約束のパンドラ

ハコニワ

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Ⅲ 約束の地 

第17話 エデンの民

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 上の階にあがり、袋に密封された機械や物がおいてある一室にたどり着いた。物置小屋にしては広くてホコリ臭くない。こんなところに蘇生術台がおいてあるのか。
「ここよここ」
 せいらが手招きして指差す。
 同じように袋に密封されている台。剝してみると黒く膝丈ほどの高さのある台で真っ平ら。
「これがあの?」
 有名どころの魔法みたいな台。
「ほら、書いてある。ここに『蘇生術台』て」
 台の足元を指差す。ほんとに書いてある。誰がなんのために彫ったのか、達筆ではない筆。黒い文字。全身黒で黒く彫っているから全然分からなかった。
「何をするんだ君たち!」
「豚は黙っとれ」
「静粛にっ!」
 ゼェハァと息を切らしながら男の子が駆け寄ってきた。僕らが階段を駆け上がってきたとき、男の子は三~四段目のところでもうすでに息を切らしてその場で蹲っていた。
「ちょ、嵐、仕留め損なったの?」  
 せいらが男の子を見て、青ざめた。嵐は大きな舌打ちして顔を逸らした。二階で男の子を発見したせいらたちは男の子を追い詰め、その場で殺そうとした。が、体格に似合わず反射神経が良いため現在生きている。
「君たちは一体何なんだ! 不法侵入して僕をころ、殺そうとするなんて、ぱ、パパに言いつけてやるっ!」
 男の子は涙目でそう訴えた。二重顎が息をするたびにブルンブルンに揺れて額から滴り落ちた汗が飛沫する。
「お前のパパなんぞ知るか」
 嵐が鼻で笑った。
「待って、エデンに住んでいるなら最低でも貴族か、皇族……通報しないで。私たちは地球から来たの。理由はカクカクジカジカで、私たちの目的はエデンにしかない蘇生術台でその子を治したい」
 せいらは男の子に説得した。
 なるべく弱者であるかのように腰を低くし、上目遣いで彼を見る。男の子の息がここでようやく落ち着いて僕らは地球の民であり、ここに来た目的や僕らの民がここに来たことを全て話した。
 彼は以外にも抗議な行動せずにちゃんと最後まで話を聞いてくれた。
 彼の名は藁園 出雲わらぞの いずも。リサイクル資源開発で名が出るほどの名家。僕らも知っている紙やトイレットペーパーでの開発の工場はこの名家が所有しており、僕らにも与えてくれる優しい貴族の一人。
「これはたいっへん失礼しましたっ!」
 嵐が綺麗な土下座をしゅ、とやった。
「今日は麗しゅうございます!」
 せいらもさっきまで蔑んだ目で見てたのに急に足元にすがりよって、この手のひら返しはすごい。このざまをみて、一番引いているのは出雲くん。
「い、いいよいいよ豚て言われるのは慣れてるし、そ、そのもっと地球のこと、詳しく聞きたいな」
 出雲くんは照れ臭そうに笑った。嵐は「おういいぜ!」と二言返事。出雲くんと和解してこの台について詳しく教えてくれた。

