この虚空の地で

ハコニワ

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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第30話 知りすぎた罪

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 合同合宿が終わり、その二日後。
 それからというもの、Aクラスとの仲は再び犬猿に戻った。合宿では、小さなことも笑いあっていたのに、普段の生活に戻ると、コロッと手のひら返して遠巻きになる。
 けど、アイや、美樹、雨とは食堂で会うと手を振ったり、一緒に食べたりしている。ユリスは違うけどな。
 スタンリーやミラノとは、なんとなくだが距離が縮まったきがする。
 今日の朝だって、ミラノはもう使えないペンを渡しにきた。アカネはそれを「ただのゴミ箱扱いよ」と口走る。
 ほんの前は、同じ教室にいてもそんな関係ではなかった。合宿をえて、縮まる距離もあるのだな。

 そうして、二日が経ったある日。
 あの場で取繕えた俺たちと、闘ったアカネたちの班は事情聴取。なぜ、事情聴取をするのか理由は不明。
 なんでも、邪鬼の中はどうだったか、とかそれを詳しく聴きたいらしい。
 別室にて、再び集結した。
 久しぶりの顔ぶりだ。でも、一人少ない。
「アイは?」
 訊くと、ユリスが面倒臭そうに応える。
「職員室に用があるって、委員長の仕事が残ってるのだろ」
 そうなのか。アイも大変だな。あれから、廊下ではたまに遭遇するが、長いこと会話していない。
 舞踏会のとき、あんな別れかたしたせいでどうも気になる。時々、顔を合わすもそのことについて話題が出なくって現在、こじらせている。だから今日は、どうしても話がしたい。

 事情聴取は、ユリスから始まった。ユリスから美樹、雨とAクラス。次にDクラス。

§

 提出する古文のノートを職員室に持っていくアイ。減給処分が下ったスノー先生が席でゆっくりお茶していた。
 古文のノートを置いて、勇気をだしてスノー先生に近づいた。
「おや、アイさん」
 お茶を一杯飲んだスノー先生がこちらに気がついた。私は、ペコリと会釈した。
「先生、私、あの壁画を見たんです」
 そう言った。
 暫く無言。先生の表情がぐるぐると変貌し、恐ろしい血相に変わった。「ここではまずい」と言って静かに席を立つ。
 他の教師は、同じ空間にいてもこちらの様子には全く気づいていない。忙しそうに書類や、ノートの束に目を傾けて、こちらの様子など知ったこっちゃないだろう。
 誘導されるがまま、先生のあとを追った。だんだん、人気がなくなり、静かになった廊下を二人で歩く。
 どこまで行くんだろう、その疑問と不安が歩くたび、重機のような重さになっていく。不安が一気に押し寄せる中、突然先生が立ち止まった。
 職員室から離れた一室の大きな扉の前で。
「先生、ここは?」
 スノー先生は、質問に応えず、大きな扉を開けた。
 状況があまり把握できないアイは、扉の前で立ち竦む。広い部屋。沢山の書物が高い棚に綺麗に並べてある。
「来ましたか」
 びっくりした。
 広い室内に、たった一人の女性がいた。窓際に立って、こちらに顔を向けている。窓の外がキラキラしすぎて女性の姿が見えなかった。
 神々しい光をバックに、女性は立って、ほくそ笑んでいる。よく目を凝らさないと顔ははっきり分からない。
 モデルのようなしなやかな細身な体に、胴体よりもスラリとした長い足。
 同い年とも似ている顔たち、姿勢。
 中年のような、落ち着きさがある雰囲気。
 たったその一言でも、女性の声は、やんわり耳に響いて心地よい音色。その人は、人形のように、何を考えているのかさっぱり分からない飄々とした人だった。
「あ、あなたは?」
 恐る恐る訊くと、彼女は、ニッコリ笑った。温かな、優しい目。
「そんな畏まらさんな、気楽にせんと。本題じゃけど、何を分かったのじゃ?」
 後半、声が低くなったのは気のせいか。
 アイは誘導されるまま、いつの間に用意してた二つ分のティーカップの椅子へと座った。
 いい香りが室内を纏う。さっきまで、こんな香りは感じ取れなかった。この部屋、この人、油断ならない。
 彼女は向かい合わせに座ってきた。ニコニコし、温かな目で歓迎する。
「ワシは、アルカ。この学園の理事長じゃ」
 私たちと変わらない年頃の女の子が理事長!?
 平気な顔して受け取るも、心中ではパニックに近い衝撃が駆けめぐっていた。
 暫く沈黙。時計の針が進む音だけが響く。
 勇気をだして話たのに、体の何処かが重くなっていく。勇気をださねば

「あの絵は、少女が悪魔と契約を交わし、世界を滅ぼさせた話……ですよね? 少女こと、あの絵のモデルは、アルカ理事長」
 アイは相手がどういう反応を示すのか、探った。少なからず〝人間〟には様々の機能、反射、感情がある。
 嬉しいときには、目を輝かせ唇の骨格が上がる。焦ったときは、汗を全身にかき異常に体が反応する。さらに追い打ちをかけると、目が泳いで絶望の目をする。
 私には分かる。散々この力で触れて、見てきたのだから。
 けど、そういった反応は、ここまでなし。隣でずっと表情や目の色を観察しても、全く動かない。本当に〝人形〟みたいだ。

