約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅴ 東の地 

第37話 射殺

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 守人が倒れた。血に吸い込むようにしてバタンと倒れ、ツゥと赤黒い水溜りが中心に広がる。
「え?」
 突然のことに頭が追いつけない。状況の整理に体が強ばる。足が地にくっついて膝ががくがく震える。目の前がぐるぐると渦巻いた。血の香りと人が倒れている景色、空気、全て鈍器に殴られたようにガンガン頭を狂わす。肩を叩かれて意識がはっとした。
「おいっ! おいって‼」
 良太と太陽が駆け寄って声を掛ける。太陽が懐からタオルを取り出し出血してる箇所に強く当てる。
「出血が酷い。なんで、こんな、嵐っ‼」
 倒れている守人の横を通り過ぎ、嵐が外に出ていった。
「さっき撃ったやつ出てこい! 名乗れや‼」 
「嵐っ‼」
「あんのばか……」
 カッとなっている嵐を僕が呼び止め、家屋に引っ張り戻した。あんな場所にいたら撃ってくださいって、言っているようなもんじゃん。危ない。
「包帯、ガーゼ……あぁ、船の中だ」
 太陽が頭が抱えた。タオルや巫女服は真っ赤な血に染め、太陽の手も血に染まっていた。血の香りが強く、頭が鈍器に殴られたように痛い。

 とりあえず、倒れた守人を奥の部屋へ。血が留まりなく出ている。心臓の脈は小さく、どんどん薄れていく。出血を抑えるためタオルを体に巻いて変わる変わる心臓マッサージを何度もかけた。
 それでも守人は死んでいるかのようにピクリとも動かない。動いてくれ、頼むから。


 アハハハハハ

「笑い声」
 四人全員聞こえた。しかも近くで。甲高い女の子の声。今度は話し声だ。『撃たれた』『酷いねぇ』『始末したよ』とおじいちゃんおばあちゃん、男性の声。耳にまとわりつく嫌な声だ。これは外から聞こえているのか、風によって何かが摩擦した物音じゃないと流石にわかる。
 誰かがいる。
 僕たち以外にこの島に。先住民だ。前よりもっと話し声が鮮明に聞こえる。他愛もない話だ。人が来たとか、海の話とか、そんな。 
「誰かいるのか?」
 降り注いでくる話し声に我慢出来ることもなく太陽が訊いた。話し声を中断させるかのように大声で。『聞こえた?』『そりゃそうさ、あの子が死ぬんだから』『丸聞こえか、恥ずかしいな』などと声が。こちらの声にも答えるし、僕らもこの声が届く、そして意思伝達が見事にできた。

 僕らはもう驚き過ぎて何処からツッコめばいいのかわからない。話を持ちかけたのは僕らではなく声だった。
『驚かせて申し訳ない。ワシらはただの亡者だと思ってくれ。亡者がなぜこんな会話しているのか疑問だろう。一つずつ教えよう。とりあえず先ず教えとく。久乃くの殿は死なん。無事生き返るから安心せい』
「生き返る?」
 亡者だと自ら名乗ったおじいさんの声に、太陽が聞き耳をたててオウム返しに聞く。久乃、と聞いたこともない名前。そしてその人物はこの場でたった1人しかいない。ここに倒れている東の守人だ。久乃殿と、慣れたように呼ばれていた。

『ワシらが時々ここに来るせいで訪問者を驚かせてしまってな。始末したんじゃが、彼女がこんな姿になるなんて。久乃殿は守人様じゃ。守人様は死なんし例えその体が死んでもまた生まれ変わる。守人様はそうなっている』
「守人って、四つのひと柱全員?」
 僕が慌てて訊くと声は『左様』と答えた。話はそれでも続く。
『ワシらはこの星にかつて住んでいた民たちだ。人々から先住民とも呼ばれている。ワシらは実体がないもの、液状なもの、様々ある。いま外に出ると液状な蛇に食われるから外に出ないほうがいい。どうして結界の外側にいるワシらがこの内側にいるのか、それは――久乃殿が絶命するからじゃ。正確には死に逝く時。結界の保持が保てなくなり、結界が緩む。きっと海の彼方では大変な目にあっているだろう。なんせ、エデン中に害が広まっているのですから』
 最後の言葉にみんな、釘付けになった。
「エデン中に害、もしかして放射線が?」
「害といえばこの亡者たちだろ?」
「亡者がエデン中を蔓延するのか⁉」
 質問攻め。窓の外が暗い。それでも時々パッと明るくなったりするのは、何かが通り過ぎている証拠。窓の外から見える大きな蛇みたいな異変がニョロニョロ動いていた。
 それが害。
 亡者とも呼ばれる。
 そんなのがエデン中に広がっているなんて。声は少し沈黙してまた口を開いた。
『三柱の守人様がいらっしゃるので、それ程被害は大きくないかと』
 明保野さんが大変だ。
 結界を保持することはどんなに難しいか、こんな時だからこそ側にいてやりたかった。胸が締め付けられる。
 今エデンでは、先住民が結界内に侵入し、街や人を襲おうとしている。しかし、エデンの民は知らずにのうのうと過ごしている。何故か、先住民が見えないのではない。北が頑丈な壁を覆って西がそれを強固しているからだ。東の守人が死んだことはこれまでも二度三度ある経験。
 一つの柱が朽ちれ、他の柱がなんとか保持しようと懸命に立つ。
 東の守人が死んだこと、守人がエデンの住民を庇っていること、みんな知らない。せいらも出雲くんも。知っているのは僕ら四人と守人四人だ。
「守人が死んだときてこれが一度きりじゃないんだろ? その時もこんな?」
 僕が真剣に訊くと声は即答してくれた。
『これまでも何度も数え切れない程。どれも天寿を全うした死。しかしこのケースは違う……何者かに殺された場合、上手く蘇生できないじゃ』
 横たわっている守人はもう息がなかった。冷たくなっている。撃たれたとき、悲鳴もあげず涙も流さずただ、血を流し死を待っていた。悲しいほどその死体は美しい。

