つばさ

ハコニワ

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第5話 それはとても残酷で

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 亮太くんがやってきたのは、それから2日が経った。彼なりに忙しいのだろう。毎日のように現れるとは限らない。彼の話が、たった一日聞けなくなると、寂しかった。胸の中が鉄のように冷たい。

 でも、彼の顔を見るとその冷たさは溶けて、熱くなっていく。冬の氷が溶けて春のような温かさ。

 早速、亮太くんにこの家について訊ねた。亮太くんは怪訝な表情したけど、答えてくれた。それは、わたしが初めて知る真実だった。


 この昔、この街がまだ小さな村だった昔。厄災や疫病が立て続けに発生した。村人たちは、恐れました。立て続けに起きるのは、天が我らを見放したからだ、と。
 村人たちは、天にすがりました。どうか、この厄災を鎮めてくださいと。そしたら天がこう言いましたと。
〝年端もいかぬ女の体がほしい〟
 と。天は、女が好物でした。特に、年端もいかぬ、少女が好きだった。
 村人たちは、村の中で特に幼い子を差し出した。ようは、生贄といえる。天は満足しました。
 しかし、それでも収まらない厄災と疫病。怒りの矛先は、天ではなく生贄に決まった女の子の家族でした。
 この家族から生まれた女の子は生贄となる。数年に渡り、女の子を差し出しようやく疫病や厄災が止まったのです。
 ですが、それだけでは終わらなかった。数年に渡り、この一族が長く苦しめられた分、気がつくとこの一族なしでは生きていけなかった。それを逆手にとり、村はこの一族を長として認めた。そして、それと同時に村に奇妙な瀕死を遂げるものが現れた。
 臓物が畑に撒かれてたり、木の上に腸をぶら下げてブランコのし体だったり、悲惨な死をとげる村人たち。
 村人たちは恐れました。また、生贄を捧げるのです。ですか、生贄となる女の子がこれを拒否し、鎮められる前に逃亡した。
 それがきっかけで更に村は悪化した。村人たちは怒り狂いました。逃亡した女の子を捕まえ、暗く湿った場所で監禁したのです。すると、ぱったりとそれが止まったのです。
 奇妙なことに。女の子は言いました。村人たちを殺してたのは、生贄となった女の子たちの亡霊の仕業だと。呪いの因果か、それは数年ごとに起きるのです。
 だから一族はそれを鎮めるため、女の子を地下牢に監禁する。これで村は安泰。めでたしめでたし。



「――その話、本当なの?」

 半信半疑だ。そんな大昔の、ましてや作り話にも聞こえる。
 
「本当だよ。爺ちゃんのそのまた爺ちゃんもその爺ちゃんも、昔からこの話を言い聞かせてあるんだって」

 わたしはくらりとした。
 視界が揺れる。空気がさらに静まり返っていた。
 この一族の歴史、血塗られた過去、その真実は受け入れるには難しかった。そうか。わたしは、生まれてくるべきじゃなかったんだ。

 数年ごとに起きる呪い。それを鎮めるために、一族は監禁している。それはつまり、女の子さえ生まれてこなければ、こんなことはしない。

 一族も、他のひとたちも、女の子のわたしを見てどう思っただろうか。呪いの因子が生まれて、誰も歓迎などしていなかった。

 生まれてくるべきじゃなかった。女の子だから。一族のしきたりを全て知ったとき、わたしは初めて絶望した。

 逃れられない。そんな大昔から、因果があったなんて。変えられる壁を超えている。

 女の子だけが監禁される理由、そして、家族から苛められる理由もわかった。愛されない理由が分かった。わたしはここを出ちゃいけない。自由に羽ばたく翼は要らない。この一族に生まれた女として、生涯ここで生きていかなきゃいけない。

 わたしはここで、呪いの因果を止めるため、息を殺して生きていく。

 亮太くんがわたしをじっと見て、ふっと笑った気がした。気のせいだろうか。

「逃げよう。僕がそばに置いておく。ずっとね」

「だめだよ。逃げられない」

「呪いなんてあると思う? 僕は君をこんなところに置かせたくない。その絶望に満ちた黒い瞳、なんて、綺麗なんだ。ずっとそばでずっと近くでずっと居たいんだ」

「亮太くん……」

 亮太くんは、わたしがいつも兄のモノを出し入れされてるときと同じ、恍惚とした表情で見下ろしていた。

 呪いなんて、たしかに馬鹿げている。目に見えないから信じられない。わたしは、ただの飛べない鳥じゃない。自由に羽ばたく翼を持つ鳥だ。  

 諦められなかった。大昔からある因縁だからこそ、今の時代、そんなのあるわけないと思っている。それに、こうやって監禁してなぶり物にされたほうが、よっぽど呪いに呪いをかけている。

 一族の女の子たちは、こう思っただろう。

〝最も恐ろしいのは、亡霊ではなく、生きいる人間だと〟

 わたしもそう思うよ。厄災や疫病を止めるため、人間を生贄として捧げるとか、監禁してなぶり物にしたりとか、本当に恐ろしいのは亡霊ではなく、生きた人間だと。

 わたしは逃げる。その呪いから、因果まで。わたしはそっと監禁部屋から抜けた。

 また罰を下されたら、またあんな恐ろしい目に合ったら、と酷く震えが止まらなかった。血管や細胞一つまで、恐怖が支配していて足が動けない。

 でも、ここを出たら僕と一緒に過ごそうと亮太くんと約束した。初めての約束。約束は破るためじゃない。

 わたしは、扉を開けた。自由を勝ち取るために。今度は上手くやろう。たとえ、家族に見つかっても外に出れば、亮太くんが手を引いてくれる。

 わたしを外に逃してくれる。

 わたしは扉を開け、廊下を早足で歩いた。今日は、家の中に母一人いる。父、兄たちならまだしも、力関係では同等の母。

 もし、父、兄たちであれば殴る蹴るは当たり前でものの数秒で捕まるに決まっている。だから、今日は母だけで良かった。

 居間でお茶を優雅に飲んでいた母の姿が。わたしには気づいていない。わたしを産んでくれた母、愛してくれなかった母、わたしを何度も殺しかけた母。それでも、たった一人の母。

 男兄弟だけなら、ほんとに良かったのに。わたしが産まれてごめんなさい。

 わたしは母を横目に、書斎に向かった。あの日、届かなかった手は今度は届いた。扉を引くとキィと、重たい音が。わたしはすぐに中に入った。

 さっきの音で母に勘づかれてないか、ヒヤヒヤしたけど母はまだ、優雅にお茶を飲んでいた。良かった。

 ここに来たのは、産まれて初めてだ。おそらく、二人の兄たちも入った事がないだろう。本が本棚いっぱい。

 一族の歴史だった。部屋まるごとたくさんある本は、全部一族の歴史と生贄になった少女たちの名簿と、監禁された女の子たちの名簿だった。

 こんなに、生贄になったひとたちがいるの。こんなに多くの無駄な血を流したの。わたしは一冊の観察記録を手にした。それは、八年前の少女の記録だった。

 八年前、わたしがまだ監禁される前、その前に入っていた人は父の妹だった。その人は、わたしと同じく五歳で監禁され、家族から苛められ、三十年それらを繰り返されていた。

 わたしはぞっとした。
 わたしが産まれてきたとき、楽しく笑いあっていたとき、わたしの知らないところで、家の中でまさか、人が苦しめられていたなんて。
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