神様記録

ハコニワ

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第二章 前世と神と

第20話 片桐東

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 以前、奈美と美穂二人と共にご飯を食べた場所。あの時はまだそんなに、寒気がするような風じゃなかった。
 片桐東と共に向かった屋上では、北から吹く風がヒュウヒュウと靡いている。階段を使うさい、当然、東が後ろであたしが前だ。
 東は初日から学校の大きな場所を知ったのだ。そう、うちの学校は体育館が一番広く、屋上がかなりでかい。運動場並みの広さを持つのだ。
 その場所を初日から知るなんて、なんて運のいいやつ。

「ねぇ」
 東がだしぬけに声をかけてきた。思わず、振り向くと目と鼻の先に東がいたので一瞬、仰け反った。どうやら、ピッタリとくっついてきていたらしい。
「ここ、案外広いね。あとで校内案内してね」
「う、うん」
 そう言って、屋上に辿りついた。今日は北から吹く風が穏やかで、スカートがひらひら舞うのを避けられる。
 鉄の策までくると、片桐東は振り向いた。少年のような無垢な瞳を向けてくる。その瞳とは裏腹に謎めいた雰囲気を持ち合わせた彼女。
「さて、なにから離せばいいのやら」
 鉄の柵に腰掛け、マシュマロみたいな乳の下に腕をくんだ。鉄の柵はガードレールみたいに細いので、滑ったら下に真っ逆さま。
 なのに、余裕な素振りで腰をおろしあたしの顔を見つめる。
「まず、一つ聞くね。玲奈ちゃんが出会ったその神はどんな力を持っている?」
 真剣な面持ちで訊ねてきた。あたしは素直に吐けばいいのか、黙っていいのかすら分からない。彼女は早く口を割るのを待っている。仕方なく、あたしはヘベのことを話した。
 彼女は大きな瞳を細め、じっくりとあたしの顔をうかがっている。
「ふぅん。縁結びの神さまか、なぁんだてっきり、八百万かと思ったよ」
 な、何を言ってるんだこの子は。
 さっきまで緊張の糸が張ってあった空間が一瞬で緩んだ。彼女自身があどけない笑顔を綻ぶから。
「わたしん家、神社なんだよね」
 あぁ、なるほどだからあたしよりも〝力〟が強いということか。でも、さながら自慢げに言うな。柵に乗っていることを忘れさるように、アスリートみたいな細い足を組んでいる。
 もう少しで彼女のいやらしい部位が見えそうで見えない謎の隙間から顔を覗いている。
「神さまが社とかなくなったら人を頼るのは知ってるけど、まさかこんな近くとは。縁結び……か」
 ヘベのこと、あたしが人外を見えること、この子はサラリと受け流してくれた。東は眉間に皺を寄せ、小難しい顔を浮かべる。さっきの話しでそんな重大な問題があったけ。
「あまり、接触しないほうがいいよ」
 神妙な面持ちで彼女が言った。
 外で走り回る少年のように無垢で元気な瞳が不安にかられ、重くなった。
「どうして?」
 すっかり、警戒心を解き、近づくとストップをかけるように東があたしの目の前に人差し指を立てた。
「神と人はね。普通は見えないし、相手にもしない。一緒にいても年々歳をとって姿心も変わるのは人間。神は姿も変わらないし歳もとらない。これ分かる? 触れ合ったても何もいい事なんて起きやしない」
「あるよ!」
 カッとなり、つい声を荒げてしまった。澄み通った青空にあたしの声がこだまする。声をあげたことにあたし自身もびっくりした。
 つい前までは接触しないように深く関わらないようにしておいたはずなのに、気がついたら
今や一緒のお菓子食べて同じベッドに眠る仲なんだ。
 そんな関係を他人の東が引き割くような言動したのに対し、少し怒りが芽生えた。東も少し、瞳孔が開いている。リスみたいなまん丸な瞳の中に拳を握っているあたしが映っている。
「悪いこと言ったね。でも、わたしの言ったことは本当だよ。一緒にいても神さまはなにもしてくれない。仲良くしたって別れが辛いだけ」
 見てきたかのように言った。
 うっすらと水に濡れたような瞳を何事もなかったように微笑む。あたしはそれ以上なにも言えなかった。お互い、口を閉ざし、気まずい雰囲気の中、教室に向かった。
 そういえば、ヘベはどうしてこの子のこと、気をつけろ、って言ったんだろ。そんな疑問を抱く。
 教室の中に入り、授業を刻淡々とやり遂げる。隣の席の住人はすっかり東が定着し、この一時間目の授業中はずっとみんなの視線があたしまで注いでいた。
「そういや、なんで穿いてないの?」
 授業中、みんなが必死に黒板に目を移している最中、あたしはコッソリ聞いてみた。東は手を止め、少し照れ臭く言ってみせた。
「……なんでかな? わかんない。でもこの刺激たまんないんだよね」
 頬をほんのりと赤くしてみせる。
 あたしは呆れて返事も返せなかった。すると、その時東の机に置いていた消しゴムがポロリと落ちた。コロンコロンと、まるでおむすびころりんのように消しゴムは跳ね、遠くの角により止まった。
 肝心の東は見てなさそうだ。あたしとの会話が終わるとさっさと手を止めた時間を埋めるように手を動かした。一応、美穂のような秀才の持ち主なのかな。
 はぁ、全く仕方がない。瞬きをして、東に話しかけた。
「落ちたよ。あっち」
 指差すとその方向には既に消しゴムがなかった。姿影も。誰かが拾ってくれた時間さえも行動も見ていない。おろか、東が立ち上がって拾ったのも目撃していない。
「なに?」
 氷水のように潤った東の瞳が覗いてくる。
 ちやっかり消しゴムは東のもとに帰ってきていた。机の上にちょこんと置いてある。
「あれ? あれ!?」
 一人でざわつくあたしは消しゴムが落ちた場所と東をひっきりなしに交互に見比べた。東はそんなあたしを変質者のような眼差しで見つめる。
「ごめん……なんでもない」
「そう」
 再び東は、黒板に書かれた面倒臭い文字を淡々とノートに写している。あたしは度肝を抜かれそうになった。いいや、ヘベが言った忠告を思いだし冷汗が全身を駆け巡った。
 もしかして、東はヘベ以上の神さまに加護を持っている。でも、当の本人は気付いていない。
 なんだか、本当にあたしまでそっちがわに行きそう。
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