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Ⅱ 勇気と偽愛情~14歳~
第25話 無効の邪鬼―取繕―
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火の飛沫が、天井にまで昇り上がり、火災警報器が狂ったように鳴く。そして、どっと天井から冷たい水が降り注いだ。
嫌になる甲高い悲鳴、狂ったように鳴るベル、二つの音が異常に耳に裂いて頭がガンガン痛い。
「カイ!」
振り向くと、アカネたちが一つに集まっている。
「ここは危ないわ! とにかく、ここから離れましょ」
そう言うアカネの表情は、いつになく曇っている。
水が異常に降り注いでいる。炎は葬ったが、今度は水害でどうにかなりそうだ。ざぁ、と大粒の雨。遠くの景色が曖昧にも分からない。
出口先が閉じ、密室のせいなのか、水が溢れかえり少し貯まっている。
「ここから離れるったて、出口は閉じてるし、どこ行くんだよ」
「離れるて言ったら離れるの!」
鼻で大きな息を吐いた。
みんなは、困惑気味でぎこちなく顔を見合わせる。そのとき――
また、邪鬼の口から炎の球体が現れ、渦をつくり、その大きさが肥大化している。
「く、来るっ!」
みんな、硬直するもすぐに重い足をあげた。
「ル・タン・アレテ」
ピタッと世界が止まった。あんなにうるさかった悲鳴が、耳を疑うほど静か。膝に手をつき、
「15秒……」
と、苦し紛れにルイが呟いた。
15秒間時間を止めている。あのときとは偉く違うな。せっかくルイが逃げる切り札を与えてくれたんだ、早くこの場から逃げよう。
しかし、パリンと世界が破壊された。
窓ガラスをバットで破壊したような衝動と、粉々に砕かれる衝撃。
静止した世界が、いとも簡単に元に戻された。
「嘘……なんで?」
ガタ、と膝をうつ。今にでも倒れそうなほど、血の気が引いている。
カッと眩しい光が頭上に照らされた。邪鬼の口がこちらに向いている。ぽっかり空いた薄暗い虚空が顔をのぞかせた。俺たちを狙いを定めている。慌てて、膝をつくルイの腕を引っ張った。
でも逃げるが先か、邪鬼の攻撃が先か。その予測を遥かに予知したのはジンだった。
「包囲」という、ジンの呪怨の合言葉がしたとたん、透明なドームが俺らを囲んだ。
「これで防げるか……吉か凶だな」
ふぅ、と息を吐く。
束の間、邪鬼の腕二本が覆うように伸びてきた。
逃げ道なんて、どこにもない。
胴体より、ずんぐりと長くて大きな腕。
あ、と思った瞬間視界は真っ暗。
「ここは、どこだ……?」
辺りをキョロキョロするも、ゾッとするほど濃ゆい闇が包まれていた。ここはどこなのか、自分は座っているのか、立っているのか、呼吸しているのか、わからなくなるほどだ。
「あいたたた、その声は……カイくん?」
ふと暗闇から、声が。高すぎない低めな落ち着いた声は、聞いていて、やんわりと安心した。
「アイか? どこにいるんだ?」
すると、ひとしきり、散らばった方向から声が。俺を含め、ここには五人いる。俺とアイ、スタンリーにルイ、雨が。
俺は、指先に集中した。意識を澄みきり、深く浸透する。炎が湧くイメージを図に、指先にその図通りに揺らめく赤い炎が湧いた。
赤い炎が五人の顔を照らす。五人とも、強ばって張り詰めていた表情が一気に安堵に。
五人の顔と足元を照らすも、遠くの景色は真っ暗すぎて見えない。手を伸ばし、手探りで壁がどこにあるのか探すも、何度も空振りする。
ここは言うなれば、壁も天井もない、永遠に彷徨う箱庭だ。耳がおかしくなるほど無音。何の臭いもない。
現状を整理しよう、とアイが口走った。いつになく、真剣な表情で。指先に乗ったたった一つの炎がぶる、と震えた。
邪鬼が突如暴走し、そのあと、火災警報器が作動、水が溢れかえる。そして、その後邪鬼は自分たちに狙いを定めてビームしようとした。が、その直後それでは埒があかないと思ったのか、ビームをやめ、二本の腕を振り翳し現在に至る。
