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 わたしは、毎朝ジョギングを欠かさない。良い歳になってから、健康に気を遣って始めたことだ。

 ジョギングの時間帯は、太陽も顔を出さない四時頃。薄っすらと霧がある肌寒い時間帯だ。

 どうしてそんな時間帯にしたかは、わたしは、誰かに自分が走るところを見られたくない。それは、家族でもだ。

 かっこ悪いんじゃない。ただ、照れくさくて見せたくないからだ。

 ジョギングのコースは、毎日同じ。歳に合って少し短い距離だが、それでも体を動かしているたけで満足だ。

 自分のペースで走っていると、背後から軽快な足音がした。彼だな、とわかった。

 この肌寒い時間帯でもう一人、わたしと共に走っている人物がいる。

 名前も顔も、話したこともない。だが、今日は思いっきって話してみよう。しかし、相手は風のようにあっさりとわたしを追い越した。

 全身黒いジャージ、顔を見えないように深くジャージの帽を着ている。アスリートのような軽快でしっかりとした走りかた。

 彼のことは知らない。だが、未来のアスリート選手だと思っている。

「今日も寒いねー」
 叫んだ。

 彼は、走りながらコクリと頷く。

 意外と優しい好青年だったりして。わたしは走りながら、逞しい彼の後ろ姿を眺めた。

 それ以降、一言だけの会話は続いた。

 内容はいつも寒いね、しか言わない。けど、彼は飽きずにわたしの問に答えてくれる。

 喋らないのはウブなのかもしれない。わたしはそんな彼を簡単に受け入れた。

 そんなある夜の日、何処かで消防車のサイレンが鳴り続け、わたしは仕方なく起きてしまった。

 朝の三時のことだ。窓の外は、夜のように真っ暗。救急車のサイレンと消防車のサイレンが同時に鳴り響き、窓越しからでも、毒々しい赤いライトが点滅している。二度寝の状態ではない。

 なので、走ることにした。

 家族はこんな状態でも寝ている。呑気なことだ。

 普段は静かな町に、サイレンの音が鳴り響く。何処で鳴っているのだろう。ジョギングもかねて、興味本位でそこまで走ってみよう。

 すると、聞き覚えのある軽快な足音がした。

 驚いた。彼はこんな時間でも走っているのか。いつもは振り向かないうちに彼が颯爽と追い抜かれるが、彼の顔を見たくて興味本位で振り返ってみた。

 ひっ! 悲鳴をあげた。
 足が竦んで、尻もちをつく。

 彼の顔は、真っ暗だった。いいや、影絵のように体全体も真っ暗だった。まるで、焼け焦げた人間のよう。

 そのあと尻もちついたわたしをよそに、彼は颯爽と走り抜けた。

 後日知ったことだ。

 火災が起きた家から、焼死体が発見されたと。なんでも隣家の火が乗り移ったらしい。寝ているときに火災が起きて、そのままポックリ。
 その焼死体の人間は、全身丸焦げで、走ることが好きだったらしい。

 今でも彼の姿を見かける。

 死んでも尚走りたいのか。

 それとも、死んでいることを知らないまま走っているのか。わたしには分からなかった。
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