約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅶ 自由 

第49話 不穏

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 凍える冬の夜の水の中は冷たい。全身から悲鳴があがった。僕がやれないことに二人は激昂し、池の中に突き落とした。割と深い。顔を上げるたびに足で顔面を蹴られ、もう一度水面に潜る。その際に鼻に水が入ってしかも、冷水のように冷たく、パニック状態。
「どうして! 助けるって言ったくせに! この大嘘つき‼」
「うぉ、うぇっ!」
 顔面を蹴られても寒さと冷水のせいでその痛苦が感じられない。鳳華姐さんの罵倒は時折潜っているせいで聞こえないが、その声が聞いたことない悪魔のような唸り声。
「自由にさせてよ! 好きに生きたいのに! 生まれた場所が悪かった、その最初で運命が決まるなんてあんまりじゃない!」
 鳳華姐さんは拳銃を取り出してバンバン撃ってきた。肩に貫通。ぶわりと血が池の中に広がった。撃たれた。痛い。その前に寒さのほうが倍増してて痛覚は最初だけで、あとは体が意思と反対に沈んでいく。
「お姉ちゃん!」
 苗化ちゃんが顔を青くさせて銃を持つ腕にしがみついた。池の水が真っ赤に染まったのを見てその時ようやく、〝やってしまった事〟を自覚した。銃をぽろりと落とし、その場から立ち去る。僕は冷たい水の中。

 もう自力で這い上がることできない。意識と体がだんだん、沈んでいく。そのまま、暗く冷たい場所に突き通された――。


§


 ふっと目が覚めると真っ白い天井に真っ白いカーテンが目に入り、意識が曖昧でふわふわしている。ここは、何処だ。体を起こそうと力を入れるも下半身が動かない。どうして……。トントンと記憶が蘇ってきた。まさか、撃たれて死んだのか。
 濡れていないし、肩は何もない。僕は慌ててようやく戻ってきた本来の力を行使し、上体を起き上がる。すると、僕の足元に太陽とせいらが眠っていたため起き上がれなかったのだ。
「何だ良かった……」
 ほっと胸を撫で下ろした瞬間、ガシャンと床に叩きつける音が。驚いて振り向くと扉付近に嵐が立っていた。その床面はお盆と水がひっくり返って水溜りになって、硝子などが散らばっていた。
「おま、お前……」
 嵐は愕然とし立ち尽くしていた。
「あ、おはよう?」
「おはようじゃねぇよぉぉぉ‼」
 嵐は目をうるうるさせながらガシと抱きついた。良かった、良かったと大声で。その声に足元で寝ていた二人が目を覚めた。二人とも同じように抱きついてきた。

 僕は千年後から帰ってきたとき意識昏倒だった。過去の世界で傷ついた箇所は帰ってきたとき反動する。それ故後遺症などない。けど二日間眠っていた。そりゃ死んだように。
「迷惑かけてごめん」
「なんで謝るんだよぉぉぉぉ‼」
 嵐は僕の骨をキシキシいわせるほど抱きついた。痛い。
「良かった。あのまま目が覚めないのかと……ねぇ、今まで私たちに黙ってタイムマシンに乗ってたの?」
 せいらは険しい顔をさせた。全て太陽に聞かされた上で僕にまた聞く。すぐに否定しなかったのでせいらと嵐は、大きくため息ついた。
「二人とも、黙ってたのは悪かった。その、二人にも打ち明けようとしたんだ。でも時間がなくて」
「黙ってたこととか、それで怒ってんじゃねぇよ。オレたちはな、お前自身の力になれなかったことに怒ってんだよ」
 嵐は目元を荒々しく袖で拭った。 
 その続きをせいらが言った。
「みんな、頼りにしてほしいの。力不足ならそう言ってほしい。でも裏でコソコソされて力にもなれないなんて、悲しいよ」
 せいらは目をうるうるさせてまた泣き出した。太陽がその背をポンポンと優しくなでた。僕は再びごめん、と呟く。今度からみんなに頼るよ。これは約束だ。



 そうして、タイムマシンに乗るのは三回目がきた。今回はせいらと嵐がいる。二回目の時のような死に方はごめんだ。今回は装備を持っていくことにしよう。みんなも協力していざ、千年後へ――。