「私たち、死んだの?」
涙目にルイが喋る。
「死んでない。大丈夫だ」
俺はすぐに否定した。
その言葉にスタンリーがチっと舌打ち。
「根拠もないくせに……ボソボソ」
スタンリーの言うとおりだ。根拠はない。でも、だからといって死んでるなんて認めたくない。
「いいや、本当に死んでないよ。私たち」
暫く考え更けてたアイが、重い口を開けた。その言葉に、一斉に耳を傾ける。威厳に含まれる凛とした表情、その眼光は睨んでいるに近かった。
「足元見て。あんなに浸かっていた水がないでしょう? それと、微かだけど聞こえるの。美樹の――私たちを呼ぶ声。だから死んでない。ここは邪鬼の体のなか。私たち、腕に飲み込まれてそのままこいつの、腹のなか」
雨の瞳がうるっ、としたきがした。
喜怒哀楽を知らない幸薄な少女の顔に、初めて〝哀〟を見せた瞬間だ。
ルイが側に寄り、肩に寄り添う。アイは話を続ける。
「先輩たちから聞いたことがある。こいつの、この邪鬼の呪怨」
「呪怨!? 邪鬼にも呪怨なんかあるのか!?」
途端、アイの目つきが鋭くなった。その目はもう、晩御飯を一緒に作って、笑い合ってた仲ではない。優秀なAクラスの委員長をしていて、一番下のDクラスを見下ししている目つきだ。
「授業聞いてた? 邪鬼にも呪怨はあるし、私たち同様に結界をつくれる。因みにその結界の名前は〝フィールド〟て呼ぶから。テスト前で良かったね」
ゴミを見るよな目で見られた。
「は……はい」
思わず、中腰になって奴隷になった気分だ。アイはどちらかというと、SとMの間にいる人格者かと思いきや、知らなかった。アイがS側だったなんて。
ひと呼吸置き、静かに語りだした。
「ここから出る方法は二つ。一つは、この邪鬼のもう一つの核を破壊して出ること。もう一つは、これはやりたくないけどその……」
急にもじもじしだした。
頬が少し赤め。言いづらそうに男子の顔をチラチラ見る。なんだよ、らしくないな。さっきまでの凛としたSっ気は何処に。
「その……食べた分はみんな、何処に排泄していく?」
分かったようにルイが慌てふためく。
「や、やだやだやだ! あんな汚いとこから出るなんて」
「どういうとこだよ」
ただ分からないで訊いただけなのに、ルイは怒ったように声をあげた。
「排泄物だよ! 食べた分がアレになったり、ああなったりでトイレで流すやつ!」
ピンときた。
分かった瞬間訊いた俺が馬鹿だった。訊く前は正常だったのに、訊いたあとは、頭がずしりと重い。
二つ目の脱出方法は結託して、否定。
残ったのは、この邪鬼のもう一つの核を破壊する方法だった。しかし、大きな問題点が立ちふさがった。
まず、その場所はどこなのか。二つ、この邪鬼の呪怨。
「先輩たちから聞いた話じゃ、この邪鬼は〝無効の邪鬼〟だから、みんなして攻撃しても効かないし、ルイちゃんの時間操作も効かない」
でも、奇跡的なことはあるようだ。
この人差し指に乗せたこの炎は、俺の呪怨だ。腹の中では、呪怨は使えるみたい。なら、内から外を破壊しよう。策うっても、何処か効くか分からないのに、無駄な体力消耗だとまさかのスタンリーから言われた。
硬く目を閉じ、耳を澄ませ、その情景を見ているかのように喋るアイ。
「外では、美樹がうなじのほうの核を破壊しようと頑張っている。私たちも急いで脱出しよう。だんだん、目が回復して分かったの。もう一つの核は多分……あっち」
静かに腕を上げ、右側を指差した。
目線を同じ方向にそらすも、変わらずそこは広大な闇が広がっていた。
行こう、と有無を言う暇を与えず、アイがスタスタと指差した方向を歩く。続いて、ルイと雨。少し差をつけてスタンリー。
その四人の後背を見つめた。筆頭に歩いているアイの後背なんか、小さくなる一方。このまま、じっとしていたら何もない。
