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第一章 出会い
第4話 暴走
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教室中は誰も演奏していないピアノへと注目している。先生はずっと教壇の上で黒板にスラスラ音階や訳のわからないのを読みやすく書いていた。
ピアノは教室の一番後ろに配置し、誰かを待っていたように蓋が開いている。
あたしたちは教室の前部分を覆うように机と椅子をくっつけている。だから、誰もピアノなんかに近づいてないし、演奏していない。
じゃあ、一体誰が…――。
「いやああああああ!」
教室が甲高い悲鳴に渦巻いた。先生とクラスメイトたちの聞いたこともない悲痛な叫び。普段はオペラや演奏曲を唱っている部屋がこの日は悲鳴に変わった。
あたしは固まった。幽霊的な存在をつい認めてしまったからじゃない。ピアノを演奏していたのは、ヘベだったからだ。
なんで、なんでこんなとこにいんの!? 大人しく屋上にいろ、って言ったのにっ!!
「ついに、ついに! 奈美たちの前に怪奇現象が!」
胸の前に手を合わせ、恍惚した表情で奈美が笑った。薄気味悪い笑み。こんな状況で笑っているのは奈美ぐらいだ。
「他の先生たちを呼びにいこう……!」
「さきにこの子を保健室に! 倒れてる!」
「こっちも倒れてるよ!」
透明な涙を流している子や、机の下に隠れて何度もごめんなさいごめんなさいと、謝礼している子など。先生はというと、呆然と突っ立っていた。もはや、教室中はパニック状態。
誰かが宥めても効力は効かなさそうだ。
あたしはヘベを睨んだ。クラスメイトをパニックに陥った元区を猛獣のような目つきで睨む。
ヘベはというと、遠くの思い出を懐かしむように楽しげにピアノを演奏している。
あたしはピアノを演奏しているのはヘベだと分かっているのに、みんなはヘベの存在が見えない。幽霊と同じ。姿影も全く見えない透明人間がいきなり演奏すると、そりゃあ、こんなパニック状態になるわな。
「みんな、落ち着いてっ!!」
美穂が声を荒げた。クラスの中心核でも声は届かない。
あたしは慌てて、ヘベの演奏を止めた。すると、ヘベは事の重大を知ったのか、演奏する手を止めた。
「もう! なにやってんの!?」
「ちょっと、玲奈のいる場所にいたくってな」
何気ない表情でヘベは言うと、次にすまぬと言った。肩をしょんぼりと下ろし、捨てられた犬のような眼差しであたしを見る。
だから、あたしはそういう目が嫌なんだって!
そのあと、呼んできた先生たちが倒れた子を運び、授業はそれだけで終わった。
「もう、散々……」
次の授業が始まるまでの休み時間、あたし屋上で大きなため息をついた。その横でへべはしょんぼりと肩を竦んでいる。
本当は怒鳴ってやりたいところをおさえ、優しい言葉を探った。
「分かったから、学校終わるまでおとなしくね」
なるべく柔らかい口調でそう言った。そう言うと、へべは申し訳ないような不安な顔つきになった。
すると、屋上の分厚い鉄製の扉が軋む音がした。キィと動物が怯んだ音色と同じ。
思わず、振り向くと屋上の扉前には美穂がいた。一瞬、一人で喋っていたのを目撃されたのかと思った。冷や汗粒が額からでてきた。
ドキドキと心臓が圧迫する中、美穂はそんな心境全く知らなさそうにニコッと笑った。
「れっちゃん、次の授業移動になったよ」
胸の中で抱えている教科書の量が二人ぶん。あたしのぶんまで持ってきてくれたんだ。
「ありがとう。今行く」
美穂のところへと駆け寄り、いつもの表情で教科書を受け取った。
恐る恐る美穂の顔を覗くと、今さっき一人で喋っていたのは目撃していなさそうだ。証拠に、純粋で大きな黒い瞳が濁っていなかったのが証拠だ。
この世の裏社会というのを知らなさそうな無垢な笑顔を向けてくる。
「もう大変だったよね。まだ経っていないのに学校中に知れ渡っているよ」
「……へぇ、そうなんだ」
チラリとへべのほうを振り向いた。
へべはというと、置いてけぼりにされた子どものような眼差しであたしを見つめている。
美穂に見れないようにサインを送った。人差し指をたて下に向ける。まるで〝ここにいろ〟と。
サインが分かったらしく、へべはゆっくりと首を縦に振る。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない! 行こっ!」
急かすように美穂の背中を押しながら、屋上の扉へと向かった。そのさい、へべの顔色はどこか、不安そうな顔つきをしていた。
バタンと荒々しい強い音で扉が閉まる。この世から存在を消されたような扉の閉め方だ。
屋上でただ残ったへべは建物から死角となる影へと入った。
一年も掃除していない薄汚い白いコンクリートに腰をおろす。
玲奈がしていたように深いため息をついた。足の膝を支えに手の甲で頬杖をついた。へべから直線的に見れる景色は学校の校舎。
もう少しで授業が始まるというのに、廊下には複数の生徒たちが出歩いていた。
「ふん……」
怒りが混じった息をこぼす。
ピアノは教室の一番後ろに配置し、誰かを待っていたように蓋が開いている。
あたしたちは教室の前部分を覆うように机と椅子をくっつけている。だから、誰もピアノなんかに近づいてないし、演奏していない。
じゃあ、一体誰が…――。
「いやああああああ!」
教室が甲高い悲鳴に渦巻いた。先生とクラスメイトたちの聞いたこともない悲痛な叫び。普段はオペラや演奏曲を唱っている部屋がこの日は悲鳴に変わった。
あたしは固まった。幽霊的な存在をつい認めてしまったからじゃない。ピアノを演奏していたのは、ヘベだったからだ。
なんで、なんでこんなとこにいんの!? 大人しく屋上にいろ、って言ったのにっ!!
