この虚空の地で

ハコニワ

文字の大きさ
上 下
25 / 126
Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~

第25話 無効の邪鬼―取繕―

しおりを挟む
 火の飛沫が、天井にまで昇り上がり、火災警報器が狂ったように鳴く。そして、どっと天井から冷たい水が降り注いだ。
 嫌になる甲高い悲鳴、狂ったように鳴るベル、二つの音が異常に耳に裂いて頭がガンガン痛い。
「カイ!」
 振り向くと、アカネたちが一つに集まっている。
「ここは危ないわ! とにかく、ここから離れましょ」
 そう言うアカネの表情は、いつになく曇っている。
 水が異常に降り注いでいる。炎は葬ったが、今度は水害でどうにかなりそうだ。ざぁ、と大粒の雨。遠くの景色が曖昧にも分からない。
 出口先が閉じ、密室のせいなのか、水が溢れかえり少し貯まっている。
「ここから離れるったて、出口は閉じてるし、どこ行くんだよ」
「離れるて言ったら離れるの!」
 鼻で大きな息を吐いた。
 みんなは、困惑気味でぎこちなく顔を見合わせる。そのとき――
 また、邪鬼の口から炎の球体が現れ、渦をつくり、その大きさが肥大化している。
「く、来るっ!」
 みんな、硬直するもすぐに重い足をあげた。

ル・タン・アレテ【静 止 時 間】

 ピタッと世界が止まった。あんなにうるさかった悲鳴が、耳を疑うほど静か。膝に手をつき、
「15秒……」
 と、苦し紛れにルイが呟いた。
 15秒間時間を止めている。あのときとは偉く違うな。せっかくルイが逃げる切り札を与えてくれたんだ、早くこの場から逃げよう。
 しかし、パリンと世界が破壊された。
 窓ガラスをバットで破壊したような衝動と、粉々に砕かれる衝撃。
 静止した世界が、いとも簡単に元に戻された。
「嘘……なんで?」
 ガタ、と膝をうつ。今にでも倒れそうなほど、血の気が引いている。
 カッと眩しい光が頭上に照らされた。邪鬼の口がこちらに向いている。ぽっかり空いた薄暗い虚空が顔をのぞかせた。俺たちを狙いを定めている。慌てて、膝をつくルイの腕を引っ張った。
 でも逃げるが先か、邪鬼の攻撃が先か。その予測を遥かに予知したのはジンだった。
 「包囲」という、ジンの呪怨の合言葉がしたとたん、透明なドームが俺らを囲んだ。
「これで防げるか……吉か凶だな」
 ふぅ、と息を吐く。
 束の間、邪鬼の腕二本が覆うように伸びてきた。
 逃げ道なんて、どこにもない。
 胴体より、ずんぐりと長くて大きな腕。
 あ、と思った瞬間視界は真っ暗。
「ここは、どこだ……?」
 辺りをキョロキョロするも、ゾッとするほど濃ゆい闇が包まれていた。ここはどこなのか、自分は座っているのか、立っているのか、呼吸しているのか、わからなくなるほどだ。
「あいたたた、その声は……カイくん?」
 ふと暗闇から、声が。高すぎない低めな落ち着いた声は、聞いていて、やんわりと安心した。
「アイか? どこにいるんだ?」
 すると、ひとしきり、散らばった方向から声が。俺を含め、ここには五人いる。俺とアイ、スタンリーにルイ、雨が。
 俺は、指先に集中した。意識を澄みきり、深く浸透する。炎が湧くイメージを図に、指先にその図通りに揺らめく赤い炎が湧いた。
 赤い炎が五人の顔を照らす。五人とも、強ばって張り詰めていた表情が一気に安堵に。
 五人の顔と足元を照らすも、遠くの景色は真っ暗すぎて見えない。手を伸ばし、手探りで壁がどこにあるのか探すも、何度も空振りする。
 ここは言うなれば、壁も天井もない、永遠に彷徨う箱庭だ。耳がおかしくなるほど無音。何の臭いもない。
 現状を整理しよう、とアイが口走った。いつになく、真剣な表情で。指先に乗ったたった一つの炎がぶる、と震えた。
 邪鬼が突如暴走し、そのあと、火災警報器が作動、水が溢れかえる。そして、その後邪鬼は自分たちに狙いを定めてビームしようとした。が、その直後それでは埒があかないと思ったのか、ビームをやめ、二本の腕を振り翳し現在に至る。
「私たち、死んだの?」
 涙目にルイが喋る。
「死んでない。大丈夫だ」
 俺はすぐに否定した。
 その言葉にスタンリーがチっと舌打ち。
「根拠もないくせに……ボソボソ」
 スタンリーの言うとおりだ。根拠はない。でも、だからといって死んでるなんて認めたくない。
「いいや、本当に死んでないよ。私たち」
 暫く考え更けてたアイが、重い口を開けた。その言葉に、一斉に耳を傾ける。威厳に含まれる凛とした表情、その眼光は睨んでいるに近かった。
「足元見て。あんなに浸かっていた水がないでしょう? それと、微かだけど聞こえるの。美樹の――私たちを呼ぶ声。だから死んでない。ここは邪鬼の体のなか。私たち、腕に飲み込まれてそのままこいつの、腹のなか」
 雨の瞳がうるっ、としたきがした。
 喜怒哀楽を知らない幸薄な少女の顔に、初めて〝哀〟を見せた瞬間だ。
 ルイが側に寄り、肩に寄り添う。アイは話を続ける。
「先輩たちから聞いたことがある。こいつの、この邪鬼の呪怨」
「呪怨!? 邪鬼にも呪怨なんかあるのか!?」
 途端、アイの目つきが鋭くなった。その目はもう、晩御飯を一緒に作って、笑い合ってた仲ではない。優秀なAクラスの委員長をしていて、一番下のDクラスを見下ししている目つきだ。
「授業聞いてた? 邪鬼にも呪怨はあるし、私たち同様に結界をつくれる。因みにその結界の名前は〝フィールド〟て呼ぶから。テスト前で良かったね」
 ゴミを見るよな目で見られた。
「は……はい」
 思わず、中腰になって奴隷になった気分だ。アイはどちらかというと、SとMの間にいる人格者かと思いきや、知らなかった。アイがS側だったなんて。
 ひと呼吸置き、静かに語りだした。
「ここから出る方法は二つ。一つは、この邪鬼のもう一つの核を破壊して出ること。もう一つは、これはやりたくないけどその……」
 急にもじもじしだした。
 頬が少し赤め。言いづらそうに男子の顔をチラチラ見る。なんだよ、らしくないな。さっきまでの凛としたSっ気は何処に。
「その……食べた分はみんな、何処に排泄していく?」
 分かったようにルイが慌てふためく。
「や、やだやだやだ! あんな汚いとこから出るなんて」
「どういうとこだよ」
 ただ分からないで訊いただけなのに、ルイは怒ったように声をあげた。
「排泄物だよ! 食べた分がアレになったり、ああなったりでトイレで流すやつ!」
 ピンときた。
 分かった瞬間訊いた俺が馬鹿だった。訊く前は正常だったのに、訊いたあとは、頭がずしりと重い。

