約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅲ 約束の地 

第21話 牢屋

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 目が覚めたら冷たい静かな牢屋だった。何も音がしない。臭いはかび臭い。全体壁が緑の苔が生えていて虫の餌場だ。目前は冷たい檻の柵が外の世界から出るな、と物語っている。
「起きたか」
 横から声がした。振り向くと嵐がじっと見下ろしていた。ゆるりと上体を起こすと、ズキと体中に痛みが走る。特に背中が痛い。何だこれ、穴があいてんじゃないだろうな、これ。言葉が出ないほど痛い。
「無理もないよ。十二安平様がつくられた銃弾だからね。最新端の銃だし」
 出雲くんの声が。後ろから聞こえる。嵐しかいないのかと思ったら出雲くんもいた。もしかしたら全員いるかもしれない。
「こ」
 ここは、と言いかけて喉が乾きすぎて言葉が出なかった。一体何時間水を飲んでいないだろう。走っていたから体中の汗という水分が失われて渇いている。
「水ならそこに。抵抗なけりゃいいけど」
 嵐は右を指差した。
 その先にあったのは下水道管から流れる泥々しい水。ネズミが穴から出てきて少し溜まった水たまりをチャプチャプ踏んだ。
「飲まないほうがいい! 寄生虫がいる」
 せいらが声を張り上げた。
「大きい声出すなよ。頭に響く」
 ちっと大きな舌打ちと良太の声。やっぱりみんないる。少し体を動かすのはしんどいけど、柵を背中側にし、檻の中を一瞥した。やっぱり六人いると余計に狭い檻の中。それでも生きていることが保証できて良かった。

 そういえば、意識が遠のく中懐かしい人を見た気がする。記憶が曖昧だ。宮殿に入ってそれからセキュリティをいじって、街中が混乱。それから――良太、弟くん、出雲くんが撃たれてそれから、僕も撃たれた。この記憶は正しいのかと思うほど滅茶苦茶なことやった。
 そういえば、みんな大丈夫なのか、と言いかけたがまた喉の奥が焼かれるのはごめんだ。嵐が察したように口を開いた。
「俺とせいらも撃たれた。その十二安平とやらの銃弾じゃねぇけどな」  
「様つけて!」
 出雲くんがカッと怒る。僕と同じ銃弾で撃たれたのに割とピンピンしている。
「僕は全然大丈夫。この肉がクッションでさ」
 ぽん、と四段腹を叩いて陽気に笑った。その隣で弟くんが叩いてポヨンとプリンみたいに揺れる腹を見て顔を顰める。
「話すだけで頭痛い。以上」
 良太は寝転がって頭を抑えている。  
 良太は倒れたあとも何発か撃たれた。それが原因だ。普段の黒く焼けた肌が青白く、尋常じゃなく汗かいている。ここは牢屋なのは分かる。狭苦しい檻の中で、全員寝転がるのは無理そうなほど狭い。他にも柵があって、そこには疫病を患っている囚人たちが。
 肌に苔みたいなのが生えてそこから蛆虫が沸いている。口をだらしなく開けて涎が伝っている。寝転がっている人が大半だ。
 時折うめき声が発して、壁やら天井やらに響いて反響。化物のうめき声に変わる。


