この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅵ 魂と真実を〜23歳〜

第87話 相談

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 約束の時間まで余裕がある。それまでにブラブラしよう。仮眠室を出て、廊下を歩いていたときだった。
 高い天井を支える大きな柱からこっちおいで、と白い手が手招きしていた。こんな真っ昼間からホラーはやめろよ。
「何やってんの、アカネちゃん」
「げ!」
 何故バレたという顔をするアカネちゃん。そりゃあ、分かるよ。トランプをやってたときもなんとなく見てたけど、アカネちゃんの指先は白くて、細長くて綺麗。誰かの怪我を治癒するための指先なんだな、と観察してた。
 まじまじと観察してたなんて言えっこないけど。
「何? 俺に用?」
「そ、なんだけど……」
 いつも堂々としているアカネちゃんがもじもじしている。体を萎縮し、申し訳なさそうにチラホラを目線を見てくる。なんだ、何が言いたいんだ。
「あんたに、これ、言うのほんとに失礼だと思ってるけど、記憶、ないんだったら相談のってよね」
「あ、あぁ」
 俺に失礼な相談事? 俺の知らない記憶があって、アカネちゃんにしか知っている記憶。その記憶に、俺は何か失礼なことをしたんだろうか。
 ここじゃまずいと言って、場所を変えた。そして、現在は広場にいる。夜、戦闘員が集まって外の邪鬼と闘うための集合場所。
 この場所は嫌で、ずっと避けてた場所だ。夜じゃないのに、血染めの屍がゴロゴロと転がっている幻覚が。ゴシゴシと目をこすると、消える。幻覚じゃなくて、あれは、記憶だ。
 いつか見た景色がフラッシュバックにして瞼の裏に過ぎったんだ。嫌な景色だな。
 嫌な景色にさいなまれてる中、アカネちゃんと共に広場の噴水の石段に腰をおろした。バシャバシャと透明な水が水溜りになって、頭上の空を映していた。
 この世が残酷であると知らない、澄み切った青空。
「ウチ、ジンのこと好きなの!」
「へぇ……知ってる」 
 知ってるよ。アカネちゃんの恋してる反応は、誰でも分かる。分かっていないのは、本人だけだけどな。アカネちゃんは、俺が知ってると答えたことに口をパクパクしていた。
「カイ、記憶戻ったの!? だって知らないはず! ずっと隠してたもん!」
 この話はまさか。まさかと思うが、
「恋愛相談?」
「そう!」
 一番厄介な相談だ。親友の恋愛についてなんて、小さいころから一緒にいるからといって、簡単にわかるものじゃない。
「恋愛相談なんて……女子に聞いたほうが早いんじゃ」
「それがだめなのよ」
 ズウゥン、と一気に空気が重くなった。アカネちゃんの表情は、ぱぁと華やかな笑みだったのが、一気に悟ったような表情へ。
「美樹に相談したら『当たって当たって粉砕だよ!』って、粉々に砕けるのが決定的だし、今度は雨に相談したら『爆発しろ』て何が爆発するの!? もう、分かんない! 二人に相談したウチが馬鹿だった……。小夏先輩は、ほら、今は教師だし立場的にアウトで止められそうだから言わない、て事で……」
 変わり者の二人のあとに、俺ですか。最後に行き着いた先がこことは、アカネちゃんが一番ショックを受けている。男の俺に務まるかどうかも怪しいのに。
 アカネちゃんは、お願い、とキラキラした眼差しでこちらを上目遣いで見上げてる。普段は見下したようにふん、って言ってるのに。こういうときだけ、子どもぽいことしやがって。相談にのるしかないじゃないか。

 まずは、ジンにどうやって好意を持ってもらえるか。ジンの好物を作って渡すか、季節外れのバレンタインデーチョコをあげるか、考えた結果、この結論に至った。
「もうやっぱ……告白しかなくね?」
「それが恥ずかしいから、相談にのってるの!」
「恥ずかしいって、好きなら好きって言えば向こうもそれなりに意識するぞ?」
「うぐぐ……」
 アカネちゃんは奥歯を噛み締め、頭を抱える。告白するにも、大きな勇気がいる。心は十六歳の恋する乙女、告白に戸惑う。
 頭を深く抱えるアカネちゃんは、ポツリ呟いた。か弱い小さな声。
「やっと、好きって気づいたの。ずっと近くにいたのに。告白する前に、ウチ、死んだから……だから怖いの。告白したら、もしかしたら、前と同じように死ぬんじゃないかって」
 ぶるぶると震えていた。告白に戸惑う震えじゃなくて、前と同じように死ぬ情景を思い出しているんだ。
 生前の記憶があるってことは、死んだ瞬間の痛み、恐怖、絶望、も覚えている。十二歳の小さな体で受け入れいるには、とても重すぎた。
 『怖い』だけの感情じゃない。俺だったら耐えきれない。そんな記憶を、アカネちゃんはしまって、今、出来なかった事を成し遂げようとしている。
 そのことに俺は今更気がついて、本当に心の底から応援する気持ちが湧いた。そう決めたなら、応援するきゃない。
「ごめん。アカネちゃん、俺、心の底から応援してなかった、だけど、その気持ち聞いて全力で応援したくなった!」
「は? 今更?」
 顔をあげ、怪訝な表情で凝視する。

