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第一章 出会い
第7話 写真
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忍者のように物音たてず、玄関の扉を開いた。元々、キシキシと何かと擦れるような挟まった音をしているのを最小限に抑えて。
「早く入ればいいのに……むぐ!」
へべが呆気に横から喋る。あたしは急いでへべの口を塞いだ。ぷっくりとしたお団子のような唇だ。しぃ! と人差し指を唇の前に翳す。
「お母さんに見つかっちゃう!」
「良かろう」
「だめなの!」
自分の家の玄関の前でたじろくあたし。
第三者から見れば、玄関前で奇妙な行動を一人でとっているとしか思えない。
「朝、凄い喧嘩しちゃたの」
「謝ればいいさ。それに、玲奈の母だひと目見てみた…―危ない!」
あたしの不安を全く気にも留めず、へべは玄関の戸に手をかけた。それを見て、ついあたしはその戸を無造作にパタンと閉めた。
それで、へべは蛇に噛まれたように手を引っ込める。堂々した勝気な金色の瞳が一瞬、怒りを露わにしてる。
「喧嘩もそうだけど、お母さん、見えるの。へべみたいなの」
あたしは遠い記憶を掘り起こすようなしぶい声で言ってみせた。へべはへぇと目玉を押し上げ、もっと聞きたいという素振りを見せる。あたしは深呼吸を吸うように息を整えた。
「悪質なものの例は幽霊とか、依頼で成仏させたとか言ってたんだよな」
もはや、占い師ではなく霊媒師だ、とツッコミをいれたい。閉めた戸をまた恐る恐る開けてみた。パンドラの箱を開けるようにゆっくりと静かに。
外はまだ太陽がぬくぬくと暑さをともしているので、まだ明るい。それに比べて家の中は、森の洞窟のように暗い。
雑音紛れのテレビの音も、蛇口から零れた水の音も、微かな人の声も聞こえない。ただ、刻み刻みに動く時計の針の音だけがこだましていた。
「お母さん、いないのかな」
パンドラの中のものを見回したように恐る恐る入ってみた。室内の中が氷のようにひんやりとしているのは誰もいないのが察する。
「なんだ、いないのか」
「いないのか……」
切れるほど張り詰めていた緊張の糸が切れ、脱力するあたしと肩を竦め、落胆するへべ。
靴を脱ぎ、二階にあがる。へべはあたしの後ろで、くっついて来ている。
たいして、珍しくもない家の中をキョロキョロと忙しなく、見渡している。それはまるで、逆光にあびた海の光のように輝かしい眼差し。
二階に上がり、少し歩いた先にあたしの部屋がある。プラスチックがはった光沢ある扉。
戸を開け、へべを招き入れた。へべは初めて友達の家に招かれた子どものように立ち竦んでいる。
「何してんの。早く入って」
「……お、お邪魔します」
入学式で入場する人のように腕と足がぎこちない。
「そこらへんでくつろいでいいよ」
そう言って、あたしは昨日近所の人がくれた市販のクッキーと紅茶を取りに、下に向かう。
一人残ったへべは真ん中にあるちゃぶ台近くの、座席に座った。大きく息を吸う。部屋中には玲奈の香りが充満し、すんと吸うと心地よく鼻を伝う。
洗濯物の洗剤の香りと甘い香りだ。
白い壁に色鮮やかなカーテン。白色のふかふかの絨毯に子猫がデザインされた毛布。
白い壁には、数個ある額縁に写真が幾つも貼ってあった。どれの写真も玲奈が写っている。幼少期の文化祭で劇やっている写真やこれは、中学生だろうか。少しあどけない顔立ちと周りがみな、小柄な体格だったので中学生と判断する。
その写真の玲奈は赤いハチマキをオデコにまくり、笑顔でゴールしている。百m走かな。選抜戦かな。
どの写真も輝かしく人の道筋が濃ゆく表れている。
一枚一枚、写真に目を見上げるとふと、一枚の写真に気付いた。ベッドに枕元に置かれた写真。それは、明らかに何かが違った。