 二つ目の脱出方法は結託して、否定。
 残ったのは、この邪鬼のもう一つの核を破壊する方法だった。しかし、大きな問題点が立ちふさがった。
 まず、その場所はどこなのか。二つ、この邪鬼の呪怨。
「先輩たちから聞いた話じゃ、この邪鬼は〝無効の邪鬼〟だから、みんなして攻撃しても効かないし、ルイちゃんの時間操作も効かない」
 でも、奇跡的なことはあるようだ。
 この人差し指に乗せたこの炎は、俺の呪怨だ。腹の中では、呪怨は使えるみたい。なら、内から外を破壊しよう。策うっても、何処か効くか分からないのに、無駄な体力消耗だとまさかのスタンリーから言われた。
 硬く目を閉じ、耳を澄ませ、その情景を見ているかのように喋るアイ。
「外では、美樹がうなじのほうの核を破壊しようと頑張っている。私たちも急いで脱出しよう。だんだん、目が回復して分かったの。もう一つの核は多分……あっち」
 静かに腕を上げ、右側を指差した。
 目線を同じ方向にそらすも、変わらずそこは広大な闇が広がっていた。
 行こう、と有無を言う暇を与えず、アイがスタスタと指差した方向を歩く。続いて、ルイと雨。少し差をつけてスタンリー。
 その四人の後背を見つめた。筆頭に歩いているアイの後背なんか、小さくなる一方。このまま、じっとしていたら何もない。
 俺は、ぐっと奥歯を噛み覚悟を決めた。この一歩を踏み出すのは、少し、勇気が必要だった。まるで、化物の口内に自ら歩いていってるような死の宣告をされた気分。
 でも、そんなの気にしていたら、帰れない。勇気をふって、その一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

【フリー台本】朗読小説

桜来
現代文学
朗読台本としてご使用いただける短編小説等です 一話完結 詰め合わせ的な内容になってます。 動画投稿や配信などで使っていただけると嬉しく思います。 ご報告、リンクなどは任意ですが、作者名表記はお願いいたします。 無断転載 自作発言等は禁止とさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...