神様記録

ハコニワ

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第三章 再び会うときまで

第31話 切り札

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「意地でも開けるつもりはない、か」
 月詠が扉を睨みつた。
「こうなったらもうだめね。帰りましょ、月詠」
 天照がくるりと踵を返し、月詠のほうに顔を向けた。月詠は扉を睨みつけ、ヘベに訊ねた。
「こいつが顔をだすまで待っているつもりか? ヘベ」
「当然。これが最善の切り札」
「まさか、月詠も待つつもり?」
 少しこめかみに皺を寄せ、天照が訊ねた。天照の狐目が少し大きく見開いている。月詠は俯き、足元を見張りながら言う。その表情は一体どんな感情を漏らしているのか。
「そうしたいのは山々だが、ここにいるとこいつの母に遭遇する。厄介だから、ここらで帰るさ。けど、貴様は?」
 ジロリとヘベを見上げる。一切の光も感じないその瞳の奥に凛と立ち竦すヘベがいる。ヘベは扉の奥にいる玲奈をまるで、見据えるように扉の前に立っている。
 ヘベの勝ち気な黄金ともいえる瞳はゆらぐことはなかった。
「ここで待つ。遭遇しても、たぶん母上どのは払わないさ。かなり前から私のこと気づいているからな。玲奈には秘密にしてくれ。この家に訪れた晩から目が合ってしまったのだ。とっくに払われてるはずなのに野放しにしてくれる。母上どのも玲奈を心底想っているようだ」
 月詠と天照は互いに顔を見つめあい、ヘベに小さく手を振った。
「なにか困ったときがあったら呼んでね。すぐ駆けつけるから」
 と天照。
「あいつより先にくたばるんじゃねぇぞ」
 と月詠。
 二人に背中を押されているようでヘベは内心心が暖かくなり、笑顔で二人に手を振った。いくら待っても、この扉は開かないとヘベはとっくに気づいていた。
 そこで切り札だ。
 天照大神が岩戸に隠れ、この地に暗黒の時代が続いたという。しかし、天照大神を岩戸から引きずり出し、やっと暗黒だったこの地が光が指す時代へとなった。一体、誰が引きずり出したと思う。ひきこもっている岩戸の前に神々たちが楽しそうに舞、笑っているのを見て天照大神が少し覗いた矢先に岩戸から引きずり出されたそうだ。
 まるで、今の現状をさしている。
 そういえば、前に玲奈に言った言葉がある。

〝わたしはなんでもできるが、玲奈は違う。玲奈は人間だ。見えるし話しもできる〟

 そうだ、玲奈は人間だ。私とは違う一族。この現状で頼めるのは片桐東だ。あの子なら、私の声も姿も見える。
 けど、果たしてそうか。確かにあの子なら頼めやすい。私の存在に気づいているからな。けど、なんだか引っかかる。心の中になにかがモヤモヤしている。

 夕暮れの茜色が景色を惑わす空。茜色が民家や建物を染め、真っ黒な影がどこまでも伸びている。
 その少女は茜色に染まった日差しを浴び、肌や髪の毛がつやつやと輝いている。その少女は買い物袋を腕にさげ、るんるんと歩いている。
 背後から姿を発見したヘベはその少女にゆっくりと近づいた。その少女とやらは玲奈の幼馴染、美穂だった。
 ここら辺で歩いているということはここら辺の子か。それにしても、近づいたはいいものの認識されなきゃ頼めようがないではないか。どうしてこの子を切り札と考えたのだ、私。
 るんるんと歩く少女にこっそり、身を隠し近づくヘベ。電柱から電柱へと渡り歩く。
 だめだ。近づいても話しはできん。やはり、他を当たるか。
 
「コソコソしないでくれませんか?」
 少女が立ち止まり告げたのはその一言だった。
「え?」
 小鳥も人も車も通らない道端に誰に言っているのか、ヘベは辺りをキョロキョロして恐る恐る自分を指差す。少女は大きく振り向いた。茜色に染まった彼女の長い髪の毛が輪を描き、前から後ろへとなる。
 小さい頃から全く変わっていない丸い瞳の中にヘベが認識されていた。
「も、もしかて見える……のか?」
「……ええ。ずっと前から」
 美穂はどこか悟った表情を浮かべた。
「れっちゃんを助けようと私になにか用があるのですね?」
 ヘベは顎を砕かれた衝撃をくらい、美穂の顔を見つめた。決してこの場から逃れられない強い瞳。強く真っ直ぐに見つめられ、ヘベは藁にすがった。
「頼みたいことがある! 玲奈が今、苦しんでるんだ。部屋から一歩も外に出らん。そこで、幼馴染で親友であるお前に玲奈を引きずり出してもらいたいのだ」
 数分間、美穂は口をとざした。
 凛々しかった表情が次第にふんわりと穏やかになった。
「喋るの、初めてですね。れっちゃんの為にそんに必死になって……もちろん、応えはイエスです。私も心配してましたから。それと、引きずり下ろしても元気になれないので」
 買い物袋から何かを取り出す。取り出し、胸の前まで見せた。それは遊園地のチケットだった。平日も休日も関係なく二四時間人がひっきりなしに集まる大繁盛な遊園地。
 なかなか手に入らない黄金のチケットを少女は自慢げに見せてきた。
「三枚あります。一緒に行きませんか?」
 チケットを両手に持ちニコッと笑った。ヘベはこの誘いを心底涙が出るほど受け入れたかった。しかし、これは玲奈を元気にさせる作戦。
「いいや、遠慮しとく」
 ヘベはこれまでみせたことのない笑顔でこう言った。
「きっと、この問題は人であるお前たちが助け船を出したほうがいい。私は……神だから見守る役なのだ」
 美穂は少し寂しい目をした。澄み切った青空の瞳に水をかけた潤いがこもる。静かに口を開いた。
「神も人も関係ないですよ。〝助けたい〟その心があれば神も人も同じです。でもどうしましょう。このチケット、あと一枚なんだけどなぁ」
「私の力でもう一人の幼馴染とやらに縁を送ろう。なぁに造作もない」
 勝ち気にニカと笑った。 
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