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Ⅱ 誘発の魔女 

第13話 勉強会

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 あっという間に放課後がやってきた。
 場所は図書館。テスト前もあってか、黙々と勉強している生徒がいる。
 みんな、熱心だな。
 と、いつもは他人事のように余裕ぶいているところだっただろう。だがしかし、この日は違った。

 机に教科書を広げ、難しい単語をすらすらと唱えるシノ。これがまさに念仏のように聞こえて、理解できない。
 まるで異世界の単語みたい。
 わたしとダイキはその、単語に頭を悩まし、真っ白毛になっていた。
「ユナ、ダイキ分かった?」
「全然……」「分かりません」
 シノは、呆れてため息を吐いた。
 勉強を始めておよそ五分も経っていない。なのに、わたしとダイキの頭は真っ白毛になり頭から湯気がたちこめている。
 またシノがさっきのことを復唱した。たぶん、わたしたちの頭が理解するまで復唱するだろう。でもそれはたぶん、いや、絶対できない。だって、わたしたちの頭はブーストして、言ってる言葉一つ一つが理解できないのだから。
「これがXの置き方。この方程式分かった?」
「シノ先生、XとかYとか、なぜ数学に英語が出てくるのか分かりません!」
「そもそも、この方程式複雑すぎ、割ってまたかけるとか、ありえねぇ!」
 わたしとダイキは、抗議した。
 もはや、ブーストした頭では何も考えられなくなっていた。
 そんなわたしたちにシノは、憐れむ目つき。時計に目をやると「少し休憩しましょう」と教科書を閉じた。

 安息の時間。
 わたしとダイキは、図書館を出て少し先にある食堂から、甘ぁい砂糖ジュースを買った。甘くて甘くて、ブーストしていた頭がトロンと溶ける。
「甘ぁ~い。疲れた頭には甘みだね」
「だな」
 チューとジュースを飲む。
 ダイキは、わたしより背が高くて並ぶと、わたしが小さくなった感じだ。シノと並ぶとますます巨人化だな。
 ニカッと笑うと、少年のようなあどけない顔たち。
 巨人なのに、甘党を飲んでるとかギャプ。チューと一口飲むと一気に半分に減っている。美味しいものは、すぐになくなくる。ストローを口から離した。
「ぷぁ、ダイキ、わたしのこと心配してくれたの?」
 ダイキがゴホゴホとむせ返った。ジュースをあやうく落とすところだった。
「大丈夫?」
「ゴホゴホ……っそれ、まさか」
「リュウから聞いたの」
 ダイキは呼吸を整えてから、口の中に何かを突っ込んだようにモゴモゴ喋った。  
「それりゃ心配するだろ。ココアちゃんも失って、しかも左耳も失って、落ち込まないわけない。でも、最近は元のユナちゃんに戻っている感じがする。良かった良かった」
 ぽんぽんと頭を撫でた。
 優しい手のひらだ。
 三ヶ月経って、リュウにもかけられたことない優しい言葉だ。胸に響く。
「ありがと。リュウにもかけられたことない言葉だよ。いいなぁ。シノは、ダイキみたいな優しい人がバディで」
 ダイキの目がさらに大きく見開いた。
 リュウとは違うと言ったところから、期待に満ちた表情。期待に満ちた目。微かに頬が紅くなっている。頭に乗せてた手が後頭部に回ってきた。
「それじゃあ……リュウじゃなくて、俺とバディを――」
「休憩終わりよ」 
 わたしとダイキの間に、シノが割って入ってきた。びっくりした。足音がないんだから。ダイキもびっくりして、わたしから離れた。
 時計に目をやると、なんとここに十分以上休憩してたらしい。校舎は七時で閉まる。テストは来週だ。
 こんなことをしてる場合じゃない。リュウにぎゃふんと言わせるためには、オール満点を取らないといけない。休憩してた時間を埋めるように、勉強しないと。
「もぉ、早く勉強しないと! 行こ! 二人とも!」
 わたしはズズとジュースを飲み干して、ポイとゴミ箱に捨てた。その後ろでシノとダイキはわたしに聞こえない声量で耳打ちする。
「お邪魔したかしら」
「いいえ」
 シノは、悪戯っ子に笑った。ダイキは、恥ずかしそうに頬を赤くし頭をかいた。二人とも、わたしのあとから図書館に戻ってきた。

