この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅳ 哀悼に咲き誇る~17歳~

第62話 花道

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 そんな中、同じく綺麗な花道から堂々と歩いてくる奴が。俺たちの歩を遮るように前から登場。
 ルイと同様に、ある日を境に雰囲気だけが変わった人物だ。それは、雨、ミラノの属しているユリス班のリーダー、ユリスだ。
 腰までスレンダーだった髪の毛をばっさり切って、ボブショートヘアに変化。サラサラだった髪の毛は、短く切り揃え風に靡くたびに、サラサラと以前のように揺れる。
 カッカッカッ、と鹿のように軽快な歩き方で花道の道を、さも当然のように歩いてきたユリス。髪型を変えても中身は変わらない。廊下の真ん中で佇む俺たちを見て、誇らしげに笑った。
 近くまで歩いてきたら、俺たちと距離をとって立ち止まった。
「ユリスも来てたのか。文化祭を観に来るとか意外だな」
 俺は関心して言うと、ユリスははん、と鼻で笑った。
「わたしもたまには、後輩たちの活躍を見る。そっちは、二人揃って観に来るなんて、仲がよろしいこと」
 いかがわしい眼差しを向けてきた。
 ユリスは、俺とルイの仲を恋人、あるいは摂取仲といかがわしい邪な関係だと思っている。だが、断じて違う。
 常に一緒にいるからといって、そんな誤解されても嬉しくない。常に一緒にいるのは、仲間だし、幼いころから一緒に過ごしてきた友人だ。
 ユリスのあらぬ誤解に、ルイは眉間にしわを寄せ、少しムッとした表情になった。
「それは、仲間だからだよ。変な誤解しないで」
 強い口調で言った。
「そうだ。変な誤解しないでくれ」
 ルイに乗っかり、俺もそう言うとユリスは、参った、と手のひらを上に向かせ肩を落とした。
「冗談だ。そうムキになるな」
 くすくす笑うユリス。いたずらが成功した微笑みだ。ユリスは時々、こうした笑えない冗談を言ってくる時がある。そんなことを言っていると、敵を増やすだけなのに。時々、辛そうに一人がやたらと多くなったユリスをこれ以上見たくない。
 ユリスは、冗談を言ったあと、すぐにこの場を立ち去る。今回も、俺たちに冗談を言って立ち去ろうと、俺たちの横を通り過ぎる。
 髪の毛の隙間からポワンポワン、とマカロンのいいにおいが周囲を花にさせている。鹿のように軽快な歩き方で立ち去っていく。
「一人で回るのか? 一緒に」
 立ち去るユリスに、ダメ元で訊いてみた。ユリスはくるりと振り向き、いつもの冷淡な表情で、勝機を失われた、つまらなさそうな眼差しを向けてきた。
「たまには、誰とも組まず一人でいる」
 素っ気なく、でも、いつもは自信に満ちた堂々とした歩き方に反して、弱々しい解答だった。
 ユリスが歩く廊下では、ゾロゾロと花道が出来上がっている。一種の宗教みたい。何故か、堂々と歩くユリスの背中が小さく見えたことは黙っておこう。
 間もなくして、文化祭では欠かせない大きな恒例が始まった。それは、七年生から九年生までの中学生の劇だ。
 収斂等の大きな舞台。眩しく照らすスポットライト。呪怨も使って何でもありの劇。中学生なのに、俳優並な演技力。
 身の毛がよだつホラーや、剣と魔法のファンタジー類など多彩なジャンルの物語が、生の舞台で繰り広げるので爆発的な人気を誇っている。
 学園で最も盛り上がるのは、この劇じゃあないかと言われる程の人気。
 さて、もうすぐ七年生Dクラスの劇が始まります、とアナウンスが飛び交い、廊下にいた大半の生徒が蟻の行列のようにゾロゾロと、収斂等に向かう。
 その波におされた俺たちは、波の流れに逆らえきれず、人の熱気に溢れ返った群れに入った。
 人が四方八方から押し寄せ、缶詰め状態。人の熱気だけで、炎天下の夏日のような温度だ。

