上 下
80 / 101
Ⅴ 救済の魔女 

第79話 魔女であること

しおりを挟む
 声のほうに辿ると、もう一人影がいた。リュウとハルト、一緒だったんだ。
「良かった、怪我はしてない、よね?」
 勝手に涙が出てくる。もう止められない。
「全然。元気ピンピン」
 軽くハルトが言った。こっちがどんだけ心配したのかわかっていない。
「ユナがどれだけ心配したか分かってんのか、軽く言いやがって」
 その隣にいたリュウが、ハルトのことを説教。ハルトはため息ついて、ハイハイと手のひらを上に向かせる。
「二人が無事で良かった。もう、二人がいなくなっちゃたら、わたし……うっ」
 安心して、涙が出ちゃう。拭いても拭いてもあふれかえってくる。そんなわたしに、リュウがポンポンと頭を撫でてくれた。
 こういうところ、ずるい。こんなのされたら、ますます好きになっちゃう。
 頭を撫でられて、ほっと安心する。

 建物は全壊。全て灰になり、残ったのは焦げ臭い臭いだけが充満している。資料も本も全部灰になった。死傷者はいない。全員、倒壊する前に逃げたらしい。良かった。

 火は一階の研究室から燃え広がった。そこは火を使わない研究室だ。なのに、そこから炎が。どういうことなのか、詳しく検証すると。

 もしかして、クーデターかも。黒い集団がまたも建物を燃やしたのかも。この事件にメディアが颯爽した。ここは一番有名な研究所で、数百年の歴史が詰まっている書物が全て燃やされたことに、メディアはハイエナのように群れた。

 詳しく検証されるまで、研究員たちは警察に取締りしていた。警察は、研究員の中に引火させた犯人がいると考えている。そこで、一人一人取り調べを行うと。
「馬鹿だね。自分も危ないのに、燃やすわけないじゃん」
 ハルトが頬杖ついて呆れて言った。
 待合室にて、順番が来るのを待っている。
「防犯カメラとかで、外に出て行った人間はいない。だから中の人間を疑ってんだよ」
 リュウは深いため息をついた。
「変だよね。研究者たちは死にかけたのに、犯人扱いって」
 怒りを抑えて言った。
 当然、内部から犯人は出てこなかった。警察は時間の無駄をした。研究所の防犯カメラと周辺のカメラを確認しても、怪しい人間は一人もいなかったらしい。
 ただ、警察もクーデターを起こしている奴らと同罪なら、奴らの仕打ちを嘘に誤魔化すこともできる。
 警察も信用ならない。
 それに、分かったことが一つ。
 これまで黒い集団に襲われた場所は、電気会社や孤児院、職業バラバラの場所を襲われていた。方角や時間帯も違う。だけど、その襲われた場所に、ある共通点が浮かびあがった。
 それは、魔女がいたこと。
 小さな電気会社で、卒業した魔女がいた。孤児院にも、シノとダイキがいてなおかつ、今回襲われた場所にもわたしとリュウがいた。
 襲われた場所は、かつて魔女と言われた女が働いている場所だった。
「つまり、わたしがいたから研究所は燃えたってこと?」
 恐る恐る口にすると、誰も否定してくれなかった。否定してほしかったのに、魔女がいたから襲われたこの事実は変わらない。

 このことをシノたちが知ったら――言わないでおこう。あとから知ることもあるけど、知るのは、今じゃない。知らなくてもいい時だってある。

「だからって、責められても変わらない。クーデターを起こしている奴らは、魔女のせいであの時代が消えていったと解釈しているのも、問題だ」
 リュウが真剣に答えた。この点に気づいたのは他でもないリュウだ。
 孤児院火災がきっかけで調べ始めたらしい。その点に気づくまで、それほど時間はかからなかった。魔女がいたことがきっかけで、これまで複雑だった線が、点と点で結びつき綺麗な線を描いた。

 事情聴取は順番に回ってくる。ハルトはその順番を待たずして、一人帰っていった。何やらバレたらまずいと言って。ハルトが帰ったことに、警察も上司も知らない。引き止めておくべきか、そうでないか、わたしたちは引き止めなかった。

 ハルトの家事情は知らないけど、バレたらまずいと言ってたハルトの表情は、いつになく暗かったので、何も聞かず帰した。順番に回ってくるなら、次にリュウが呼ばれるはずだ。

