この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅲ 戦場に咲く可憐な花たち~16歳~ 

第56話 深い場所

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 幻覚の邪鬼を倒し、約束どおりシモン先輩と待ち合わせした。誰もいなくなった広場で。
 より一層夜が濃くなっていく。廊下だけが、明るいランプで灯っている。
「遅くなったな」
 濃くなった風景に、チカチカと光る金髪が揺らめいた。
「あ、いえ」
 曖昧な返事を返す。
 走ってきたのか、髪の毛が荒れて肩で息をしていた。珍しく焦った風貌。戦闘が終わったのに、まだ戦闘服でうろついてて俺と同じだ。
 シモン先輩は、荒れた髪の毛をすぐにほぐし、いつもの余裕の笑顔で笑った。
「小夏から中々逃げれなくて」
 あぁ、だから遅くなったのか。きっと、俺と二人っきりでいるなんて知ったら小夏先輩、猛獣のように怒り狂うな。

 俺たち二人は、ゆっくり飛行しながら結界の外を出、海に向かった。潮風がひんやりしてて気持ちいい。
 ざぁざぁと、波が打ち合う音がこの静寂な空間で轟いていた。水しぶきが舞い、風にのって涼しい海風が肌に当たった。

「どうしたの?」
 シモン先輩が突然訊いてきた。
 びっくりして顔を上げると、美しい顔が目の前にあった。香水か、洗剤か、女性らしいいい匂いが鼻孔を通った。
 不思議そうにじっと俺の顔を覗きこんでいる。
「どうしたの? 黙っちゃって」
 どうやら待ち合わせしたときから、暗い表情で黙っていたらしい。余計な心配された。
 俺は何事もなかったようにほくそ笑んだ。だが、シモン先輩はその笑顔を「不器用な笑い方」て言って目を尖らせた。
 まただ。嘘を見抜かれた。
 アカネにも見抜かれて、シモン先輩にも見抜かれた。俺って、そんなに嘘が下手か?
 だが、流石に全部のことをシモン先輩に言えなかった。言葉を濁してポツリポツリ喋る。
「えと、これは友人Aの話です」
 話に耳を傾いてうん、と頷く。
「その友人には、仲のいい友人Bと友人Cが身近にいて三人は幼いころから一緒だったんです。けど、友人AとBは友人Cのことが好きになってこの前、遂に友人Cは友人Bのことを好きだと告白したんです」
「あらあらそうなの。でもその話、ご友人の話じゃなくてまるで自分の話みたい」
 まさしく友人の話ではなく自分の話です。
 けど、俺は友人の話だと突っ切って話を続けた。
「それで友人Aは困ってるんです。これから、友人Bとどう接すればいいのか、友人Cは『これからも友達よ』と言われけど、ずっと好きだった相手は違う相手に想いを寄せ、しかも両想いって、友人Aがとにかく可哀想で、これからその友人はどうBとCに接すればいいのか」
 なるほど、とシモン先輩は大きく首を頷いた。俺の友人の話でシモン先輩からしたら、赤の他人なのに、シモン先輩はまるで自分事のように真剣な面持ちで考えていた。
「そうねぇ。うーん」
 首をひねって真剣に考えてくれる。
 赤の他人の話なのに、嬉しく感じた。体が宙に浮いているようで軽い。今にでもスキップできそうだ。
 必死に考え抜いてシモン先輩は、こう言った。
「普通に接すればいいんじゃない?」
 その回答に、素直に「は?」と素っ頓狂な言葉が漏れた。あんなに真剣だった面持ちは消え、種族、性別、問わず全てを包み込む優しい眼差し。
 なぜその回答なのか、よくわからない。頭からハテナマークがあがっていた。
「そのご友人さんは、とっても悲しいわね。そんな状況なったことないから気持ちはわからないけど、想いが届かなかったことは私にもあるわ。けど、そのご友人Cさんはきっと、かなり勇気を振り絞って告白したんでしょうね」
 テレビの荒波の向こうから、複雑な涙を流したアカネの姿がカラーではなく、白黒の映像で映った。ガガ――ザザ――と音波が悪いのかノイズが少々入ったまま、『これからもずっと一緒にいる未来が、ウチのせいで壊れたらって思うと、怖くて中々言いだせなかった』その言葉が映像と共に発した。

 アカネは、どれぐらいの勇気を出したんだろう。俺にはわからない。でも、ジンには取られたくなくて摂取の理由で体を繋ぎ合わせ、必死にその手を止めていた。
 この関係を一般では〝肉体関係〟ずっと、体と心はバラバラだったんだ。
 アカネは、怖くて怖くってでも、それでも勇気を振り絞って告白してくれた。
「その勇気、あなたは受け止めて。友人さんの幸せを願いなさい。きっと、そうしたら彼女も助かるわ」
 シモン先輩は、フフと笑った。
 良かった。心の底から良かった、と思った。シモン先輩に言えてアカネのそこしれぬ勇気を知れて良かった。

