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Ⅲ 奪取の魔女 

第35話 マドカとスズカ

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 スズカ先輩たちは、昨日いなかったので買い出しの役割は決まっていない。二人には、店の高さをどうするか計算して、木材や釘やらを使って、大きくしてほしい。

 わたしたちは学校をおりた。
 三時間経ったら、ここに戻っていく約束。

 わたしはマドカ先輩と共に行く。マドカ先輩は、電動車椅子に乗ってわたしの隣を歩いている。
「熱いですね。今日は晴れですか?」
「晴れですね」
 天井の照明が全部ついてて、炎のような熱と眩しい光が地面に降り注いでいる。地面にとりわけ近いマドカ先輩は、この暑さ、地獄ではないだろうか。
 じっとしてても汗がどくどく出てくる。初夏の季節。こんなに熱いのは、温暖化がまたおかしくなったのでは。地面近くの景色がユラユラ揺れてる。
「大丈夫ですか? 喉、乾いてないですか?」
 いちいち訊く。
 シノもこの季節になると、脱水症状で倒れたことがある。本人の無自覚でなることもあるから。この季節は、色々注意が必要だ。
「大丈夫です。水筒もタオルも持ってきましたから」
 マドカ先輩は、ふふっと笑った。
 座席に水筒、膝の上にタオルが敷いてあった。用意周到な人だ。他にも袋とか、お菓子とかが座席に。
 気まずいけど、流れるように時間が経っていく。普通に話せるし、ほんとに気まずかったのは、スズカ先輩では。

 わたしは勇気を出して、マドカ先輩に訊いてみた。
「あの、どうしてわたしを生徒会長に?」
 暫く静寂。
 街では買い物客が賑わって、ざわざわ騒然している。天気のせいか、街全体がキラキラ宝石のように輝いていた。人がアリのように群がり、わたしたちは隅っこで歩いていた。
 この制服を着ているせいからか、誰ともぶつからないし、むしろ、みんなが避けている。
 それなのに、わたしたちの空気は静かだった。
「気になりますか?」
 暫くしてから、マドカ先輩が口を開いた。
 これから怪談話をするような、低い声で。わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。
 少し間を置いて、マドカ先輩が話した。
「生徒会長になるためには、何が必要だと思いますか?」
 突然聞かれたので、わたしは少し考えた。
「強さ……?」
 曖昧な返事で答えると、マドカ先輩は首を頷いた。
「私が思っている〝強さ〟とユナさんが思っている〝強さ〟は少し違います。ユナさんは〝強さ〟とは、ノルンを討伐し、誰も寄せ付けないそんな強さを言っているのでしょう? 私はそれを強さとは思っていないです。私が抱いている〝強さ〟とは誰も寄せ付けないそんな力ではなく、誰かと協力し、そして励まし、人の力を奮い立たせる、そんな人間が強いのです。それをユナさんは持っています」
 マドカ先輩が思っているほど、わたしはそんな人間じゃない。過去、助けられたはずなのに助けられなかった人がいる。親友一人も救えない。こんなわたしに。
「マドカ先輩、過大評価しすぎですよ。わたしは、そんな人間じゃない……」
 泣きたくなるのを抑えて言った。
 昨日シノと話していたときは、扉は目の前にあったのに、また暗闇の森の中を彷徨っている。扉が茨に隠れ、周りに巻き付いている。
 森の中でさまようわたしに、いきなりパン、と音がした。マドカ先輩が手を叩いたのだ。

「そういえば、スズカさんに釘の在り処を教えておくの忘れてました。どうしましょう」
 暗い森からズルズルと現実世界に戻っていく。マドカ先輩は、明るく言った。生徒会室では、ろくに話もしなかったのに、こんなときまでスズカ先輩を想い合ってる。
「大丈夫じゃないですか? スズカ先輩、しっかりしてるし」
「そうね!」
 駄菓子屋への道はまだある。普段あっという間に着くのに、こういうときだけ、道のりが長く感じる。早く着かせてくれない。
「そういえば、どうしてマドカ先輩はそんなスズカ先輩を想い合ってるんですか?」
 複雑な話だと思っても、聞きずにはいられなかった。この二人生徒会長と副だからか、割と二人でいるのが多い。ナズナ先輩たちといることもあるけど。
 性格だって正反対、なのに、二人の纏う空気は明らかに違う。シノとわたしのように、お互い信頼する親友の纏う空気だ。

 けれど、なんか腑に落ちない。こんな優しいマドカ先輩が、スズカ先輩みたいな横暴な人と親友なんて、考えたくない。スズカ先輩に聞かれたら、怒られるけど。

 マドカ先輩は、不思議そうに首を傾げた。
「逆ですよ? スズカさんが私に肩入れしてるんです」
 一瞬、何を言ったのか分からない衝撃的な発言をした。マドカ先輩は、頭上の天井を見上げ遠い昔の記憶を掘り起こすようにポツリポツリ喋った。