 甘々ジュースを飲んだせいか、さっきシノに詰め込まれたものが、簡単に抜けていた。シノは、刃のように単語をわたしの頭に突き刺した。
 ダイキのほうは、刺されすぎてうつ伏せに倒れている。
 たった一日で膨大な知識が頭の中に……。
「う~、頭がパンクしそう」
「俺も頭が、明日絶対筋肉痛だ」
「せっかく詰めたんだから、パンクしないで。あと、頭が筋肉痛になるてどういうこと?」
 門が閉まる七時前に切り上げたわたしたち。
 既に暗くなった廊下を歩く。学校から見下ろす街の光は、夥しい光の粒が淡く浮いていた。
 ダイキと別れて、寮に帰る。
 ココアが死んでから、ひとりぼっちの部屋。けれど、今はシノと相部屋になった。
 シノと同じ部屋だった人は、先日亡くなり、一人になったから同じく一人ぼっちのわたしと同じ部屋になった。
 ココアが寝ていたベッドに、シノが寝る。部屋の中に、誰かがいるって新鮮だな。寂れた空気に色が増した感じ。
 でも、最初はやり辛かったな。
 シノは会話もしなければ、ずっと読書で決まって夜九時には寝る。会話をしようにもできないもん。せっかく同じ部屋なんだから、楽しい会話しようよ。
 部屋に帰るなり、シノはさっきの続きといわんばかりにテキストを机に広げて勉強しはじめた。
「また勉強ぉ~?」
「そうよ。時間が限られてる」
 わたしはげっそりした。
 体がずしりと重くなった。 シノは本当に勉強が好きだなぁ。制服から私服へ着替えながらふと、カレンダーに目をやると、テストから日を明けてその来週末に赤いペンで丸してた。
 その日は、修学旅行だ。
「ねぇねぇ、やっぱり買い物行かない?」
「どうして?」
「だって、再来週修学旅行だよ!? 可愛い服とか、いろいろ足りないものとか、買わなきゃ!」
 シノは、ずっとテキストに顔を向けて、淡々と冷たくこう言った。
「浮かれる前にテストじゃない? 赤色とったら、その楽しみな修学旅行にも行けないわよ」
「そうだった」
 頑張らないと。赤色とったらそもそも連れていってくれないんだ。修学旅行には行かないと。楽しみだもん。
 私服に着替えると、お風呂が沸いたアナウンスがかかった。早速シノが立ち上がる。シノが決まって一番風呂だ。
 やっと、テキストから顔をあげた。
「シノは? 楽しみ?」
 訊いてみると、シノほ暫く考えて「分からない」と応えた。
 シノがお風呂に入ってる間、わたしはゴロゴロしていた。シノに教えてもらったところを復習しないと。
 シノも、ダイキも、ナノカも頑張ってるんだから。わたしも、頑張らないと。意識がだんだん遠のく。頭を使い過ぎて、疲れたのかな。わたしは泥のように眠った。


 それからも、シノとのテスト勉強は続いた。二日で飽きるダイキが三日も経っているのに勉強会に進んでやってくる。わたしも三日で飽きるのに、シノの教えがいいからつい来ちゃう。
「シノすごいね! この間まで分からなかったところがもう解けるよ! 先生になれば?」
「確かに! シノちゃんが教壇に立っている姿、すごい想像できる!」
「先生、ね、教えるのは好きだけど先生になるのは嫌」
 淡々と言ったシノ。
 シノのおかげで、難しい問題もすらすら解けるよ。今はリュウにも負けないかも。わたしたちがテスト範囲を勉強している時間に、シノは、分厚い本を読んでいた。読書しながら、教えるのて、すごいなぁ。
「何読んでるの?」
 気になって訊いてみた。
「北欧神話」
 そんな難しそうなもの見てたんだ。テスト範囲じゃないところ。シノは勉強しなくてもいつも一位なのはすごい。しかも、そんなもの見てるのもすごい。
 ダイキが舌を出した。
「そんなもん、見て楽しいかよ」 
「楽しいわよ」
 本から一切顔を出さないで言った。
 ダイキは、やれやれと手のひらを上に向かせて、再びノートに顔を向ける。わたしも再びノートに顔を向けた。
 それから三十分後、休憩に入った。
 三十分間、シノは教えながら本を読んでいた。わたしたちが間違えるところをチェックして、丁寧に教える。間違えると、どうして間違えたのか、分かりやすく教えてくれる。
 休憩時間になると、ダイキが、いち早く食堂に行く。
 けれど、シノはその席で読書していた。
「シノも休憩行こうよ」
「私はこれ、読んでいるから」
 一切顔を出さないで素っ気なく言う。
 シノが行かないと、なんだか、休憩しにくいな。そうだ。わたしは図書館を出て、食堂の砂糖ジュースを二個買った。
「はいどうぞ」
 シノの手元にジュースを置いた。
 やっと、本から顔を出した。向かいの席に座り、持ってきたもう一個の、自分のジュースを飲んだ。ぷぁ、甘くて口の中がとろけるよ。
 シノは、じっとそれを見て「よく飲めるわね。こんな甘いの」と呟く。わたしは口からストローを離すと
「だって、甘いの好きなんだもん。はっ! もしかして! シノ、甘いの苦手だった?」
 シノは暫く考えてジュースをぎゅ、と握りしめた。
「大丈夫。飲める」
「良かったぁ~」
 わたしはほっとした。 
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