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Ⅴ 救済の魔女 

第84話 皇太子

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 王様を説得すると、答えると一斉に呆けた表情をさせた。ハヤミ先生もマリア先生も、マドカ先輩もびっくり仰天。
 一斉の空気がおかしくなった。この場の視線が注がれる。
「王様を説得……?」
 魔女協会の人が、怪しげに呟いた。
「それは不可能です」
 マドカ先輩が言った。
 口調が鋭い。王政を取り仕切る秘書官が強く拒否ると、説得力が。でも、この方法しかない。武力行使よりも話し合いで解決させたい。
「話し合いで解決するならば、もうおさまっています。しかし三年、五年、経ってもおさまる気配はなく、むしろ悪化していく。現国王様は話を聞かない人です。そうですよね?」
 マドカ先輩が扉のほうに顔を向けた。そこには、ある人物がいて、わたしがよく知っている人物だった。
「どうしてここにいるの? ハルト」
 扉の前に、ハルトがいた。
 少し気まずい表情で室内をうかがっていた。この部屋に、魔女とバディ、魔女協会の人たち以外いたことに、周りは騒然とした。
 鏡を割ったようなざわつき。
「私が連れてきたんです。王様の話ならば、この方・・・を連れてきたほうが早いかと」
 マドカ先輩が自信に満ちた表情で言った。マドカ先輩がハルトに対して、敬意を表した言葉を使った。 
 どうしてここにハルトがいるのか、どうして王様の話なのに、ハルトが関係してくるのか、頭がごちゃごちゃしてくる。整理がつかない。
 みんなも、そんな感じ。
 マドカ先輩に疑念の視線が注がれていた。
「外から話聞いてたけど、説得とか一番無理難解でしょ」
 ハルトが鼻で笑った。
 そんなの、みんなから言われたから散々知っている。魔女でもバディでもないのに、どうしてここにいるのか、教えて欲しい。
「なるべく、明かしたくなかったけど、ここまで長く持ったほうだよ。我ながら。俺はハルト。この国の、第七皇子」
 ざわつきが波紋のように広がり、そして静かになった。皇太子を目の前にして、頭を垂れた。

 シノもダイキも、ナズナ先輩も驚いて呆然としている。リュウも顔を真っ白にして、ハルトをガン見。そりゃ、信じられない。
 だって、わたしが知っているハルトはそんな役職もなくて、平凡な男性だと。そう思っていたからだ。
「ちょっとやめてよ。第七皇太子だし、政治的決定権がないから」
 ハルトは苦笑した。
「う、嘘……ハルトが皇太子なんて」
 わたしはよろめいた。くらりとした。
 今まで長い間一緒にいたけど、全然そんなの、これぽっちも感じなかった。これまでの思い出が全部裏切られた気分だ。

 そういえば、かつて身分を晒すようなことを言っていた。孤児院バザーの帰り道のあの会話。あれは、お金持ちにも色々あるんだなて、そのときは軽く思っていた。
 それなのに、今考えてみるとあの会話は全部、自分のことを出していたんだ。それなのに、わたし、全然気が付かなかった。

「裏切ったつもりはない」
 ハルトは言い切った。
「分かっているよ、でも……」
 でも、ずっと一緒だったんだから、少しぐらい話しても。気持ちの整理がつかない。まだ信じられない。
「第七皇子、確か、七年前に王室を出て行方不明とか、でも行方不明の皇太子がこの話に何を?」
 魔女協会の人が、マドカ先輩に向けて鋭い質問を飛ばした。マドカ先輩はふふふと笑った。
「皆さん、心のどこかで願っていたはずです。武力ではなく、話し合いで解決したいと。ユナさんが堂々と仰ってくれました。私も話し合いで解決したいです。なので、この方を見つけました。この方なら、身内なら、話を聞くと思って」
 そうだ。王様でも身内なら話を聞くだろう。だか、ハルトと魔女協会から批判が襲った。
「父は……王様は話なんてろくに聞かない。というか、生まれてこのかた一度もお会いしたことないし、無理しょ」
「恐れながら、第七皇太子は継承権としても地位が低い。なにより、七年間も王室を出た者の言葉に、王様は耳を傾けるでしょうか?」
 魔女協会の言葉は辛辣だけど、的を当たっている。七年間も出て行ったのは辛い。あれ、七年前って、ハルトがうちの研究所に来た月だ。

