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第一章 出会い
第6話 屋上
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聞かれても喋りたくない。絶対にこの口は割らないんだから!
「玲奈? 早く食べないと時間なくなるよ」
奈美がさり気なくお弁当箱を持っている腕を肩くらいにあげて言う。へべはヒョイとその隙に奈美のお弁当箱からなにかを奪いとった。それは、奈美の好物苺だった。
真っ赤に赤々しくなり、表面は粒がぎっしりと入っており、見るからに美味しそう。人差し指と親指で掴み、パクリと口に含んだ。
あたしは叫びそうになった。奈美は斜め向かいあっているので、はっきりとへべのした行動が見える。
「あれ、奈美の苺がないです!」
お弁当箱を見た奈美が目を驚かせ、半ば叫んだ。
「自分で食べたんじゃない?」
美穂がお弁当を片付け、冷静に言う。奈美は二つのくりくりした瞳を潤し、ぶんぶんと首を振った。
「食べてません。奈美、苺はいつも最後にとっておくのに。それがないんだよ」
「お、落としたんじゃない?」
あたしがそう言うと奈美は諦めが悪い子どものように首をぶんぶんと振る。たった一つの苺の在り処を何分も話すと、奈美は断念したように肩を竦め、苺を諦めた。
ふよふよと自由気ままに空中を泳ぎ、へべがあたしの頭上まで近寄った。
「奈美、困ってる。どうしよ」
「あの子は奈美と呼ぶのか」
目を二回ほどパチクリさせ、へべが関心ふうに奈美の頭のつむじから足のつま先まで見つめる。
次第に目尻を鋭くさせた。まるで、家に入ってきた全身黒づくめの泥棒を歪みあい逃さないよう。
「日本人ではないな」
「ハーフだよ。英国の。というか、さっきの!」
そう言うと聞く耳がないのか、ボソリと意味不明なことを語る。魂の加護を受けている、とか。
「さっきの苺、ゴミがくっついていたからな。食べてやったのだ」
ふふんと鼻をならし、また、腰に手をあて自慢げに胸をはった。またプルルンと二回ほど乳が揺れてる。
その大きさは美穂とどっこいどっこいだな。羨ましい。なんて勿体ない。
「あ、もうこんな時間。あと五分で予令なる! 教室戻らないと」
腕につけたドーナツの絵がデザインされた腕時計に目を配り、焦ったように立ち上がる。
奈美とあたしも急いで立ち上がり、胃に食べ物がある中、早足で屋上から出た。
そのさい、昼休み時間前に別れたしょんぼりとしたへべはそこにいなかった。クスリと、まるで、愛しい我が子を送り出すような眼差しで手のひらをひらひらと振る。
あたしは少し、嬉しくなり手のひらを小さく振ってみせた。
§
そして、あっという間に放課後。
先生が来ない自由気まま、学生しか味わえない有意義な時間だ。
教室から早足で帰る子やまだ、席について読書をしていたりする子、男子と輪になって屈託のないお喋りをする女子。
それらはなんの違和感もなく全く普通の光景である。
でも、あたしは違う。なんだか、奇妙な存在が見えるし、会話できる。みんなは見えないのに。
今日は隣の学校とテニスの練習試合がある。一人欠席者が現れたということで、急遽、美穂がその子の為、テニス部に向かった。
廊下ですれ違うさい、ラケット片手にごめんねと律儀に謝る。栗色の髪から覗く整った眉がハチの字に曲がっていた。
「いいよ。頑張って!」
「うん! 頑張ってくる!」
太陽のように眩しい笑顔で帰るあたしに手を振った。その背後には、美穂を待っていたテニス部の女子が数名いる。本当に、みんなからも支持されていてモテモテだなぁと痛感してしまった。
奈美はというと、週一に活動するオカルズが今日の為、一緒に帰れない。
奈美は今日のポルターガイストの謎と正体を突き止める、と意気込んでいたなぁ。
「帰りはいつも一人なのか?」
帰り道、見慣れた景色に安堵するあたしの横からへべが問いかけた。
また、自由気ままに浮いている。あたしの膝あたりから浮いていて、つむじまで見えるくらい距離が離れてる。
「今日は二人とも忙しいからね。今日はたまたまよ」
「そうなのか」
見慣れた景色にちょっと違う存在。
「ねぇ、もしあたしが跡取りか逃げるかの願いのうちどちらか一つ叶ったらへべはどうすんの?」
「消えるだけ」
絶句しかけたあたしはへべを見上げた。太陽が真上にあり、へべの金色の髪の毛がさらに濃ゆくまばゆい光が放っている。
唇をわなわなさせているあたしの反応を見て、へべは悪戯っ子に笑う。
確かに、へべは曲に踊るダンサーのように笑いかけてるが、瞳の中に桜の散り際が見えるのは気のせいだろうか。
「消えるって、どうして」
「神にとって祠は命。崇拝されない神などもうこの世にいてもいなくても別にいい。でも、最後に玲奈の願いだけは聞きたくてな」
へべは、闇のことなど恐れぬと勝気に喋る。
あたしの心は名前も分からない黒いモヤモヤに取り憑かれた。
それがどんどん大きくなり、肩が震え上がるほど真っ黒の渦がかき回す。
「この世にいてもいなくてもいい存在なんていないよ!」
声を張り上げ、へべに想いをぶちまけた。
今まで即決なく受け応えしていたのに、急に消える、とか言われたらそんなの寂しいじゃん。
「へべはこの世から消えたいの? 消えて嬉しい人はいない。絶対」
