約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅵ 守人の事実 

第40話 守人

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 この子が西の守人。
 王様と同じ、まだランドセルを背負う10歳くらいに見える。それは外見の話で内の方は割としっかりしてて高慢。
 動物だと言われて、門が開閉されたと同時に僕と嵐に首輪をつけた。硬くて爪で抵抗するとさらに首が絞まって思わず嘔吐いた。嵐が文句を言っても聞かない。そのまま橋を通り過ぎ街まで歩いていく。首輪を繋がれたまま街中を歩かされるのか、ズシンとショックを抱く。足が重くなり立ち止まりそうになるとグイ、とまるで本当に犬のように引っ張られる。
 太陽も元十二安平だったとてしも、守人相手に苦言は言えない。僕らの後ろをついて歩く。

 守人は堂々とした歩きだ。
 下駄でパカパカ音を立て、力強く大地を蹴り周りの目など気にしない前だけ歩き続けるその姿はその歳で、最早完璧としか言えない。
 街中は北区と同じでロボットが巡回している。でもその街並みはかなり古風。北区も南区もどこか西洋ぽい所あったのに対し、西区は東洋のような街並みだ。
 田んぼや畑があって、大きな水車がグルグルと回って透明な水を田んぼへと伝っている。土手には魚が泳いでいた。
 それを小さな子どもたちが黄色い歓声をあげて釣っては楽しんでいた。


 少し、かなり、思っていた場所と違う。
 ここはまるで、地球を思い出す。故郷であるあの場所ももう荒れ地だったが、それでも、田んぼや畑があった。魚は見たことなかったが図鑑で見たことがある。
 故郷のことを思い出しているといきなり守人が立ち止まった。前を見ると古風な場所にも関わらずその建物は高く、二階建ての宮殿だった。守人はスタスタと戸を開け、僕らを敷居に招いてくれた。正確には招いていただいたに近い。
 宮殿内はこれまた同じ構造だ。赤い絨毯。廊下が長く、白い白装束の女の人たちが行き交っていた。守人が帰ってくるや、次々と「おかえりなさい」と言われてくる。
 その声がやがて止まるまで待つと、守人が口を開いた。
「北から来た奴ら、風呂でも食事でもおもてなししてやって」
 彼女はそう告げるや、ぽいとあっさり持っていた紐を捨てた。太陽がササッと来て首を絞めているコードを何かの操作で外してくれた。
 はーはー、と大きく息が吸える。こんなに空気が美味しかったなんて。大粒の汗が額を濡らしてツゥと頬を伝った。
 息を整えると、白装束の人たちが僕たちにおもてなしをしてくれた。美味しいご飯だったり、露天風呂、マッサージまで。

 旅の疲れに癒やされる。
 そのままぐっすり熟睡…………。

 してる場合じゃない。布団の上に転がるとマッサージされた余韻でついウトウトしてしまったが、ここに来た真の目的を見失うな。嵐は既にいびきをかいて寝ていた。既に手遅れ。ならば、太陽も。
 顔を上げるとウトウトと船を漕いでいた。睡眠の邪魔をしたくないが、太陽が一緒なら心強い。彼の肩を揺さぶった。
「起きて、太陽、太陽」
 揺さぶってみて、眉がピクピク動いた。重たい瞼を細めで起き、ぎろりと睨まれた。目をこすって上体を起き上がらせた。じっと僕を見る瞳はまだ、夢の世界にまだ引きずってて意識が曖昧。
 やがて、意識が覚醒した。
「ごめん。寝てた」
「うん。寝てたね」
 太陽はいそいそと寝巻きからいつもの服を着た。嵐をそのままにし、僕らは守人のいる部屋へと向かった。敷居は広い。廊下には白装束たちが何人もいる。聞けば教えてくれるだろうか。
 だめだな。守人と話すときはあの白装束の人たちがまず言伝する。守人の部屋を教えてくれと訊ねれば、絶対についてくる。
「ん。待てよ、でも守人が外にいるとき誰も付いてなかった」 
 僕がおもむろに口にすると、太陽はすでに行動に移していた。一人になった女の人に声をかけて紳士的な笑顔で接している。  
 やがて一礼すると帰ってきた。
「聞いてきた。ここから廊下をまっすぐ歩いて、右に曲がり、また真っ直ぐ行って鳥居を潜ると守人の場所だって」
 太陽は満足したように聞いてきた。コミュ力高いなぁ。あんな紳士的な笑顔見たの初めてだ。まだまだ知らない太陽の顔があってゾッとする。太陽のおかげで守人の居場所がわかった。長い廊下を歩く。途中、白装束の人たちとすれ違うが、どこに向かうのか何をするのか、追及されてこなかった。南区より割と自由だな。