「貴方は、最初悪魔と契約せず、何らかの研究に没頭した。それは、花の細菌を摘み出し、体を持った〝人間〟にいれてみた」

 反応なし。

「最初は成功しなかった。が、日に日に研究に没頭するにつれ、その〝人間〟は意思を持った。知識も感情も、そして呪怨も」

 反応なし。

「その〝人間〟は、私たち――ですよね? 何故妊娠しない体なのか、あとで聞きます。この学園の先生たちはほぼ、その研究員だった。貴方と同じように、優秀で気高き。どうして先生たちは呪怨があるのに、夜な夜な生徒たちに闘わせているのか、疑問だった。それは、こうして考えられる『元研究員だった先生たちの替わりはいない。ならば、替わりがいくらでもいる生徒たちに闘わせよう』と。そうですねよね?」

 彼女は表情変えずにこう言った。

「それを訊いて何になる?」
 カッとなったきがした。冷静でいようとした線がプツンと切れ、そのあと、荒く言葉が漏れる。
「人間ではない私たちは、いくつかクローンが存在する。私たちの替わりなんていくらでもいる。だから、合宿のとき生徒が死んでも、援軍が遅かったし、スノー先生は罪が重くなかった。合宿で四名も死んだんですよ? 罪もない生徒があんな目に合ってもなお、そんな平気でいられますか? 私だったら発狂する」
 彼女は目を細めた。照明によりギラリと光る眼光。ようやく反応示した。これは、怒に近い。
 暫く様子見していたが、向こうから語りかけてきた。静かな口調でこう言った。
「優秀じゃな。更に聞き出そうとこちらの反応を様子見。あっぱれあっぱれ」
 ふふっと笑い、ソファーから腰をあげた。
「死んだ人間の体に細菌をいれ、意思を持った全く別の人格者を産み出した。そうじゃ。主らは人間じゃない。ワシらに作られた、ただの体を持った存在でしかない」
 再び窓際に立ち、逆光が彼女を注ぐ。
 彼女の影が床面にどこまでも大きく伸びている。ちょうど、私の座っている足元に頭が。
 逆光のせいで、彼女の表情はさっきよりもはっきりと読み取れなくなった。
 最初から表情に出ないと分かっていても、何事も動じないというのは、なさそうだ。
 私は、慎重に言葉を選び会話を続けた。
「再び動かそうと、体に赤い核をいれた。それが私たちの心臓。そして、邪鬼にも……ありますよね?」
 神々しい光をバックに彼女が不敵にニヤリと笑った。そんなきがした。
「禁断の果実を手にしたアダムとイヴの話、知っておるか?」
「はい?」
「蛇にそそのかされたアダムとイヴは、神に食べてはいけないと言われた禁断の果実を食べてしまう。そこで、初めて裸であることの羞恥心と怒りや哀しみを知ってしまう。二人は、楽園でのどかに過ごしていた。それまで、そんな感情は知らなかったはずじゃ。そして、背いた二人は楽園を追放され、罪を与えられた」
 背後から、いきなり襲われた。
 口を布なんかに覆われ、黒い袋にすっぽり首まで被せられた。
 そこで、私の景色は真っ暗になった。最後に、彼女は、こう言った。


「知らなすぎるのも罪じゃけど、知りすぎるのもまた――罪なんじゃ」


 私は、その言葉の意味を理解できなかった。もう、その機能ができないのだから。

§

 事情聴取の番が来るまで廊下で待機。ボーとしても、時間はすぐに過ぎてはくれない。暇すぎて死んでしまう。
 すると、さきに事情聴取を終えたアカネが寄ってきた。廊下の壁際にかけてある絵を凝視して喋る。
「これ知ってる? アイて花よ」
「へぇ」
 興ざめた俺の返答に、アカネは気にも留めず語り続ける。
「アイの花言葉、知ってる? 『あなた次第』ていうの」
 長い廊下から、タッタと足音が。振り向くと、黒い髪をなびかせ、息をきらせながら、ルイが走ってくる。近くに駆け寄ると、肘に手を置く。
「どこ居たの! 探したんだよ!」
 プクッと頬を膨らませ、腕をグイグイと引っ張った。
「おいおい、もう時間か? 随分早いな。俺らの班って五人いたろ?」
 ピタッと足が止まった。恐ろしいものでも見るかのような眼差しで、こちらを振り向く。
「何言ってんの? 私と雨ちゃんとスタンリーくんにカイくん……五人もいるわけないよ?」
「あれ? もう一人いなかったっけ?」
 ルイは、首を大きくかしげた。
 怪訝な表情から、大丈夫? と心配する表情へと変わる。
 ルイが指で人数を数えたように、俺もやってみると、あれ? おかしいな。4つだ。ボヤンと頭の隅で、人影が浮いてあるのは何故。きっと、合宿のとき頭打ったのだろう。今も困惑するルイに、笑顔を見せた。

「ごめん、やっぱりなんでもない」

 花壇に咲いた一輪の花が、風に乗ってフワリと揺れた。
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