俺は、ぐっと奥歯を噛み覚悟を決めた。この一歩を踏み出すのは、少し、勇気が必要だった。まるで、化物の口内に自ら歩いていってるような死の宣告をされた気分。
でも、そんなの気にしていたら、帰れない。勇気をふって、その一歩を踏み出した。
嫌になる甲高い悲鳴、狂ったように鳴るベル、二つの音が異常に耳に裂いて頭がガンガン痛い。
「カイ!」
振り向くと、アカネたちが一つに集まっている。
「ここは危ないわ! とにかく、ここから離れましょ」
そう言うアカネの表情は、いつになく曇っている。
水が異常に降り注いでいる。炎は葬ったが、今度は水害でどうにかなりそうだ。ざぁ、と大粒の雨。遠くの景色が曖昧にも分からない。
出口先が閉じ、密室のせいなのか、水が溢れかえり少し貯まっている。
「ここから離れるったて、出口は閉じてるし、どこ行くんだよ」
「離れるて言ったら離れるの!」
鼻で大きな息を吐いた。
みんなは、困惑気味でぎこちなく顔を見合わせる。そのとき――
また、邪鬼の口から炎の球体が現れ、渦をつくり、その大きさが肥大化している。
「く、来るっ!」
みんな、硬直するもすぐに重い足をあげた。
「ル・タン・アレテ」
ピタッと世界が止まった。あんなにうるさかった悲鳴が、耳を疑うほど静か。膝に手をつき、
「15秒……」
と、苦し紛れにルイが呟いた。
15秒間時間を止めている。あのときとは偉く違うな。せっかくルイが逃げる切り札を与えてくれたんだ、早くこの場から逃げよう。
しかし、パリンと世界が破壊された。
窓ガラスをバットで破壊したような衝動と、粉々に砕かれる衝撃。
静止した世界が、いとも簡単に元に戻された。
「嘘……なんで?」
ガタ、と膝をうつ。今にでも倒れそうなほど、血の気が引いている。
カッと眩しい光が頭上に照らされた。邪鬼の口がこちらに向いている。ぽっかり空いた薄暗い虚空が顔をのぞかせた。俺たちを狙いを定めている。慌てて、膝をつくルイの腕を引っ張った。
でも逃げるが先か、邪鬼の攻撃が先か。その予測を遥かに予知したのはジンだった。
「包囲」という、ジンの呪怨の合言葉がしたとたん、透明なドームが俺らを囲んだ。
「これで防げるか……吉か凶だな」
ふぅ、と息を吐く。
束の間、邪鬼の腕二本が覆うように伸びてきた。
逃げ道なんて、どこにもない。
胴体より、ずんぐりと長くて大きな腕。
あ、と思った瞬間視界は真っ暗。
「ここは、どこだ……?」
辺りをキョロキョロするも、ゾッとするほど濃ゆい闇が包まれていた。ここはどこなのか、自分は座っているのか、立っているのか、呼吸しているのか、わからなくなるほどだ。
「あいたたた、その声は……カイくん?」
ふと暗闇から、声が。高すぎない低めな落ち着いた声は、聞いていて、やんわりと安心した。
「アイか? どこにいるんだ?」
すると、ひとしきり、散らばった方向から声が。俺を含め、ここには五人いる。俺とアイ、スタンリーにルイ、雨が。
俺は、指先に集中した。意識を澄みきり、深く浸透する。炎が湧くイメージを図に、指先にその図通りに揺らめく赤い炎が湧いた。
赤い炎が五人の顔を照らす。五人とも、強ばって張り詰めていた表情が一気に安堵に。
五人の顔と足元を照らすも、遠くの景色は真っ暗すぎて見えない。手を伸ばし、手探りで壁がどこにあるのか探すも、何度も空振りする。
ここは言うなれば、壁も天井もない、永遠に彷徨う箱庭だ。耳がおかしくなるほど無音。何の臭いもない。
現状を整理しよう、とアイが口走った。いつになく、真剣な表情で。指先に乗ったたった一つの炎がぶる、と震えた。
邪鬼が突如暴走し、そのあと、火災警報器が作動、水が溢れかえる。そして、その後邪鬼は自分たちに狙いを定めてビームしようとした。が、その直後それでは埒があかないと思ったのか、ビームをやめ、二本の腕を振り翳し現在に至る。
「私たち、死んだの?」
涙目にルイが喋る。
「死んでない。大丈夫だ」
俺はすぐに否定した。
その言葉にスタンリーがチっと舌打ち。