「ついに、ついに! 奈美たちの前に怪奇現象が!」
胸の前に手を合わせ、恍惚した表情で奈美が笑った。薄気味悪い笑み。こんな状況で笑っているのは奈美ぐらいだ。
「他の先生たちを呼びにいこう……!」
「さきにこの子を保健室に! 倒れてる!」
「こっちも倒れてるよ!」
透明な涙を流している子や、机の下に隠れて何度もごめんなさいごめんなさいと、謝礼している子など。先生はというと、呆然と突っ立っていた。もはや、教室中はパニック状態。
誰かが宥めても効力は効かなさそうだ。
あたしはヘベを睨んだ。クラスメイトをパニックに陥った元区を猛獣のような目つきで睨む。
ヘベはというと、遠くの思い出を懐かしむように楽しげにピアノを演奏している。
あたしはピアノを演奏しているのはヘベだと分かっているのに、みんなはヘベの存在が見えない。幽霊と同じ。姿影も全く見えない透明人間がいきなり演奏すると、そりゃあ、こんなパニック状態になるわな。
「みんな、落ち着いてっ!!」
美穂が声を荒げた。クラスの中心核でも声は届かない。
あたしは慌てて、ヘベの演奏を止めた。すると、ヘベは事の重大を知ったのか、演奏する手を止めた。
「もう! なにやってんの!?」
「ちょっと、玲奈のいる場所にいたくってな」
何気ない表情でヘベは言うと、次にすまぬと言った。肩をしょんぼりと下ろし、捨てられた犬のような眼差しであたしを見る。
だから、あたしはそういう目が嫌なんだって!
そのあと、呼んできた先生たちが倒れた子を運び、授業はそれだけで終わった。
「もう、散々……」
次の授業が始まるまでの休み時間、あたし屋上で大きなため息をついた。その横でへべはしょんぼりと肩を竦んでいる。
本当は怒鳴ってやりたいところをおさえ、優しい言葉を探った。
「分かったから、学校終わるまでおとなしくね」
なるべく柔らかい口調でそう言った。そう言うと、へべは申し訳ないような不安な顔つきになった。
すると、屋上の分厚い鉄製の扉が軋む音がした。キィと動物が怯んだ音色と同じ。
思わず、振り向くと屋上の扉前には美穂がいた。一瞬、一人で喋っていたのを目撃されたのかと思った。冷や汗粒が額からでてきた。
ドキドキと心臓が圧迫する中、美穂はそんな心境全く知らなさそうにニコッと笑った。
「れっちゃん、次の授業移動になったよ」
胸の中で抱えている教科書の量が二人ぶん。あたしのぶんまで持ってきてくれたんだ。
「ありがとう。今行く」
美穂のところへと駆け寄り、いつもの表情で教科書を受け取った。
恐る恐る美穂の顔を覗くと、今さっき一人で喋っていたのは目撃していなさそうだ。証拠に、純粋で大きな黒い瞳が濁っていなかったのが証拠だ。
この世の裏社会というのを知らなさそうな無垢な笑顔を向けてくる。
「もう大変だったよね。まだ経っていないのに学校中に知れ渡っているよ」
「……へぇ、そうなんだ」
チラリとへべのほうを振り向いた。
へべはというと、置いてけぼりにされた子どものような眼差しであたしを見つめている。
美穂に見れないようにサインを送った。人差し指をたて下に向ける。まるで〝ここにいろ〟と。
サインが分かったらしく、へべはゆっくりと首を縦に振る。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない! 行こっ!」
急かすように美穂の背中を押しながら、屋上の扉へと向かった。そのさい、へべの顔色はどこか、不安そうな顔つきをしていた。
バタンと荒々しい強い音で扉が閉まる。この世から存在を消されたような扉の閉め方だ。
屋上でただ残ったへべは建物から死角となる影へと入った。
一年も掃除していない薄汚い白いコンクリートに腰をおろす。
玲奈がしていたように深いため息をついた。足の膝を支えに手の甲で頬杖をついた。へべから直線的に見れる景色は学校の校舎。
もう少しで授業が始まるというのに、廊下には複数の生徒たちが出歩いていた。
「ふん……」
怒りが混じった息をこぼす。
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