上 下
74 / 101
Ⅴ 救済の魔女 

第73話 恋話

しおりを挟む
 視線が熱い。握られた手が解けない。眼差しが、表情が、全部わたしのことを好きだと訴えてくる。
 どうしたらいいのか分からない。
 人から好意をもらったことがないから、こなとき、どう対処すればいいの。 
 頭がぐるぐるしてる。
 ハルトから真剣な眼差しが返ってくる。ほんのり顔が赤い。
 逃れられない視線から、どうやって逃げ切れたのか、シノが通りかかってくれた。
「まだこんなところにいたの?」
 不思議に言った。
 わたしたちが夜の街で密着して、見つめ合っていたから、シノは不思議な眼差し。シノが通りかかってくれたから、熱かった視線が離れた。
 目と鼻の先にいた距離が、さっと離れていく。ぎこちない空気が流れた。ぎこちない空気に、シノは少し怪訝な表情。
 どうやら、子供たちが早々に寝てくれたおかげで、シノは予定より早くに帰れたらしい。怪しむ眼差しを送ってくるから、わたしは咄嗟に閃いた理由を口にした。
「えっと、これは……虫! 虫がいたんだ! ね、ハルト」
 ハルトはびっくりして、わたしを二度見した。でもすぐに視線をそらした。
「うんうん、虫だ。虫が頭についてて、それを取ってたんだ」
「そんな密着してまで?」
 じとと睨まれた。
 ますます怪しまれた。わたしたちが、あたふたしているからだと思う。わたしたちはシノが信じてくるまで、何度も言い続けた。シノは、疑心暗鬼ながらも、理解してくれた。
 わたしたちの必死な弁明に呆れたのかもしれない。それか、何かを察したのか。

 わたしたちは、横に並んであるきだした。流石に、あの後だからハルトの横は気まずいから、シノを真ん中にしてお互い左右に。
 あれから、ハルトとは目も合っていない。恥ずかしいのと、気まずいのと、多分、今目が合うと頭がぐるぐるするはず。

 わたしたちの家は、すぐ近くだからすぐに別れた。やっと家に帰ると、ピンと張り詰めていた緊張の糸が解れる。
「さっき、ほんとは何してたの?」
 家に帰ると、シノが問いだした。やっぱりまだ、疑っていたのか。
「実は……」
 わたしは、ハルトに告白されたことをシノに相談した。シノだったら、きっと上手くあの場を収めていそう。
「告白された!?」
「そうなの、告白されたの初めてで、しかも、ハルトは大事な後輩だよ。シノだったらどうやってあの場を乗り切ってた?」
 あれから時間経っているのに、あの空気、あの瞬間が鮮明に思い出す。
 シノは、まるで、自分事のようにわたしの相談を真剣に考えてくれた。でも終始「結局彼は振られたわね」と冷たく言った。 
「どうしてわたしが振るの」
「だって、リュウのことが好きなのに、彼と付き合うわけないでしょ?」
 シノの言葉は、ときに心臓にくる。
 わたしは昔からリュウが好きだ。しかも一方通行。この想いは誰に邪魔されても、止められない。
 だから、ハルトの想いには答えられない。けど、どうしてあの腕を離さなかったんだろう。きっぱり言えば良かったのに、わたしは断るどころか、あの強い視線に魅了されていた。

 あの眼差しを向けられ、わたし、嬉しかったんだ。全力で好きだと言ってくる彼から、背を向けたくなかった。
 人から好意を得たこと、なかったから。わたしが俯いて黙ったから、シノはボソリと呟いた。
「まぁ、たっぷり考えてもいいと思う。速攻で振られたら、彼だって気にするものね」
「うん……」
 でも、一つ問題がある。
 ハルトとは同じ職場なのだ。しかもよくちょくちょく現れるから、顔を見に行かなくても現れる。明日は気まずいなぁ。どんな顔すればいいのか分からない。

 シノは普通でいい、と言ったけどわたしの普通て、何だっけ。もう頭が混乱だ。相談を聞いてくれたシノは、さっさと明日の身支度を整えて寝る準備をしていた。
「ありがと。聞いてくれて」
「いいわよ。今日のお礼だし」
 そうだ。わたしも早く寝ないと。明日はバザーの片付けを手伝うんだ。きっと、マドカ先輩たちも来るだろう。ハルトは、さっき話題になっていたからぽやんと顔が浮かんだ。
 いつものハルトじゃなくて、告白してきた熱い眼差しを向ける表情。かっと赤くなった。どうして、そんな姿を思い出したんだ。邪心がいっぱいだ。
 頭を振って邪心を振り払った。