 いつの間にか収斂等が目の前に。波に押されたばかりに、ルイとはぐれてしまった。
 収斂等の扉は目の前。だが、一人で入るには心細かった。やはり、ルイと合流してからだ。これが、原因だよなぁと改めて気づいた。
 ある日を境に、ルイと共に行動を共にすることが多くなった。何かの隙間を埋めるように。言うなれば〝依存〟だ。
 たぶん、お互い分かっている。
 ルイが愛を向けている相手は、本来俺じゃない。別の誰か。一方の俺も、期待している相手はルイじゃない。別の誰か。別の誰か同士。
 埋めるようにして共にいる。
 執着、とも取れる行動だ。
 でも、この関係はお互いの一方が、その別の誰かを見つけ次第別れる。そんな脆い仲だ。その相手が先に見つかるのは、俺かルイか。
 そんな折、蟻のように群がる行列にぴょん、と列から外れたものが。パタパタと慌ただしく俺に駆け寄ってくる。ルイだ。
 ひっきりなしに行き交う行列に飲み込まれたせいで、髪の毛はぐしゃぐしゃ。滅多に汗をかかないのに、人の蒸気に当たったせいで、小さな玉が頬を伝っていた。
 はぁはぁ、と息を切らせ、もう離れまいと俺の服にしがみついで息を整える。
「大丈夫か? そこの椅子で座ろう」
 廊下の隅で椅子がたくさん並んでいる。
 たぶん、並んでくれるお客さんのために、椅子を用意しているんだ。その椅子に、ルイを誘導し少し休憩した。
「人混みが凄いなぁ」 
 最初よりかは波が小さくなっているが、やはり、ひっきりなしに人が行き交っている。七年生のDクラスの劇が終わっても、休む暇もなく、収斂等の重い扉は開いて人が入っていく。
「ねぇ」
 ルイがおもむろに口を開いた。
 振り向くと、ルイは青白い顔で胸の前で何かを大事そうに抱えてた。
「瓶、割れてない? 結晶、ちゃんとあるよね?」
 わなわな震え、首にかけたアクセサリーを見せてきた。星砂の入った小さな瓶。星砂の中に赤い欠片が埋まっている。
「割れてない、大丈夫」
「本当?」
「本当」
 ルイが大きく肩を落とし、息を吐いた。緊張から解き離れたように。安堵の表情を浮かべ、赤い欠片が入った瓶を大事に、両手で握りしめた。
「良かった。もし、どっかに落っこちていたら……」
 落っこちていたら……? その先を言わずして、ルイは何事もなかったかのように、パッと笑顔になった。
「ごめんね。心配させて。行こ」
「あぁ」
 ルイのあとを追うように、収斂等の重い扉を開く。開いた途端、ムワと人の熱気が。静まり返った室内、舞台だけが眩しく光っている。
 ちょうど今、七年生のAクラスの劇が開始された。

 観客席は全部埋まっている。なので、俺たちは壁際のほうに立って、舞台を鑑賞した。まるで、あの頃のよう。あの頃も、こうして壁際に立って、舞台を鑑賞していた。あともう一人いないけどな。
 後輩たちの全力な劇に、感無量だ。
「すごいのぉ」
 隣にいた子がおもむろに呟いた。
「あぁ、凄い!」
 俺も答えて、くるりと振り向くと、Aクラス並に美人な女の子がニコニコ笑っていた。暗闇に染まった室内の中で、キラキラと輝く金髪、つい吸い付きたくなるぷるんとした唇、それに、制服がはちきれて、谷間が覗いているたわわな胸。出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいるナイスボディの体型。こんな美人の子が近くにいたなんて。

 もっと早く気づけば良かった。この胸に。つい谷間に目がいって、釘付けになった。女の子は、胸に視線がいってることに気がついて、悪戯に笑った。
「このボン、キュ、ボン良かろう? ほれほれ揉みたいのじゃろ、じゃろ」
 お椀型の二つの胸を掴み、誘い込むように谷間を強調してきた。美人が変態的な行動だけで驚くのに、ましてや、口調がオッサンみたいに古めかしい。
「え、は? ちょ……その口調どこかで」
「アルカ様じゃ」
 えぇ!? 俺の叫び声が静まり返った室内にいつまでも反響した。舞台に釘付けだった観客席が一斉にギロリと、こちらを睨んでくる。
 俺は慌てて口を塞ぐ。
 金髪巨乳子、もとい、中身はアルカ理事長は、くすくすと腹を抱えて笑っている。このやろう。
「さっきから誰と話してんの?」
 ルイがヒョコ、と顔を覗かせてきた。中身はアルカ理事長であるも、外見は金髪巨乳子。どう説明すればいいのやら。
 あたふた困惑する俺をよそに、アルカ理事長は、前に出てニカッと笑った。
「初めましてルイセーンパイ! あたしぃ、アルていいますぅ。カイセンパイにはぁ、いつもいつもお世話になってますぅ」
「え、あ、どうも」
 ヒェ、どこから出しているんだそのキャピキャピ声は。純情に尻尾をふる金髪巨乳子に、戸惑いながらも、警戒しないルイ。すすっと、風のように俺とルイの間に入ってきた。まだいるのかよ。
 アルは、無邪気に笑いルイに語りかける。
「ルイセンパイはぁ、好きな人とかいるんですかぁ?」
「え、いないよ? たぶん……」
「たぶんって、どっちなんですぅ?」
 曖昧なルイの返事に、ケラケラ笑うアル。女子トーク中で俺は完全に蚊帳の外。もう舞台を鑑賞するしかない。
「……いたと思うの。けど、名前も顔も声も思い出せない。思い出そうとしたら、心が痛くなったりするから……今は〝いた〟としか」
「〝死しても尚、消えない想い〟じゃな」
 ボソッとアルが呟いた。
「え?」
 アルの言葉に、ルイはもう一度聞き耳をたてるが、アルは何でもない、笑ってごまかした。
 すると、アルは俺とルイの腕を両脇に抱えた。ニカッと白い歯をみせ笑った。
「楽しいですね! このあと文化祭周りませんか?」
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