 絶海の海は、学園を覆う全ての海。
 つまり、島は邪鬼の巣窟に囲まれてたんだ。広い海にポツンと一つの陸地が浮いてあるだけで三百六十度見渡すと、他に陸地は浮いていない。
 広大な海。地平線が遥か彼方。
 その海にポン、と山を置いた感じに島がある。まるで、海だった場所に突然大きな障害物を置いたような。
 このことに気づいたときゾッとした。幼いころから、島にいて育ち、暮らしていた。今も暮らしている。綺麗な海の景色から、悪の巣窟だと思わないだろう。


「ここだ」
 シモン先輩が立ち止まった。
 学園から遠く離れた場所。あるポイントに着いた。
「え、ここが?」
 ここがそうだと印がないのに、シモン先輩ははっきりここだと断言した。
 そこに広がっていたのは、見慣れた海の景色。今は夜なので泥のようにどす黒い。風は吹いていない。そのせいで、水面下は、黒い板を張ったように固まっている。
 水面に空の星々が映っていた。白く淡い光。
「ここが?」
 もう一度訊ねてみた。
 シモン先輩は、こくりと頷く。自信満々な表情。本当にここだろうか。不満を抱くなか、隣にいたシモン先輩は、大きく息を吸った。まるで、これから泳ぐ呼吸の仕方のよう。
 分厚くつくられていても、はちきれそうな戦闘服。ボタンが弾けそうになっている。息を吸った動作で、ボタンがピチっと鳴った。
 二つのおわんが生きているかのように、プルン、と揺れた。
「潜るぞ」
 言ったそばから、海に身を投げた。
 俺は目を白黒させた。あたふたしても、シモン先輩は海から顔を出さない。泥のように黒い海からシモン先輩の影は見えなかった。暫く待っても、これは来ないだろうな。戸惑いつつも、覚悟をきめ、仕方なくシモン先輩の後を追った。
 大きく息を吸い、酸素を口の中に溜め、水中に潜った。
 バシャン、と水しぶきが舞い、潮の味が全身に降り注いだ。白い泡がボコボコと周りに湧き、透明のしゃぼん玉が体の隙間から上へ上へとあがっていく。
 これは驚いた。海面からは暗くてわからなかったが、水中では、薄い青色と夜の海面色の二色がグラデーションの景色が広がっていた。
 広大な草原のように何もない水中。その二色は、幻想的でどこがお互いの境界なのかわからない。
『こっちだ』
 頭の中からシモン先輩の声が。
 振り向くと、シモン先輩がおいでおいで、と手招きしていた。
 金髪の髪の毛が、陽炎のようにユラユラ揺れ、いつも艶光る肌が青色のサングラスをかけたように、青白い。
 俺はシモン先輩のあとをついていった。
 手のひらで水をかきわけて進む。授業で泳ぎについて、学んだことはない。一回だけ動画を見せてもらった。
 大きなスクリーンの中に、複数の人がレースに並んでそれぞれの立ち位置に立っている。水中には、その人用のレースの線が敷かれている。笛が鳴ると、一斉に頭から水中に潜った。激しい水音。騒がしい観客。
 みな、水中に潜っては顔をだし、また水中に潜っては顔を出して、まるでもぐらのよう。
 泳いでいるうちに、遅い人と速い人の距離が別れていく。グラフのよう。
 元いた場所から壁まで泳ぐと向きをかえ、また元いた場所まで泳いでいく。
 またここで遅い人と速い人の距離が縮まったように見えるが、また距離が遠くなった。さらに遠い人には、光年の距離のよう。
 そして、一番速い人がゴールした。それを追うようにして着々とゴールしていく。
 これが競技〝水泳〟だと動画で学んだ。
 動画を見ただけで、体は実際学んでいない。学園には広大な海があるっていうのに、プールがなかった。海が近くにあるっていうのに、水泳を学んだことないっておかしいな。
 別に死んでもクローンが存在するから、海で溺れても別にいいってことか。
 俺たちが向かっているのは海底。果てしなく続く海に、底があるのは、潜って五分しても、その姿を見せなかったせいで疑問だ。
 奥に潜っていく。だんだん、体が冷たい。かき分ける手のひらが氷のように動かなくなる。
 歯がガチガチなる凍える寒さ。それでも奥に進んだ。
 ふと上を見上げると、地上の光が黒い霧で見えなかった。一筋の光さえ黒い海面が遮り、深い海底では、温もりも与えてはくれない。
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