それは、玲奈が小学生にも満たない幼少期の写真。五、六人は写っている。これは集合写真か、家族写真かみな、赤い社を少し潜った所で笑顔でピースしたり笑ったりしている。
それなのに、玲奈は泣いたように目を赤らめ隣にいる茶髪の女の子の手をがっしりと握っている。
へべは写真を見たとたん、息をのんだ。心臓が急に停止したように息が止まる。
「何してんの?」
玲奈が戸の前で不審人物を見るかのように目を細めて訊ねてきた。
「あ、玲奈、この写真」
人差し指で指差すと、玲奈はあぁ、それ? と言いたげな分を突かれたような顔を一瞬みせた。
クッキーと二人ぶんのお洒落なカップに丸いポットを両手で持っている。戸を足で閉め、透明なガラス製のちゃぶ台に置く。
「それ、あたしが三歳のときの七五三で森の泉神社っていう、今は壊された神社に行ったときの写真」
「そうか。ではなぜ、泣いているのだ?」
「うぅんと」
小難しい顔をし、お洒落なカップに紅茶を注ぐ。フルーティな甘い香りが鼻をくすぐった。
「なんか、あたしも記憶が曖昧で覚えてないの。因みに、その隣はみっちゃん」
「みっちゃん?」
「何度も顔見たでしょ? あのやたら乳でけえ子がみっちゃん」
栗色した茶髪はあの頃から今でも原型を留めているが、体は立派に成長している。そうか、この二人はこんな幼い頃から親友なんだ。
写真をずっと見つめているへべをよそに、あたしはクッキーに手をつけた。丸い一口サイズ。バターとチョコレートのクッキーだ。生地の甘い香りがこの部屋中に運び渡っている。
食い入るように写真を見るへべ。あたしはふと、写真を撮ったその頃の記憶を思い出す。
思えば、その頃から美穂と一緒で仲良しだったなぁ。美穂は最初赤面するほど人見知りで仲良くなる時大変だった。
それと、その頃から占い師としての母と力を快く思っていなかった。たぶん、その写真を撮った時だ。
記憶が今でも曖昧だけど、覚えてる記憶の欠片をパズルのピースのように繋ぎ合わせると浮かび上がってくる。
「早く入ればいいのに……むぐ!」
へべが呆気に横から喋る。あたしは急いでへべの口を塞いだ。ぷっくりとしたお団子のような唇だ。しぃ! と人差し指を唇の前に翳す。
「お母さんに見つかっちゃう!」
「良かろう」
「だめなの!」
自分の家の玄関の前でたじろくあたし。
第三者から見れば、玄関前で奇妙な行動を一人でとっているとしか思えない。
「朝、凄い喧嘩しちゃたの」
「謝ればいいさ。それに、玲奈の母だひと目見てみた…―危ない!」
あたしの不安を全く気にも留めず、へべは玄関の戸に手をかけた。それを見て、ついあたしはその戸を無造作にパタンと閉めた。
それで、へべは蛇に噛まれたように手を引っ込める。堂々した勝気な金色の瞳が一瞬、怒りを露わにしてる。
「喧嘩もそうだけど、お母さん、見えるの。へべみたいなの」
あたしは遠い記憶を掘り起こすようなしぶい声で言ってみせた。へべはへぇと目玉を押し上げ、もっと聞きたいという素振りを見せる。あたしは深呼吸を吸うように息を整えた。
「悪質なものの例は幽霊とか、依頼で成仏させたとか言ってたんだよな」
もはや、占い師ではなく霊媒師だ、とツッコミをいれたい。閉めた戸をまた恐る恐る開けてみた。パンドラの箱を開けるようにゆっくりと静かに。
外はまだ太陽がぬくぬくと暑さをともしているので、まだ明るい。それに比べて家の中は、森の洞窟のように暗い。
雑音紛れのテレビの音も、蛇口から零れた水の音も、微かな人の声も聞こえない。ただ、刻み刻みに動く時計の針の音だけがこだましていた。
「お母さん、いないのかな」
パンドラの中のものを見回したように恐る恐る入ってみた。室内の中が氷のようにひんやりとしているのは誰もいないのが察する。
「なんだ、いないのか」