 何度死んでも自分たちの前に現れる僕を彼女たちは怯み、この世の化物でも見る眼差しを向けられた。そりゃそうだろうな。
「あのとき、遺体だって回収したのに! どうして⁉」
 鳳華姐さんは顔を青ざめた。
「それは、その……僕は、死なない正義のヒーロー! 不死鳥なんだ!」
 言ったあとの祭り。周りはポカンとし、四人の二つの目が点になっている。しまった。盛大に恥ずかしい。かぁと火の手があがった。きっと顔中真っ赤だ。沈黙が流れた。冷たい空気だ。
「ぷぷ」
 沈黙を破ったのは苗化ちゃんだ。腹を抑えて笑っている。苗化ちゃんが笑うとこの場は少しずつ変化していく。鳳華姐さんは苗化ちゃんの手を取ってこの場から離れた。そして、明保野さんは携帯の着信が入ってそれを受け取ると慌てて去った。いつもはその背をついていくはずの久乃さんが僕と残ることに。
「えと、久乃さんにとって自由て何かな?」
 そう聞くと久乃さんは暗い顔をさらに暗くさせた。
「分からない。ただ、ぼのちゃんだけがいればいい」
「だったらさ……幸せになろう」
「は?」
 まずひとりひとりの心を変えないといけない。絶望から希望へ。この一手を一人ずつ。久乃さんは顔を上げて眉間にシワを寄せた。
「あいつが詐欺で捕まった。ただ義父なだけで世間からバッシング、親戚も頼るところもないのにどうやって幸せになれんの⁉ ほんとに、何も知らないくせに!」
 久乃さんは立ち去っていった。
 また余計な1言言ったのだろうか。いいや、ここで一人変えないと。タイムスリップするのはあと一回なのだから。

§


 歌舞伎町という大都市で明保野さんの姿を見つけた。これからバイトらしい。胸元を広く開け赤いドレスを身に纏ってまさか、そのかっこうで客の前に見せれるか。服を引き裂いてやりたい。
 明保野さんはこれからバイトだっていうのに、人気のない路地裏に連れ込まれて心底迷惑な顔している。
「何? これから忙しいんだけど」
「だめだ。そんな破廉恥なかっこう、もしみんなが見たらみんな、明保野さんに目が釘付けだ」
「童貞かよ。こんなの、全然破廉恥じゃない。ママはもっと、露出してんだから。それより、何? そんな顔して話があるからこんな場所に連れ出したんでしょ?」
 明保野さんはする、と僕の首に手を回してきた。あ、いい匂い。するりと足の間に足が入ってグリ、と股間を刺激する。あぐ、と情けない声が出そうになった。こんな技、一体どこで、いや落ち着け僕、落ち着くんだ息子よ。僕は明保野さんから離れて早速本題に入った。
「明保野さんにとって、自由て何?」
 これを聞くのはドキドキした。
 〝自由〟という言葉は彼女から始まった。いわば今聞けば〝自由〟と返答が返ってくる。終着点が見つかる。彼女はキョトンとした感じで僕の顔をまじまじ見た。
「自由かぁ。わたしがわたしらしく? 金もあって家もあって、友達もいて着る服や欲しいものも買えてー、終われ身じゃない。わたしが選びたいものを選択できる。それが自由じゃないかな?」
 明保野さんは首を傾げながら悩ましげに答えた。それすなわち僕が追い求めた答えだ。
「明保野さん、自由になろう」
 僕は肩に手を置いた。
「はぁ?」
 明保野さんは怪訝な表情。僕はそんな彼女を無視して手を取り路地裏をあとにした。彼女は驚いて手を振りほどこうとするもそんなことさせない。


 答えが見つかった。
 なら、四人の自由がこれなんだ。明保野さんの携帯を借りて四人を集結。時刻は深夜。蜜鞘家は難しいかもしれないが、脱出するためなら僕が協力する。
 亡霊が呼び出したなら、蜜鞘姉妹は来ないかもしれない。ならば、近づくまでよ。
「あんたの行動、時々怖すぎる」
 久乃さんが慄いた。
「でもそんな行動、鳥籠から連れ出してくれる王子様みたいで好きだよ」
 明保野さんはクスクス笑った。王子様と言われるとなんだか照れるな。顔を赤らめると久乃さんに睨まれた。私のぼのちゃん取らないでと。
「やっぱりだめだ。既読無視してる。家にいっても警備が手薄とは思えない。脱出経路があったとしてもあの子たち、自分たちから来ようとしない」
 明保野さんは携帯を眺め、重たいため息ついた。白い息が煙のように出た。
「あの2人はおいて行こう」
「だめ」
「だめだ」
 久乃さんが明保野さんの手を取るなり、僕がもう片方の腕を取る。明保野さんにも拒否られて久乃さんは肩をすくめる。と同時に何触ってんだよとも睨まれる。
「久乃さんも考えてほしいんだ。自分にとって自由とは」
「哲学でも始めたの? そんなの、ぼのちゃんが隣にいてくれるだけで他の束縛なんて軽いもの。私からぼのちゃんを奪われたら、それこそ滅亡だわ」
「わたしもクノちゃんいなくなったら寂しいな」
 明保野さんは久乃さんの手を取り、久乃さんはその手の指を絡める。2人は本当に強い何かで結ばれている。
「だったら、もう答えなんてわかってるはずだ。義父を殺してしまったら、一生明保野さんには会えないかもしれない。そんな願いより、君は君自身の幸せのために身を置くべきだ」
 久乃さんの瞳は初めてうるうるさせて、何かを確固した強い表情になった。 
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