この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第116話 満杯島

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 牡丹先生も救えて、尚且つ、ジンたちと合流した。舟に引き上げた牡丹先生を手のひらで出した炎で温めた。
「うわ~ん牡丹先輩っ! 死んじゃったかと思ったぁ! 良かったよぉ」
 ニアがひしと抱きつく。グリグリと頭を埋め、グスグス泣く。牡丹先生は、迷惑そうに眉を下げたが、ニアを振り払うことはしなかった。
 牡丹先生を温めている俺の背後に、黒い影が忍び寄る。背後からいきなり誰かに抱きつかれた。びっくりして思わずすっとぼけた声がでた。
「あら可愛いらしい声。思った通りだわぁ」
 マモルがふふふと妖艶に嗤った。
 楽しそうに目を細め、その目の奥はギラギラと光っていた。獲物を捕えた鋭い眼光。捕食獣に食べられそうだ。
 ゾクゾクと鳥肌がたった。
 外見は女性で綺麗だと思ったけど、やっぱり中身は男性。思いの外回された腕が解けない。力んでも中々解けない。
 マモルは、ニコニコ意地悪く笑った。
「そんなに震えなくていいのよ」
 とすると、頭上から櫂が伸びてきて、マモルの頭をガンと殴りつけた。
「痛~い! 痛いじゃないのよ! 酷いわジンくんっ!!」
「親友が襲われそなうになってたからつい……」 
「ついでこんなたんこぶできる!? 酷い酷い酷いわぁあ」 
 ニアみたいに泣き喚き、舟を漕いでいるジンに抗議した。ジンは、何事もなかったように櫂を海中に浸かり、スイスイと漕いだ。

 二隻の舟を紐で繋いで、先頭にいるジンたちの舟があるから、ジンが総じて漕いでいる。二隻も繋がっているせいか、あまり景色が変わらない。
 嵐のような海は依然変わらない。命を喰らい尽くすような獰猛な海。激しく揺れる波。波が波と同じように、グワングワン揺れて、立ってもいられない目眩に襲われた感じ。
 マモルの呪怨、ブラックホールにて少しばかり分厚い雲が減った気がしたが、それでもそれを覆うほどの分厚い雲が発生した。
「マモルちゃん、騒がないで、頭が……」
 牡丹先生がぐったりと頭をうなだれ、苦しそうに言った。
 マモルは、きゅと口をチャックでしめニアのほうも、自分のことのように黙って泣いてる。
 牡丹先生は顔をゆるゆるとあげ、にこっと苦笑した。
「ありがとう。もう大丈夫」
 その顔色は、大丈夫という顔じゃない。血の気を失ったように青白い顔。今も苦しそうに眉を歪んでいる。
 俺は気付いている。タウラスさんみたいな鈍感男じゃないからな。牡丹先生の気遣いに俺は意図して従わなかった。
 炎を出したまま。
 こんなとき、タウラスさんさえいてくれれば、と不本意ながらに心底思った。ふと、気づいた。
「アルカ理事長は?」
 一緒にいたはず。光の玉だけど。それでも、あの人さえいればこの場は割となんとかなれる。
 タウラスさんの呪怨もやすやすと出来るはずだ。なのに、この場にはいない。そういえば、今頃気づいたけど、タンポポの種がいない。〝死の島〟ではピッタリくっついていたのに、もしや、風で吹き飛ばされたのか。
 アルカ理事長について訊くと、ジンが大きめのため息をこぼした。
「アルカ理事長なら、とっくに学園に帰ったぜ。なんか準備するんだと。で、ずっとこの人と一緒で……すげぇしんどかった」
 いつもの温和な顔を消失させ、活気のない顔。目にはクマがあってその疲れが、どっとここまで流れてくる。
「あら。あたしはジンくんと一緒でドキドキしたんだけどなぁ」
 手を合わせ、ニコニコ笑うマモル。
 黙っていれば女性なのに。口を開くと、男だもんなぁ。
「俺はいつ襲われるか、ヒヤヒヤした」
「やだぁ、何それ、あたし襲わないわよ無鉄砲な子に」 
 ふふふと笑う。
 体の隅々をなめ回すような、気色悪い眼光は、どう説明するんだ。俺もジンもぞっと悪寒が走った。
 そうなのか。アルカ理事長いないのか。決戦前なのに。何処にいるんだあの人は。

 背中を見せて、黙々と舟を漕いでたジンがおもむろに口を開いた。
「満杯島は近いんだよな?」
「うん。近いよ」
 ニアが頷いた。 
 緊張してるのか、肩を萎縮してる。
 空気が冷たくなり体が凍え、霜焼けが出てきた。だんだん真っ白な霧が出てきた。嵐の風も立っていられないほど強くなった。

