この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
107 / 126
Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第107話 上陸

しおりを挟む
 ニアを抱え、渦がひいてる場所まで飛行。だが、やはり果てしなく渦が続いていた。数キロ離れた先で牡丹先生が飛行している。星のように背中が小さく見える。

 それに追いついたのは、牡丹先生が立ち止まってくれたから。
「牡丹先生、どうしたんですか!?」
 駆け寄って訊くと、牡丹先生の切れ長の目が大きく見開いていた。海面を凝視している。視線に注がれた場所を俺も凝視した。
 信じられない光景が広がっていた。
 一辺の海面が渦でひしめき合っていた。どす黒い渦が何個もできて、隙間すらも見つからない。
 こんなの、渡れるわけない。どうやって、この先進むんだ。
「思い出した」
 おもむろに牡丹先生が呟いた。血の気が引いていった表情で。
「タウラスと文通してるときに、渦について書いてたの。どうして今頃思い出したんだろう。この渦はたしか、時間、風上、温度が適したものじゃないと消えないと書いてた」
「時間と風上、温度とは?」
 訊くと、牡丹先生はしばらく口を閉じた。ピクリともしない。どうした。どうしたんだ。

 それから暫くしてから、大きなため息がこぼれた。
「ごめん。思い出せない。もう随分前だから」
 暗い表情で肩を落とす。こんなにテンション下がっている牡丹先生、初めてみた。いつもは、自信に満ち溢れて軽快な姿なのに。
 空気が一瞬静かになった。
 その時だった。両手で抱えてたニアが顔をあげ、ぱあと笑顔に綻んだ。
「えーっ!! 牡丹先輩っ、タウラス先輩と文通してたんですかぁ!? もう、早く言ってくださいよぉ! いつから? どんな文通してたんですか? 二人って、お付き合いしてるんですか? きゃー! 素敵っ!」
 いきなり黄色い歓声をあげ、沈んでいた空気がもとに戻った。ニアは、人の色恋沙汰に妙に、というか、たぶん牡丹先生のだからか、好奇心に満ち溢れた表情で、キラキラと目が輝いている。
 さっきまでわんわん泣いて縋ってたのに、今はコロっと表情変えて、ニコニコしている。表情がコロコロ変わるやつだ。
 牡丹先生は呆れたように、ため息ついた。
「付き合ってない。文通してるだけ。それ以上何も言わないで」
 ニアのことを鋭く睨みつけた。
 さながら鬼瓦の表情。気のせいだろうか、ゴゴゴ、と背中から地獄の釜が開く音がする。
 牡丹先生のパンドラの箱を開けたようだ。普段感情を表に出さない牡丹先生が、「タウラスと付き合っている」というただの噂だけで、不機嫌になっている。
 ニアは牡丹先生のパンドラの箱を開けてしまい「ひぇぇ」と魂が抜けた声を最後に、失神した。
 一気に体重がズシンとかかってきた。
 重い重い重い。起きてくれ、飛行呪怨したまま、米俵を持ってるみたいだ。手が、腕がプルプルしてる。落としそう。
 牡丹先生が氷のような冷めた表情で、ニアを見下ろした。
「ほっときましょ。と言いたいところだけど限界ね」
 すると、ニアが急に目が覚めた。良かった。起きたら牡丹先生のお叱りを貰い、ニアも飛行呪怨を行った。落とすことはなくて良かった。
 起きた直後に叱られ、なおかつ長時間飛行呪怨をして、ニアはグズグズ泣き出した。
「うぅ~キツいよぉ。おぶって、おぶってぇ」
「しっかりしなさいよ」
 なんだかんだ言いながらニアの肩を支える牡丹先生。
 俺は渦がひくのを気長に待った。
 太陽が真上にさしかかり、気温が上昇。風は潮の水が舞って、冷たいけど、頭上で照らす太陽のせいで生温い。海水を全身を浴びてベトベトする。
 適した時間、風上、温度、とはいつ現れるのだろう。
 長時間飛行呪怨をして、そろそろ体力が限界だな。早く渦が引いてくれるといいけど。

 牡丹先生が予備に持ってた海に浮く小さな空気ボートがあって、たすかった。渦が引いたら、このボートに乗って〝死の島〟に行こう。昼になると、渦は引くことなく反対に、巨大になった。台風の目みたい。
 一個の渦が個々重なり、巨大化してる。
 こうしている間に、ジンのほうは旅路が順調だといいな。南のほうは全く知らんが、無事を祈る。

 持ってきた水、お菓子でなんとか空腹を満たした。熱中症、脱水症状になりかけ、何度か三途の川を渡りかけた。ベチャベチャの冷たい海水を浴びて、何度も戻され蘇生。  

 太陽がだんだん海に沈んでいく。空気が酷く冷たい。あんなに太陽がギラギラ照らしてた時間が嘘のように、肌寒い。

 持ってきた水、お菓子が殆どない。計算すると、たったの数時間で二日分の食料を食べてしまった。〝死の島〟に着くには一ヶ月はかかる。このままでは、着く前に飢え死。そもそも着いても、その島に食料があるかどうか。