「まだ私に、両足と両目があった幼きころの話です。あの日は急なノルン討伐戦でした。人数もいなくて、ノルンの数だけが多くて、クラスメイトが次々と殺されていきました。凄惨でした。服についた返り血は、自分のものか、誰のものかも分からないほど。急だったもんで、スズカさんは札を補充していなくて、途中で使い切ってしまったわけですね。もうその頃には、生きてるのが私とスズカさんだけで、守れるのは私しかいませんでした。庇うように前に出た途端、ノルンの爪が目を霞みました。知ってますよね? どんな傷でも刺青が体を蝕むって。私は恐ろしくなり、死を覚悟で、鎌で自分の目玉をくり抜きました。当然痛かったです。死んだほうがマシだって思うほどの痛苦の地獄を味わい、目を引き換えに生還できました」

 わたしは顔からさぁと血の気が引いていくのがわかった。初夏なのに、汗がどくどく流れていたのに体がぶると震えている。
 今、目の前にいるマドカ先輩がここにいるのは、奇跡だ。それしかない。
 マドカ先輩の信じられない過去を聞いて、うまく言葉が出てこない。喉がカラカラしている。想像しただけでも、体が怯む過去だ。
「それで、スズカさん、罪滅ぼしでお弁当や氷水をくれるのです。誰よりも気遣って面倒を見てくれて、ほんとうは繊細なのです。彼女が一番〝強さ〟を欲しがるのは、このためだと思います」 
 昨日のスズカさ先輩の発言を思い出した。

『生徒会長とは、強くなければならない。弱かったら、守れるものも守れない! 救えるものも救えぬまま、守られて、生きて、そんなの、恥しかないですわ!!』

 これは、スズカ先輩のためじゃない。わたしのことを想って言ってたんだ。守られて生きてきたスズカ先輩だからこそ、そんな風になってほしくないから怒鳴っていたんだ。
 スズカ先輩のことも、全部じゃないけど少し知れた。あの横暴でわがままな人に、そんな暗い過去が。
「スズカさんは、死ぬまで罪滅ぼしする気でしょうね。私はもういいのに。守ったこと、後悔していない」 
 マドカ先輩は、ポツリと小言のように言ったけど、わたしの耳にははっきりと聞こえた。

 マドカ先輩はついでに、両足のことも自ら話した。魔女に与えるのは必ず一条。それ以上飲めば、体の一部の機能を失うことになる。
 マドカ先輩は、薬の飲みすぎでシノみたく、両足の機能を失った。あるペアがいて、そのせいでノルン討伐に時間がかかり、与えられた薬以上を飲んだらしい。

 そのとき、スズカ先輩にはひどく怒られたらしい。もっと自分を大事にしろ、と。たぶん、わたしでも怒っていた。マドカ先輩は、他人を優先するくせに自分のことは後回し。スズカ先輩も、面倒みるはずだ。

 なんだか、二人の仲が想像以上に知れた。マドカ先輩はスズカ先輩を友のように思ってて、スズカ先輩はマドカ先輩を罪滅ぼしの対象としている。
 けど、マドカ先輩は知らないのかな。二人の間に纏う空気は、誰よりも信頼している空気だ。スズカ先輩は、思った以上にマドカ先輩のことを信頼している。

 なんだか、すごい事を知れたから二人の間にはいりにくいな。元々入っていないけど。けど、そんな二人が喧嘩中なんて嫌だな。主にわたしのせいだと思うけど。
 帰ったら、この二人の仲を仲介しないと。このまま、喧嘩中は嫌だもん。

 マドカ先輩は、座席にある水筒を飲んで、わたしのほうを向いた。
「休憩しませんか? ずっと歩き続けて疲れたでしょう?」
 そうだ。マドカ先輩は車椅子でわたしより、大きな負担を抱えているんだ。
「すいません。気遣いが遅っくて」
「いいえ」
 ニコッと笑った。
 こんなとき、スズカ先輩だったら「くたびれましたわ。そこの日陰で休みましょう」と強引に休憩をとって、休むはず。
 シノはいつも、自分から言うから慣れちゃてた。そうだよね。シノじゃないもんね。しっかりしないと。
 建物の日陰まで行く。その道中、なぜか街の人から様々な眼差しを向けられる。同情と恐怖、怒り。その中で同情の眼差しが多かった。
 シノと一緒に街まで行ったときは、こんな眼差し向けられたことがなかった。ここら辺は、学校からも遠いしお店は駄菓子屋しかないので、滅多に魔女は来ない。だからだろうか。

 最近、いや、五年前から薄々気づいていた。ここの街の人たちは、わたしたち魔女に感謝していない。むしろ、畏怖され嫌われている。
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