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【もう1人の母】
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温厚で綺麗好きな母がある日を境に変わってしまった。
家に帰ると着た服がそのまま床に放り投げ、朝食べたあとの食器がまだシンクに残っていた。
「母さんいないのかな?」
どうせ買い物にでも行ったのだろうと推測し、ぐちゃぐちゃでしわだらけになった服を拾い上げてクローゼットにいれる。
その時、後ろから髪の毛を引っ張られた。
「痛っ!」
「何してんだゴルぁぁぁ‼」
聞いたこともない怒声。
後髪を引っ張られているので振り向けない。だが、この声は母だ。でも母はこんな喧嘩屋のような怒声を発しない。穏やかな人だ。
――そう。母はある日を境に変わってしまったのだ。本当に突然に。温厚で綺麗好きがちょっとしたことでキレて手を上げる冷酷無比な性格へ。
朝起きるとき母より目を覚して朝ご飯を作ってないと手を上げる。帰りに晩御飯の材料を買ってこないと手を上げる。学校行く前に洗濯、掃除をやっていかないと手を上げる。
母は何もしない。
化粧台の前で鼻歌歌いながら化粧している。しかもクローゼットから出した服はそのままにし、放置。誰が片付けるんだ。晩御飯だって朝飯だって自腹だ。母は何も出さないしお小遣いだって五十円のみ。
身体と同時に精神も疲労する。
何をしても疲れて叩かれても抵抗できない。もうサンドバッグになるのが常で、そうしなきゃ、より不機嫌になる。だから自分で進んでサンドバッグになる。体中アザだらけだ。
そうしたある日、忘れ物をして昼間学校を抜け出し家に帰宅すると母が「どうしたの?」と穏やかに出迎えてくれた。その姿はまさしく消えかけていた母の顔。母は時折穏やかになったり、キレて手を上げてくる日とかある。
そうして――ある結末に至った。
母にはもう1人、姉妹がいるのではないか? しかも顔は瓜ふたつで性格は真逆。きっと穏やかでいつもの母が姉で、手を上げて叩く母が妹だ。その日から観察してみた。今日は母が自分で晩御飯を作ってくれた。子供の頃から食べた母の味で美味しくて涙が出た。今日は穏やかな母だ。その次の日、眠っているときに腹を殴られ叩き起こされた。この日は手を上げる母だ。その次の日もその次の日も、観察してみて分かったことは。
三日妹がいてその二日は姉で、代わる代わる母の役割をやっていた。母はどこで交代しているのだろう。2人の母は性格も違えば選ぶ服装だって違う。食の好みも、だから作るとき大変なんだ。
少しずつ慣れていき、暇な時間に役所に行ってみた。役所に行って母の戸籍を調べたところ、母には妹なんて存在してなかった。元々捨て子で養子に出されて育てられたと。それじゃあ、あの性格は全て自作自演? そんな馬鹿な。母があんな真逆な性格になるものか。自作自演であり二重人格? そんな……そんな……否定したかった。だが、その根拠がないためできない。してほしいのは、母からだ。
この世には同じ人間が地球上にいる。ドッペルゲンガーだ。同じ人間が鉢合わせするとどちらかが死ぬ。そうだ、なぜ思いつかなかったのだ。あれは、母のドッペルだ。そうなれば、答えは一つだ。
どちらかの母を殺せば母はこの世で1人。決行は明日の寝静まった時間――今日は穏やかな母であったため寝室で寝ている母は穏やかでさも、虫も殺せそうにない慈愛に満ちた聖母の顔だ。こちらが正解だ。自分にとってこの世でたった1人の母はこの人しかいない。だから――殺すのはもう1人の母。
「母さん、もうすぐ一つにさせるから」
母の頬に手を添えて優しく撫でる。母はふふふ、と笑ってる。あぁ、母さん。優しくて聖母の母さん。絶対あんな奴に負けないから。乳房を優しく揉み赤ん坊のように吸った。
そして決行の日。
すぐそこに手を上げる母がそこにいる。化粧台の前に座りいつものように、赤い口紅を塗って歳のくせしてミニスカなんて履いてなんてだらしがない。こんなやつ、母じゃない。母じゃないやつは、この家から出ていけ。背中にズブリと深くナイフを刺した。血が床や自分にもかかる。母がゆっくり振り向き何故、と顔をした。その顔を何度も踏みつけナイフで滅多刺しにしてやった。