 団体のメンバーであるニアが教えてくれた。団体の一員に天候を操る【天気の呪怨】者がいると。ルイちゃんの首根っこを捕まえてた男だ。
 俺たちが近づいてきてるのを、知ってて術をかけているのか。でも、術なんかかけたらお前たちの欲しい〝終末の書〟が手に入らないぞ。それに、こっちにはお前たちの仲間のニアを人質にしているんだ。

 ニアは、目を暗くさせた。
 いつもぎゃあぎゃあ騒いでいるやつが、珍しくテンションが下がっている。
「ユーちゃん、もしかしてニアのこと忘れたのかな? ニア人質にされたのに、一度も心配しに来てない。〝終末の書〟しか興味がないんだ」
 グスグス泣き出した。大粒の涙をポロポロ流す。ニアは泣き出し、牡丹先生は元気がないし、船内がまるでお通夜状態だ。
 そんな空気を察してか、マモルが手をパンと叩いた。
「そんなしょんぼりしないで! 決戦前なんだから。ほら、見えてきた! 満杯島っ!」
 腕を伸ばし、指を掲げた場所。そこに顔を向けると、海に浮かぶ一つの陸地。周りは小さな岩石が海から顔を出している。
 陸地は、虚空島に似た形、海沿いに堤防があって、大きな門がある。虚空島とそっくりだ。
 そして、満杯島の空に目を疑った。
 満杯島の空の上だけが、快晴だった。透き通った青空。嵐など何事もないような、晴れ晴れしてる。
 ギラギラとした太陽が満杯島に降り注いでいる。一方こちらは雨風霧なのに。

「あそこが?」
 訊くと、ニアは大きく頷いた。
 あそこに、アカネちゃんとルイちゃんが。二人とも、今助けるからな。
 どうやら満杯島には、敵を感知するセンサーがあって、範囲内に入ると一気に警報が鳴るらしい。
 まだ鳴っていない。ここからまだ距離があるからだろうか。警報が鳴らないなら、ここで止まっていたほうがいい。
 アルカ理事長と約束したこと、ユーコミスを助けること。ユーコミスを救い、尚且つ人質のアカネちゃんとルイちゃんを助ける。
 ニアが言うには、人質はたぶんカジノ場に縛られてるはず。そこに行くには、ニアの力が必要だ。
「ニア、分かってるわね?」
 牡丹先生が脅しをかける口調で語りだした。ニアは、ビクビクし肩を畏縮してる。
「に、ニアもユーちゃん助けたい! ユーちゃんはこんなことする人じゃないもん。だ、だから、牡丹先輩たちの味方だよ!」
「流石は私の後輩」
 ぽんと頭をナデナデする。ニアは、飼い主に頭を撫でられた犬のようにデヘヘと満面に笑う。 
 すっかり元気になった牡丹先生が作戦を練った。

 まず、俺たちはふた手に別れた。アカネちゃんたち救出者と〝終末の書〟を奴らに引き渡す者。
 牡丹先生、マモルがアカネちゃんたちを救出する役。俺とジンは奴らに〝終末の書〟を引き渡す役だ。そして、人質としてニアも俺たちに同行する。
 センサーが鳴る範囲内に入る前に、牡丹先生たちは、もう一隻の舟に乗って、裏から回る。
 俺たちが範囲内に入ったら、間違いなく警報がなり、ユーコミスも敵も俺たちに注目する。その隙に牡丹先生たちが、満杯島に入ってアカネちゃんたちを救出する。
 アカネちゃんたちを救出して、島から脱出する、それまでの時間をどれだけ俺たちにかかっているか、だ。
 ニアがカジノまでの行き先を教えてくれたものの、そこにいるとは限らない。最悪の場合、敵陣に見つかることだってある。

 ユーコミスをどうやって助けるのか、俺には皆目見当もつかない。だいだい、今までしてきた相手は邪鬼で、今倒そうとしてるのは同じ人の形した呪怨者。
 しかも、元AAクラス出身の強呪怨者。呪怨の対決なら、間違いなく瞬殺される。では、話し合いか? 平和的解決だし誰も傷つかない。でも相手が、話を聞いてくれるかどうか、が問題だ。

 舟が波にのって少しずつ、範囲内に近づいていく。牡丹先生とマモルを乗せた舟は裏側に回っていく。徐々に姿が小さくなって、見えなくなるころに、俺たちの舟がその範囲内を越した。
 島中に響き渡るけたましい警報。赤い毒々しいライトが照りつける。
 警報が鳴り、暫くすると奴らもこちらに来るだろう。俺たちの持っているこの本を求めて。
 覚悟を決めた。
 怯んでいた心がきゅと締まる。

 島中に明るいライトが点くと、上空から人影が現れた。霞にまかれて誰か分からない。黒いシルエットなってる。けれど、近づくにつれ誰かわかった。マントを羽織っている。
 ユーコミスだ。奴に違いない。
 ゆるゆると近づき、真っ白な霧から顔を出したのは、思っていた通り、ユーコミス。
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