 やっぱり相手に気持ちを伝えるには、告白しかない。アカネちゃんに抱いているその好意は、前のアカネちゃんから引き継いで今のアカネちゃんでも好意を抱いている。その熱い感情を全てジンに向けてやれば、ジンはいちころさ。
「今日の夜中、集合するだろ? そのとき俺遅れてくるから、ジンに告白しろ」
「な、何その雑な作戦! 脱走のときとか、保管庫に行くときとか、もっと熱く作戦考えてくれてるのに、何でこの作戦だけ雑なの。応援するって言ったよね? ね?」
 怖い。赤鬼が迫ってきてる。
「脱走のときとか知らないけど、この作戦は雑じゃない。シンプルに考えて二人きりのほうがアカネちゃん、言いやすいだろうとおもったから。この作戦は雑じゃないぞ」
 アカネちゃんは暫く考えつつ、ムッと俺を睨みつける。そんなに怒ることなのか、と肝をひやしたがアカネちゃんは、そっぽを向いた。
「ありがと。なんか、勇気が湧いてきた。ジンとウチらの相談事、失礼だと思って避けてたけど、良かった。記憶がないのも少し良いところだね」
 後半風のせいで聞こえなかった。もう一度聞いてみる。ざぁざぁと吹き荒れる涼しい風。俺とアカネちゃんの髪の毛がユラユラとなびいている。なびく髪の毛を手で抑えて、アカネちゃんは笑った。「何でもない」と強い風でも聞こえる大きな声で。

 アカネちゃんは、石段から降りた。悩みを聞いてもらい、少しスッキリとした顔たちだ。また、何かあったら相談のってよね、と約束を交わす。
 スッキリとしたアカネちゃんの背中は、いつも見る堂々としてた。誰にも屈しないピシと背中を伸ばして、軽くスキップできそうなほど軽そうだ。
 でも待てよ? 今更気づいた。もし、アカネちゃんの告白が成功したら夜中、俺気まずいじゃん。でも、失敗したらそれこそ気まずい。成功か、失敗か、どちらを取るか、応援するって決めたのに情けない。


§


 そして、ドキドキの夜があっという間にやってきた。俺は腹を壊したという理由で遅れる設定を考えた。
 珈琲を飲んでいたところ、痛たたと叫んで腹を抑えてトイレに駆け込む姿は、直前での中々の演技ぷり。おかげでジンは凄い心配してくる。トイレ越しで「大丈夫か?」「大丈夫」てやり取りを何度もする。
 心配するジンに俺は良心が傷んだ。これも全てジンとアカネちゃんが結ばれるため。
 まだ腹が痛むから先にアカネちゃんと合流してて、と言うとジンは分かったと答える。トイレの分厚いドア越しから、パタパタと足音が遠ざかっていくのを分かった。
 そして、足音がなくなり静かになったのを見計らって静かに戸を開けてみた。目だけを覗ける範囲で開けてみる。
 そこにはジンの影も姿もない。トイレの眩い光だけがその場を照らしてた。
 ここから食堂は近い。今食堂に着いたと考えると、先に着いたアカネちゃんと合流してるはず。そして、アカネちゃんの告白する勇気に時間がいるのは相当長い。
 考えた結果、二時間。アカネちゃんが告白するタイム。そして、ジンが返事をするには、この二時間だろうと考えた。
 二時間は短い。真っ黒な夜がきたのがあっという間だったから、もう一瞬で二時間なんて通り過ぎるだろう。
 だが、一人で二時間も待っているなんておよそ、五分経過した直後無理だと気づいた。
 ちょっと様子見に行こうかな、とこっそり忍び込んできた。人の恋路を邪魔するのはだめだと理解してる。だが、少しの好奇心が昂って、チラリと覗いてみた。

 小さなランプを机の真ん中に置いて、向かい合わせに二人は席についていた。二人とも、俺を待っているのだろう。会話なんて一つもしてない。辺りが暗いからか、葬式ムードだ。告白ムードじゃない。成功しても失敗しても、気まずいが、こんな葬式ムードが一番気まずい。
 俺は今やって来たように見せかけて、食堂に顔を出した。
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