偶然か否か、この世から母が消えた。穏やかな母も暴虐な母もどちらも母だったのだ。自分にとっての最高の母はこの手で殺した。
家に帰ると着た服がそのまま床に放り投げ、朝食べたあとの食器がまだシンクに残っていた。
「母さんいないのかな?」
どうせ買い物にでも行ったのだろうと推測し、ぐちゃぐちゃでしわだらけになった服を拾い上げてクローゼットにいれる。
その時、後ろから髪の毛を引っ張られた。
「痛っ!」
「何してんだゴルぁぁぁ‼」
聞いたこともない怒声。
後髪を引っ張られているので振り向けない。だが、この声は母だ。でも母はこんな喧嘩屋のような怒声を発しない。穏やかな人だ。
――そう。母はある日を境に変わってしまったのだ。本当に突然に。温厚で綺麗好きがちょっとしたことでキレて手を上げる冷酷無比な性格へ。
朝起きるとき母より目を覚して朝ご飯を作ってないと手を上げる。帰りに晩御飯の材料を買ってこないと手を上げる。学校行く前に洗濯、掃除をやっていかないと手を上げる。
母は何もしない。
化粧台の前で鼻歌歌いながら化粧している。しかもクローゼットから出した服はそのままにし、放置。誰が片付けるんだ。晩御飯だって朝飯だって自腹だ。母は何も出さないしお小遣いだって五十円のみ。
身体と同時に精神も疲労する。
何をしても疲れて叩かれても抵抗できない。もうサンドバッグになるのが常で、そうしなきゃ、より不機嫌になる。だから自分で進んでサンドバッグになる。体中アザだらけだ。
そうしたある日、忘れ物をして昼間学校を抜け出し家に帰宅すると母が「どうしたの?」と穏やかに出迎えてくれた。その姿はまさしく消えかけていた母の顔。母は時折穏やかになったり、キレて手を上げてくる日とかある。
そうして――ある結末に至った。
母にはもう1人、姉妹がいるのではないか? しかも顔は瓜ふたつで性格は真逆。きっと穏やかでいつもの母が姉で、手を上げて叩く母が妹だ。その日から観察してみた。今日は母が自分で晩御飯を作ってくれた。子供の頃から食べた母の味で美味しくて涙が出た。今日は穏やかな母だ。その次の日、眠っているときに腹を殴られ叩き起こされた。この日は手を上げる母だ。その次の日もその次の日も、観察してみて分かったことは。
三日妹がいてその二日は姉で、代わる代わる母の役割をやっていた。母はどこで交代しているのだろう。2人の母は性格も違えば選ぶ服装だって違う。食の好みも、だから作るとき大変なんだ。
少しずつ慣れていき、暇な時間に役所に行ってみた。役所に行って母の戸籍を調べたところ、母には妹なんて存在してなかった。元々捨て子で養子に出されて育てられたと。それじゃあ、あの性格は全て自作自演? そんな馬鹿な。母があんな真逆な性格になるものか。自作自演であり二重人格? そんな……そんな……否定したかった。だが、その根拠がないためできない。してほしいのは、母からだ。
この世には同じ人間が地球上にいる。ドッペルゲンガーだ。同じ人間が鉢合わせするとどちらかが死ぬ。そうだ、なぜ思いつかなかったのだ。あれは、母のドッペルだ。そうなれば、答えは一つだ。
どちらかの母を殺せば母はこの世で1人。決行は明日の寝静まった時間――今日は穏やかな母であったため寝室で寝ている母は穏やかでさも、虫も殺せそうにない慈愛に満ちた聖母の顔だ。こちらが正解だ。自分にとってこの世でたった1人の母はこの人しかいない。だから――殺すのはもう1人の母。
「母さん、もうすぐ一つにさせるから」
母の頬に手を添えて優しく撫でる。母はふふふ、と笑ってる。あぁ、母さん。優しくて聖母の母さん。絶対あんな奴に負けないから。乳房を優しく揉み赤ん坊のように吸った。
そして決行の日。
すぐそこに手を上げる母がそこにいる。化粧台の前に座りいつものように、赤い口紅を塗って歳のくせしてミニスカなんて履いてなんてだらしがない。こんなやつ、母じゃない。母じゃないやつは、この家から出ていけ。背中にズブリと深くナイフを刺した。血が床や自分にもかかる。母がゆっくり振り向き何故、と顔をした。その顔を何度も踏みつけナイフで滅多刺しにしてやった。
偶然か否か、この世から母が消えた。穏やかな母も暴虐な母もどちらも母だったのだ。自分にとっての最高の母はこの手で殺した。
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