この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅶ 終末から明日~24歳~ 

第106話 渦

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 泣き暴れるニアを連れて、舟を出た。マモルのいる島は南。タウラスのいる〝死の島〟は北。反対方向だ。集合場所である〝満杯島〟は南西に位置する。
 ジンのほうが近い。
 俺たちはすぐにタウラスから〝終末の書〟を手にしなければ、間に合わない。

 澄み切った青空、ほんのり温かい陽光。海面が、朝の日差しを受けてキラキラと真珠のように輝いていた。
 酷く冷たい海飛沫が、体を冷たくさせた。
 平らな海面だったのが、船を動かせば波紋が広がり、平らな海面が崩れていく。
 眩しい光。
 頭上で照りつける太陽。
 涼しい風が髪の毛をなびかせてく。
 すぐそばでグチグチ愚痴るニア。
「もうだめだ。死ぬんだ。死んじゃうんだニア。嫌だよぉ。どうしてわざわざ死にいくの!?」
 うるさい。
 虚空島からだいぶ離れて時間が経つ。それなのに、ニアはまだブツブツ念仏のように愚痴ってる。割と小言が少なくなってるが、それで、やっぱり愚痴ってる。
「牡丹先生」
 白く輝く海面を見下ろし、微動だにしない牡丹先生に話しかけた。
「なんだね」
「ニアがうるさいです」
「バナナは?」
「さっき与えばかりです」
 微動だにしなかった牡丹先生が、ゆるゆると動いた。バックの中を手探りしている。きっと、予備のバナナだな。
 と思いきや、ガムテープ。
 それをニアの口に巻き、手足もがんじがらめに拘束した。すごい手慣れた速さで。あっという間の出来事だった。
 牡丹先生は、ひと仕事やり終えた感じでガムテープを置き、また海面を見下ろした。
「いいい、良いですか?」
「だってうるさいでしょ。大丈夫。これくらいで死にはしない」
 そりゃそうだけど。
 どうしたんだろう。さっきから海を見下ろして。まるで初めて見る景色に釘付けになっているような。
「私、青い海見るの初めてなの」
 唐突に語り出した。心読まれた。俺は咄嗟に口を両手で覆った。
「いつも暗い海だから」
 牡丹先生は、海面を見下ろしたまま静かに言った。その背中は、守ってあげたいほど弱々しかった。
 そうか。牡丹先生は島から一切出てない人。一度島から離れることが出来るのは、戦闘のときだけ。夜の闇にそまった時間帯だ。
 濃厚な闇、波がさざめく音しかしない、静寂しきった海は、化物でもいるかのような印象だった。
 だから、明るい時間帯の白く輝く海を見て、海の神秘的に魅了されたんだ。
「綺麗ですね」
 ポツリと呟いた。
 でも、突然振ってきた北風でその声はかき消される。

 拘束されたニアは、喋ることも動くこともできない。あんなに騒いでた奴が母親に叱咤されたように黙りこくっている。奇妙なほど静かだ。
 こんなに静かだと嵐が襲ってきそう。
 喋れない分、目で訴えてきた。うるうると涙ぐんだ瞳を向けてくる。大きな瞳が溢れ落ちそうなほど潤っている。
『助けて。なんでもするから』
「やらん!!」
 大きな瞳がついに溢れ落ちた。ニアのライフがゼロになった。俺はニアを無視して牡丹先生に話しかけた。こちらも、嵐が来るのではないかと思うほど静かに眺めている。
 小さくて狭い舟。三人いるのに、一人ぼっちみたい。
「タウラスって人、どんな人ですか?」
「うーん、一言で言えば爽やか」
 牡丹先生がボサボサの頭をボリボリかき、曖昧な返答。
 爽やかとは、顔立ちか、それとも行動か、どちらなのだろう。爽やかて言われても全然イメージがわかない。
 牡丹先生がくるりと振り向いた。苦笑した表情で、切なく言う。
「初期生は最初10人ほど生き残ったの。島に留まったのはたったの二人。残りの八人は島を出た。でも、そのうちの六人は〝死の島〟で死んだ。正直、私も行きたくない」
 衝撃的な告白に俺はオウム返しに聞き返した。
「10人ほど!? それじゃあ〝終末の書〟は10冊あるて事ですか!? 残りの六冊は……」
「タウラスが持ってるよ。時々文通が来るから大事に保管してるって。タウラスは、冒険好きで、よく女にモテてた。本人は無自覚だけど」
 それは、爽やかというより鈍感男という言葉が正しいのでは。
 ちなみに性格のほうは、マモルのほうが厄介だと牡丹先生が嘆いた。一言で言えば男女。体は男、心は乙女。よく分からない。
 もっと知りたいな。初期生のこと。
 タウラスさんは初期生の元Cクラス。有能な班に所属していたそうだ。ちなみちに、シクシク泣いているヘタレニアも、同じくユーコミスという有能な班に属していた。なんとなく分かるけど。