 この真っ平らな台の上に患者をまず寝かせる。明保野さんを台の上に寝かせる。布団を剥すと体の惨状が明らかに。体の殆どが黒く腐敗し動けるのは首から上だけだった。
 良太の弟さんよりも進行が早い。早くなんとかしないと。今にでも黒が心臓や血管、臓器を蝕んで機能を失わせていく。
 明保野さんを寝かせると表面の台だけが突然白くなる。合わせてゲームのような設定画面が宙に出てきた。
「一番下の【臓器】を選んで」
 出雲くんは一番下に指をスワイプして、僕に指差した。僕は恐る恐るその画面を押すと台の下から湾曲窓が出てきて明保野さんを閉じ込めた。
「大丈夫。体の中の腐敗したもの治さないといけないからこれで覆っているんだよ」
 出雲くんが優しく言った。
 タイムカプセルのような箱に寝ている。最初辛そうだったのにだんだん顔色が良くなっていく。そして、10分後。窓が空いた。これで臓器は元通りになった、と思う。体の中なので分からないが次に見た目をどうにかしないといけない。
「次に【色】を選んで」
 指示されるままそれを押すと再び窓が出てきて閉じ込めた。シューと白い煙が箱の中を覆う。白い煙で中がどうなっていくのか分からない。
 さらに10分後。窓があいて白い煙がもわっと広がった。冷たくて気持ちいい。アイスみたいだ。煙が徐々に薄れていき、明保野さんの体を確かめた。首の下まで侵食した黒い灰が跡形もなく消えて、本来の真っ白な肌に。
「すごっ」
 自然と出た言葉がこれ。
 エデンの人たちの最先端技術に慄いて腰を抜かす。もう足を向けて寝れない。
「臓器と肌の色が良くなっても肝心の病がある。どうすんの?」
 せいらが鋭い目で言った。出雲くんはせいらから目を伏せて画面のほうに目を移した。
「【疫病】なんてカテゴリないし……あ、そうだ。試しに【灰病】で試してみる?」
「灰病?」
 聞いたことのない病名に一同はオウム返しで聞き返した。灰病とはエデンの民ですら極まれに感染する感染病。一度倒すには難しいやつで何度もやらないと倒せない厄介な感染力。その症状は体の殆どが黒く腐敗し、壊死してしまうこと。
「疫病じゃねぇかそれ」
「エデンでは黒くなって壊死する姿を「灰病」と呼ぶ。試してやってみよう」
 エデンの民しかしらない情報。こんな情報、大人しい人しか聞けない。最初の第一人は出雲くんで良かった。傲慢な人だったら印象最悪でそれはそれでイメージ通り。エデンの民にも、優しい人がいるんだな。
 出雲くんが画面の中から【灰病】をタップした。窓が明保野さんを覆って、煙ではなく青いライトが点滅している。
「これなに?」
 せいらが怪訝に聞いた。
「青い光とかで治すんだって。僕も詳しくは……」
 曖昧な答え。出雲くんは申し訳ない顔して頭の後をかく。
「この人、見たことある」
 出雲くんは窓越しに明保野さんの顔をまじまじ見た。
「あぁ、明保野さんはエデン出身なんだ」
「おいバカ言うな」
 僕が普通に答えると後ろから嵐の苦言が。どうして、と振り返ると嵐は鋭い目をさらに鋭くさせ、額のシワがすごい。顔面強面。
「治療したらとっとと去る。余計な会話はせんでいい。それにエデン出身と分かれば、こっちが誘拐したみたいな訳わからん罪状言われるぞ、そんなのまっぴらごめんだ」
 嵐はぶつぶつと文句を言って時折小さな舌打ち。嵐の言うとおりかも。余計な会話したら良くない話までうっかり話しそうでやばいかも。出雲くんは僕らがコソコソ話しているのを横目で首を傾げている。
「あははなんでもないよ。今の話忘れて」
 僕は全力の笑顔で誤魔化すと一言承諾。単純で良かった。ホッと胸をなでおろす。そうしてあっという間に10分。

 明保野さんの体を見ると、黒く腐敗したものもなく顔色もいい。疫病にかかる前の健康な明保野さんの姿だ。やったーと喜んでいると、せいらからシッ、と一喝された。
「姿形は元に戻ったけど、肝心の意識がない。目を覚ますまで静かにして」
 明保野さんはすぅ、と寝息たてて眠っていた。苦しそうに魘されてた毎日。でも今や穏やかな優しい顔で。まるで愛しい人に抱かれた甘えたな子どもだ。



 それまで、出雲くんと話していた。出雲くんは地球に興味があるみたいだ。〝みたい〟ではなく〝確実にある〟。
「この本を見て、地球には青い海があるんだってね。僕らは人口物のプールでしか青いのみたことないんだ。神様が流した涙だから塩がきいててしょっぱいて話、本当⁉ あと、地球には虫みたいなパンが存在するって本当⁉ どこのパン屋さん行っても全然見つからないんだ! 地球てすごいなぁ」
 出雲くんは目を輝かせながら持ってきた分厚い本を見せてきた。だいぶ黄ばんでる。それでも大事にされてきた本だと分かる。出雲くんは地球のことをペラペラ話した。実際住んでいた僕らでも知らない話まで。
「あの~藁園くん?」
「出雲でいいよ! 僕らはもう友達じゃないか‼」
 出雲くんは目をキランキラン輝かせ、「友達」というキーワードのところを強く強調した。嵐は引き顔で申し訳ない顔で口を開いた。
「さっきから話している内容……殆ど全滅してるぜ」 
 チラッと今度は僕を見た。お前も言えよ、という顔だ。地球に対して憧れの眼差しを向ける彼の期待を裏切るのは好きじゃない。嫌な行為だ。でもそれでも、現実を教えてあげるべきも優しさだ。
「えっと、今の地球に青い海も、そのパンもないよ」
 そうこれは優しさだ。
 酷いけど優しさだと言い切る。
 出雲くんの顔が直視できない。絶対絶望している。あんなに目を輝かせて、陽気に話していたのに。空気をぶち壊してごめんよ。出雲くんはそっと本を閉じて、胸に抱えた。

 沈黙の時間が長いと思ったが、その時間は然程なかった。口を開いて沈黙を破ったのは出雲くんだった。
「そんなの知っているよ。地球は汚染物質と放射能だらけなんでしょ? 知っている。だから僕ら貴族だけがここに移住している」
 出雲くんは悲しい顔をして目を伏せた。
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