 いつの間にか、電気を消し、シノは布団に横になっていた。わたしはぱっちり目を開けて横になっている。あんなに疲れたのに、全然眠くない。
 こんなときは、誰かとお話したいな。ここにはシノしかいないけど。
 そういえば、修学旅行でナノカに無理やり起こされて、恋話したんだっけ。一方的だったけど、今思い浮かべると、ナノカは眠れなかったんじゃないかな。
 眠れなくて、寂しくて、誰かとお話したくて、わたしを無理やり起こしたんだと思う。
 今なら、ナノカの気持ちがわかるよ。わたしも今、寂しいから。電気も消して室内は真っ黒。時計の針の音だけが響いている。
 外からも何も音がしない。静まり返った街。窓の奥から、ぼつぼつと小さな光が見える。その光は、この暗闇の世界で一筋の光のように輝いている。
「シノ起きてる?」
 寝ていると思ってても、確かめていた。返ってくるとは思っていない。でも、返ってきた。
「……何?」
 驚いた。シノが起きている。もう、眠っているのだと。返事が返ってきたから、わたしは嬉しくなった。寝返りをうって、シノの方に顔を向ける。シノは背中を見せていた。
「ねぇねぇ、シノには好きな人いないの?」
 好奇心に訊いてみた。シノは暫く黙り込んで、ぽつりぽつり呟いた。
「胸をときめかせる、これが恋。それがよく分からなかったけど、少しずつ知るようになった」
 感情の抑制がない声。
 わたしはベットから落ちるギリギリの所までいった。
「つまり、それは……誰に?」
 シノは言いかけたけど、口を摘むんだ。
「いいから寝なさい。明日も早いのよ」
「分かってるよ。ねぇねぇ、それは誰なの?」
 聞きたい。シノの冷たい氷に温もりを与えた人間。きっと素敵な人なんだろうな。
「……ユナには、関係ない人よ」
「いいじゃんそれでも教えて!」
 わたしのしつこさは知ってるはず。 
 ため息が聞こえた気がした。それでも、仕方なく教えてくれる。
「はっきりいえば、あなたみたいに二十七年間も一途な人。その人しか見てなくて、だから、私が出る幕はない」
 背中越しでも、その表情は切ないと分かった。時計の針の音が、やたらと響く。シノの想い人には、違う想い人がいてその人を一途に想っている。複雑だな。
 けど、その想い人は幸せものだと思う。だって、たくさんの人から好意を寄せられている。シノの想いに早く気づいてあげて。
「わたしみたいに一方通行の人、他にもいるんだ」
「たくさんいるわよ。一方通行すぎて、拗れた人もいるし」
 へぇ、詳しい。
 すると、背中越しでも分かるほど、睨まれた感じがした。
「話は終わり? いいから寝て」 
「はーい」
 シノがそろそろ怒りそうなので、退散。でも知りたかったな。明日にでも聞けるかな。明日は、子供たちにも会えるし、嬉しいな。
 だんだんと意識が遠のいていく。視界が黒くなって、深い溝へと落ちていく。泥のように眠った。

 目が覚ますと、朝の眩しい光が窓から射し込んでいた。真っ黒だった室内が白い。窓を開ければ、きっと、これよりも眩しいのだろう。
 わたしはゆるゆると起き上がった。シノはすぅすぅ寝息たてて寝ている。相変わらず背中を見せている。わたしが一番のり。珍しい。
 珍しくも何ともないか。だって今日は、やる事があるからね。時計を見ると、まだ七時前。シノが出る時間帯は、九時だ。まだ余裕がある。
 二度寝しようかな。
 でもでも、せっかく起きたんだから、朝の空気吸いたいな。 
 カーテンを開くと、そこから目も覆うほどの光量が襲った。顔を手のひらで覆った。寝起きだから、目が痛い。目をぱちぱちしながら風景を眺めた。

 朝の光が降り注ぐ景色。
 何も色がなかった景色に、色がついていく。鮮やかな色が散りばめた。
 商店街の人たちが忙しそうに、歩いてたり、通勤の人が早足で歩いてたり、いつもの光景。
 窓を開けてみると、爽やかな空気が入ってきた。髪の毛がなびく。朝の風が頬を伝った。今日は照明が全開についている。晴天だな。
 今日はいいことがありそう。
 天井を見上げて、わたしの心は晴れた。良い事があるといったら、絶対あるんだよな。すると、シノが起きた。朝の冷たい風で多分起きたんだ。
「おはよう、すごい晴天だよ」
「ん、おはよう」
 シノは眠たい目をこすって、目をぱちぱちさせた。この光の量は寝起きにはキツイよね。わたしたちは朝ご飯食べて、早速孤児院へ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

性転換ウイルス

廣瀬純一
SF
感染すると性転換するウイルスの話

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

処理中です...