 どうして、七人も死んだ島に今もなお留まっているのだろう。それが大きな疑問だ。牡丹先生も、よく知らない。
 文通しても応えてくれないそうだ。
 
〝死の島〟までだいぶ距離がある。
 ずっと視界に映るのは青い海。照りつける太陽が思考を放棄させる。しかも、話題がないせいで、やけに時間が長く感じる。
 漕いでる舟も、漕いでるのか、進んでるのかも分からない。

 鳥肌がたつほど静かなので、ニアの拘束を解いて起こした。ニアは泣き疲れてぐうぐういびきをかいて寝ていた。拘束されてたのに。
「ニア、ニア」
 肩を揺さぶると、たわわな胸がプルンプルン左右に揺れた。こいつ、メイド服きて冷たい水飛沫浴びて、寒くないのか。
「うぇ……? もう着いた??」
 まだ眠そうな目を擦り、寝惚け面に聞いてきた。
「いや、まだだ」
「なぁんで起こしたのぉ」
 まだ眠そうな面で欠伸をかいた。
 女の子らしくも欠片もない、大きく口を開けて。流石にもう暴れ疲れ、冷静になっていた。愚痴るけど。それでも暴れることはない。
 ポロと溢れた目は元通り。
「ニアは、〝死の島〟行ったことあるのか? だって、保健室で言ってたじやないか。『あんな島』って、行ったことあるのかな?」
 ニアは、目を大きく見開かせた。
 紫陽花を連想させる紫色の瞳の中に、にっと笑ってる俺が映っていた。
「最近の子は、ほんと感がいいね」
 冷めた口調でそう言った。
 大きく見開かせた瞳が戻っていく。昔の記憶を思い出すように、ポツリポツリ語り出した。
「行ったこと、はないけど。通ったことはあるよ? ユーちゃんたちと一緒に。拠点地を探しているとき」
「そうなのか」
 拠点地を探し回っているとき、恐らく五~六年も前の話しだろう。


 海面を眺めていた牡丹先生があることに気がついた。それは、この旅路で最も避けたい緊急事態。
 潮の水がぐるぐると円をかき、周りの海水、泡、全てを飲み込んで中央に集まっていた。
「渦よ! 舟を戻して!!」
 そう叫んだが、もう遅い。舟はもうすでに、渦の円に取り込まれていたのだから。ぐるぐると回転する舟。荒い波がしきりに当たり、舟が割れそうだ。
 ニアが俺にしがみついてぎゃあと叫んだ。とてもじゃないが、俺でも舟から振り落とされそうな回転。しがみついても、何の保証もない。
 ぐるぐる渦を巻き、全てを飲み込んでいく中央の口は、化物が餌を頬張る口とそっくりだ。
 渦に巻き込まれて海中のゴミが、化物の口に吸い付いていく。このままじゃ俺たちもああなる。

「牡丹先生っ! どうすれば!!」
 舟にしがみついている牡丹先生に向かって叫んだ。流石の牡丹先生でもお手上げ状態。呪怨は、海水には効かない。ニアの呪怨は、まず大地がないと発動できない。
 くそ。このままじゃ、渦に巻き込まれちまう。なんとか、なんとかしないと、俺が!


 波にやられ、所々剥がれていってる。舟はもう壊れる寸前。船を置いて、この渦から脱出しよう。
「牡丹先生! 飛行できますか!?」
「飛んでどこ行くの!?」
「渦がひいてる場所です!」
 牡丹先生は、彼方の海を見上げた。遠くの遠くの海面は、同じく渦が巻いていた。とてもや渦がひいてる場所は発見できない。
 それでも、舟がキシキシ音がなり崩れ始めた。
 まず最初に牡丹先生が宙に浮いた。数㌢足が地から離れていく。ふわりとタンポポのように、宙を舞った。
 舟の後部が崩れた。もう保たない。沈没する。ニアを抱え、俺も宙を浮いた。足が地に離れるとはかったようにして、後部から壊れた舟がブクブクと、黒い海面に沈んでいった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!! 浮いてる浮いてる!!」
「落ち着けニア!」
 ジタバタ暴れるニア。
 飛行呪怨もして、かつ、暴れるニアを制御できない。手が滑って落としてしまいそうだ。ニアは俺の体に腕を回し、しがみついた。
「落とさないで! 絶対落とさないで! ニア死んじゃう!」
「そう言うなら暴れるな!」
 すごい力でしめつけられ、肋が折れそうだ。このまま渦がひいてる場所まで保てるか。そもそも渦がひいてる場所まで行ったところで、舟がない。
 その時また考えればいい。今は、この状況を打破するのみ。
 ニアは頭をグルングルン振り回し、大粒な涙を飛沫させた。さながら、種にしがみついているハムスターにみえる。
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