 それじゃあ、マドカ先輩がハルトをここにつれてきた意味がない。マドカ先輩も分かっているはずだ。王様と対等に話し合えるのは、ハルトじゃない。
 それでも、ハルトの力が必要だ。
 王様を説得することは、依然変わらない。だからこそ、ハルトが必要だ。
「宮殿に乗り込む!?」
 マドカ先輩の提案に、一同は騒然とした。誰もが考えていなかった。宮殿に乗り込むなんて。
「そんなことしたら、極刑よ! 分かっているの!?」  
 ナズナ先輩が怒鳴った。
「分かっています。王様を説得すると考えたユナさん、あなたはどうやって王様の所まで行き、説得を試そうと思ったのですか?」
 話をふられてびっくりした。
 マドカ先輩は、じっと見つめてきた。黒い帯で隠してあるけど、その奥にある眼は、ギ疑念の眼差しが向けられている。
「民の言葉に耳を傾けるかもしれない。そう思ったからです。魔女じゃないのに、このクーデターで苦しんでいる人がいる。それに、もし仮に永遠の命が与えられても、魔女制度が蘇る。そしたら、王政がなくなるって」
 マドカ先輩は「分かりました」と頷いた。わたしが言った経緯について、マドカ先輩はがっかりしたような、肩を落とした。
「理由は確か。でも、どうやって王様のところに行くかは、計算していない。それで、よく言えましたね」
 後半、口調が鋭くなった。

 正論に貫かれ、わたしは何も言えない。空気がひんやりした。マドカ先輩は、穏やかで物静かなだけに、険しい雰囲気は辺りの空気をピリッとさせる。マドカ先輩は、話を続けた。
「明日、お茶会が開きます。明日の午前九時。そのとき、門はいつでも開いてます。限られた人間しか通れません。しかし、彼なら――ハルト皇子なら、通れます」
 ハルトは、びっくりして目を見開いた。
「待って待って。確かに入れるけど、七年間も失踪したやつがノコノコ帰ってくるのはちょっと……」
 ハルトはたじろいた。
 そうだ。警察署にいたときも帰った理由は、王室の人間だとバレたくないからだ。七年間も隠れて失踪した身、帰りたくない理由がある。

 けれど、周りの空気は賛成が多かった。 
 マドカ先輩がやる気に満ちていたからだ。ハルトの意見を聞かないでもう、みんな、明日確実に王様のいる宮殿に向かう話に。魔女協会の人も賛成している。
「大丈夫なの?」
 わたしは訊くと、ハルトは頭を抱えた。
「うーん、明日になってみないと……でも、やっと離れたんだ。あんなところに戻りたくない。あの籠の中から出たのに」
 切ない表情で言った。
 七年間も離れたというのは、深い理由がありそう。第七皇子だから、継承権としても政治的決定権もない。だからなのか、王様の目から離れたところで暮らし、過ごしてきたと。本だけがある家の中、たった一人で。

 ハルトは終始暗い表情をしていた。わたしは「大丈夫だよ」とぽんと背中を押した。

 魔女集会は終え、帰宅して寝ると、作戦決行は、すぐに訪れた。午前九時前に、宮殿の近くに集まったのは、魔女集会にいた半分のみ。
 王様に楯突くのが怖い。
 帰宅して、一旦冷静になるとその恐怖が巡ったのだと思う。わたしも、一旦冷静になるととんでもないことを仕出かしているのだと、ひしひしと分かる。
「集まったのは、この面子ね」
 シノがこの場の顔を、見合う。
 集まったのは、わたしとシノ、リュウとダイキと、マドカ先輩とハルト、ナズナ先輩とマナミ先輩。
「分かってたけど、この面子、個性強くない?」
 ナズナ先輩ががっかりと、肩を落とした。
「あんたもね」
 マナミ先輩はクスクス笑った。  
「集まっただけでも幸いです。人数が多ければ、見つかる可能性も大きいですし」
 マドカ先輩が胸の前に手を合わせた。

 王様の身内だと一瞬で分かる証明がある。それは、目の下のほくろ。二個あってまるで、星のよう。
 顔に偉大なる宇宙を宿していると、周りからは敬愛される。これは、王族しかない特徴だ。他にもほくろなんてある人はいる。けど、王族しかこのほくろの形を持っていない。
「そのほくろ、王族の印だったんだ」
 じっとほくろを眺める。
 ほくろが二個あって、星みたいだなって常々思っていたけど、まさかこれが王族の印なんて。
 わたし以外、賢い人なら分かるはず。どうして今まで、知れ渡らなかったんだろう。

 午前九時前から、たくさんの人が宮殿に吸い取られていく。偉い学者さんや、テレビで見たことある芸能人まで。
 たくさんの料理が並べられてて、ハーブティーや紅茶など、甘い香りが漂ってきた。甘い香りが鼻孔をくすぐり、お腹が反応してしまう。
 宮殿の中は、キラキラと輝いていた。
 ナズナ先輩たちは、中にいる芸能人たちに目を奪われていた。
「警備が多いですね」
 マドカ先輩が小声で言った。
 わたしたちは、警備からも見えない四角で丸まっていた。黒いスーツに見を包んだ男性たちが、宮殿の敷地内、周辺の外を出歩いていた。おおよそ、三千人の警備隊。

 ハルトは、深く帽子を被っていた。星印ほくろを出せば、あの強面の人たちも難なく通れる。
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