 どうしてこんな場所に移送されたんだ。
「大罪人だから」
 せいらが膝を丸めて呟いた。もうすぐ泣き出しそうな顔。
「セキュリティを乗っ取り、混乱に乗じて処刑人を脱出させた。立派な犯罪者ね」
 はぁと深いため息ついて、さらに丸まった。こうなること覚悟していた嵐は顔色は変えなかった。すると、ギィと重たい乾いた音がした。コツン、コツンと足音が。丸まっていたせいらも顔を上げる。
 薄暗い牢に灯火を持った男性の影が。コツンコツン、と近づいてくる。影と足音が近づいてくるたびに冷や汗がどっとかく。
「みんな起きている。良かった」 
 足音はここで止まった。
 男性の声なのに酷く心地良い優しい声。意識を手放す前に聞いたあの声。この寂れた牢屋で異様な人物。白い服を身に纏い、ランプをもっている青年。僕と嵐と同い年くらい。髪の毛も白髪で白装束に似合っている。
「おい誰だてめぇ」  
 嵐が柵のギリギリまで行きガンつけ。待って嵐、その人は――。
「嵐は変わっていないね。童顔だ」
 彼はクスクス笑った。
「空はすぐ分かってくれたのに。俺だよ俺」
「は? 知らねぇよ。オレオレ詐欺か。なんで名前知ってんだ」
 嵐の目がさらに鋭くなり、彼は困ったように苦笑した。一番奥の壁際でじっとしていたせいらが「あ」と声を上げた。
「え、もしかして……太陽?」
「はぁ⁉」
「ピンポーン! すぐ分かってくれると思ったんだけどなぁ。俺みんなのこと忘れなかったのに酷いなぁ」
 嵐は口をパクパクし、せいらも目を丸めている。彼は陽気にあははと笑っている。まるで悪戯が成功した悪がきのような顔だ。
「はぁ? はぁ⁉ た、太陽って、太陽さん?」
 嵐は柵から離れて頭から足のつま先を眺めた。頭を回してみたり頬を抓ってみたり、ウロウロしたり挙動不審。太陽は屈んで足元にランプを置いた。
「10年前に死んだやつだろ」
 それまで黙っていた良太が静かに口を開いた。
「はぁ? なんで太陽が生きてんだ! 死んだだろ‼ 確かに見た、あの船が爆発するところを、もしかして亡霊か? ついに幻覚でも見ちまったのか⁉」 
 嵐はグルングルン頭を振り回して大混乱。陽気に笑っていた彼は冷静で冷たい目をした。10年もあれば知らない顔がある。実際太陽の記憶なんて、小さい頃のままだ。
「亡霊でも幻覚でもない。俺は確かにここにいてこの地で生きている。君たちの知っている幼馴染の太陽だよ。どうして生きているのか、話は長くなるけどいい?」
 あの優しい声色が嘘のように心の芯から冷たい声。ゾッとした。みんなも口をとざして太陽からあの10年前の話を赤裸々に聞かされた。
「俺も死んだと思ったよ。実際、心臓が止まったらしい。木っ端微塵になった船を回収して遺体をここまで運んで蘇生された。ここで生きなきゃいけなかったから有名な貴族たちにゴマをすすった。人に言えないこと散々やった。そして、選ばれた貴族たちの集まりにまで階段を登っていった。まぁ、犬にすぎないけど。俺は今でもちゃんとあの約束、覚えている。でも本当に来るなんて。宇宙で地球から流れ出た船を撃ち落としたのは俺だ。そこに何人人がいたのか知らない。知らない人たちばかりだから。でもまさか、空たち、北の守人と一緒に乗っているなんて。守人様を送ってきてくれてありがとう。そして同時にさようならだ」
 バタバタと足音がし、銃を持っているロボットたちが現れた。人間より遥かに高い姿で骨組みのロボット。目は血のように赤い。
「おい太陽なんだよこれ⁉」
 嵐がガシャンと柵を掴む。太陽は冷めきった目で見つめる。
「ここは大罪人が入る場所だ。即処刑されなかったのは俺のおかげだと思って……最後にみんなに逢えてよかった」
 太陽は足元に置いてあるランプを持って、くるりと踵を返した。嵐は「おい待て」と通り過ぎる太陽の背中に向かって何度でも吠えるが太陽は去ってしまった。
 後半、太陽の言葉は聞こえなかった。嵐の怒声と一緒に、ロボットたちが入ってきて痛む体を無慈悲に床に押さえつけ、また電気ショックを与えられた。頭が痛い。何も聞こえなくなり、体中の細胞や神経が言うことを聞かなくなった。遂にはまた意識を手放す――。


 なんだかうるさい。祭りのような活気な声が耳元で聞こえる。うるさい静かに寝かせてくれ。なんなんだ、ずっと目覚めが悪い。すぅ、と目が覚めてまず初めに自分の太腿が映った。丸太の上で膝をついている。どうりで痛いわけか。何時間寝ていたのだろうか。それより、なんだこの甲高い声は。恐る恐る顔を上げるとそこに広がっていたのは、僕たちを見上げていた。嬉しそうにまた、楽しそうな目。ふと横を見ると嵐とせいら、良太や出雲くんまで同じように座らせて両手を縛られている。
 みんな、目を覚ましていてここから見下ろす人だかりに困惑と不安に満ちた顔。処刑、というワードが頭に埋め尽くす。
 エデンの民ばかりで、僕らが助けた地球の民はいない。ロボットも復帰していて、1回目の処刑より二体増えている。骨組みロボと人型ロボ。観衆も周りにいて祭り状態。みんな興奮している。
 この状況流石に逃げられない。


 すると、一番端にいた弟くんが連行された。
「おい待てどこ行く! 連れて行くなっ! 待てっ‼」
 良太が叫んだ。見たことない顔。前のめりになったら両脇にいたロボットたちが反応してすぐに刃物を出してきた。
「兄ちゃん兄ちゃんっ‼ 嫌だ、嫌だあぁぁぁ‼」
 弟くんはロボットにズルズルと引きずられ、ギロチンの前に。わっ、と歓声の声が上がった。今すぐ人が死ぬていうのに狂ったようなお祭り騒ぎ。


 なんだこれは。異常な景色だ。

 良太は暴れ、二体のロボットに押さえつけられ、なす術なし。誰か助けてくれる人はいない。会場で太陽を探したが、主催する側として立っていた。何も感じない冷めた目で見ていた。なんで助けてくれないんだ。太陽、お願いだ。誰か助けてくれ。 

 誰か――

 天を見上げ快晴の空を見上げた。雲一つない赤い空。

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