「いないのか……」
切れるほど張り詰めていた緊張の糸が切れ、脱力するあたしと肩を竦め、落胆するへべ。
靴を脱ぎ、二階にあがる。へべはあたしの後ろで、くっついて来ている。
たいして、珍しくもない家の中をキョロキョロと忙しなく、見渡している。それはまるで、逆光にあびた海の光のように輝かしい眼差し。
二階に上がり、少し歩いた先にあたしの部屋がある。プラスチックがはった光沢ある扉。
戸を開け、へべを招き入れた。へべは初めて友達の家に招かれた子どものように立ち竦んでいる。
「何してんの。早く入って」
「……お、お邪魔します」
入学式で入場する人のように腕と足がぎこちない。
「そこらへんでくつろいでいいよ」
そう言って、あたしは昨日近所の人がくれた市販のクッキーと紅茶を取りに、下に向かう。
一人残ったへべは真ん中にあるちゃぶ台近くの、座席に座った。大きく息を吸う。部屋中には玲奈の香りが充満し、すんと吸うと心地よく鼻を伝う。
洗濯物の洗剤の香りと甘い香りだ。
白い壁に色鮮やかなカーテン。白色のふかふかの絨毯に子猫がデザインされた毛布。
白い壁には、数個ある額縁に写真が幾つも貼ってあった。どれの写真も玲奈が写っている。幼少期の文化祭で劇やっている写真やこれは、中学生だろうか。少しあどけない顔立ちと周りがみな、小柄な体格だったので中学生と判断する。
その写真の玲奈は赤いハチマキをオデコにまくり、笑顔でゴールしている。百m走かな。選抜戦かな。
どの写真も輝かしく人の道筋が濃ゆく表れている。
一枚一枚、写真に目を見上げるとふと、一枚の写真に気付いた。ベッドに枕元に置かれた写真。それは、明らかに何かが違った。
それは、玲奈が小学生にも満たない幼少期の写真。五、六人は写っている。これは集合写真か、家族写真かみな、赤い社を少し潜った所で笑顔でピースしたり笑ったりしている。
それなのに、玲奈は泣いたように目を赤らめ隣にいる茶髪の女の子の手をがっしりと握っている。
へべは写真を見たとたん、息をのんだ。心臓が急に停止したように息が止まる。
「何してんの?」
玲奈が戸の前で不審人物を見るかのように目を細めて訊ねてきた。
「あ、玲奈、この写真」
人差し指で指差すと、玲奈はあぁ、それ? と言いたげな分を突かれたような顔を一瞬みせた。
クッキーと二人ぶんのお洒落なカップに丸いポットを両手で持っている。戸を足で閉め、透明なガラス製のちゃぶ台に置く。
「それ、あたしが三歳のときの七五三で森の泉神社っていう、今は壊された神社に行ったときの写真」
「そうか。ではなぜ、泣いているのだ?」
「うぅんと」
小難しい顔をし、お洒落なカップに紅茶を注ぐ。フルーティな甘い香りが鼻をくすぐった。
「なんか、あたしも記憶が曖昧で覚えてないの。因みに、その隣はみっちゃん」
「みっちゃん?」
「何度も顔見たでしょ? あのやたら乳でけえ子がみっちゃん」
栗色した茶髪はあの頃から今でも原型を留めているが、体は立派に成長している。そうか、この二人はこんな幼い頃から親友なんだ。
写真をずっと見つめているへべをよそに、あたしはクッキーに手をつけた。丸い一口サイズ。バターとチョコレートのクッキーだ。生地の甘い香りがこの部屋中に運び渡っている。
食い入るように写真を見るへべ。あたしはふと、写真を撮ったその頃の記憶を思い出す。
思えば、その頃から美穂と一緒で仲良しだったなぁ。美穂は最初赤面するほど人見知りで仲良くなる時大変だった。
それと、その頃から占い師としての母と力を快く思っていなかった。たぶん、その写真を撮った時だ。
記憶が今でも曖昧だけど、覚えてる記憶の欠片をパズルのピースのように繋ぎ合わせると浮かび上がってくる。
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