 窓の外を眺めていた太陽がなる程、と理解した。
「東の地に行った人間は誰も精神に異常をきたす。その理由は貴方たちだったんですね。夜は声が聞こえるし。ずっと聞いてたら頭がおかしくなる」
 太陽が頭を抱えた。ずっと笑っているこの奇妙な笑い声は、確かに人を貶める笑いかたで不気味だ。
「それよりもよぉ」
 良太が大きなため息ついて暗い顔を落としている。死体となった守人を指差す。
「これ、このまんまでいいのかよ。生き返るとかさっきからふざけたこと言っているが全く意味がわからねぇ。守人だからそんなことが出来る? そんな超人的なもん、そんな〝化物〟と同じだろ」
 良太の酷く冷たい声が空気を響いて窓の外から空気を裂く摩擦音が聞こえ、さらに空気が重くなった。蛇がひょろろ、と鳴く。
 家の周りを彷徨いて、時折体当りしてくる。液状の体なのですり抜けていくが、壁の隙間や床の隙間から通り抜けたあとのような黒いシミが浮かんでそれが水溜りのように広がっていく。これに触れたらどうなるんだ。

 良太の言葉が亡者にとって、痛い言葉であった。塊となった守人は本来なら土に埋める。その役目は亡者ではなく死から蘇りの守人本人だ。自分で自分の死体を処理するのは可笑しな話だが、この際何も言わない。問題はここからだ。
「蘇った守人はどこから生まれてくるかだ」
 良太が一歩扉の方に近づいた。黒いシミがぶわりと広がり彼の肩にポタと滴り落ちた。服が破れ、黒いインクのようなものが彼の肩に。それでも歩を止めない。うわ言のように弟くんの名前をぶつぶつ呟いている。
「おい待てよ!」
 嵐が異変に気づき、黒く染まっていない肩を掴んで戻した。途端、意識を覚醒し顔を上げた。
「あれ、何して」
「何してはこっちの台詞だわ、ボケ!」
 嵐がカッとなって怒鳴った。良太は頭を抱えて膝を曲げる。明らかに今さっきの良太はおかしかった。自ら死に行く人間じゃない。危機が起こると誰よりもそれを察知して逃げるか応戦するタイプの人間だ。それが自らの足で死に行くような真似、誰かに操られたようにしてか思えない。良太は度重なる残酷な景色、笑い声を聞いて、精神に何らかの異常をきたした。
 今扉を開ければ、蛇の餌になる。蛇がまさに誘導した。
 現に、肩についたインクを心地よいと言う。僕らはんの少しだけでも触ったが、心地よいとは真逆の先進に鳥肌が立つほど冷たく、ブニブニ生き物みたいで気持ち悪い。肩についたインクをなんとか拭き取っても良太は、風呂でもさっぱりしたかのように気持ちよかった、と言うのでこれは重症だ。早くなんとかしなければ。
 亡者が言うには、守人は木の幹から再び誕生する。しかも赤子で。その幹は外だ。当然。どうやって赤子が死体処理をするのか、亡者どもは答えてくれなかった。大事な質問なのに。
 嵐が何故か持ってきていたイヤホンを借りて、良太につけてやった。これで侵攻を抑えてくれるといいけど。ただの気休めだ。
「これは憶測でしかないけど、蘇る、それはこの体で再生するのではなく、また新しく生まれ変わった状態で誕生する。そして急激に成長する。殺された場合蘇る時間も長くなるし、成長するのも遅い」
 太陽が真面目な顔で呟いた。窓の外の大きな木を眺め、今が今かと待ち構える。赤子が誕生した瞬間、回収できるかどうか。 
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