「根拠もないくせに……ボソボソ」
スタンリーの言うとおりだ。根拠はない。でも、だからといって死んでるなんて認めたくない。
「いいや、本当に死んでないよ。私たち」
暫く考え更けてたアイが、重い口を開けた。その言葉に、一斉に耳を傾ける。威厳に含まれる凛とした表情、その眼光は睨んでいるに近かった。
「足元見て。あんなに浸かっていた水がないでしょう? それと、微かだけど聞こえるの。美樹の――私たちを呼ぶ声。だから死んでない。ここは邪鬼の体のなか。私たち、腕に飲み込まれてそのままこいつの、腹のなか」
雨の瞳がうるっ、としたきがした。
喜怒哀楽を知らない幸薄な少女の顔に、初めて〝哀〟を見せた瞬間だ。
ルイが側に寄り、肩に寄り添う。アイは話を続ける。
「先輩たちから聞いたことがある。こいつの、この邪鬼の呪怨」
「呪怨!? 邪鬼にも呪怨なんかあるのか!?」
途端、アイの目つきが鋭くなった。その目はもう、晩御飯を一緒に作って、笑い合ってた仲ではない。優秀なAクラスの委員長をしていて、一番下のDクラスを見下ししている目つきだ。
「授業聞いてた? 邪鬼にも呪怨はあるし、私たち同様に結界をつくれる。因みにその結界の名前は〝フィールド〟て呼ぶから。テスト前で良かったね」
ゴミを見るよな目で見られた。
「は……はい」
思わず、中腰になって奴隷になった気分だ。アイはどちらかというと、SとMの間にいる人格者かと思いきや、知らなかった。アイがS側だったなんて。
ひと呼吸置き、静かに語りだした。
「ここから出る方法は二つ。一つは、この邪鬼のもう一つの核を破壊して出ること。もう一つは、これはやりたくないけどその……」
急にもじもじしだした。
頬が少し赤め。言いづらそうに男子の顔をチラチラ見る。なんだよ、らしくないな。さっきまでの凛としたSっ気は何処に。
「その……食べた分はみんな、何処に排泄していく?」
分かったようにルイが慌てふためく。
「や、やだやだやだ! あんな汚いとこから出るなんて」
「どういうとこだよ」
ただ分からないで訊いただけなのに、ルイは怒ったように声をあげた。
「排泄物だよ! 食べた分がアレになったり、ああなったりでトイレで流すやつ!」
ピンときた。
分かった瞬間訊いた俺が馬鹿だった。訊く前は正常だったのに、訊いたあとは、頭がずしりと重い。
二つ目の脱出方法は結託して、否定。
残ったのは、この邪鬼のもう一つの核を破壊する方法だった。しかし、大きな問題点が立ちふさがった。
まず、その場所はどこなのか。二つ、この邪鬼の呪怨。
「先輩たちから聞いた話じゃ、この邪鬼は〝無効の邪鬼〟だから、みんなして攻撃しても効かないし、ルイちゃんの時間操作も効かない」
でも、奇跡的なことはあるようだ。
この人差し指に乗せたこの炎は、俺の呪怨だ。腹の中では、呪怨は使えるみたい。なら、内から外を破壊しよう。策うっても、何処か効くか分からないのに、無駄な体力消耗だとまさかのスタンリーから言われた。
硬く目を閉じ、耳を澄ませ、その情景を見ているかのように喋るアイ。
「外では、美樹がうなじのほうの核を破壊しようと頑張っている。私たちも急いで脱出しよう。だんだん、目が回復して分かったの。もう一つの核は多分……あっち」
静かに腕を上げ、右側を指差した。
目線を同じ方向にそらすも、変わらずそこは広大な闇が広がっていた。
行こう、と有無を言う暇を与えず、アイがスタスタと指差した方向を歩く。続いて、ルイと雨。少し差をつけてスタンリー。
その四人の後背を見つめた。筆頭に歩いているアイの後背なんか、小さくなる一方。このまま、じっとしていたら何もない。
俺は、ぐっと奥歯を噛み覚悟を決めた。この一歩を踏み出すのは、少し、勇気が必要だった。まるで、化物の口内に自ら歩いていってるような死の宣告をされた気分。
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