 太陽が海に沈み、空の色がどっぷり黒くなった時間。風は北から吹いて、潮風の匂い。そして、適した時間、風上、温度はまさしく今。
 渦がみるみる引いていった。巨大だった渦が個々になりだんだん小さくなった。そして、海面の渦が全て消えていったのは、あっという間だった。
 渦が消えた海面は、波が激しく揺れ、怒り狂ったように荒れていた。暫く待つと、荒い波がまな板のように平たくなった。
 空のいろと同じ、どっぷり黒い海。
 輝きのない鈍感な海。
 恐る恐る空気ボートを落としてみた。ボチャン、と落とすと水飛沫がはねた。水平だった海面に大きな波紋が広がる。
 空気ボートは、小さくて三人だけでもぎゅうぎゅうだ。ついでにボートだけなので、かいは持ってない。
 渦に吸い込まれ、バラバラになった木材がそこら辺を漂っていた。ここら辺の海域は、渦があるせいでどの旅人も舟を失ってしまう。
 だからなのか、海面や深い海底にはいくつもの壊れた舟や木材が沈んでいた。
 適当な木材を拾って、ナイフで擦り落とし櫂を造ってみた。
 さぁ、これで出発だ。
 俺はボートを漕いだ。気長に待ってた時間を埋めるように、強く、波をかき分ける。
 途中、牡丹先生が「代わろうか?」と心配してくれたけど、俺はこうしてたほうがいいから断った。
 ニアは疲れ果て、ぐうぐう寝息たててる。牡丹先生は、長時間飛行呪怨しても顔色一つ変えない。黒い海をかき分ける音だけが響く中、牡丹先生はじっと向こうの海を見つめてた。
 これから行く海面を。

 時々漕ぐのを入れ替わってみたり、寝たり、見張ったりを三交代で続けた。ボートが岩に当たったときは、死ぬ覚悟で縫ってみたり、サメに襲われたときはもうほんとに死ぬかと思った。
 食料はなんとか三人分小さく別けて、一日一日を過ごした。
 そんな旅路を三週間続けたある日、ついにやってきた。目の前に大陸が。
「死の島だ!」
 俺は高揚に叫んだ。  
 海に浮かぶ緑に覆われた大陸。周りに大陸はない。この島が〝死の島〟だと分かったのは、海沿いにそっていくつも十字架が建ててあったから。島を一周しても十字架が建ててある。
 あんな不気味な島、〝死の島〟以外考えられない。
「ついたぁー!! ついたぁよぉ!!」
 ニアが絶叫した。
 顔面の穴という穴から水分を出して。
 俺は舟を漕いだ。強く。漕ぎ過ぎて手のひらには豆ができ、擦ると木材に当たり痛い。でも、このときだけは痛みを忘れ無我夢中で舟を漕いだ。
 最後の最後の力を振り絞って。
 波をかき分け、そして上陸。
「ついたぁー!! 生きてる! バンザァイ!!」
 ニアは腕を高く上げ下げし、喜んだ。
 白い海辺は、一歩一歩踏むとクッションみたいに足が沈んでいく。陽光の温もりで温かい。その白い砂は、サラサラしてて弱い風でも舞う。
 海岸に沿って、十字架が建ててあること以外割と変わらなそうな島。不気味だと思ったけど、案外住める場所なのか。

 舟を沖に置き、島の内部を探ってみることにした。連なって建ててある十字架は、どれも錆びててボロボロだった。 
 海辺を抜けると鬱蒼とした森が生い茂てた。昼間なのに、夜みたいに暗い。ジメジメしてて、薄気味悪い場所だ。
 道はない。けど、奇妙なことに、草は伸び切っていない。誰かが管理してるのか、それほど生い茂ってはなかった。

 鳥の囀りは全く聞こえない。虫や動物の気配がない。静か過ぎる。まるで、時間が止まったような空間だ。こんな静かな場所で、一人ぼっちは考えたくない。もし、自分だったら――と考えると余計に怖くなった。

 ここから先は、牡丹先生でも分からない。タウラスはこの島に住んでいる、という情報どけを頼りにここまで来たものの、どこら辺に住んでるのかは不明。
 森の中を歩いて暫く経つと、急に視界が広くなり、赤茶色の大地と刺々しい岩石の光景。
 島の中央まで歩いた証拠だ。
 そして、刺々しい岩石が連なる中、一軒の家屋が建ててあった。丸太で造られたログハウス。異常な光景だった。自然物が集まるなかで、人が建てたものがあるのは異質で、目を疑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

【フリー台本】朗読小説

桜来
現代文学
朗読台本としてご使用いただける短編小説等です 一話完結 詰め合わせ的な内容になってます。 動画投稿や配信などで使っていただけると嬉しく思います。 ご報告、リンクなどは任意ですが、作者名表記はお願いいたします。 無断転載 自作発言等は禁止とさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...