 曲がり角を右に曲がり、再び長い廊下を歩いた時、赤い鳥居が見えた。壁に赤い社の柱が立っていて天井が低い。背中を丸めて潜らないといけないようだ。廊下にまたどうして鳥居があるのか不思議だ。
 鳥居を潜ると襖に閉じられた部屋が。コンコンとノックした。僕らの胸は高揚と不安と緊張が高まる。「入れ」という声を聞いて僕らは襖の部屋を左右に開いた。

 部屋は大きなぬいぐるみや可愛い小物、壁や照明やらピンクで可愛らしい女の子の部屋だ。部屋を一瞥して口をあんぐりしていると太陽が足を踏み入れた。僕も慌ててその後を追う。守人はピンクの化粧台の上に座って化粧していた。
 早く入れよ、とぎろりと睨まれた。僕らは部屋に入り、どこに座ろうか迷っていると、再び睨まれた。結局角のほうで座る。沈黙だ。入ってきて一言も喋らない。致し方なく正座しているからこれがまるで、叱りを受けにきた雰囲気だ。
 喋ってはいけない暗黙のルールがあるかのように部屋は静かだ。彼女の作業が終わるまで続くのだろうか。

 しかしその沈黙はパチンとシャボン玉が弾けるようにして終わった。沈黙を破ったのは西の守人だった。
「あんたら、東から帰ってきたんだって? 聞きたいことがあるからここに来たんでしょ? 黙ってないでちゃちゃっと本題入りなさいよ」
 あーもうつけまつ毛がつけらんない、とぶつぶつ言って視線は鏡に向けて、僕らの方を一切見向きもしない。
「俺たちエデンの民でも中々守人様の姿を拝借できない理由は同じ顔で生まれ変わるから、なぜ、死んでも生き返るのか。そしてエデンには先住民が住んでいた過去の歴史もない。知られたくないから隠蔽した。エデンの本当の歴史を俺たちは知りたい。何故……――」
「あぁもう分かった分かった。何故何故煩いわね」
 ピンクの口紅をつけてプルンとさせた。
 出来上がった自分の顔を見て「上出来」と満足げに笑う。つけまつ毛とアイシャドウもして口紅までテッカテカ。

 容姿は子供なのにまるで大人の雰囲気だ。はあぁと大きなため息ついて、守人は化粧台から立ち上がりスタスタとピンクのベットに座った。ギシ、と床が軋んで彼女の体が二度三度揺れる。
「はあぁ、一々答えるのも面倒くさい話ね。あんたら……〝パンドラの箱〟て知っている?」
 僕らは聞かれたことに「はい」と答える間にも守人は先に口を開いた。というより遮った。
「かつて神が人間に〝絶対に開けちゃいけない箱〟を持たせた。神も罪よね。開けちゃいけないものを持たせるなんて、そんなの開けてくださいていってるようなもんじゃん。んで、持たせた人間は好奇心でその箱を開けるとその箱の中身からこの世のありとあらゆる災いが飛び出した。かつてあたしたちの故郷は〝地球〟だった。けど、その地球に災いをもたらせ、その箱を開けたのが守人。あたしたち4人」
 西の守人は奥の部屋に行き、僕らも後を追う。


 奥の部屋に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。高い天井にまで届くほどの本棚と数え切れない程の書籍が詰まっていた。守人が靴底を鳴らすと、やまびこのように響く。
「守人はね、災いをもたらせ腐らせたことにより天により呪いをかけられた。それによって同じ顔、同じ運命を辿る。ここは、何代もかつてのあたしが記録したエデンと地球の歴史の書物みたいなところ。エデンの本当の歴史を知りたい? 笑わせんな。エデンの歴史なんて地球と比べたら薄っぺらい」
 彼女は一冊の分厚い本を本棚から取った。それがエデンの歴史なのか、彼女は椅子に腰掛けてパラパラめくった。
「かつてここに住んでいた先住民は平和的だった。だが人間はここに住む為、彼等の住処、土地、挙句の果には子供も殺した。残虐非道な戦争、科学実験、それから先住民は東に逃げエデンが成り立った。南の王様はその事を知らない。南の守人が教えていないんだろうね。一体何代から教えてないのか、全く。ま。多分優しさなんだろうけど。隠蔽だって言うけどそれ南に言ってくんない? 南が言ってないから空白の歴史があるの」
 彼女はパタンと本を閉じ、元の場所に戻した。
「ここ、凄い」
 太陽が書物を触ろうと手を伸ばした瞬間彼女の目が細くなった。
「触んないで!」
 金切りのような声が響き、太陽も僕も石のように固まった。彼女はくそ、と言いながら椅子から立ち上がった。
「触んなって言ったら触んな! あともういいだろ。知りたいことこれでもかって話したし。ないでしょ?」
 彼女は僕らを置いて、元来た道を戻っていく。僕は「ちょっと待った!」をかけた。
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