この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅳ 哀悼に咲き誇る~17歳~

第71話 リリス

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 辺りは、数えきれない黒い人魂がふわふわと彷徨っていた。

 まるで、霊魂のよう。
 ルイがハッと息を飲んだ。黒い人魂を見て、みるみるうちに顔を真っ青にさせる。美樹が好奇心旺盛に、それを触ろうとした寸前に叫んだ。
「これは、悪魔だよ! 触んないで!」
 ビクリと美樹が体を唸らせた。
 でも、ルイの忠告は遅かった。美樹が向けた人差し指には、黒い影が通過し、そのままふわふわと浮いている。
「え? 悪魔?」
 怪訝に眉をしかめる美樹。
 ルイは、大きく目を見開かせた。それから、美樹の顔の前に黒いモヤが立ち込めた。
「あれ? 何か視界が……」
 美樹がゴシゴシと目を擦る。薄っすらと赤く腫れてるので、「あまり擦らないほうがいい」と駆け寄ると、美樹は「ありがと」と振り返った。
 振り返った美樹の顔に一同は、ひっと小さな悲鳴をあげた。目やら鼻やら体中の穴から血がツゥ、と伝っている。
「美樹、それ……」
「▲□×☆○○―――」
 歯がポロポロ折れ、皮膚が褐色し、大きな目玉がポロリと落ちた。

 海に吸い込まれていくようにして倒れた。ドボン、と水飛沫と泡が舞った。もうそこから、顔を出すことはないだろう。
「あ、あぁ、み、美樹……」
 海面に腕を伸ばした。
 その腕を掴んでくれる相手はいないのに。
「だめぇ!」
 ルイが伸ばした腕を引き戻した。黒い影がその横をすれすれに通る。
「触っちゃだめ! 触ったら美樹ちゃんみたいになる」
 黒い影は獲物を見つけて嗜むように、こちらをぶんぶん周っている。ゾッと背筋が凍り、腕を元に戻した。

 ルイは、それから俯いて眉間にシワを寄せてブツブツと物を言う。
「悪魔というか、これは、人間の霊魂? 確かに黒い人魂の中に入っているのは人間? だし。でも、この黒い浮遊物体は、本の挿絵で見たことある。悪魔に間違いない」
 一人で違う世界に入っていく。ブツブツと意味不明な単語が飛び交い、どんどん深く入ろうとしている。その前に、俺は呼び止めた。
「待て。ルイ。悪魔ての根拠は?」
 まさか、その本の挿絵が根拠だと言わないよな。本の挿絵なんて、あくまでこんな形だろう、という人が想像した曖昧なものなんだぞ。

 ルイは顔をあげまじまじと俺の顔を見つめた。穴があくほど。ルイは目を尖らせ、真面目な表情でこう言った。
「根拠はこの物質。黒くて、透明で人魂みたいでしょ?」
 と簡単に。
 でもそんな説明で悪魔だと理解できない。ルイが言ってるのは、見た目で悪魔だという確実な証拠を何も言ってない。モヤモヤする俺を横目に珍しくジンが真っ青になっていた。
「まぁ、お化けみたいなもんだろ?」
 苦笑してジンが言った。

 結界で既に俺らを包んでいた透明な結界をジンは凝視していた。向こうの景色が見渡せる透明な結界。硝子のよう。けどどんなな攻撃でもジンの結界は破られない。

 ジンの結界は、この中で一番強固で頼りになる。そんなジンの結界をするりと幽霊のように通り抜けられていた。
 黒い人魂が何処から現れてくるのか、目で辿った。地平線よりも近くて、太陽が昇る東の方角。その場所にリリスがいた。空気中に夥しい数の黒いのがリリスの周りに群れをつくっていた。傍からみたら、池の中で群れをつくるおたまじゃくな感じで気持ち悪い。

 アダムとイヴは消え、邪鬼はもうリリスしかいない。この黒いのも、リリスの仕業だ。リリスの呪怨は【召喚の呪怨】。
 学園の中に侵入できたのは、リリスがアダムの呪怨を召喚したから。結界内でも通り抜ける悪魔を召喚し、救護班やスノー先生たちをやったのだろう。

 リリスはシモン先輩と小夏先輩が相手をしている。AAクラスでどんな強い邪鬼でも、瞬殺で倒すあの二人が時間をかけている。あの二人がここまで苦戦をしいたげられているなんて。
 ここまでの闘いで、雨、ミラノ、美樹が失った俺たち。アダムとイヴを倒したが、意気消沈だ。

 このままシモン班と合流してリリスを倒さないといけないのに。
 気持ちがついていけない。
 負傷したシモン先輩を今すぐ助けなきゃ。でも、思うように体が動かない。一晩だけでこんなに呪怨を使ったのは、これが初めてだ。だるい。誰かと摂取をしないと。

