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第一章 出会い
第8話 欠落した記憶①
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七五三というイベントに両親は五歳のあたしに着物を着付け、手を引っぱって森の泉神社に向かった。
よく晴れた紅葉が枯れる秋の季節。
真っ青な空が広大に続くあの日。
恋が叶うというジンクスがある古い神社だ。その頃は祭りのように人が賑わっていて出向くと、必ず迷子にあう。けど、今はもう取り壊されていてなにもない野原と化している。
あたしのおばあちゃんと美穂のおばあちゃんたちが仲良しな関係でもあって、生まれた病院、幼稚園までも一緒な腐れ縁だ。
両親に着付けてくれた赤い着物は少し息苦しくってきつかったけど、半分、嬉しかった。
仕事が多忙で顔を出さない父と母が今、あたしに構ってくれている。それだけで、胸が弾んだ。それは、なんとなく覚えている。
せっかく着付けてくれたので、絶対緩まないように慎重に歩いた。美穂の両親と合流すると、あたしは美穂にこの着物を見てほしくって声をかけた。
「みっちゃん遊ぼう!」
いつもなら、速攻駆け寄ってくる美穂の姿はいない。両親の膝に身を隠れていた。まるで、草原に佇む小動物のようにおどろおどろしていた。
「そんなとこで何してるの?」
「れっちゃん……」
頬がほんのり紅色になっている。美穂は極度の人見知りで、こんな知らない人が大勢いるとこは苦手なのだろう。
氷漬けされたように足が震えている。
「神社の裏、行ってみよう! 大丈夫! そこなら、人気ないし」
あたしは震える美穂の手を引っ張り、帯が緩まないように小走りで裏に向かった。
走り去るあたしと美穂の両親はあんま遠くに行かないでね、と恥をしのんで叫んだ。
神社内で多くの人が行き交う中、あたしは大丈夫! と大きく手を振る。
「あれ、玲奈ちゃんと美穂ちゃんじゃない?」
裏に向かう途中、近所のおばさん夫婦が声をかけてきた。あたしと美穂が仲良く手を繋いで走っている姿に孫と重ねたのか、愛しい眼差しで微笑んでくる。
「どこに向かうの?」
「神社の裏!」
「です!」
二人してそう言うと、夫婦はハハと歯を見せ笑った。
「まるで姉妹みたいだね」
「気ぃつけてな」
「はーい!」
あたしと美穂は大きく手を振り、夫婦と別れた。
人が疎らになり、だんだんと景色が薄暗くなった時、あたしと美穂は息を切らして足を止めた。お互い、絡めた指に汗がまとわり、心臓の鼓動が伝いあう。
「聞いた? 姉妹だって!」
美穂は猫のような鈍った声でフフフと無邪気に花のように笑った。
「身長同じだもんね!」
あたしもつい、フフフと笑った。
「れっちゃんの着物可愛い!」
「みっちゃんこそ!」
柔らかい栗色の茶髪は耳の上でお団子にして、青い着物を着ている。おっとり性格の美穂にしては大人の雰囲気が放っていた。それは、今思えばその頃から美穂は才色兼備。
太陽がかんかんに照らす真っ昼間、薄暗い裏地では、夜のように暗い。
風が吹くたび、木々が踊り、その隙間から陽光が顔を覗くが、疎らな光。時折、その光が体に当たると、シーツのように温かい。
あたしと美穂は、裏地の階段に腰をおろした。もちろん、その下にはハンカチを敷いている。あたしも美穂も着物を汚したくない一心だ。
階段に腰をおろし、昨日のテレビの話しや気になるアニメの情報を色々と言い合った。
すると、どっから沸いてきたのか近所の悪ガキがせめてきた。
「よぉ。どっかの金持ち一家じゃねぇか」
野球少年を思わせる、頭の毛を綺麗に剃った男の子中心に、二人の少年が階段を上がった場所に立っていた。
孤高のライオンのように仁王立ちして、狩るような濁った笑みを浮かべている。この少年三人は、あたしと同じ五歳。今はどうしているか分からないけど、当時は近所でいたずらをしかける、悪ガキと批評していた。
三人とも、黒っぽい着物を着ていてまさに悪と雰囲気たっぷり賑わっている。
「オレ様たちの縄張りでなにしてんだ? ここはお前ら顔だけのいい子ちゃんがくるとこじゃねぇよ! さっさと去れ」
虫を払うように手をシッシッと払った。
後ろにいる子分二人も真似て、手をシッシッとする。
なぜか、奇妙にイラッとくる。親分子分が揃って虫を払う行動をしているせいなのか。分からないけど。
すると、あたしの前に美穂が庇うように前に立った。
「ここはみんなの私有地だよ。カズくんの占める場所じゃない!」
カズくんとはこの親分の名前である。
いざとなると、自分を顧みなず、相手の前に立って凛と闘う姿勢をするのが美穂の性格。それはたぶんだけど、今でも。
「はぁ!? なんだ!?」
親分の図太い声が裏地に響き渡った。木々に止まっていたカラスや雀たちが一斉に声をあげ、けたましい翼の飛躍音で大空に羽ばたく。
ビクッと肩がうなった。あたしは元からこの親分が好きじゃない。
機嫌が悪いと人を殴ったり蹴ったり、一番嫌いなのは、この図太い声。嫌いだ。
そのことを分かってか、美穂が前に立ってくれたんだ。
その時、ある情景が目に浮かんだ。浮かんだというより、水のように情報が頭の中にふわりと過ぎってく。
その情景は親分が階段を踏みおろして、ゴロゴロと芋虫のように階段を転がってくる。そして、美穂とあたしのいる場所へと落下。