そう強く言い切ってみせたあと、へべは解けた糸のようにヘニャと笑った。
目袋にはうっすらと涙が溜まっている。
「玲奈? 早く食べないと時間なくなるよ」
奈美がさり気なくお弁当箱を持っている腕を肩くらいにあげて言う。へべはヒョイとその隙に奈美のお弁当箱からなにかを奪いとった。それは、奈美の好物苺だった。
真っ赤に赤々しくなり、表面は粒がぎっしりと入っており、見るからに美味しそう。人差し指と親指で掴み、パクリと口に含んだ。
あたしは叫びそうになった。奈美は斜め向かいあっているので、はっきりとへべのした行動が見える。
「あれ、奈美の苺がないです!」
お弁当箱を見た奈美が目を驚かせ、半ば叫んだ。
「自分で食べたんじゃない?」
美穂がお弁当を片付け、冷静に言う。奈美は二つのくりくりした瞳を潤し、ぶんぶんと首を振った。
「食べてません。奈美、苺はいつも最後にとっておくのに。それがないんだよ」
「お、落としたんじゃない?」
あたしがそう言うと奈美は諦めが悪い子どものように首をぶんぶんと振る。たった一つの苺の在り処を何分も話すと、奈美は断念したように肩を竦め、苺を諦めた。
ふよふよと自由気ままに空中を泳ぎ、へべがあたしの頭上まで近寄った。
「奈美、困ってる。どうしよ」
「あの子は奈美と呼ぶのか」
目を二回ほどパチクリさせ、へべが関心ふうに奈美の頭のつむじから足のつま先まで見つめる。
次第に目尻を鋭くさせた。まるで、家に入ってきた全身黒づくめの泥棒を歪みあい逃さないよう。
「日本人ではないな」
「ハーフだよ。英国の。というか、さっきの!」
そう言うと聞く耳がないのか、ボソリと意味不明なことを語る。魂の加護を受けている、とか。
「さっきの苺、ゴミがくっついていたからな。食べてやったのだ」
ふふんと鼻をならし、また、腰に手をあて自慢げに胸をはった。またプルルンと二回ほど乳が揺れてる。
その大きさは美穂とどっこいどっこいだな。羨ましい。なんて勿体ない。
「あ、もうこんな時間。あと五分で予令なる! 教室戻らないと」
腕につけたドーナツの絵がデザインされた腕時計に目を配り、焦ったように立ち上がる。
奈美とあたしも急いで立ち上がり、胃に食べ物がある中、早足で屋上から出た。
そのさい、昼休み時間前に別れたしょんぼりとしたへべはそこにいなかった。クスリと、まるで、愛しい我が子を送り出すような眼差しで手のひらをひらひらと振る。
あたしは少し、嬉しくなり手のひらを小さく振ってみせた。
§
そして、あっという間に放課後。
先生が来ない自由気まま、学生しか味わえない有意義な時間だ。
教室から早足で帰る子やまだ、席について読書をしていたりする子、男子と輪になって屈託のないお喋りをする女子。
それらはなんの違和感もなく全く普通の光景である。
でも、あたしは違う。なんだか、奇妙な存在が見えるし、会話できる。みんなは見えないのに。
今日は隣の学校とテニスの練習試合がある。一人欠席者が現れたということで、急遽、美穂がその子の為、テニス部に向かった。
廊下ですれ違うさい、ラケット片手にごめんねと律儀に謝る。栗色の髪から覗く整った眉がハチの字に曲がっていた。
「いいよ。頑張って!」
「うん! 頑張ってくる!」
太陽のように眩しい笑顔で帰るあたしに手を振った。その背後には、美穂を待っていたテニス部の女子が数名いる。本当に、みんなからも支持されていてモテモテだなぁと痛感してしまった。
奈美はというと、週一に活動するオカルズが今日の為、一緒に帰れない。
奈美は今日のポルターガイストの謎と正体を突き止める、と意気込んでいたなぁ。
「帰りはいつも一人なのか?」
帰り道、見慣れた景色に安堵するあたしの横からへべが問いかけた。
また、自由気ままに浮いている。あたしの膝あたりから浮いていて、つむじまで見えるくらい距離が離れてる。
「今日は二人とも忙しいからね。今日はたまたまよ」
「そうなのか」
見慣れた景色にちょっと違う存在。
「ねぇ、もしあたしが跡取りか逃げるかの願いのうちどちらか一つ叶ったらへべはどうすんの?」
「消えるだけ」
絶句しかけたあたしはへべを見上げた。太陽が真上にあり、へべの金色の髪の毛がさらに濃ゆくまばゆい光が放っている。
唇をわなわなさせているあたしの反応を見て、へべは悪戯っ子に笑う。
確かに、へべは曲に踊るダンサーのように笑いかけてるが、瞳の中に桜の散り際が見えるのは気のせいだろうか。
「消えるって、どうして」
「神にとって祠は命。崇拝されない神などもうこの世にいてもいなくても別にいい。でも、最後に玲奈の願いだけは聞きたくてな」
へべは、闇のことなど恐れぬと勝気に喋る。
あたしの心は名前も分からない黒いモヤモヤに取り憑かれた。
それがどんどん大きくなり、肩が震え上がるほど真っ黒の渦がかき回す。
「この世にいてもいなくてもいい存在なんていないよ!」
声を張り上げ、へべに想いをぶちまけた。
今まで即決なく受け応えしていたのに、急に消える、とか言われたらそんなの寂しいじゃん。
「へべはこの世から消えたいの? 消えて嬉しい人はいない。絶対」
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目袋にはうっすらと涙が溜まっている。
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