 ちょうどリュウが呼ばれて、別れた。わたしは関係者だけど建物にもいなかった、ちゃんと身の潔白は証明されている。事情聴取は建物にいた研究者だけ。

 わたしはリュウの事情聴取が終わるまで待った。辺りは既に真っ黒だ。窓の外では、街頭がポツンポツンと暗闇の中光、スポットライトのように、照らしてある。

 今でも信じられない。研究所が燃えたこと。これから、いっぱい調べなきゃいけないものもあったのに、資料も歴史も全部灰に。これからどうすれば。路頭に迷った気分だ。
 シノは家の中にわたしがいないと知って、今頃心配しているだろう。もしかしたら、事情を知っているのかもしれない。

 ぼんやり窓の外を眺めていると、影が近づいてきた。恐る恐る振り向くと、影の正体が分かった。
 真っ先に事情聴取した社長だ。わたしが魔女だと知って、研究所に採用してくださった恩のある方。少しぽっちゃりしてて、全身から脂汗をかいている。それは冷や汗か、炎のせいでかいた汗が分からない。

 隣に座ると、その厚みで気がついた。
 社長もげっそりしていた。研究所が燃えて、歴史的な書物が全部燃えたことで精一杯なのに、後追いを仕掛けるようにして、警察の事情聴取やメディアからの攻撃、こんなの耐えられるはずがなく、たった一日で皮膚は痩せこげていた。

 社長のトレードマークの体型が、少し痩せてみえる。
「大丈夫ですか?」
「これが大丈夫にみえるかね?」  
 見えるわけながない。社長もわたしも、路頭に放り出された羊だ。どこまでも続く闇の宇宙空間に放り出された羊たちだ。

 しばらくして、社長が口を開いた。衝撃的な発言だった。
「我が研究所から脱退してください」
 最初は、何を言われたのか分からなかった。その言葉が耳から頭へと通り、頭の中で何度も響き渡っている。

 社長がわたしに向けて「脱退しろ」と言っている。言われてる。火事が起きたのは、魔女つまり、わたしがいたせい。こんなことになった全部、わたしがいたからだ。トントンと、良くない考えがよぎった。
「火事は、わたしのせい、だからですよね?」
 恐る恐る訊くと、社長の口は閉じた。誰も否定してくれなかった質問に、社長も否定なんてするはずがない。
「いや、全部が君のせいじゃない」
 社長がおもむろに口を開いた。
 研究者の前ではいつも見せない弱々しい背中。強風で吹き飛ばされるほど、弱々しい。

 その声は、掠れていた。社長は話を続けた。
「脱退の意味は、この件に関してのみの脱退。研究所は変わらずあなたの居場所。ただ、あなたも知っている通り、魔女がいるから火事が起きた。ならば、このクーデターが収まるまで、あなたは脱退」
「収まるまで……?」
 収まるまで、何日、いや何年もかかることだ。それまでわたし、何をすれば。収まるまで、隠れてじっとしていろと。冗談じゃない。研究所が変わらず、わたしの居場所だと言ってくれたように、わたしもこれ以上、誰かの居場所を失いたくない。

「クーデターを起こしている奴らを、捕まえます。一刻も早く、わたしの手で」
 社長は何も言わず、そこから立ち去った。ほんとに、あの方は人生の恩人だ。わたしを採用し、かつ、こんな事件に巻き込まれてもわたしを蹴らなかった。

 ここがわたしの居場所だと。
 そう言ってくれたとき、嬉しかった。誰も否定してくれなかったものを、否定してくれた。言葉に出ないほど、感謝している。涙が出てくる。

 リュウの事情聴取が終わったのは、それからすぐだった。リュウに社長と話したことを話した。このクーデターを起こしている奴らを捕まる。リュウは、このことを賛成しなかった。
「どうしてそんな否定ばっかすんの」
 わたしはジトと睨んだ。リュウにそんな攻撃は効かないと分かっていても。リュウは、呆れて言った。

「第一、そんな簡単な話じゃないだろ。火事を起こしたり、凶暴な奴らが多い。危ない奴らだ。それなのに、ユナ一人でどうにか捕まるわけがない。そもそも、どうやって捕まえるんだ」
 正論ばかり吐き捨てて、わたしは嫌気をさした。リュウはわたしに、危ないことはしてほしくないと思っている。わかるよ。

 わたしも逆だったら、止めるもん。だけど、ここまでされて止まるはずがない。リュウの正論に、論破する考えがある。
「わたし一人だと思う? 危ない奴らを相手に、一人で立ち向かわせるの?」
 リュウは、はぁとため息ついた。
「分かった。俺も立ち向かう」
 その言葉を待ってました。
 わたしは体力。リュウは頭で二人で決着をつける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...