょ! 生徒を守ってよ! 大丈夫。私もいるから」
 シモンは、ふっと笑った
 自信に満ちた表情で。凛々しく立っているシモンは、こんな状況でも何故かキラリと光って、どんなに踏まれようが立ち続ける名前のアスパラガスの通り。

 小夏以外にも他の教師陣もあたふたしている。結界をはってもすり抜ける黒い人たまに教師陣もどうすることもできなく、倒されていった。
 シモンは、周りを飛んでいる人たまに、術を唱えた。
 黒い人たまが四角いものに包まれ、キューブのように小さくなった。黒い人たまをここと違う異次元の空気に飛ばした。
 結界も通り抜けるものが、キューブの中におさまって別の空間に消えたことに、小夏は心底関心と、圧倒された。
 シモンはまだ十二歳。
 普通の十二歳といえば、まだまだ呪怨に発展途上で、技一つ出すと体に負担が襲ってくる。体つきも脆く、呪怨の仕方もまだまだ未熟なのに、シモンはこの年で呪怨のやり方を完璧にマスターした。
 何処で誰に教えられたのか、はっきりしない。いつ、マスターしたのか、定かではない。小夏もシモンと同じ年頃のときは、まだまだ呪怨が未熟だった。
 シモンは、今世代の最強候補だ。
 シモンの実力に、小夏は圧倒された。ただ、飛んでくる人たまが何処に向かってくるのかを指示するのみ。

 黒い人たまを抑えこみ、キュキュとキューブのように小さくさせる。だんだん小さくさせると、パチンと弾けた。
「これ、で全部?」
 廊下にいた黒い人たまは、いなくなり、虚しく二人の影が落ちていた。別の空間で飛んでいるだろう。
 床面に散らばっているのは、硝子の破片だけじゃない。生徒の死体や大人の死体。ゴロゴロと転がっていた。
 腐敗した臭いが充満する。
 どうやったらあそこまで飛ぶんだ、と思うほど高い天井にまで、血が飛沫していた。
「いえ、まだいます。このあと12秒後、新たに一体やってきます」
 小夏が目を瞑り、先の未来を視た。
 その先見は、学生のころよりもっと先を見据えるようになった。だが、ここまでやってきたシモンがここで力尽きた。
 呪怨を使う行為に、気を失い、ヘナヘナと地面に吸い込まれるようにして倒れた。
「シモンちゃん!」
 すぐに小夏が支えた。
 まだ十二歳だというのに、ここまであの数をやったのだ、衝撃が大きい。シモンの顔色は、血の気を失われたように青白く、手足がピクピク痙攣してた。

 黒い人たまがまた上空から飛んできた。生きてる人の魂を狩る死神のように、まだ生きてる小夏とシモンに向かって飛んでくる。
 これまでシモンが何とかしてくれた。でもその存在が今いない。
 その生徒に無理をさせてしまったことに、小夏は、後悔と失意に苛まれた。

「よもや、いない間にこんな事になろうとは」

 二人の前にアルカ理事長が降ってきた。何処から降ってきたのか、蝶のように舞い降りた。
「アルカ理事長っ!」
 小夏が叫んだ。断末魔を切ったような悲鳴が響く。
「冷静なお主らしくないのぉ。生徒の前じゃぞ」
 人差し指を顔の前に突き出し、円をかいた。直後、上空に空いた穴がじわじわと塞がっていく。
 黒い人たまは、まだ学園中をさまよっている。小夏とシモンに飛んできた黒い人たまは、アルカ理事長の吹きかけた息ですっと消えた。
「その生徒と、まだ息がある生徒も保健室に。ワシはこれを相手する。生徒らを安全な場所に避難し、生き残ってる教師たちを集めておくれ」
 的確の指示を早口で言った。
 自分より年下の背中が、威厳に満ち溢れ、たくましく感じた。突然降ってきた救世主に、小夏は腰を抜かした。抜かりそうになった。
 助けてくれたアルカ理事長のため、恐怖に慄いている生徒のため、腰を踏ん張った。シモンを抱え、まだ息がある生徒、逃げ回っている生徒を安全な場所まで誘導する。

 パタパタと廊下を走っていき、残ったアルカ理事長は「そろそろ出番じゃな」と呟いた。
「しかし、最近は先生たちも弱くなったのぉ。こんなもので戸惑いおって……」 
 げんなりため息をはき、飛んできた黒い人たまに息をふきかけた。
 雪化粧のようにふわりと吹き飛び、跡形もなく消えていく。無数の人たまが、雪のように儚く消えていく。
 悲鳴も啜り泣く声も聞こえない。廊下は昼間なのに寝静まっていた。周りが死人だから。
 臓物が腐敗した臭いが辺りに充満。鼻を覆っても強烈な臭いだ。頭がガンガンする。

 小夏の呼びかけですぐに先生たちが集まった。数が減っている。あんなものに半数は殺られたのか。
 先生たちはクローンはない。寿命がある人間だ。そして尽きれば死ぬ。限りある命。元研究員でワシの家族だった。血を飲ませ、蘇生して、また血を飲ませて今に至る。
 また血を飲ませると蘇生もできるが、ここ百年そんなことをやっていない。
 それに、誰かに血を渡すとワシの力が弱まる。なるほど。悪魔はこれが狙いだったのじゃな。
 ワシの力を弱ませるため、わざとこんな小物を用意して、だが、ワシは早々そんな狙いに捕まらんぞ。

 集まった先生たちに、アルカ理事長は怒声に含む威厳をみせた。
「結界を覆うのじゃ! また侵入して来れないように何重にも結界を張って、生徒の保護を!」
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