元々、巨像みたいにでかい体がその上に乗り、咄嗟に庇ってくれた美穂が重傷を負うという悪い予知。
よく晴れた紅葉が枯れる秋の季節。
真っ青な空が広大に続くあの日。
恋が叶うというジンクスがある古い神社だ。その頃は祭りのように人が賑わっていて出向くと、必ず迷子にあう。けど、今はもう取り壊されていてなにもない野原と化している。
あたしのおばあちゃんと美穂のおばあちゃんたちが仲良しな関係でもあって、生まれた病院、幼稚園までも一緒な腐れ縁だ。
両親に着付けてくれた赤い着物は少し息苦しくってきつかったけど、半分、嬉しかった。
仕事が多忙で顔を出さない父と母が今、あたしに構ってくれている。それだけで、胸が弾んだ。それは、なんとなく覚えている。
せっかく着付けてくれたので、絶対緩まないように慎重に歩いた。美穂の両親と合流すると、あたしは美穂にこの着物を見てほしくって声をかけた。
「みっちゃん遊ぼう!」
いつもなら、速攻駆け寄ってくる美穂の姿はいない。両親の膝に身を隠れていた。まるで、草原に佇む小動物のようにおどろおどろしていた。
「そんなとこで何してるの?」
「れっちゃん……」
頬がほんのり紅色になっている。美穂は極度の人見知りで、こんな知らない人が大勢いるとこは苦手なのだろう。
氷漬けされたように足が震えている。
「神社の裏、行ってみよう! 大丈夫! そこなら、人気ないし」
あたしは震える美穂の手を引っ張り、帯が緩まないように小走りで裏に向かった。
走り去るあたしと美穂の両親はあんま遠くに行かないでね、と恥をしのんで叫んだ。
神社内で多くの人が行き交う中、あたしは大丈夫! と大きく手を振る。
「あれ、玲奈ちゃんと美穂ちゃんじゃない?」
裏に向かう途中、近所のおばさん夫婦が声をかけてきた。あたしと美穂が仲良く手を繋いで走っている姿に孫と重ねたのか、愛しい眼差しで微笑んでくる。
「どこに向かうの?」
「神社の裏!」
「です!」
二人してそう言うと、夫婦はハハと歯を見せ笑った。
「まるで姉妹みたいだね」
「気ぃつけてな」
「はーい!」
あたしと美穂は大きく手を振り、夫婦と別れた。
人が疎らになり、だんだんと景色が薄暗くなった時、あたしと美穂は息を切らして足を止めた。お互い、絡めた指に汗がまとわり、心臓の鼓動が伝いあう。
「聞いた? 姉妹だって!」
美穂は猫のような鈍った声でフフフと無邪気に花のように笑った。
「身長同じだもんね!」
あたしもつい、フフフと笑った。
「れっちゃんの着物可愛い!」
「みっちゃんこそ!」
柔らかい栗色の茶髪は耳の上でお団子にして、青い着物を着ている。おっとり性格の美穂にしては大人の雰囲気が放っていた。それは、今思えばその頃から美穂は才色兼備。
太陽がかんかんに照らす真っ昼間、薄暗い裏地では、夜のように暗い。
風が吹くたび、木々が踊り、その隙間から陽光が顔を覗くが、疎らな光。時折、その光が体に当たると、シーツのように温かい。
あたしと美穂は、裏地の階段に腰をおろした。もちろん、その下にはハンカチを敷いている。あたしも美穂も着物を汚したくない一心だ。
階段に腰をおろし、昨日のテレビの話しや気になるアニメの情報を色々と言い合った。
すると、どっから沸いてきたのか近所の悪ガキがせめてきた。
「よぉ。どっかの金持ち一家じゃねぇか」
野球少年を思わせる、頭の毛を綺麗に剃った男の子中心に、二人の少年が階段を上がった場所に立っていた。
孤高のライオンのように仁王立ちして、狩るような濁った笑みを浮かべている。この少年三人は、あたしと同じ五歳。今はどうしているか分からないけど、当時は近所でいたずらをしかける、悪ガキと批評していた。
三人とも、黒っぽい着物を着ていてまさに悪と雰囲気たっぷり賑わっている。
「オレ様たちの縄張りでなにしてんだ? ここはお前ら顔だけのいい子ちゃんがくるとこじゃねぇよ! さっさと去れ」
虫を払うように手をシッシッと払った。
後ろにいる子分二人も真似て、手をシッシッとする。
なぜか、奇妙にイラッとくる。親分子分が揃って虫を払う行動をしているせいなのか。分からないけど。
すると、あたしの前に美穂が庇うように前に立った。
「ここはみんなの私有地だよ。カズくんの占める場所じゃない!」
カズくんとはこの親分の名前である。
いざとなると、自分を顧みなず、相手の前に立って凛と闘う姿勢をするのが美穂の性格。それはたぶんだけど、今でも。
「はぁ!? なんだ!?」
親分の図太い声が裏地に響き渡った。木々に止まっていたカラスや雀たちが一斉に声をあげ、けたましい翼の飛躍音で大空に羽ばたく。
ビクッと肩がうなった。あたしは元からこの親分が好きじゃない。
機嫌が悪いと人を殴ったり蹴ったり、一番嫌いなのは、この図太い声。嫌いだ。
そのことを分かってか、美穂が前に立ってくれたんだ。
その時、ある情景が目に浮かんだ。浮かんだというより、水のように情報が頭の中にふわりと過ぎってく。
その情景は親分が階段を踏みおろして、ゴロゴロと芋虫のように階段を転がってくる。そして、美穂とあたしのいる場所へと落下。
元々、巨像みたいにでかい体がその上に乗り、咄嗟に庇ってくれた美穂が重傷を負うという悪い予知。
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