 力が、意識が、だんだん、遠のいて、いく。

『卒業したら、一緒に旅をしましょ。約束ね』

 意識と思考が現実世界に戻された。水銀を震わす凛とした声。でも知ってる。その人物は誰よりも優しくて女の子らしいことを。

 そうだ。約束したんだ。一緒に旅をしようって、約束したんだ。そのためには生きないと。生き残らないと。
 呪怨の限界なんて感じないほど、俺はリリスのいるシモン先輩の元に飛んだ。

 リリスの周辺に来ると、不自然な線を見つけた。海と空しかないこの世界でその線は、中々合わない。
 この線は、シモン先輩が空間を切り取っているものだ。この先は、許されるものだけが入れる。そっと線の先に足を踏み入れた。
 足のつま先がが入れる。分かった瞬間、ぐっと息を止めた。

 その勢いで線の内側に侵入成功。ぱちぱちを目を白黒させ、辺りをキョロキョロしてみると、いつかみた光景とそっくり。
 キューブのような四角い箱の中、リリスを閉じ込め、その中にシモン先輩と小夏先輩が苦戦していた。
「シモン様また来ます。今度は80……90……100%! 斜めから来ます!」
 小夏先輩の指示がきたと思ったら、すぐにリリスのビームが炸裂。シモン先輩は、まるで分かっているかのようにするりと交わす。
 二人は、第三者が入ってきたことつゆ知らず、リリスの攻撃を全て交した、かつ、核を破壊しようと懸命だった。

 アルカ理事長のおかげで、核には亀裂が生まれている。それから時間が経った今では、亀裂はさらに侵攻し全体的に広がっているが、壊せそうで壊れない状態。
 でも、やはり凄い。

 悪魔を召喚できるリリスが苦しそうに頭を回し、シモン先輩たちが来ると攻撃している、それは、怯んでいる証拠。
「入ってこれたのね」
 小夏先輩が俺を見て低いトーンで言った。
 気に触ったか? だよなこんな苦しいときに目障りだよな。

「あたしが指示するから、あんたも闘いなさい。できないって言わせないから」
「え?」
 聞こえなかったの? とギロリと睨まれた。すぐに目線を闘っているシモン先輩の方向に戻した。
「お願い。シモン様を助けて」
 か弱い声。とても、小夏先輩とは思えない弱々しい声だった。風が強かったら、きっとその声は押し負けて届かない。

 その願いは、小夏先輩の悔しい涙の願いだった。心からの、救いを求める願い。
「分かりました」
 一言返事でシモン先輩もとに駆け寄った。
 シモン先輩は、俺が空間の中に入ってきたことに気がついていない。驚いた表情で凝視していた。

 小夏先輩が未来を視て、俺たちに指示を送る。小夏先輩が視る未来はほぼ100%だ。
 リリスがさらに黒い影を召喚させた。この空間には影は入ってこない。けど、外にいるみんなが心配だ。

 どんどん数が増えていく前にリリスを倒さないと。
「アダムをどうやって倒したの?」
 シモン先輩が怪訝に訊いてきた。
 アダムは、まず余裕を与えないようにして隙をみて核を破壊した。最もな功績は、閃光弾だった。邪鬼にも閃光弾が効くの初めて知った。

 シモン先輩は、なるほどね、と一言で済んだ。これを聞いてシモン先輩も閃光弾を用意するのか?
『二人とも、お喋りはそこまでです』
 小夏先輩が間に入ってきた。
 いつもトゲトゲしい口調だけど、いつにもましてトゲがある。
『今から北西にビームが向かってきます。対処してください。それと、粒状のビームがきたら、あなたに任せます』
 あなた? 俺のことか。
 数秒後、小夏先輩の言うとおり、北西からとてつもない火力と眩しい光に包まれたビームが炸裂した。

 それから間もなく、星のような粒粒のビームがこちらに向かってきた。フレイムインパクトを唱え、向かってくる粒粒のビームを返り討ちに。
 ここまで避けきってふと気づいた。
「気づいたのね」
 シモン先輩が悟ったように訊いてきた。それは、俺が気づいたものと一緒なのだろうか。
「さっきから遠距離攻撃ばかり。ろくに近づけられない。核に近づけられたのは、覚えてる限り二回ぐらいよ。リリスは聡明ね。私たちの行動、呪怨をみて、攻撃パターンを変えてきている。尚且つ、自分の核を絶対に破壊されないように」
 シモン先輩は、静かに左肩をもう片方の腕でおさえた。
「痛みますか?」
 訊くと、シモン先輩は首を横に振った。大丈夫、そう言って。

 シモン先輩はいつもそうだ。助けが必要なときに頼らない。支える人がこんなにも近くにいるのに、頼ろうとしない。
 もっと、頼って欲しい。
 こんなときだからこそ。
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